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第三章 聖山 ~ 大精霊

第三章  聖山 ~ 大精霊


 聖山の麓には、大神殿の神官や兵士たちが詰めるための砦が建てられていた。


「何か様子が変のようね……?」


 ベルが言うように、建物をよく見ると、いたるところに焦げ跡や補修の痕が見受けられる。やはり、魔物たちが聖山へ向けて侵攻して来ている、という話は本当であったようだ。


「そんな簡単に、魔物たちにやられるような人員ではないから大丈夫なのです。それに、いざとなった大精霊様が助けて下さるのですよ。」


 というのはリアの弁だ。とはいえ、どの道急いだ方がいいかもしれない。墜ちはしないにせよ、時間がたてばたつほど魔物たちの侵攻は勢いを増すだけであって、衰えるようなことはないだろうから。世界的に見ても、徐々に押されつつあるのが実情だ。

 僕らが砦の入口に近づくと、頭上から声が降ってきた。


「何者だ!ここから先は、大精霊様のお住まいになられる聖山である。旅の者が安易に立ち寄ってよいような場所ではないぞ!」


 物見櫓の上から、見張りの兵士が僕らを見咎めたようだ。まあ、こんな魔物の侵攻が繰り返されているような時期ならば警戒されて当然だが。砦の門も、もちろん厳重に閉められている。

 その兵士の声に、リアが答える。


「みー。僕なのですよ。僕もこのお二人も大精霊様に用があるのですよ。だから中に入れて欲しいのです。」


「リ、リア様!?

 も、申し訳ございません。ただいまお開け致します!」


 その兵士はリアの声――と姿を認めると、慌てて中に引っ込んでいった。やはり、ここでもリアは顔パス、ということのようだ。まあ、大神官の孫で、既に高位の神官位を得ているのだから当然だともいえるが。


「やっぱり、リアちゃんに来てもらって正解だったわね。この様子だと、紹介状だけでは中に入れなかったかも知れないわ。」


「みー。どういたしまして、なのですよ。」


まあ、釈然としないのだが、とりあえず感謝位はしておくか。大神官様に、だが。


「みー。思ったよりも、厳しい状況なのです。」


 中に通され、この砦の責任者より現状報告を受けたリアはそう漏らした。


「はい。幸いなことに、魔物たちの攻勢は散発的であり、今直ぐに、ということはないかと思います。しかしながら、この状態がいつまでも続くという保証はありません。もし、魔物たちがまとまって攻勢に出てきた場合は、残念ながら守りきるのは難しいでしょう。

もちろん、大精霊様が魔物たちに敗北されるとは考え難いですが、よもや、ということもございます。」


 責任者であるちょい高級そうな神官はそう答える。


――やはり急いできて正解、か。


 ここが墜とされるというような状況であれば、大精霊のもとに辿りつくのはより困難なものになるだろうと推測される。


「わかったのです。大精霊様にお会いした後、大神殿に戻ったらおじい様にお話しておくのです。大神殿も厳しいとは思いますですが、出来る限りの応援をお願いしておきますのです。」


「おお!ありがとうございます!」


 出来る限りの、ね。まあ、そんなに余裕があるとは思えないが。何せ、僕らに山賊退治を依頼しなくてはいけない位には人手不足なのだから。


 砦内で小休止をとると、僕らはすぐに大精霊のもとへ行くべく、登山を始めた。神官たちが登るために、であろうと思われるが、それなりに道は慣らされており、結構順調に進むことができる。ただ、砦だけではやはり防ぎきれていないのだろうか(空を飛べる連中もいるだろうから)、魔物たちが聖山中にもはびこっており、彼らを退けるのには結構苦労した。特に――。


「……!避けて!」


 中腹に差し掛かったところで、突然ベルの声が響く。僕らはその声と、危険回避の本能に従ってその場から跳びのく。

 すると、僕らが数瞬前にいた場所に火球が着弾し、弾けた。そして熱風が僕らの間を吹き抜ける。


「上よ!注意して!」


 上を見上げると、岩肌の間に悠然と飛翔する魔物が見えた。鷲のような造形の上半身に、馬の下半身をくっつけたような姿。当然の如く背中には大きな翼を従え、大きく大気を揺らしている。嘴からは湯気が出ているようで、周囲が若干歪んで見える。おそらく、先ほどの火球はやつが吐き出したものだろう。卑怯な奴だ。

 魔物は一声大きく鳴くと、こちらに向かって降下してきた。


「……待ち伏せとは!来るぞ!」


 空中に居座られる方が不利。なればこそ初手が肝要!

