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第二章 大神殿~盗賊のアジト

第二章  大神殿 ~ 盗賊のアジト


 大神殿には幼い頃に一度だけ、父王に連れられてきたことがある。まだ、魔王による侵攻前のことだ。自分たちの国の王宮とさほど大きさ的には差がないはずであったのだが、聳え立つ神殿の威容に、若干の感銘を受けたことを覚えている。そして、今もあの頃見上げたのと同じ光景が眼前にあった。何百年とそこに存在し続けているにも拘らず、その威容は衰えることがない、むしろ増しているのではないだろうか。そう思えた。

 ――除々に朽ちて、色褪せていくシュッツガルドとは違って、ね。

 ベルも暫らく眼前に聳え立つ神殿に眼を奪われていたようだが、直ぐに我に返り、僕に先へ進むようただしてきた。

 僕たちが神殿の入り口前に立ち、いざ中へ入ろうとしたそのとき。僕たちに話しかけてくる幼い少女の声が聞こえた。


「ねえ。そこのおにーさん。おにーさんたちは冒険者さん、なのですよね?」


 振り向くと、僕たちよりも更に若い――いや、幼い少女が一人立っていた。大精霊の紋章が描かれた大きめのローブに身を包み、杖を片手に持っていた。顔立ちは幼いものの、整っており、かなりの美少女だ。大きくなったらかなりの美人になるのではないだろうか。そんな想像を見透かされたのか……。


「あ!おにーさん、今エロエロなことを想像しましたですね?

 大変なのです。僕はこのロリコンおにーさんに連れ去られて、後宮にいれられ、毎日おにーさんのエロエロな妄想の餌食じされてしまうのです。」


 ――なんだこの幼女は。どちらが妄想なんだか子一時間くらい問い詰めたいところだ。しかも人をロリコン呼ばわり。失礼なことこの上ない。


「……いや、そんなことはしないからね?

 なんか呼んでいたみたいだけど、僕たちに用があるのかな?」


 一応、幼い子どもに対するような口調で話しかける。ここで、騒がれて、ロリコン人攫いのレッテルを貼られても困る。それに、心なしかベルの視線も冷たい感じがする。

すると少女は、直ぐに何事もなかったようにもとの落ち着いた口調に戻った。


「……そうなのです。おにーさんの妄想に付き合っている場合じゃなかったのですよ。

 僕はおにーさんたちに用があったのです。おにーさんはロリコンさんみたいですけれども、冒険者さんなのですよね?」


――本当に後宮にいれてやろうか?

 僕は一瞬、本気でそう思った。実際、僕はまがりなりにも王子だ。実際問題そのくらいは不可能ではない。但し、魔王を倒し無事生還できたら、の話ではあるが。


「僕がロリコンだというところは間違っているけれど、冒険者、ということは間違っていないよ。後、僕の名前はアレフっていうんだ。彼女はベル。」


 とりあえず、一瞬の本気を押しとどめ、冷静に答える。ここでムキになったら相手の思う壺だ。それにそんなことをすればベルにいっそう冷たい眼で見られてしまう。それだけは何としても避けなければならない。


「やっぱりそうなのですね?

 よかったのですよ。ちょうど、僕のお手伝いをしてくれる冒険者さんを探していたのです。あっ、僕の名前はリア、といいますです。」


そこで一端その幼女――リアは“にぱー”という形容詞が似合うような笑顔を見せる。


 「僕のお願いをちょっと聞いて欲しいのですよ?」


――お願い、をする相手をいきなりロリコン呼ばわりかよ?

 先ほどの笑顔から一転、少々上目遣いで、眼を潤ませて同情をひいている。だが、僕は人をロリコン呼ばわりするような奴のお願いなど――いや、しかし、う~ん、後5年後に……。

などと僕が一人自問自答をしていると、ベルが横からリアに話しかけた。


「……どんな“お願い”かによる、わ。とりあえず、内容を話してみてくれる?」


ベルの助け船に、リアは満面の笑みで答える。

 ――ころころと表情が変わって面白い、か?といっても、なんかわざとらしい印象がぬぐえないのであるが。


「ありがとうなのですよ、ベルおねーさん!

