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第一章 旅立ち~大神殿

第一章 旅立ち ~ 大神殿


城を出るところまでは大きなセレモニー、というよりは一種の見世物となっていたが、町まで出た後は静かなものであった。

町の住民にも王子――僕の旅立ちは知らされているであろうが、人々は皆、日々を生きるのに必死だ。父は別に良王、賢王というわけではないし、時期が時期なだけに、軍備への予算配分のため税額も高くしている。人々の暮らしは決して楽ではないだろう。生活苦と魔物へ恐怖から町ゆく人々の姿にも活気は見られない。寂れた町なかをくぐりぬけ、町を囲っている塀の近くへと向かう。シュッツガルドの城は山を背に塀に囲われて建てられている。そしてその周りに町ができており、更にそれを外界と隔てる塀がつくられている、という構造だ。一部は海にも面しており、船が行き来する桟橋がいくつかつくられている。

僕は直ぐに町を出て大草原に身を乗り出し――たりはせず、“約束の”場所へと向かう。

そう、約束の場所。父親には“ひとりで”といっていたが、実際にはともに旅立つ仲間がいる。その人物との待ち合わせ場所だ。

町外れの林に足を踏み入れ、しばらく行くと、目印の大木のところに少女の姿が見えた。

少女は外套を纏い木に背中をもたれかけ、眼を瞑っていた。身じろぎもしないその姿、パッと見で寝ているようにも思わせる。

――待たせてしまったかな?

僕が少し足を速め、彼女に近づくとおもむろに薄桃色の唇が上下し、


「……遅かったわね?」


と、淡々とした声で話し掛けてきた。僕は、心持申し訳な気な声色でそれに答える。


「申し訳ない。

 ……父の話が無駄に長くてね。待たせてしまったかな?」


 ここで彼女、僕の旅の仲間となる少女のことを紹介しておこう。

彼女の名前はベル。ベル・トーラス。僕の所謂幼馴染だ。

ベルは町に住む薬屋の娘。昔――僕が幼かった頃、退屈さのあまり城を抜け出して町に出ていた時に彼女と出会い、何気なく彼女に話しかけた。それ以来城を抜け出しては彼女とともに遊ぶというのが僕の日課となった。

 彼女はその華奢な風貌と異なり、剣が達者だ。子どもの頃から何度も手合わせ――チャンバラだが――をしてきたが、僕に劣るとは思えない。実際問題負け越している。そして彼女は魔法も使うことが出来る。そんなだから、父親から旅立ちを命ぜられるのが分かって直ぐ、彼女に相談した。何せ剣の腕もたち、魔法も使えてしかも気心もしれている。旅立つのに、こんなにいいパートナーはいないだろう。

 それに僕は――恐らく彼女の事が好きだ。こんないつ滅ぼされるかも分からないところに置いて旅立つより、自分と一緒に来てもらった方が安心できる。それに旅の途中で彼女との仲も進展するかもしれない。そんな淡い希望も持っている。――淡い希望で終わるという可能性もあるが。結局、彼女にもこの町をでて外の世界に旅立ちたいという願望があったため、僕の願いは聞き届けられ――この日を迎えた訳だ。


「まあ、次聞くのはいつになるか分からないからね。聞き納めとして、たっぷり聞いておいたよ。……まあもう当分聞きたくはないけどね。」


 僕の軽口に、ベルが答える。


「実の父親に対して、随分と酷い言いようだこと。まあ気持ちは分からないでもないけれども。」


 そういって彼女は若干表情を和らげた。彼女も少し緊張していたのだろう。何せ一国の王子――僕のことだが――の旅立ちに同行するのだ。しかも非公式に。本当に来るのか疑っていたのかも知れない。とりあえずそうであって欲しい、という僕の希望もあるのだが。僕はそれに気をよくし、更に続ける。


「はははは。まあ父の話は長くかつ内容がないので、国民から人気がないからね。それは身内に対してでも変わらないよ。とはいえ、それも、今日で聞き納めだと思えば可愛いものさ。