 僕は向かってくる魔物に正対し、剣を構える。魔物は一鳴きして、真っ直ぐ僕に向かって突っ込んでくる。


 ――今だ!


 すれ違う寸前に剣を振り抜く。白銀の刃が魔物の羽根の根元に吸い込まれる。確かに手ごたえはあったのだが……。


 ――浅いか!


 若干魔物の勢いに負けたのか、切っ先がずれたようだ。それなりにダメージは与えられたようだが、飛翔能力を失われるほどではなかった。そして、僕も肩口を浅くえぐられていた。こちらの被害は少ないが、これでもう一度飛び上がられるのは……。


「凍りつきなさい!」


「切り裂け、なのです!」


 ベルとリアの声が同時に響く。氷の刃が、僕の与えた傷をえぐり、凍らせ、そして風の刃が羽根を切り裂いた。――うん、いいコンビネーション。まるで、姉妹のようだ。

 羽根がぼろぼろになり、自重を支えられなくなった魔物は苦しげに鳴きながら、地面へと墜落する。そして、飛んでいたときの勢いを殺しきれずに、地面を滑り続け、先にあった崖から落下していった。

それを見届けた後、ベルは“何やってんの”とでも言いたげな視線を僕によこした。リアにいたっては、満面の笑みで僕を見ている。笑ってはいるが、腹の中では「何をやっているのですか、このろりこん!これだから、やっぱりベルおねーさんの方が優秀なのですよ。」とでも言っているに違いない。うん。――ええ、すみませんでした。全て私が悪うございます。仕留めそこなったせいで、皆様の貴重な魔力を使わせてしまい申し訳ございませんでした。

 と、悔しいので口に出したりせずに心の中で詫びると、先頭を切って登山を再開する。二人も何も言わずにそれに従ってくれた。下界の景色は大分開けてきており、頂上はもうすぐのはず。こんなところで僕をつるしあげても、いいことないですから。ええ。だから何も言わずに許して下さい。お願いします。


 その後も数回に渡り魔物たちと遭遇したが、先の魔物のような強敵は出てこず、難なく退けることができた。山を登りはじめて早4半日。ようやく、僕らは頂上に到達することとなった。

頂上は一面白銀に覆われていた。障害物は殆どなく、視界には雲と広大な下界が映るのみである。その中央部に人工物、周りと同じ白銀に光る小さな神殿があった。おそらく、そこが大精霊の“棲みか”であろう。


「どうやら、ここまでは魔物が入り込んできていないようだね。」


 僕らは黒い足跡を残しながらそこへ近づく。すると、神殿の前に、唐突に光が“出現”した。その光は徐々に輪郭を帯びて行き、やがて一人の少女の姿をとった。


「遅かったの。何をだらだらしておったのだ?」


 少女はその姿に見合わぬ、老成した口調で話しかけてきた。声そのものは若く聞こえるのであるが。見た目は結構な美少女、だ。短く切り揃えられた黒い髪に大きい瞳。容貌だけ見れば幼女にも見える。そして、所謂“巫女”のような格好をしており、背丈はリアと同じくらいか、若干高いくらいだ。足元は地についておらず、地面から若干の距離を置いて静止している。


 ――何故に少女?若づくりにも程があ――。


「何か失礼なことを考えているようじゃの、小僧?」


 おっと、心の中を読まれた。流石は大精霊?でも、出来るからと言って、それをするのは“ぷらいばしーの侵害”だと思いますよ。


「お久しぶりなのですよ、大精霊様。」


 リアが横から割り込んでくる。やっぱり二人は何度も会ったことがあるようだ。


「おお!久しいの!リア。

 お主がなかなか会いきてくれんから、儂は退屈で、退屈で。退屈で暇つぶしに、何度人間どもに天罰を下してやろうと思ったことかわからんよ。」


 ――退屈だから天罰を下すとか、どんな神様ですか。あなた、それでも本当にこの世界の守護者なのですか?