……僕のお願いは、僕と一緒に町を救って欲しい、ということなのです。」


「町を救う?どういうことかしら? もう少し詳しく教えてもらえる?」


 僕の存在を無視したまま、話が続けられていく。なんて酷い扱いなんだと憤りを覚えないこともないが、“お願い”の内容はかなりまともなようなので、僕も少女の話に集中することにした。


「この神殿の西に小さな町があるのですが、最近、盗賊たちが山から降りてきて略奪をするようになったと届けがあったのです。

 本当なら、この大神殿の兵隊さんや神官さんたちがどうにかしなくてはならないのですが、魔物たちが西にある神山に侵攻してきているというので手が回らないという状況なのです。だから、こうして、このあたりを通りかかった冒険者さんたちにお願いしているのですよ。」


 それで、僕らに白羽の矢が立った、ということか。話の流れとしては特に問題はないが――。


「それを、子どものリアちゃんが何故知っていて、しかも自分で冒険者に頼んでいるのかしら? そういうのは、神殿の大人たちの役目ではないのかしら?」


 ベルの言うとおりである。こんな小さな子が個人で頼むようなことではないだろう。もっと大人の、というか神官や兵士たちが依頼すべき話のはずだ。


「……僕はこう見えても13歳なのです。

 それに、僕はこの神殿の神官さんなのですよ?」


 どう見ても9歳とか、それ以下の年齢にしか見えないのだが。だが、話しかた、というか言葉の選び方を考えれば確かにそのくらい、或はそれ以上と思えないことはない。ただ、口調はそこらへんにいるような幼女のものであるが。

それに、少女が身に着けているローブはこの神殿の神官が着ているものと同じものである。そして大精霊の紋章が入ったものは、かなりの高位の人間しか身につけられないという話をきいたことがある。もしかしたら、この少女は見かけによらず、高位の神官なのかもしれない。


「神殿は今人手不足で大変なのですよ。他の神官さんたちも魔物たちへの対応に追われて、依頼をすることすら出来ていないのです。

 だから、こうして僕がお願いしているのですよ。」


 彼女の話が本当であれば、確かに大変な事態なのだろう。魔物たちがこの大神殿を攻めてくるなんて事態は聞いたことがない。その対応にかかりきりというのは分からないでもない。とはいえ、苦しんでいる民を放置していいことにはならないが。


「……力を貸して欲しいのですよ。ロリコンのアレフおにーさんはともかく、ベルおねーさんは頼りになりそうなのです。お願いなのですよ。」


 ――いちいちロリコン呼ばわりするじゃない!

 と、いけない、いけない。こんな幼女相手にムキになるようでは修行が足りない。それに僕はこれでも勇者(候補だが)だ。困っている人を放っておく訳には行かない。


「……わかったわ。この依頼、引き受けましょう。

 ところで、本当に貴女も一緒に来るつもりなのかしら?」


 僕が余分なことを考えている間に、ベルに回答を取られてしまった。何か、調子が狂う。こういう娘はちょっと苦手なのかも知れない。


「当然なのですよ。僕はこれでも役にたつのですよ?治療も攻撃もお任せなのですよ?

それに、僕が一緒に行った方が、町のみんなから話を聞きやすいのです。」


 確かにそれもそうだ。神殿と何も関係ない僕らだけでたずねていったら、まず警戒を解くところから始めなければならない。下手すれば盗賊の一味だと思われる可能性もあるだろう。


「わかったわ。それならば一緒に行きましょう。道案内をお願いするわね。」


 おーい。頼むから僕を無視して話しを進めないでくれ。ベルまでこんな仕打ちをしてくるなんて。僕はもう泣きそうだ。


「任せて欲しいのです!