……そろそろ行こうか?日が落ちる前に町をでないと、旅立つのも面倒くさくなりそうだ。」


 空を見上げると、雲ひとつない蒼天の中央に、我が物顔で君臨する太陽が見えた。

 ベルも若干空を仰いだ後、顔を僕のほうに向けなおし、肯定の言葉を返した。


「……そうね。

まずは、北西にある村、リザーブに向かう予定だったかしら?」


 ひとまずは予定の確認。といっても、ここからどこかへ行くとすれば山沿いに北上するか海路へと出るしかない。僕に船を用意してくれるような気の利いた父王ではないので、当然陸路での移動となる。


「そう。リザーブを経由して山を回りこみ、東に抜ける。

 まずは大神殿と聖山に行き、勇者と認定して貰わないとね。昨今では勇者の末裔だからといって勝手に勇者と名乗っていいわけではないという風潮のようだから。何事にも“物的証拠”だとか“後ろだて”が必要になる訳だ。まあ、もともと、そういう仕組での“勇者”なのだから文句を言っていても仕様がないんだけどね。」


 今度は、話に特に食いつくこともなくさらりと流して話を続ける。


「分かったわ。では早速いくとしましょう。」


 そういってベルは出口へと向かって歩き始める。全く気負いをみせないその様子に僕は安心する。可憐な風貌に見合わない強靭な意志。いつものベルだ。これならばいつも通りの自分と旅立つことが出来る。僕らの前途に英霊達の祝福を。そしてできれば縁結びの精霊の祝福も。そう願いながら僕はベルの後を追って歩き出した。



―Girls Side 1 ベル・トーラス―

 今日はアレフとともに、この町、しいてはこの国から旅立つこととなった日。――気軽にアレフ、なんて呼びつけにしているが、相手はこの国の王子。一方の私は街の小さな薬屋の娘。本来なら声をかけるのも憚れる間柄だと思う。――いつからだったかあまり覚えてはいないけれど、城を抜け出して市井に繰り出していた彼に声をかけられて以来、今では結構長い付き合いとなった。色々とやんちゃなこともして、気心が知れている仲だと思っている。彼の方は本のお遊び程度にしか考えていないかもしれないが。それでも、突然魔王退治の旅に同行して欲しいと相談されたときは流石に吃驚した。正直、結構迷ったのだけれど、私としても行方不明の父を探しに行きたいという気持ちがあったので、最後には同意することにした。彼と二人だけで、魔王退治なんていう大きな目標が達成できるかは非常に怪しいと思っているけれど、旅の途中で少しでも父の足跡が辿れればいいと考えている。彼にはちょっと申し訳ないが。本人も窮屈なこの国から抜け出せればそれでいいと思っていそうなので、結局似たり寄ったりかとも思う。

 父――そう、あの日私と母を置いて去っていった父。「必ず戻る」と言っていたが、それから一度も顔を見せていない。優しかったあの父が、私たちを捨てて行ったとは思えないのだけれど、流石に心配になってくる。少しでも影を掴めればいいのだけれど――。



―Girls Side 2 アリア・シュッツガルド―

 今日、愛しのお兄様が旅立たれてしまいました。年老いて動きが鈍った(と自称している)父の代わりに、魔王を打倒するという大役を担われて。今でも毎日のようにお母さまと仲睦まじくされているのにどの口が、と言いたいとところですが、確かに現状で国の元首が抜けるのは流石に望ましくない(かつお母さまでは不安)というのも事実ですので、仕方がない部分もあります。少し、いやとても寂しいのですが、これでよかったと思える部分もあります。

それに、もしお兄様が晴れて魔王を打倒して帰還された暁には、王位を引き継ぐこと、しいては私との婚姻に異を唱える人間がいなくなるはずです。何といっても、救世の英雄となられるのですから。その望みを簡単に阻める人間はいないでしょう。例え普段小うるさく、邪魔ばかりなさるお母さまだとしても。何かよからぬことを企むようであれば、その時は私も容赦なく切り捨てられるというものです。今直ぐは難しくとも、数年後にはお母さまを凌ぐ程度の権勢を得る自信はもっておりますので。