「みー。ごめんなさい、なのですよ。ロレンシアが魔物に墜とされてから、忙しくて来る時間がなかったのですよ。」


「よい、よい。悪いのはお主ではない。悪いのは異界の礼儀知らず共と、ぐずぐずしておるぼんくらな勇者候補どもじゃ。お主はよくやっておるよ。」


 そして僕の方をちら見する。


 ――ええ、言いたいことはよく分かりますよ。どうせ、“こういうぼんくらな勇者候補達が“、と言いたいのでしょう。分かります。


「さて、主らが何をしに来たのかは、分かっておるつもりだがの……?」


「失礼しました。改めて自己紹介させて頂きます。私はシュッツガルド王国より参りました、アレフと申します。大精霊様の“勇者”とお認め頂き、そしてお力添え願いたく、馳せ参じさせて頂きました。」


「ふむ。主はアレル坊やの子孫だろう?何となく面影がある。それに、微妙にへたれなところもそっくりじゃし、のう?ここまでの様子は見させてもらったぞ。」


 大精霊はそう言うと、意地悪そうな笑みを浮かべる。


 ――左様ですか。でも、へたれ、というのはひどくないですか?ちょっぴりしくじっただけだって言うのに。まあ、“絶対に負けてはいけない戦い”なのは確かですから、いい訳できないのも確かですが。


 とりあえず、めげずに自己紹介を続ける。


「よくご存知かと思いますが、此度の旅に御同行頂いております、大神殿の神官、リア・フォートセバーン殿です。」


「みー。」


「みぃー。」


 リアと大精霊は笑顔で何か意思疎通をしているようだ。しかし、残念ながら僕は『みー語』を話せず、そこからは何も読み取れない。だから無視して続ける。


「そして、こちらが旅立ちの時から一緒に同行して貰っている、シュッツガルドの薬師、ベル・トーラスです。」


「……よろしくお願いします。」


 ベルも軽く頭を下げる。大精霊はそんなベルをまじまじと見つめている。――何か、思うところがあるのだろうか?


「ベル、ベル・トーラス?薬師ということは、リオン・トーラスの娘子かの?」


「そうですが、母をご存知で……?」


 これは意外といえば意外だ。ベルのお母さんは殆ど城下町から出たことがない(薬草を採りに出かける程度)はずだ。どこ大精霊との接点が?


「いや、昔ちょっとの……。

 まあ、大した話ではない。ほんの数回あったことがあるだけじゃ。別に儂もこの山に常にいるという訳ではないからの。」


 何となく歯切れが悪い感じだ。なんか因縁でもあるのか?


「そうですか。」


 ベルも微妙に納得がいっていなさそうだったが、ここで追及しても仕方がないと思ったのか、直ぐに引き下がった。


「ふむ。リアの山賊退治も手伝っておったようだしの。別に“試練を与える”ことには異論はないのじゃが――。」


 そこで、不意に風を切る音が聞こえてきた。しかも、徐々に大きくなってきている。周りを見回すと、空の彼方に黒い影が見えた。そしてその影は段々大きさを増してきている。


「何か来るぞ!」


 僕は声を出し、一応、皆の注意を喚起する。僕よりも、ベルたちの方が先に気づいているだろうとは思うのだが。

 黒い影に見えたのは、魔物であった。鳥類を思わせる上半身に、馬を想像させる下半身。腕や足には鋭いかぎ爪がついている。中腹であった魔物とよく似ている造形だ。魔物は僕らの目前まで一直線に飛んでくると急停止し、そのまま頂上へと降りてくる。翼が切る風に僕らは煽られる。その力強い風は、魔物が持っているであろう強大な力を予感させ、僕らに緊張を強くものであった。

そして、魔物は口がおもむろに口を開く。火球が来るのかと僕は身構えたのだが、その口から出てきたのは意外なことに火ではなく、人語であった。


「くかかかか。我が名はクヮトラス。魔王シューティングスター様の配下にして、魔将がひとり。“空の覇王”クヮトラス様とは俺様のことよ!大精霊とやら!貴様の首を貰い受けにきたぞ!」


 威勢よく啖呵を切る魔物に対し、大精霊は落ち着いて、しかも軽蔑の眼を向ける。


「ふん!こんな雑魚を儂のもとによこしてくるとはの。余程、調子にのって戦線を拡大し過ぎて、人材不足にでもなったようだの。戦力を投入すべきところがわからんとは、“魔王”とやらの器が知れるというものじゃ。」