 ……引き受けてくれてありがとう、なのですよ!」

―もう、好きにしてくれ。

僕は何も口を挟まず、二人の後を付いていくことにした……。


 件の町は、大神殿から西に一日ほど歩いたところにあった。この町はどこの国にも属さず、大神殿の直轄、特別区という扱いになっているらしい。それ故、大神殿以外には助けを求められず、その大神殿が魔物対策で手一杯であるが故に放置されていた、ということのようだ。

 町の人たちはリアのことをよく知っているようで、彼女の姿を確認すると直ぐに町長のところまで案内をしてくれた。かなり畏敬の込められた眼で見られていたところを見ると、この見た目幼女は本当に高位の神官なのかもしれない(僕としてはとても納得がいかないが)。

 町長の話によると、大神殿が魔物たちの対策で手一杯になったころを見計らったように、盗賊たちが略奪に来るようになったとのこと。最初のうちは数週間に一回程度、しか短期間で引き上げていたのだが、大神殿が動かないことをいいことに徐々に頻度をまし、最近では数日に一回来るような状況らしい。人数的には、結構な数(数十人くらいいる?立ち代りで来る連中の顔を見ているとそんな感じらしい)になるようだ。また連中の住処は町から北に四半日ほど言ったところにある洞窟らしい。町人の中に狩を生業にしている人がおり、後をつけて確認をしたので間違いないとのことだ。

 町長は説明し終えると、僕たちに何度も頭を下げて懇願してきた。今のところ死者は出ていないが、このまま調子に乗らせていけば、どうなるか分からないとのことだ。町の娘も何人か連れさられており、このままではいつ盗賊たちが来るかと怯えながら家に引きこもっているしかない。

 勇者(候補)としてはこの状況を見逃すことは出来ないだろう。しかし、この人数で(なんと言っても三人しかいない)数十人の盗賊たちを一時に相手するのは流石に無謀だ。そこで、ベル、リアと相談し、次に略奪に来るときを見計らい、相手が分散している間にアジトを強襲、殲滅した後に戻ってきた連中を叩く、という方針でいくことにした。

 町の人たちには、次の来襲があった際に、なるべく長い間連中を町中に留めさせるようお願いし、僕たちは北にある盗賊たちのアジトへと向かった。


 町の人たちからの情報通り、北へ向かって四半日ほど歩くと、盗賊たちのアジトらしき洞窟が見つかった。僕らは、洞窟近くの林に身を潜め、盗賊たちが出てくるのを待った。


「はやく出てこい、なのです。あまり時間をかけていると、我慢の足りないロリコンのアレフおにーさんに襲われてしまうのです。」


 ――貴女のことなんて襲いません。ええ、本当に。ベルなら、ちょっと考える――いや、是非とも襲わせて頂きたいところですが。


「大丈夫よ、リアちゃん。その時は私がアレフに引導を渡してあげるから。」


 ひどっ!ベルさん、それは幼馴染に対してあまりにも酷い扱いではないでしょうか?

 二人の会話を、涙を流しながらただただ聞いていると、不意に洞窟内部より大勢の人間の気配がした。僕らは会話を中断し、息を潜めて待つ。暫らくすると、洞窟内部から思い思いの武装をした柄の悪い男たちが出てきた。その先頭には、その中でも特に柄が悪い、大柄の男の姿が見える。


「きっとあれが盗賊団の親分さんなのですよ。」


 確かに、そんな感じだ。実に分かり易くていい。昨今は見た目と中身が一致しないのがはやりだが、実に判別が面倒臭いと常々思っていたところだ。

その大男は、見送りに来ていたのだろうやや細身の男に対して、何か2、3事告げた後、部下を引き連れて町の方へ去っていった。細身の男はそれを見届けると再び洞窟の中へ引き返した。


「……上手くいったようね。今の感じからすると大体10数人は町へいったみたい。町での情報が正しければ大体2分割できた、ということになるわ。」


「よし。もう30~40分くらいここで様子をみて、それから中へ入ろう。」


 仮に異変を感じても引き返そうとしても、直ぐに戻ってこられないくらいの時間は稼いでおかないといけない。中の奴らを首尾よく仕留められても、疲弊したところを戻ってきた連中に襲われてはたまらない。出来れば途中で引き返してくるようなことが無ければいいのだが。


「各個撃破、なのですよ!」


 そう上手くいけばいいが――。

 結果から言えば、僕たちの作戦は成功し、上手い具合に留守番部隊を各個撃破することが出来た。副頭目――入り口で見送っていた細身の男だが――には若干苦戦させられたが、他は大したことがなかった。リアも想像以上の働きをみせ、今までより大分戦いが楽になった、というのが率直な感想だ。彼女が回復・攻撃の魔法を専門に使ってくれるお陰で、僕とベルは武器による連携攻撃に専念することが出来た。