た だ、ひとつだけ懸念事項があります。旅立たれたお兄様に同行者がいる、という話です。しかも、年の近い女性の方だとか。おそらく、噂に聞いていた、お兄様がよく城を抜け出されてお会いしていた、城下町にある薬屋の娘だと思われます。話に聞くと、かなり優秀で、かつ顔もそこそこの美人とのことですが、父親の素性は不明、しかも現在は行方も不明だとか。お兄様も市井の娘と遊ぶなとは申しませんが、きちんと正妻たる(となる予定の)私のこともよく考えて頂きたいものです。とはいえ、剣・魔法の腕は立って、かつ薬の知識もあるということですので、旅のお供としては悪くないというのもまた事実です。もし、お兄様の救世の役に立たれて戻られるようなことがあれば、側室の地位くらいは差し上げるのも致し方なしでしょうか。勿論、正妻の座は譲れませんが。

 何はともあれ、お兄様がご無事で戻られることをまずはお祈りしましょう。あまりご利益があるとは思われない大精霊様ですが、少しくらいはお仕事をして下さいますように。



 城下町を出て西へ一路。山を迂回しつつ北上した先、森の傍らにリザーブの村はあった。町を出ておおよそ1週間程の旅路だ。

今もさほど栄えている村ではないのだが、大昔よりは若干ましになったという話だ。

 数十年ほど前に、シュッツガルドが度重なる河川の氾濫、海の侵食により大陸中央部と完全に分断された。そのため、山を迂回して陸路でシュッツガルドへ来る商人、旅人たちの中継基地としてこのリザーブが使用されるようになったためだ。

 とはいえ、現在シュッツガルドと他国、他大陸との交易はほとんどが海路で行われているため、“昔より若干まし”になった程度に留まっている。ここはそういう村だ。

 ここまでにつくまでに怪物ども――といっても不定形の粘性液体だとかの低級モンスターとではあるが、何度か遭遇した。中には鳥類で鋭い爪をもった手強い魔物もいたが、長年培ってきたベルとのコンビネーションで華麗に――かろうじて退けてきた。

 その過程、結果といっては何だが、驚くべきことに自分にも魔法が使えることが判明した。具体的にいえば、“治癒”の魔法が使えるようになったということになる。今はそれだけであるが、魔法が使えるのと使えないのでは大きな違いだ。何かひとつでも使えれば、今後が期待できる。流石に勇者であったご先祖様は偉大だったということだろう。これで今後の旅が若干楽になる。なかなかいい滑り出しだ。ちなみに、このシュッツガルドの周りの魔物たちはそこまで強力ではない。僕ら駆け出しの冒険者一行でもどうにか戦える程度だ。

 ――え?よくあるご都合主義だろう、って?

 そんなことはないさ。なんと言っても今のシュッツガルドは歴史だけある“片田舎”の国だ。大して重要な位置にもなく、強い軍隊も保有していない。魔王にとっても、攻め入る優先度が低い地域と言っていい。逆に、今は攻め滅ぼされ、魔物たちの拠点となっているロレンシア王国は、大陸中央部に位置し、大神殿までも近い要所だ。それなりに強力な軍隊も有していたし、真っ先に制圧目標にされて不思議ではない。当然、そういう“要所”に魔物たちの主力も配備されることとなり、こんな片田舎に派遣される連中は大した魔物ではない、という結果になる。まあ、お陰で助かっていると言えなくもないが。

 村について直ぐに口から漏れ出た言葉は、率直な村への印象であった。


「……やっぱり寂れた村、みたいだね。

 まあ、宿に泊まれるだけましと思えばいいかしら。」


 ベルがそう言い、宿を探して歩き出す。

 実際問題、宿に泊まれるだけましというものだろう。なれない野宿で結構窮屈な思いをした分、尚更そういう感が強い。まあ、いずれは何も感じなくなるとは思うのであるが。とりあえず僕も彼女対しに同意を示し、その後をついていく。

