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「遅い」
後ろ姿に靡く綺麗な緑髪の持ち主から声が飛ぶ。
「これでもかなり急いでいるのですが――」
「口を動かす余裕がまだあるみたいですね。速度を上げます」
有無を言う暇も無く自身との距離が開いて行く。
まるで師のようだなと思ったが、これでは目的地に着いた時には体力が残っているか怪しい。
しかし、そこは自分を信じて――目の前の仲間を信じて必死に離されまいと食らいついていく。
これでも巷では人類最強と呼ばれているのだ。
――足に力を籠め、エルフ直伝の魔法を発動する。
その証明をするのも悪くない。
「……中々どうして師が良いとここまで伸びるものかと感嘆しました」
「いえ、それ程でも」
「では、先を急ぎましょう。更に速度を上げます。ばてないように」
鬼だ――素直にそう思った。
「……被害甚大。これ以上は……」
言うのは頭から二本の角が生え、直立不動のその身に威厳を纏った化け物。
「撤退……か」
答えるは竜王と呼ばれ、同時に魔を統べる魔王とも呼ばれるもの。
そしてその口から生涯決して聞くことは無いであろうと思われていた言葉が零れ、それは結果的に辺りの者達全てに動揺と諦めを決定づける事となった。
「しかし、皆の者よ。愚かな私に教えてくれ。退くと言っても一体どこへ向かえば良いのだ?」
「それは……」
「私達を自身の欲望のためだけに追い回し、この深い森でさえ何の苦にする事も無く渡って来た忌々しい者共の事を思えば、どこに逃げたところで終わりは見えているぞ?」
「…………王国」
王の言に静まり帰った中で誰かが小さな声で呟いた。
「……何?」
「王国であれば……受け入れて貰えるかもしれません……」
「……そうか……」
「はい。我々の様なモノが人間に助けを求めるなぞ道理が通らぬことと重々承知はしていますが……このまま当てなく逃避し、無様な最後を遂げるよりかは……希望はあります」
静かに紡がれる言葉の中、一際大きな破裂音が周囲を覆い、振動が地響きとなって伝わってくる。
「……行け。最早迷う時間すら残されてはいない。私が時間を稼ぐ」
「お供します」
「私も」
「自分も」
同じく――と言葉は続いていく。
「うるさい奴らだ。さっさと行けば良いものを。まぁ、王国に行ったところで何も変わりはせんかもしれんがな」
残った者達は覚悟を決める。
ここで果てる覚悟を――しかし、それはただの一言に因って無用のものと相成った。
「邪魔――」
「むッ!」
その蹴りに耐えた竜王を残してそれ以外の者達は後方へと凄まじい勢いで吹き飛んで行った。
「なっ、お主――」
「……座標固定、展開」
竜王の言葉に呼応することなく迅速に事は進められ、魔法陣と呼ばれる巨大なそれが前方、それも上空に浮かび上がる。
「システィア――ええ、転送開始」
言葉と共に現れたのは無数の樽。
そして――森は吹き飛んだ。
「あ――」
竜王はその圧倒的なまでの光景に対して、ただただ口を開けて眺めることしか出来ず、閃光と轟音からその目と耳が回復した時――こちらへと何やら言い合いながら向かってくる二人組を見て終わったのだと理解した。
竜王はその身で感じる。
時代の転機を――化け物に肩を並べる人間を見て――