 囚われていた町の娘さんたちも無事に救出できた。彼女たちには洞窟から少し離れた場所に隠れてもらい、僕らが迎えにくるまでじっとしているようにお願いしておいた。町に戻る途中で頭目たちと鉢合わせをしてしまうとまずいからだ。そして、僕らはまた入り口近くの林に身を潜め、体を休める。内部の掃討が順調にいってくれたお陰で、大分余裕がある。これなら万全な状況で残りの掃討に当たれそうだ。


「なかなか順調にいっているのです!これもお二人のお陰なのですよ!ありがとうなのです!」


 上手く退治できているのが余程嬉しいのか、若干興奮気味だ。まあ、感謝されて悪い気はしないが。うん。これでようやくまともな扱いだ。ただ単に今までが酷過ぎる扱いであっただけともいえるが。


「リアちゃん。そういうことは、残りも退治出来てから、ね?油断は禁物だわ。」


 そうベルが嗜める。そう、浮かれて調子に乗っていると些細なミスをしがちになる。こういう時こそよりいっそう慎重に、だ。


「はあい、なのです。」


 素直にベルの言うことを聞き、照れくさそうに返事を返すリア。歳相応(=見た目)の笑顔だ。

 ――何でベルの言うことだけは素直にきくのでしょう?僕のことはロリコン呼ばわりで、あることない事言ってくるのに。これは差別ではないですか?

 交代で仮眠をとりつつ待っていると、数時間たった頃に町の方から大勢の人の気配がした。連中の姿を眼で追ったが、幸いなことに今回は町の娘が連れ去れてきていないようだ。

 全員が中に入ったところを見計らって間髪をおかずに突入する。


「なっ、なんだ!てめえらは!!」


 しんがりを努めていた男が声を張り上げたが、僕は躊躇せずその男に駆け寄る。男は迎撃しようと慌てて持っていた斧を振り上げようとしたが、そこまでだった。僕が胴を切り抜け、ベルが喉元を突いて止めをさす。

 そして、異変に気付いた賊たちが奥から出てくるが、まばらな上に動きが鈍い。恐らく、町では豪遊していたのだろう。そこで気分よく帰ってきたら仲間たちの姿がみえず、そして急な襲撃だ。混乱するのも無理は無いだろう。

僕たちは狭い通路を陣取り、協力して各個撃破していく。そして、その勢いに任せ更に奥へと進む。


「親分さんの姿が見えないのです。」


 そう、奥から出てきた盗賊たちの中に、あの頭目らしき大男の姿が見えなかった。他の雑魚はともかく、彼を放置しておくわけにはいかない。僕らは塔目の姿を探して奥へ奥へと進んでいく。

