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「ヘヒャッハッハハッハ! いつまでそんな態度でいられるか見物だな!」
「俺達に泣いて命乞いする姿が目に浮かぶぜ! その時は俺達プレイヤーだけじゃなく部下達も含めた全員で可愛がってやるからよぉ! プレイヤーのお嬢ちゃんー?」
「ギャハハッハッハハハ!」
「ッ……! 私はここで倒れる訳には行かないのだ……救わねば……助けねば……待っている者が……待たせている者達が私にはいるのだ!」
「フヒャハハハハハッハ! かっこいいねぇ~? でも、出来んの~? お前のような一度逃がしてやったのにも関わらずまた戻って来るような馬鹿に~?」
「ハッハッハ! よせ! 笑い死ぬ! 確かにこいつは馬鹿は馬鹿でもそれを超える大馬鹿だがそうやって一から説明されると俺でも耐え切れんわ!」
「確かに……私は大馬鹿だ。だが、それでも私はやらねばならんのだ! それに……私は信じている。あの方を……」
「あの方~? フッ、フヒャッ、ハヒャヒャヒャヒャ! それはお前と一緒にいた奴だろう? そいつなら今頃仲間の盗賊が――あ?」
瞬間、それは降って来た。
いや、落ちて来たと言った方が正確だろう。
そして、それは男達に宣言する。
――鏖殺だ――
金色の鎧に巨大な斧、さらには暗く薄気味の悪い紫のオーラをその身に纏った男はここにいるのが当然であるかのように堂々と立ち尽くし、空を仰いでいる。
「あぁ? 何だお前? それにそのオーラ……」
「うるさい死ね」
うるさい男に向かって巨大な斧を投げつける。
声がでかい。
「チッ、話ぐらい聞けよ!」
不意を突いたかに見えたが、横に居た男が咄嗟に盾を構える。
「敵を目の前に武器を手放す何て、今日は馬鹿に良く会う日だ」
やれやれと言った風に見事に防いで見せるが、それは両手で無くては扱えない巨大な斧であり男が持つ小さな盾では衝撃を殺しきれない。
必然、盾は弾き上げられる。
そこに、空いた隙間から男の手が伸び頭をがっしりと掴む。
「馬鹿はお前だ」
「あ?」
周囲から、よせ! まて! やめろ! などと聞こえるが容赦無く握り潰す。
これで二人。
「クソッ! クソッ! 女を連れて距離を取れ! 数で押し込むんだ!」
咄嗟に女を連れて後退し、指示まで出すとは中々優秀だ。
だが他の二人は頭が無くなった死体を前に動く事が出来ない。
それを見た賊共が我先にと逃げ出して行く。
賊共の方がこういう状況に慣れていたためだろう。
それを尻目に弾き飛ばされ、地へと突き立った斧へと歩いて行く。
「クソッ! おい! 動くな! お前の仲間がどうなってもいいのか!」
どうなってもいいさ。
その女に価値など無い。
警告を無視し、斧を引き抜き向き直る。
「さて、では続きをしようか」
「クソッ! おい! しかっりしろ! お前らも死にたいのか!」
死、その言葉にびくんと肩を震わせると呆然としていた二人の仲間に活力が戻る。
「戦闘態勢を取るんだ! 先は不意を突かれたが二対一なら十分勝てる! それにこちらには人質がいるんだ! あくまでもそいつの狙いはこの女だ! こちらの手にある内はそいつも下手に手を出せない!」
「おう!」
「分かりました!」
そうした会話に女の声が混じり、耳元へと届く。
「傭兵様! 私に構わず戦ってください!」
自身のオーラを見て、顔を強張らせていた女が口を開いたかと思えばくだらないことを言う。
私に構わずも何も元からその積もりだ。
防具の下から冷ややかな視線で女を見ると余計な事を喋るなと殴られ、うつ伏せに押さえつけられた後、首筋に刃物を充てがわれている。
これだけ無視してやってまだ人質としての価値があると思っているのだろう。