――うわ、ひどい言い様だ。どうやら、大精霊の悪口雑言は僕にだけ、という訳ではなかったみたいだ。


 魔物もあまりの言い草に口をあけたまま固まっている。


「しかし、丁度いいとも言える。これならば分相応というものじゃろう。」


 そこで、僕の方に視線を向ける。


――魔物は完全無視ですか。本当にひどいな。なんか同情してしまいそうだ。強く生きてくれよ。


「アレフ・シュッツガルド!こ奴を見事退けてみせよ!さすればお主に我が“守り”を与え、勇者の試練を受けることを認めてやろうぞ!」


 そうきますか。途中から何となく予想がついていましたが。ぐっばい、我が心の友よ。前言撤回です。そうそうに、弱々しくやられて下さい。

 魔物――クヮトラスも、とりあえずつられてこっちを向く。そして、僕を見るなり残念そうな顔で鼻をならす。


――こんな魔物にも馬鹿にされるとは!正直、結構傷ついたぞ?


「ふん。こんな雑魚で俺様の相手が務まるとでも?はん。貴様の眼の方が曇っているのではないか!

まあいい。こ奴らを軽くあしらってやってから、ゆっくりと貴様を料理してやろう!」


 ――とりあえずやるしかない、か。


 大精霊は“雑魚”と言っていたが、正直今の僕たちではこいつに対抗できるか微妙そうだ。そのくらいの力量は感じられる。少なくともあの中腹にいた奴よりは強いはずだ。

僕は剣を引き抜き、鞘を近くに投げ捨てる。そして、魔物に対して半身となり切っ先を向け、高々と宣言する!


「分かりました。このアレフ・シュッツガルド、見事この魔物を打ち滅ぼしてご覧にいれましょう!」


 見ればベルもすでにレイピアを抜き、構えていた。持っていた荷物はいつの間にか、神殿の壁面へ置いてきたようだ。当然リアも杖を構えて、いつでも詠唱に入れる状態だ。


「……さっさと終わらせましょう。」


「やってしまうのですよ、みー!」


 二人とも心強い限りの言葉を投げかけてきた。うん。なんかやれるような気がしてきたぞ。


「ほざくな!人間どもが!身の程を思い知らせてやろうぞ!!」

 クヮトラスが吼え、翼を広げる。その風圧で、あたりの雪が舞い散る。こうして“魔将”クヮトラスと僕たちとの激闘の幕が切って落とされた――。


「守りよ!」


 まずはリアが守護の魔法を僕らにかける。そして――。


「彼のものの動きを縛りなさい!」


 ベルの指が空を切る。すると、描かれた方陣からいくつもの光がクヮトラスに向かって突き進む!


「小癪な!」


 クヮトラスが光を振り払おうと腕を振るう。しかし、光はそのまま腕から纏わりつき、クヮトラスの動きを鈍くする。どうやら、リアが僕らにかけてくれたものと反対の効果をもつ魔法のようだ。


 ――これで、体勢は万全か!


 後は切り開くのみ!僕は切っ先を地面すれすれに落とした状況で、突進する。それを見てとったクヮトラスは――。


「甘いわ!」


 口から、火球が吐き出し、対抗してきた。火球は一直線に僕へと向かってくる。


 ――見切った!


 僕はその火球をぎりぎりのところでサイドステップをして避ける。火球は地面ではじけ、蒸発した雪が大気を歪ませる。クヮトラスは、僕がかわしたのを見てとると、更に二つ三つ火球を追加してきた。


 ――くっ!


 僕はそれもぎりぎりでかわしきると、次が来る前にクヮトラスの懐に飛び込んだ。そして剣を振り上げ、一閃する。


 ――浅い!


 手ごたえはあったのだが、固い体毛と筋肉に阻まれ、致命傷を与えるには至らなかった。


「ぬう!よくも!!」


 クヮトラスが剛腕で僕を払いのけようとしてきた。僕は剣を引き抜いて地面を転がり、直撃を避ける。それでも爪がかすったのか、背中に熱い痛みを感じる。

 体勢を崩した僕に対し、クヮトラスは更にかぎ爪の追撃を加えんと腕を振りかぶる。


「させない!/のですよ!」


 ベルとリアの魔法がそれを制する。しかし、氷と風の刃も思ったようなダメージを与えらず、クヮトラスが一咆哮すると同時に魔法も霧散していった。


「小賢しいわ!