そうして、ようやく頭目のものと思しき部屋まで来たのだが、肝心の大男の姿が見えなかった。


「どこにいったんだ?流石に牢屋の方へ行ったとは思えないのだが……。」


 僕らは部屋の中を見渡す。散らかってはいるが、最初に入ってきたときと変りはないように見える。何か――。


「……あそこの棚、壁との隙間が広がっていないかしら?」


 と、ベルが指差したのは、部屋の片隅にある変哲も無い棚だ。よくみると、確かに不自然に壁から距離が空いている。それも片側だけ――。


「もしかして……。」


 そういって、僕は棚へ近づき、壁との間隙に手をすべり込ませる。そして上下にスライドさせていくと――。


「……あった。スイッチだ!」


 壁側に、薄い囲いされたスイッチが見つかった。しかも、棚側もそれに応じた形状に削られており、傍目から分からないよう細工されている。


「おしてみるのですよ!アレフおにーさん!」


 ――何かのトラップじゃないよな?流石に自分の部屋に致命的なトラップは仕掛けないと思うが。多分隠し扉だか、通路だよね。

一瞬逡巡したが、ここでぐずぐずしていて逃げられたのでは意味がない。僕は意を決しスイッチの突起を押し入れる。ぽちっ、とな。

すると、部屋の隅の壁が、大きな音をたてて、上に引き上げられた。その先にはと闇が続いている。恐らく、曲がりくねった上でどこかに通じているのだろう。


「いきましょう。」


 そういって先に進もうとするベルを制し、前にでて先頭で闇の中へと入り込む。

 ――流石に、ベルを一番危険な位置に置く訳にはいかない。仮に彼女の方が危険感知に優れ、動きが俊敏だとしても、だ。何といっても、僕は“勇者”だからね。

暗闇の中、壁を伝って慎重に奥へと歩を進める。当然明かりは使わない。闇の向こうにいるであろう頭目に悟られたら元も子もないからだ。そのままどこかに逃げられる(外まで通路が続いていたら、だが)ならともかく、こちらが待ち伏せを受けるようなことになったら大変だ。命にかかわる。

 暫く進むと、前方に薄明かりが見えた。どうやら開けた空間になっているようだ。僕は尚いっそう慎重にその明りへと近づく。

 ――いた!

 空間――部屋の奥の方に、頭目らしき男の姿をとらえた。男の周りにはアクセサリーや、金貨等、“金目のもの”が散乱している。どうやら、この部屋は“頭目の宝物庫”のようだ。頭目らしき男はそれらを一心にかき集めている。おそらく、襲撃者から身を隠すのと同時に、脱出後の資金を調達しておこうという腹だろう。用意がいいのか、ただ単に強欲なだけか。まあ、そのお蔭で、僕らはまだ彼に気づかれていないのだが。

 僕らは武器を身構え、その男に近づく。後数歩、というところまで近づいた時、不意に頭目らしき男がこちらを振り向く。


「な、なんだ!貴様らは!」


 男は、すぐさま傍に放置してあった大剣に手を伸ばす。それは見た目によらず機敏な動きであった。

 ――意外と反応がいい!

 内心舌打ちをしつつ僕は剣を振りかざして、間合いを詰める。振り下ろした切っ先が大男の頭を捉えた、かと思われた瞬間、乾いた金属音を響かせ刃がせき止められた。男の大剣が、ぎりぎりのタイミングで僕の剣を受け止めたのだ。そして、見かけ通り、いや、それ以上の力で僕の剣を弾く。


「くっ!」


 僕は体勢を崩し、後ろに下がる。不意打ちには成功したが、一撃で仕留められなかった。結構期待をしていたのだが、男の反応が想像以上の速度だった。


「返り討ちにしてやる!!」


 男は叫び、大剣を軽々と振り上げ、僕に向ってきた。しかも、先ほどの反応と同様に想像以上の速度で、だ。ただ、動きそのものが俊敏というよりは、無駄のない間合いの詰め方、というのが実感だ。もしかしたら、正規の訓練を受けていた軍人だったのかもしれない。そして、その鋭い切っ先が僕を捉えようとした直前。


「聖霊の守りよ、なのです!」


 リアの声が響き、僕らの体が青白い光に包まれる。

 ――身が軽い!

 あたかも体重が半分にでもなったかのように体が軽くなる。どうやら、リアが“守備力増強の魔法”をかけてくれたようだ。そのお蔭で 僕は切り裂かられる寸前でバックステップし、辛くも刃から逃れることに成功する。


「玲瓏なる刃よ!」


 そこへベルの魔法――氷の刃が飛ぶ。頭目は体を捻って刃をかわそうとしたが、避けきれず右腕・肩に裂傷をうける。


「ぐっ!」


 たまらず、頭目の口から苦痛の呻きが漏れる。僕は一歩踏み込み、更に一撃を加えようと試みたが、またしても男の俊敏な動きに阻まれる。

 しかし、そこへ右翼からベルがレイピアによる刺突を加え、左肩に傷を加える。たまらず頭目が一歩下がる。


「風よ、斬り裂け!なのです!」


 リアが風の刃で追撃をかける。たまらず、頭目が膝をついた。それでも、頭目は直ぐに立ち上がる。しかし、流石に傷が重いのか、足元がふらついている。

 ――今だ!