こいつもやれやれだ。
そうして二人組みへと視線を移す。
戦闘態勢は整ったようだ。
一人は杖を持ちもう片方は盾と細身の片手剣を構えている。
「行きます!」
杖を持った男の掛け声と共にいくつもの魔法技能がこちらへと飛び、大地から突き出し、天から降り注ぐ。
そのいくつかをその手に握る巨大な斧で受け、流し、前進する事で避けて行く。
遠距離相手に距離を取るのは自殺行為だ。
だが、前進して行った先に待ち構えるのは盾持ちだ。
どちらにせよ時間を稼がれ、こちらを絶命させるに至る高難易度の魔法技能を使用するのに必要な詠唱時間を手に入れることができると言う訳だ。
まぁ、このまま低難易度の大して痛く無い魔法技能で嬲り殺しという線も無くは無いが。
どうするか、と、ここで面白い遊びを思いつく。
「ゲームをしよう」
そう言い、多少の攻撃を受ける事も厭わず杖を持った男を中心に敵の側面へと周り込み、斧を再度投げつけ、共に走り出す。
「さぁ、選択しろ――」
何の事だと盾を持った男がするりと杖を持った男とこちらの間に入り込み気付く――
杖持ちの男は、盾持ちに守られ、こちらが武器を手放した今こそ好機と見、既に高位の魔法技能の詠唱に入っている。
これが発動すれば死ぬだろうか?
ふとそう思う。
が、それは盾が目の前から消えた事に因って可能性が消失した。
斧は遮るモノが無くなった事に因ってそのまま詠唱中の男へと向かい、必然、当たる。
体制を面白いように崩しながらゴロゴロと暫く地を転がった後、頭を掴まれ無理矢理持ち上げられる。
顔には何故、どうして、と言った困惑が浮かんでいる。
簡単な事だ。
それに意地悪くも答えてやる。
「そりゃあ、死にたく無いものなぁ? 生き返れるとしても、自分が死ねば他者が助かると知っていてもこうして死ぬのは怖い、分かるぞ? 誰しも自分が大切だ。だから気にする事は無いぞ? お前の代わりにこの男が死ぬとしても、な」
盾を持った男は気付いたのだ。
目の前でこれから自分に起こる事が。
だから盾を引いた。
引かざるを得なかった。
少し前に自分と同じ事をして死んだ者を目の前で見たのだ。
簡単に想像出来ただろう。
そうして咄嗟に自分の命を優先したのだ。
それが代わりに他者の命を奪う事になろうとしても。
「な……お前が防いでくれてさえいれば倒せていたのに……」
「おいおい、こいつは自分の代わりにお前に死ねと言っているぞ? ひどいやつだなぁ~? 死んで正解だ。お前は何も悪く無いよ」
「そ、そんな、倒しさえすれば生き返れるじゃな――」
「そうだ。人に代わりに死ねなんて言うお前が死ぬのは当然だ! 俺は悪く無い!」
「なっ……お前……」
「さて、時間が惜しい。あいつはお前が死ぬのは当然だと言った。だから死ぬのだ。お前が今死ぬのはあいつの所為だと言っても過言ではない。お前を殺すのはあいつだ。恨むならあいつを恨め。では、さようなら」
「あ、やめ、やめて、あ、あ、あぁああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
ふぅ……。
これで三人目。
「さて、後二人だ。どちらでも死にたい方から掛かって来い」
斧を拾う事無く両手を広げ、さぁ、と誘う。
「俺は、悪く、無い。俺は悪く無い。俺は悪く無い悪く無い無い無い無い無い無い無い……」
「あぁ、お前は悪くないさ。ここで仇を取ればいいだけ。それで死んでいった者もお前を許すだろうよ。何しろそいつも今のお前と同じ事を考え、実行していた訳だからな」
「あ、あぁ、そうだよ、そうだよな、はっ、ははっ、はははははははっ!」
盾を捨て剣を両手で持ち雄叫びと共にこちらへと駆けて来る。
「よせ! 罠だ!」
女を押さえつけている男の忠告など聞こえていたところでこの男が止まることは無い。
