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王国――執務室。
処理しても処理しても一向に減る事の無い書類の山に黙々と淡々と目を通していく。
そんな自分自身を一種の登山家などと評しては苦笑いを浮かべる。
適材適所。
良くできた言葉だが、物事には限度というものがある。幾らその分野に優れていると言ってもこれでは能力と時間の無駄だ。もっと仕事を効率的に割り振り、分散し、分担しなければいけない。
そしてそれを誰がやるか……いつまで経っても仕事が減らない訳だ……。
締め切られた窓の外へと目をやると、いつのまにやら降り出した雨がその勢いを増して打ち付けている。
それがまるで――かつて男女などと言われていた――内側に映る女の子らしい自分に対しての当て付けの様に感じられてしまい、窓の虚像よろしく感情も揺れた。
――あの頃は仕方が無かったのだ。うん。そうせざるを得なかったからね。うん。でも、これでまた自己紹介から始めることになったりしないよね? うん。たぶん。どうだろう。
資料そっちのけで、うーんとうなっていると――そこへ突然の来訪者。
余程急いでいたのか扉は叩いたかと思ったら既に開いていたという始末。
「何かあったんですか?」
扉を開けた勢いそのままで目の前までやってきて、息を切らしている女性に話しかける。
「あ……あの……」
そこまで言って目線をふらつかせながら言葉を詰まらせる。
酷く混乱、というよりも落ち着きが無い。
「あの――お茶、飲みます?」
対して時間はあるのでゆっくりどうぞと新たなティーカップにお茶を注いで手渡す。
「あ、ありがとう」
そうしてゆっくりと飲み干した後、カップを置いて一呼吸。その者は言葉を紡ぎ出す。
「西からの定時連絡で、国外のおそらく、海外プレイヤーであろう者達を捉えたとの報告です」
「……予想はしていましたが、はい、分かりました」
事実に反して努めて冷静にと答える。
「……あの……大丈夫でしょうか?」
しかし、こちらの思惑とは別に不信感、同時に不安とは拭いきれないものらしい。
「そうですね。はい、大丈夫です。手は打ってありますし、これから新たに打ちます。もっと言えばこの国は王国。何かあってもクズ様がついておられます。何も心配することはありません」
「――クズ様。はい、ありがとうございます。取り乱してしまってごめんなさい。それでは、失礼します」
打って変わって落ち着いた足取りで部屋を後にする女性。
本当にこの国でのクズさんの存在は凄まじいものがあるなと感じる一面でもあるが、それもその筈、たった一人で多勢相手に常勝無敗。被害無くして恩恵あり。更にはこの国にエルフという魔法の叡智を与え、他にも化け物として認識されていた人魚等もその名の下に集結し、今尚彼の仲間に因ってその種類、その数は増え続けている。
言うならば正に英雄であり伝説。それが、自身等に味方しているというのだから尋常ではない。
「はぁー……」
女性の足音が完全に遠ざかったのを確認してから、盛大な溜息。
それは、肝心な時に居ない彼に対してのものと、これから自身が立ち向かわなければならない問題の大きさに対してのものだ。
「どうしよっか……」
声に出しても仕方が無いのは分かっているが、心の整理にそれは必要だ。
「水面下でそれとなく諸外国に流してー、手を組めるように手回ししてー、対抗できるように、なんとか出来ないかな。いや、やらないと」
……言いながら非常に無理な気がするのは勘などではない、確かなものだ。
時間は勿論の事、この国にはクズ様が味方しているという客観的な事実もあるし、人間以外の者達もそれなりに居ることを鑑みて総体的に他国から反発されるだろうことは簡単に予見できる。
もっと言えば、国内から見ても他のプレイヤーという何度も自国に降りかかった一種の災厄とも呼べる、それも自国の英雄でもあるクズさんに対して良い感情を抱いていないであろう者達と組むというのは自身も含め非常に憚られるべき問題であろう。
――よし、こうなれば私が次のクズさんになってやる。
そのぐらいの気持ちがなければどうもこの難問、解けそうにない。
「がんばろ……」
どうやらやるしかないようだ。