 僕が間合いを詰めて頭目の胴を斬り払う。同時にベルが胸元へレイピアを突き刺す。


「ぐっ、がぁ!ば、ばかなっ!」


 鈍い音を立てながら、切っ先が頭目の体に飲み込まれる。そして、頭目らしき男は口から血を吐き出すと、そのまま前のめりに倒れた――。


「やったのです!依頼した甲斐があったのですよ!」


 その姿をみて、リアが無邪気に喜んでいる。対照的に、僕の心臓は未だ早鐘を打っている状態だ。なんといっても初めての“対人戦”、そして強敵だった。魔物相手とはまた違う緊張感。そして、恐らく――。


「恐らく魔物に滅ぼされた国の兵士が流れてきたのでしょうね。」


 ベルが僕の思っていたことを代弁してくれた。そう、もしかしたら、本当に魔物からは、町を“守って”いたのかもしれない。もはや確かめようはないのであるが。


「さて、町へ戻るとしようか……!」


 そう、気を取り直して、僕は宣言した。そして、僕らは洞窟を後にした――。


 僕たちは町に戻ると、洞窟での顛末を町長へ報告し、もう盗賊たちが襲ってくることはないだろうと告げた。町民たちは皆喜んでくれ、何かお礼をしてくれると言ってくれたのだが、それは丁重に断ることにした。何故か、って?だって僕らはそもそもリアの依頼で盗賊退治を行ったのだから、対価は当然、リアから取るのが当然だ。本人から、でなくても、大神殿に戻れば神官たちから貰えるだろうし。本来は彼らの仕事なのだから。それだけの話だ。当然、リアにからだ――何て思っていませんよ?僕はベル一筋ですから。ええ本当に。だから、ベル!そんな汚いものを見るような目で僕を見ないでくれ!

 と、僕たちは惜しまれつつも、急いで町を離れ大神殿へと戻ってきた。神殿入口の守衛は、リアの姿を見、そして僕たちを訝しげにみつつも、直ぐに中へと通してくれた。中に入ってからもスムーズに奥へと進むことができ、僕たちはようやくこの神殿を治めるもの――大神官と対面することとなった。


 僕らは最奥にある応接間に通された。部屋の中の調度品や装飾は華美ではないものの、洗練され、厳かな雰囲気を醸し出していた。それは造詣を持たないものにも、ここは”最高級”のもてなしをする場所だとわからせるに足る程である。


「……随分といい待遇ね。これも、あの娘のお陰かしら?」


 いや、僕も一応王子ですから、これ位の待遇で当然――のはず。まあ、あまり国でも優遇されていなかったが。それに、「勇者候補」だからね。

 どうもベルには、僕の威厳や高貴さは伝わっていないらしい。こんなにも溢れ出んばかりだというのに。まあ、変にへりくだったり、媚びへつらったりするよりはいいのだが。何といっても幼馴染の親友にして、僕の花嫁候補?だから。


「……何か、とても勝手なことを考えている気がするのだけど?」


 鋭い。僕はベルに無言で睨まれつつ、大神官の到着をまった。

数刻後、部屋に近づいてくる足音が聞こえてきた。大理石の地面が乾いた音を立てているだけなのだが、どこはかとなく威厳を感じさせる音だ。くそ、僕だって・・・。

 しかも足音は複数。音からすると兵士等ではなさそうだが。


「きたみたいね。」


 ベルの言葉に頷き、僕は入口のドアの方へ注意を向ける。

足音の主たちは、ドアを三回ほど軽く叩くと、中へはいってきた。先頭には長い白髭を蓄えた爺さん――これが大神官であろう――そしてその後ろには、満面の笑顔のリア、そして、お茶などの応接セットを持った女官がつき従っていた。


「おっと、そのまま座っていてもらってかまいませんよ。

 ……シュッツガルドからいらした、アレフ王子と、ベルさんでよかったかな?」


 立ち上がろうとした僕達にそう声をかけて制すると、その老人は僕達の対面に座った。続いて、リアもその横に座り、僕たちに笑顔を向ける。女官は、全員によい香りのするハーブティーを配膳し、一礼をして部屋から退出していった。