暫く散策すると、直ぐに宿は見つかった。小さい村だから一巡りするのにそんなかかるものでもないのだが、なんと言っても村のメインの“産業”だ。建物の作りが他とまったく異なっていて、分かりやすかった。

 宿の中に入ると初老の男がカウンター越しに僕たちを出迎えた。全く客がいないというわけではないが、満室御礼という訳でもない。そんな客の入り具合が、周りを見回すと見て取れた。問題なく泊まれるという判断を下した僕らは、ひとまず部屋の交渉を始める。

 結果、残念ながら二部屋以上の空きがあることからベルとは別々の部屋で休むこととなった。僕としては一部屋の方がうれしかったのだが。路銀の節約だとか敵襲に備えてだとか適当なことを言って同じ部屋にすることを主張することも考えたが、まだ先は長い。いくらでもチャンスはあるだろうと考え直し、自重することにした。

 ――チキン野郎と罵りたければすればいいさ。

 その夜は、旅の疲れもあり何か夢を見るでもなくぐっすりと眠ることができた。特に何か事件が起こるということもなく、平穏に夜が明ける。


 翌日。チェックアウトをしようとした僕らは、店主である初老の男――実は村長でもあるようだが――に魔物、ゴブリン退治を依頼された。

詳しい話を聞くと、なんでも最近南の山間にある洞窟に変種のゴブリンが住み着いたらしい。それ以来、その変種ゴブリンに統率されて、しばしばゴブリンたちが村を襲うようになったということだ。困った村長は宿に泊まる見込みのありそうな人間――冒険者に手当たり次第に退治を依頼しているようだった。

 あまり悠長にゴブリン退治をしている暇はないのではあるが、一応僕もこの国の王子だ。国民が困っているのを見てみぬふりして通り過ぎるのも気が引ける話だ。それで、ちょっと寄り道をしてゴブリン退治をしないかとベルに提案したところ、


「……好きに決めていいわ。」


と了承が得られた。

そんな経緯で、一旦大神殿への旅を中断し、僕たちは南へ一両日ほど行ったところにある洞窟へゴブリン退治に向かうこととなった。


ゴブリン退治は、特に問題なく完遂できた。初めてのダンジョン探索ではあったが、住着いている魔物たちもさほど手ごわくもなく、込み入った内部構造でもなかった。

 ただ、奥に住着いていたゴブリンたちのリーダーは魔法を使用してきて、僕たちを驚かせた。見たこともないような体色をしていたことも考えると、もしかしたら魔王と同じように“異世界”からやってきたゴブリンだったのかもしれない。

奴らのいた奥の区画にあった壁にはよく分からない模様が描かれており、ベルが若干興味を示していた。僕にはよく分からなかったが、この“世界”の文字ではないのではないかとベルは推測していた。興味深い話ではあったが、旅は長い。こんな洞窟の奥で悠長に研究なんてしていられない。そうそうに切りあげると、僕らは復路へとついた。

 リザーブの町に戻り、退治したことを手早く報告すると、僕たちは直ぐに東へと旅立つ。寄り道のお陰で少々遅れ気味となったため、少し歩を速め、一路東へと進む。

 その後も旅は順調に進んだ。僕たちは、東の山間を抜け、港町コナンベリーを経由して北上し、大神殿へと向かうルートをとった。途中のコナンベリーでは、鋭い眼をした若い剣士とすれ違った。僕らよりも少し年若そうであったが、かなり腕が立つように見えた。ああいう剣士が仲間にいれば心強いのではあるが、声を掛ける前に町から出て行ってしまった。

 貴重な戦力が得られなかったのはちょっと残念である。だがこれで、もう暫らくはベルと二人旅が続けられる。それはそれで願ってもいないことである。

僕たちはコナンベリーの宿屋で一泊した後、街道沿いに北上、大神殿に向かう。このあたりは大陸の中でも中央部、しかも大神殿と、大陸一の港町であるコナンベリーを結ぶ地点である。街道はよく整備してあり、非常に快適だ。途中数匹の魔物と出くわしたりもしたが、大過なく大神殿へ辿りつくことが出来た。

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