 業火よ!焼き尽くせ!」


 その声に導かれ、今度はベルたちに魔法の炎が襲いかかる!

 二人も地面を転がり、直撃を避ける。


 ――魔法まで使えるのか!


 やはり、今までの魔物たちとは格が違うようだ。腐っても、大精霊曰く雑魚だとしても流石は“魔将”ということか!これは、倒すのには大分骨がおれそうだな――。


 その後も、僕らは連携して何度となく攻撃を加えたのだが、決定打には至らない。それでも、除々にではあるが、ダメージが蓄積してきたのか、クヮトラスの動きが少しずつ鈍くなってきていた。追い込まれたクヮトラスは――。


「調子に乗るなよ!人間どもが!」


 僕の一撃をバックステップでかわすと、翼を大きく羽ばたかせる。すると、除々に巨体が空に浮はじめ、やがて大空へと舞い上がった。


 ――飛ばれたか!


 これで、魔法以外の有効な手がなくなった。これは大分厳しい……!


「ふん。敵を過小評価し、侮って挑み、危なくなったら恥も外聞もなく自分に有利なところへ逃げる、か。やはりどうしようもなく小物よのぅ。」


 と、大精霊が実も蓋もない感想を漏らす。さほど大きくは無いのに、何故か全員によく聞こえる声で。


 ――やはり侮られていたか。


 翼があるのに飛びもせず、地上で相対していたから、何かおかしいと思っていたのだが。とはいえ、侮ってくれている間に仕留められなかったのは痛い。この後はおそらくなりふり構わず攻撃してくる!

僕らが手を出せずにいるのを悠然とみてとったクヮトラスは――。


「くかかかかか!これで何もできまい!翼を持たぬ貴様らには!そして、人間ごときの弱小な魔法では俺様に通用せんからな!」


 気が済むまで笑うと、僕らに向けて、火球を乱打してきた。僕らはそれにたいして地面を転がってかわすことしか出来ず――。


「おおっと!甘いわ!」


 隙を見て風の刃を放とうとしていたリアに対して、クヮトラスは魔法を放つ。リアは炎にあぶられ、詠唱を中断する。そして、白い蒸気が僕らの視界を奪う。


 ――風を切る音?


 視界が回復すると、眼前に急降下してくるクヮトラスの姿が見えた。どうやら、そのかぎ爪で直接僕らを切り裂こうという腹のようだ。そして、その向け先は――。


「危ない!」


 寸前でベルがリアを抱え横っ跳びし、地面に転がる。その脇をクヮトラスの爪が通り過ぎていった。


「くっ!」


 ベルが苦しそうに呻き声をあげる。見ると肩に大きな裂傷ができており、血が溢れ出ていた。


「大丈夫なのですか!ベルおねーさん!」


「ベル!」


 ベルがあんな傷を負うことになるとは!一緒に旅を出ると決めた際に覚悟をしていたつもりなのだが、実際にそういう姿をみると……!


「集中しなさい!私は大丈夫よ!傷は自分で治せるわ……!」


 ――くっ!そうだ、奴の意識をこちらに向かせなければ、ベルが傷を治す暇も得られない!


「クヮトラス!!」


 僕は大声で奴の名前を叫ぶと、炎の魔法を詠唱する。僕の声に答え、人間の腕程の大きさをした炎の矢が出現し、一直線に飛翔していく!


「ふん!この程度!」


 クヮトラスが腕を振るうと、僕の放った火矢は簡単に振り払われる。しかし、次から次へと飛翔して来るため、他の行動には移れない。


 ――よし!これで!


「切り裂きなさい!なのです!」


 リアも僕に加勢し、風の刃を放つ。

 これでクヮトラスの気を引けているのはいいのだが、やはり細かな傷しか与えられず、奴を地上に叩きおとすには至らない。このままではジリ貧だ。こちらの魔力もそう長く持ちはしないだろうし!