それを見届けると、老人はおもむろに話かけてきた。


「アレフ殿とは初めてお会いした、という訳ではないが、改めて名乗らせて貰おうかの。

 私はブライ・フォートセバーンと申すもの。この神殿の大神官を務めておる。」


やはり、この老人が大神官で正解のようだ。まあ、大神官に会いに来たのに、他の人間が出てこられても困るのだが。


「さて、話は孫のリアから聞かせて貰った。御苦労をかけてしまい申し訳なかった。そして、ご助力に感謝させて頂こう。ありがとう。」


「いえ、当然のことをしたまでです。苦しんでいる人たちを無償で救うのが勇者、というのものですから」


 と、とりあえず謙遜しておく。実際にはベルの好感度アップと、あわよくばリアを――

 と、いけない、いけない。僕は勇者なのだから、そんなことは全然考えていませんよ?勇者の心は無私無欲、奉仕の心、と。


「ふむ。アレフ殿の心意気は素晴らしいですが、リアからは依頼をさせて頂いた、と聞いております。それに本来であれば我々が行わなければならなかったこと。心ばかりの御礼を差し上げたいと思うのですが、受取っていただけますかな?」


 ――よかった。無償とは言ってみたものの、本当にただ働きだったらどうしようかと思ったところだ。


「お心遣い、感謝致します。

 ……謹んで拝領させて頂きます。」


「おお!よかった。では、お礼の品は後ほど、先の女官に届けさせて頂きます。」


そこで一呼吸おき、大神官は話を続ける。


「さて、ここからが本題なのですが、アレフ殿はやはり“勇者の試練”をうけられに来た、ということでよいのですかな?」


 その質問に僕は頷いた。


「はい。聖山に登る許可を頂きにまいりました。」


 と言っても、みんなには分からないと思うので、ここで説明を加えておこう。

この世界――ジ・エルデにおいて、『勇者』というのは『大精霊の勇者』をさす。世界の守護者である大精霊に認められた人間、大精霊の代理として世界を守護する任を負ったものを『勇者』と呼ぶ。この、大神殿において、祭られているのも『大精霊』だ。

 『大精霊』は、異世界(この世界以外にも『世界』というものが存在するらしい)からの侵略からこの世界を守護したり、住人たちの紛争がいきすぎて世界に負担がかかり過ぎたりしないよう調停をしたりしている。とはいっても、基本的には干渉してこない。紛争に関しても、よほど大きく、世界を荒廃させるような懸念がなければ基本的に介入してきたりしないのだ。異世界からの侵略に対しても同様らしく、基本的自らは手を下さず、住人たちに助力をするという形をとる。その『助力』をうける直接の対象が『勇者』となる訳だ。当然、その『勇者』に関しても選別が行われる。その選別は『勇者の試練』呼ばれている。その試練を受けるためには、まず大精霊から『許可証』である『勇者の印』を受け取る必要があるのだが、大精霊がいる聖山はこの大神殿の管理化にあるため、まずはここに登山の許可を得に来たという訳だ。


 「ふむ。かつての勇者、アレル様の血をひき、かつ此度の山賊退治を完遂なされたアレフ殿には十分その資格はあるかと、私は思います。登山の許可をお出しすることには異論は特にありません。

しかしながら、東のロレンシアに居を構えた魔王の手下たちが、聖山へと向かって侵攻をしているという情報がはいっております。今、聖山に向かわれるのは非常に危険でしょう。『勇者候補』となられるであろうアレフ殿が、今の段階で危険を冒されるのは、あまりお勧め出来ないというのが正直なところです。」


 大神官様の言葉にも一理あり、暫く時期を待つ、というのも楽でいいのであるが、僕は優等生らしい回答を返すことにする。


「危険は承知の上で、です。何といっても魔物たちの攻勢はとどまることを知りません。このまま放置しておけば、数多の国や町が滅ぼされ、民は苦しむことになってしますでしょう。今は立ち止まって機を待つ、というような余裕はないと考えます。」


「それに、魔物が聖山の大精霊様を狙っている、というのであれば尚更行かなくてはならない、と考えます。勿論、数多の闇を退けてこられた大精霊様のことですから、よもや、ということはないとは思います。しかしながら、座して福音を待つような人間に対し、力を貸して頂けるとは思えません。今が起つべき時、そう私は考えます。」


 そう、恩を売るにはタイミングが重要なのだから。実際にはたいしたことでもないとしても、タイミングと演出次第によっては高く売ることができる。――勿論口にはださないけどね。

