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プロローグ

プロローグ 旅立ちの日~


「アレフ様!アレフ様!

 お起き下さいまし!今日はお旅立ちの日にございますよ!」


侍女の甲高い声に起こされ、僕はゆっくりと眼を開く。窓からは普段と変わらぬ暖かな日差しが差し込んでいる。何もかわり映えのしない今日この日。

 今日は僕の18歳の誕生日にして――旅立ちの日だ。長年仕えてくれた侍女にとっても、これで最後のお勤めとなる。

 僕はこの国、シュッツガルドの王子にして――“勇者”。そうなることを期待され、強制されたもの。そこに僕の意思はないが。ただ、自分の力で世界を救える、としたらこんなに光栄なことはない――と思っていないこともない。あまり気乗りがしないのは確かであるが。

 普段通り、侍女が僕の着替えを手伝おうと、クローゼットの前で待機している。そこへ僕は声をかける。


「着替えの手伝いは要らないよ。

 ……どうせ、旅の間は自分ひとりで何でもやることになる。だから、今日からは、ね?」


 侍女は、僕のその言葉に特に異論をはさむことなく一礼をして退出していく。

 そう、今日から僕は。いつ終わるとも分からない旅に出ることになる。それが“勇者”の使命であるから。

普段着ている王宮用の煌びやかな服でなく、簡素で丈夫な旅用の服に袖を通す。

 さよなら雅な王宮の日々。そしてこんにちは泥臭い旅の日々よ。まあ城でも、あまり厚遇されていたという訳ではないのだけれど。


「さあ、いこう!」


 そう自分に気合を入れて部屋を後にする。誰が聞いている、という訳ではないが、自分を鼓舞するには無駄に大きな声をだすのが一番いい。人目のあるところではやらない方がいいが。奇異の目で見られるだけなので。

 まずは父親――この王宮の主の元へと出発の伺いにいく。僕の部屋は、王宮の最上階に位置する父王たちの部屋とは違い、謁見の間より下の階にある。まあ、ちょっと冷遇されているからなのだが、細かい話は割愛しておこう。

 長い階段を上りきり、無駄に大きく、華美な装飾のされた扉の前にでる。威信を示すのはいいが、もう少しセンス良くできないのかと、ここに来るたびに思う。まあ、次ここに来るのはいつなるか分からないし、これが最後になるかもしれないのだが。

僕の姿を認めた衛兵たちが扉に手をかけ、力をこめる。扉は若干きしんだ音を立てながら、左右に開かれていった。


 扉の中へ入った僕は、ビロードの絨毯の上を一歩一歩踏みしめて、玉座の前へと進みでる。

周りを見渡すと、花道の脇には普段以上の数の城の高官や兵士たちが立ち並んでいた。

姿勢を正し、可能な限り威風堂々――そう心がけて進む。これも一つの儀式。王族としてはある程度体裁を保つのも仕事の内だ。そして程なくして父親――この国の王の前に辿りつく。

 玉座に居座り威厳を持って――いるように見せている父王は、必要以上にたっぷり間を置いた後に語りかけてきた。


「よくぞ参った、わが息子よ!

 そなたも現在のこの世界の現状はよく知っておろう!

魔王を名乗る魔物がロレンシア王国を滅ぼし、北の地に居城を構えてからというもの、いくつもの国や町が次々と魔物どもに襲われ、滅ぼされておる!

かつてこの世界を救った英雄、勇者アレルの血を引くわが王家としてはこの現状を看過することはできぬ。

余が直々討伐に赴きたいところではあるが、余がこの国を離れては民が不安がろう。

そこで、わが息子であるそなたにこの役目を託そうと思う。」


――よく言う。

確かに、この国の王家は勇者の血を引いている――、といわれている。が、それから既に何百年経っているのだ。どこかで簒奪、のっとりだとかが起きた可能性は否定出来ない。それに勇者の血を引いているからといって英雄になれるとは限らないのだ。息子が親を超えられなかった事象など腐る程ある。子孫にしてもまた然りだ。それに、本当に看過出来ないのならば自分で行けばいい。先んじて王位を譲っておくなり、優秀な補佐を育てつけておくなりいくらでも出来たはず。結局この人――父王は自分で討伐にいくのが、戦うことが怖いのだろうと想像がつく。が、勇者の血を引くものとして、各国への示しをつけなくてはいけない。そして今では斜陽傾向にあるこの国を――あわよくば立て直し、かつての栄光を取り戻したいと考えているのだろう。今ではこの国はかつての繁栄の面影はなく、凋落の一途を辿っている。これも産業だとか、そういった“現実”のものに眼を向けず、過去の栄光とうい名の幻想にとらわれていた結果だ。

 そして、その幻想を取り戻すための生贄として僕が選ばれた。そういうことだ。そこまで期待もされていないだろうけれども。


「どうだ?

 わが息子よ。余のかわりに、この国を、この世界を救うために旅立ってくれるか?」


 とはいえ、そんなことを言っても僕に拒否権はない。そして、このまま誰も何もしないとすれば世界が魔物の手に落ちるというのも確かな話だ。とりあえず旅立ち、暫く努力してみて、それでも無理そうであればどこかで姿をくらませればいいだけの話。この窮屈な王宮で、父王や継母の相手をしているよりは旅に出た方がいくばくかましかと思う。確かに死の可能性と隣あわせではあるが、それはこのままここに居座っても同じこと。緩やかに死を待つ――常に魔物の脅威におびえながら暮らすよりはうって出る方が自分の性分にはあっている。それに――。


「かしこまりました。 魔王討伐の任、謹んで拝命致します。必ずや、魔王を討ち取って帰還してまいりましょう。」


 僕は力強く答える。虚勢であろうとなんであろうと、こういうのは不安をもたれないよう断言する、ということが重要だ。そんな僕の心の内を知ってか、知らずにか、父王は大げさに喜んで見せる。


「おお!行ってくれるか! 流石はわが息子。勇者アレルの末裔に相応しき心意気だ。」


 ――貴方に似ず、という方が正しいかと思いますが。


「討伐にあたり、相応の兵や武具、資金を与えてやりたいのはやまやまではあるが、現在この国も魔物どもの脅威にさらされており、民を守るための戦力を割くわけにもいかない状況だ。

……何もそなたに与えてやれぬ父を許してくれるか?」


 酔ったように言葉を続ける父王。正に茶番劇と言っていいようなセリフ回しだ。とりあえず僕もそれに合わせて劇を進めることにする。


「もったいないお言葉です。

 何より、民を守ることが肝心。ご心配頂かなくて大丈夫です。

 私は、わが身ひとつであっても何とかして見せましょう。かつて身一つで魔王を打ち滅ぼした勇者アレルの末裔として。」


 正直なところ、質のいい武具くらいは欲しいものだ。それがなければ買うだけの金を。先立つものがなければ為す術もなく魔物たちに殺させるのが関の山だ。監視されるのも困るから人は要らないが。


「よくぞ申した! それでこそ我が息子よ!」


 だから貴方に――、以下略。因みに、僕は自らの金で、旅用の資金を積み立てきた。どうせ何も援助して貰えないのが目に見えていたからだ。そして結局、僕の予想は的中したことになる。


「では、そなたに世界の命運を託す。見事な働きを期待しておるぞ!」


 そこで父王が手を振る。それを合図として横に立ち並んでいた兵士たちが、手にしたラッパを奏でる。

その勇壮な音を受けながら、僕は父に背を向け歩き出す。この城を出て壮大な世界へと。“世界を救う”という使命を背負わされながら。

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