 ちらっとベルの方を見てみると、いつの間に移動したのか神殿の壁脇――ベルの荷物が置いてあるところまで動いていた。その途中自分で治癒の魔法をかけたのか、肩の傷も一応ふさがっていた。


 ――ああよかった!


 ベルの体に傷が残るようなことがあったら――、当然僕は責任をとるつもりだ。というか、残らなくてもとらせて頂きたいのだが。とすると、もしかしたら、傷が残っていてくれた方が、都合がいいのかも?なんだかんだ言って切り出しやすくなるし……。いや、駄目だ。ベルの珠の肌に傷など、断じて許せることではない。それに、流石にベルだって傷が残ったら気にするだろうし。そもそも痛い思いをさせること自体が!

 と、そんなことを考えている間にベルは荷物から何かを取り出していた。それは、小さいながらも弦の張られた弓、であった。当然、矢も取り出している。


 ――そういえば、来る前にショートボウを買っていたんだっけ?


 ベルは神殿の影、クヮトラスの視界から外れた場所から弦を引き、矢じりを奴へと向ける。当然狙いは――。


――そういうことならば!


 僕はベルの意図を読み取ると、よりこちらに視線が集中するよう、攻撃を強める。リアも何をしようとしているのか悟ったのか、ベルとは対岸の位置取りで攻勢を強める。当然威力は弱いが、それをまともに食らう訳にはいかないのであろう。腕で、羽根で、あるいは咆哮でそれを弾く。そして、クヮトラスの動きが止まったその瞬間――。


「なに!!」


 ベルの放った矢が、鋭く風を切りながら羽根の根元をめがけて突進していく!奴も矢の接近に気づいたようだが、もう遅い!

 矢は、狙いたがわずクヮトラスの羽根を貫く!ベルは更に続けて矢を放つ。まさに矢継ぎ早に、だ。そしてその矢は、奴の翼をさらにぼろぼろにする。そこに、リアの風刃が加わる。そのコンビネーションは奴の飛翔能力を確実に奪っていき――。


「ば、馬鹿な!!」


 ついに、空中で巨体を維持できなくなった奴は高度を落とし始め、そのまま雪面へと墜落した。地面に激突、とまではいかなかったが、両腕をつき、大分体勢を崩している。


 ――これで!


 僕より先にベルが動いていた。ショートボウを投げ捨てた彼女は、いつものレイピアを手に、クヮトラスへ向かって走りだしていた。それを見てとった奴は腕で薙いで、ベルを吹き飛ばそうとする!


 ――危ない!


 しかし、クヮトラスの腕がベルを捉えたかに見えた瞬間、既にベルの姿はそこにはなく、彼女の体は空中へと舞っていた。


「ぬう!!」


 そのまま後ろに廻りこんだベルは、奴が振り返るよりも早く、自由落下の勢いを乗せたレイピアにて背中を切り裂いた。そこへ、僕は剣を構え突進する。

 再びクヮトラスがこちらを向いたが、既に時遅し。突進の勢いを乗せた切っ先は奴の首へと飲み込まれ、そのまま反対側まで貫いた。


「ごっ、ごば、馬鹿な!こんなはずがゎあああ!!」


 まさに三下らしい奇声をあげ、クヮトラスはそのまま地面へと倒れこみ、やがて動かなくなった。僕らはそれを見届け――。


「みー!やったのですよ!すごいのです!」


「……どうにかなったわね。大分、冷や冷やしたわ。」


 各々の口から、感想が漏れた。――いや、今回は本当にきつかったわ。しかし、今後は、おそらくこんな連中と何度となく戦うことになるんだろうな……。


「ダメダメじゃの。あの程度の魔物にてこずるようなものが、儂の『勇者』になろうとは。」


 苦労してクヮトラスを倒した僕らを待っていたのは、労いの言葉ではなく、大精霊の酷評であった。


――こりゃ駄目かね?まあ、勇者にならなくても、ベルの『手伝い』はするつもりだから、いいけどね。


 ちょっとだけ弱気になる僕。まあ、魔王の配下の中でも三下っぽいやつにてこずるようでは、先が思いやられるのは確かだ。その点では反論の仕様がないのではあるが。


「とはいえ、『勇者候補』が役立たずというのに対し、リアとそちらの――、ベルはよくやっておった。よく考えて援護しておったし、魔物の動きへの対応も的確であった。甲斐性なしのお主には勿体無いくらいじゃ。」


 酷評の対象は僕だけですか、そうですか。まあ、分かっておりましたが。


「みー。」


「……。」


 二人とも、なんかフォローしてくれよ!今回の『えむ・ぶい・ぴー』はベルだろうけど、僕もそこそこ頑張ったのだからさ!