そうして刺さる。
抵抗などしない。
更に刺さった場所が燃え上がり赤から黒の炎へとその色を変えこちらの身を焦がす。
だが、それだけだ。
炎に身を包まれながらも手を伸ばし、いつものように頭を掴む。
「中々良い攻撃だが、盾職に一撃で殺されるほど軟ではない。死んだらあっちで仲良くするが良い」
言い終えると同時に頭を砕く。
これで四人。
「さて、後はお前だけだが、何、お前は中々優秀だ。機会をやろう」
言いながらその身に刺さっている剣を引き抜く。
「何が機会だ! こっちには人質がいるんだぞ! 二対一になったとは言え主導権はこっちにある!」
やれやれ、本当に溜息しか出ない。
これだけ人質を無視し、その無意味さを証明してやっているのにまだそれに頼るのか。
「それに価値は無い」
一言告げる。
「嘘を吐くな! そう言って手放した途端に襲ってくるつもりだろう! 俺には分かっている!」
信じないようだ。
ならば仕方無い。
男へと近付いて行く。
「おい! 寄るな! 来るな! 近付くな! こいつがどうなっても」
「いいさ。やれ。その首筋に当てているモノは飾りか? 玩具か? そうで無いのなら証明して見せろ」
「お、お前正気か? 仲間を殺せなんて」
「仲間では無い。ただ、案内をさせただけだ。お前らを殺すために」
「狂ってる……」
「別にこのまま近付いてお前を殺しても構わないがそれでは面白く無い。だから機会をやろうと言っているんだ。その女と戦え。そいつは槍使いだ。対人に置いて相手が近距離であればその射程の長さからかなりの強さを発揮する武器だ。だが、この女は見ての通り既に瀕死だ。これは優秀なお前に対するハンデだと思ってもらって構わない。盾持ちで攻撃力が低いお前でも、十分有利に戦える筈だ」
提案する。
「そして、勝てば――見逃してやる」
そして付け足す。
魅力的な一言を。
「分かった……」
男は暫く考えた後頷いた。
そうして槍を携えた女、盾と片手剣を持った男、両者は距離を取り構える。
「ありがとうございます」
不意に女は言う。
「何の事だ」
「ここまでお膳立てして頂いて最後を任せて頂ける事に対してです。本当にありがとうございます」
「構わん。元はと言えばお前が言い出した事だ。きっちりやれ」
「はい」
とんだ茶番だ。
「チッ、そんなボロボロで勝つ気かよ。俺はお前を倒してさっさと」
「いい」
「相変わらず話を最後まで聞かない奴だ」
「始めろ」
そうして死闘が始まり、一瞬で勝敗は決まった。
横から飛んできた斧に因って――
「お、お前……手は出さない約束じゃ……」
「お前は馬鹿か? 俺は最初に言った筈だ。鏖殺だと」
「くそっ、たれめ……」
頭を掴む。
もう五人目ともなると作業だ。
何も言わずに潰す。
そして、横に佇む女へと向き直りその頭へと手を伸ばす。
一瞬びくんとはねた後、最初から自分が殺されるのが分かっていたのかその顔には健気にも笑みが浮かんでいる。
「あなたの、そのオーラを見た時から……分かっていました。私も殺されると」
「そうか、では、死ね」
手に力を込める。
「ありがとうございました」
女は笑顔で最後にそう言った。
ぐぅぅ~。
「……ごめんなさい」
……。
「そういえば……飯がまだだったな」
「はい……」
手を離す。
自分でも何を思ったのか分からないが、腹は減っている。
「飯だ」
「はい!」
本当に自分でも何を思ったのか分からないが、飯をするか等と最初に言い出したのは自分自身だ。
自分で言うのも何だが約束は守るに限る。
それに遠足に来て、目的地で飯も食べずに帰ったらいい笑いものだ。
幼稚園、小学校の時を思い出し、柄にも無くそんな事を思いつつ、敷き布が敷いてある筈の場所へと歩き出す――どこにでも良くある楽しい遠足だ。