 大神官は黙って僕をまっすぐ見つめた後、おもむろに目を閉じた。


「……ふむ。決意は固いご様子ですな。流石は勇者のご血統、と感嘆してしまいます。

 では、もう何も言いますまい。お気をつけて行かれますように。」


 そういうと、大神官は懐から書状を取り出し、僕に差し出してきた。


「これをお持ち下さい。山の管理官たちをお見せいただければ、問題なく登山が 許可されることでしょう。」


 僕は書状を丁重に受け取り、深深と一礼する。


「ありがとうございます。」


 彼に好印象を与えておくにこしたことはないだろう。勇者となる、ならないにせよ、だ。僕もいずれはここでベルと――。


「……ひとつ提案、お願いがございます。

 勇者のお供は我ら大精霊様に仕える神官の使命でもあります。しかしながら、東の脅威があるこの状況下において私自身がここを離れる訳には参りません。

そこで宜しければ、なのですが、私の孫、リアめを連れて行ってはくださいませんか?

山賊退治をなされた際に見られたかとは思いますが、リアは若いながらも魔法の扱いに長けております。アレフ殿のお役に立つことは、私が保証致します。」


「リアさんを、ですか?」


 ――願ってもみないことではある。見た目は幼女で、言動は気に食わないが、魔法の腕は確かだ。彼女がサポートしてくれば僕とベルが攻撃に専念できる。悪い話ではない。折角の二人旅が邪魔されるのはうれしくないが、今後二人だけで戦い続けるのは厳しいだろうと想像がつく。ここは――。


「わかりました。リアさんをおかり致します。

 ご安心ください。きちんとお守りして見せますので。」


 ――ベルの次位には。


「おお!ありがとうございます。

 しかし、お気づかいは無用です。我らも大精霊様にお仕えし、世界を守護する使命を担うもの。どのような運命も覚悟しております故。」


 大神官はそこで横のリアの方をむく。


「リア。少々早いか、とは思うがこれも我らの使命故。お前ならば、大丈夫だと私は信じておる。立派に役目を果たすのだよ。」


「わかったのです。お任せ下さい、なのですよ。」


そう言ってリアは満面の笑顔を見せる。そして改めて僕らの方を向いた。


「宜しくお願いします、なのですよ。

 ベルおねーさんに、アレフおにーさん。」


――やっぱりベルの方が上なわけね。


 女官からお礼の品――守りの腕輪をうけとり、装備を整えると、僕らは直ぐに聖山へと向かった。大神殿から東へ数里行き、山間を抜けながら北上する。今までの中で、最も長い旅路と言える。リアも僕らに遅れず、というよりむしろ僕よりは元気に旅路をついてきた。なんでも、聖山へは何度か行ったことがあるらしく、慣れた道、だという話だ。途中何度か魔物に襲われることもあったが、三人パーティー?となった僕らはそれを難なく撃破した。そんなこんなで僕らは聖山へ到着した――。



―Girls Side 3 リア・フォートセバーン―

 今日、僕はベルおねーさん、そして勇者候補であるアレフおにーさんと一緒に旅に出ることになりました。ロリコンで、ちょろいアレフおにーさんはともかく、ベルおねーさんは強く優しくて、しかもとってもいい人なのです。長い旅に出るのは初めてなので、ちょっと不安なのですが、きっとベルおねーさんがいれば大丈夫だと思います。盗賊さんたちの退治も、分断作戦が上手くいきましたし。

 ――それにしても、あのアレフおにーさんは危ない感じがするのです。ケダモノなのです。ベルおねーさんを狙っているのがばればれなのです。しかも、あわよくば僕も、という魂胆が透けているのです。勇者候補でなければ、さっさと獄中にぽいっ、汚物は消毒しているところなのですよ。ベルおねーさんのてーそうを守るためにも、僕がしっかりしなきゃなのですね。

 とはいえ、勇者候補だけあって、能力はそれなりにあるようなので、ベルおねーさんと僕でしっかり手綱を握っていいように働かせれば、世の中のために役立たせることはできそーなのです。責任重大なのです。ふぁいと、おー!なのですよ。

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