「それに――。」


 大精霊は、何か言いかけて、チラッとベルの方を見た。――やっぱり何か含むところがあるのかな?


「古き友との約定もある。よかろう。今回は有能な彼女らの動きに免じて、約束どおりお主に我が“守り“を与えよう。……手を出すのじゃ。」


 大精霊の言葉に従い、僕は両手を差し出す。すると、掌の上部に光が集まり始める。そして、やがてひとつの形をとり、実態化する。それは、中央に大精霊の紋様が描かれた、黄金に輝くひとつのペンダントであった。


――これが『勇者の印』か!


「それを持って、我が配下――、四聖竜を訪ねよ。さすれば、あやつらが主に試練を授けるじゃろう。主らはそれらに見事合格し、加護を受けた後、再びここへ戻ってくるのじゃ!」


 四聖竜に逢い、試練を乗り越え加護を得てくる。それが、僕に課せられた『勇者の試練』というわけだ。――随分と長い道のりになりそうだな。


「四聖竜たちは、ここからほぼ東西南北の各方面に拠を構えておる。――とはいえ、全てがこの大陸にあるというわけではないからの。まずは移動手段を手に入れることじゃ。」


 移動手段、か。各大陸をわたるのであれば、それなりに強度のある、大きな船が必要となる。しかし、僕がシュッツガルドに戻っても船を融通してもらえる、ということはない気がするな。何せ、今あの国は貧乏だ。そして船は生命線。なければ経済が破綻するような状況だ。とてもとても、僕らに供出してくれるようには思えない。唯でさえ、父王や母(ちなみに、義母だ)によく思われていないのだから。


「そうじゃの……。せめて、その方法くらいは『あどばいす』してやろうかの。可愛いリアのためじゃし。」


 そこで大精霊は瞳を閉じる。そして、暫くそのまま静止する。暇な僕は、改めて大精霊を観察してみることにした。大精霊の周りは朱金に輝いており、荘厳な印象をかもし出している。――こうして黙っていれば、『神』っぽく見えるんだな。


「――だから失礼なことを考えるな、というておるじゃろうが!」


 また心を読まれました。仕方ないので僕は別のことを考えてみる。そうだな。何の話がいいだろうか――。

 とりあえず、ここで僕の身の上話でもしておこうか。え?お前の話なんてどうでもいいって?まあ、ちょっと黙って聞きなさいよ、お客さん。確か、さっき僕の母親が『義母』だといったかな?そう、僕は父王と前王妃との息子なんだ。実の母親は僕を生んで1・2年後、流行病で亡くなったんだ。そして、父王は母との離別による寂しさに我慢できず、直ぐに再婚した。それが現王妃。僕の義母って訳だ。そして、現王妃と父王の間にも一人子供――娘がいる。つまり、僕には『義妹』がいるって訳だ。

ちなみに、僕と義母はあまり上手くいっていない。というより義母に一方的に嫌われている。義母は国の大貴族の出身で、あまり身分の高くない騎士階級の娘であった僕の実母のことをよく思っていなかったらしい。だから、その息子である僕も、騎士上がりの息子が、と侮蔑していた。そして、泡よくば、と自分の娘――とその夫が王になれないものかと画策している。当然、夫(つまり父王)にあること無いことを吹き込んで、可能な限り僕を冷遇させようとしていた。そんなこんなで、僕は父王や母によく思われていない。――まあ、よくある話さ。

 とはいったものの、義妹――アリア・シュッツガルドというのが彼女の名前だが――とは結構上手くいっていた。というより、大分慕われていた。ことあるごとに、「私が、お兄様のお嫁さんになってあげるの!」と言ってきていて、僕が他の女性と仲良くしていると敵意をむき出しにしていた。まあ、シュッツガルドでは、兄妹での結婚が禁じられている訳ではないので、結婚自体不可能な話ではないし、国としては、それが一番丸く収まるのかもしれない。が、僕はベル一筋なので、出来れば丁重にお断りしたい話だ。


そんなどうでもいいことを考えていると、いつの間にか大精霊は瞑想を終了し、目を開けていた。そして、おもむろに口を開く。


「ふむ。まずはこの大陸の北、そして西の果てを目指すのだ。彼の地にて主らは海を渡る手段を得ることじゃろう。」


 ――まあ要するに、船を手に入れる、ということですね。わかります。


 北西の果てというと、海運国であるポルトガ王国だ。ここからだと大分遠い。向かうには、どの道大神殿に戻らなければいけないので好都合ではあるが。とりあえず、これで進む方向がひとまず決まった。


「わかりました。ご助力、ありがとうございます。

 では、早速大神殿まで戻り、北の地を目指したいと思います。」


 そんな僕に、大精霊は溜息を漏らす。


「……主は頭の中と、発言とが大分ずれておるようだの。まあ、面白いからいいけどのう。

 そうじゃ。どうせ『さーびす』ついでじゃ。大神殿までは、儂が魔法で送ってやろうかの。」


 それはそれは至り尽くせりなことで。まあ、実際問題、非常にありがたい話である。ここからまた下山して……、という話になると数週間は時間をロスことになる。その分を節約できるのだから。


「みー!ありがとうなのですよ!」


「よいよい。可愛いお主のためじゃ。この儂が一肌でも二肌でも脱いでやろうぞ。」


 ――だったら、クヮトラス戦でも、少しは手助けしとけよ!


 まあ、僕への試練なのだから、しないのが当然ではあるのだが。とはいえ、リアも大分危なかったのだから、ちょっとぐらいは。そういえば、ああいう『みこふく』では下着を着けないとかいうから、二肌も脱いだら何もつけていない状態なのでは?つまり幼女全裸か!それはそれで、ううん――。


「……また、なんか不遜なことを考えておるようじゃの。見せられないのならば、履いていなければよい、というものではなかろうに?

 まあよい。では、しっかりの!また会おうぞ。こんなへたれ坊主では、それがいつになるか分かったものではないがな!」


 ――くっ。この幼女め!


 その声にこたえて、僕らの体が光に包まれる。周りの景色が除々に歪んでいき、気がつくと、僕らは大神殿の直ぐ目の前の平原に到着していた。


 大神殿に戻った僕らは、直ぐに事の顛末を大神官に報告し、聖山へ増援を要請する。当然、快諾、とはいかなかったが。


「……なんとかしてみましょう。いたずらに大精霊様のご負担を高めるようでは、我らの存在する意味もありますまい。アレフ殿たちは、お気になさらず、自分の使命にご専念くださいますよう。」


 と、前向きに検討することを約束してくれた。まあ、正直あの幼女が簡単に魔物にやられるようには思えないのではあるが。むしろ、襲ってくる魔物たちに同情したいくらいだ。あの精神攻撃に曝されるのだから。


「わかりました。宜しくお願い致します。」


 僕はそう、勇者らしく返しておいた。


―Girls? Side 4 大精霊―

 誰じゃ!『くえすちょんまーく』なんぞつけたたわけは!全く、失礼な奴じゃの!何処からどうみても、まごう事なき完璧美少女だろうが!

 今日儂を訪ねてきたのは、あのへたれ――、アレル坊やの子孫じゃったか。アレル坊やに似た冴えない坊主だったが、なんだかんだ言って強運に恵まれており、皆の助けのもと魔王を打倒した先祖同様、あ奴も試練を成し遂げ再び戻ってくるやもしれん。まあ、その暁には、力を貸してやるとするかの。大精霊は嘘などつかんのでな。意地悪位はするかもしれんが。

 しかし、既に儂の可愛いリアを仲間に加えていることといい、やはり先祖同様に何か持っている、ということなのかもしれんな。それにあのリオンの娘まで……。これも宿命なのかもしれん。――おっと、語り過ぎたかの。思わせ振りも神の特権。情報は小出しにせんと、ありがたみが薄れてしまう。気をつけんと。

 ひとまず、ここから暖かく見守ってやることとしよう。勿論、旅中にリアに何かあるような事があれば、あ奴は唯じゃ済まさんが……。もぐか。うむ。そうしよう。

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