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「さて……」
足元に転がる男から反応が消えたのを確認して、前方へと向き直る。
自然、立ち位置が入れ替わった事に因って、先程まで足元の男が話しかけていた相手と目線が交差する。
――長い黒髪の見た事の無い女。
探知技能によると、その者がただの人間であろうことは簡単にわかる。
問題は、それでどうするか、だ。
自身の目的としては、自身の所持している装備であったり道具であったりが悪用されぬ様、間違っても王国に害をなさぬように出来るだけ人気の無い場所で人目につかぬ様死ぬ事であったが――ロールバックの時間的制約のため――場所を選んでいる暇はもう無い。
しかし、その代わりと言っては何だが、このよくわからない建物を掃除するぐらいの時間は得たと言える。
それで、目の前の女をどうするか……だが……どう考えても意図せず巻き込まれた気の毒な人間だ……。故に……後回しにして、とりあえず上も下も探知技能に反応がある以上――まずは更地に、だな。
そうと決まればと女に背を向け部屋を後にする。
何の事は無く、いつも通りに皆殺し――
異形も魔物も化け物もそうではない者も――
そうして、終わってみればあっけないもので――だからと言って余裕があるわけではないが――部屋に戻ると出て行った時と何も変わらず黒髪の女はそこにいた。
こちらから特に語るべきことも、掛けるべき言葉も見当たらないので無言で近づき、その距離を手を伸ばせば届くまでにする。
不意に目が合う。
「殺せ」
女は非常に落ち着いた声で言った。
結果として、頭に手を伸ばす。
当然、握り潰そうとして――咄嗟に、突き放した――
「ぐッ……」
息が出来ない。苦しい。血の味がする。無理矢理に吐き出す。強烈な鉄の匂いが充満する。胸元が熱い。視線を落とす。
――胸に穴が開き、そこから心臓を掴んだままの腕が生えている。
「クッ……ハッハハハハハ!」
背中に新たな生命反応。
完全にやられた。
「まさかこれほどまで見事に殺されるとはな! その手腕称賛に値するよ!」
再生か復活か方法は定かではないが現実を見つめる必要がある。
「さぁ! 選べ! 今後俺に服従を誓うか、このまま死ぬか。手足を無くして尚死ぬことの無かった貴様でもこの状態では先が見えているぞ」
最早心臓を失った体は手足すら動かす事が出来なくなっている。
残された時間の中で出来る事と言えば、首を重力に任せて縦に振るか、肺に僅かばかり残された空気で肯定の意を示すことだ。
だが――そうして生き延びて一体何になる?
「フンッ……くだらん自尊心だな。まぁいいさ。一生そうしていろ」
興味が失せた様な声。
同時にこちらへと向いていた意識が目の前の女へと移っているのが分かる。
まるで自身が死んだら次はお前だと言わんばかりの重圧だ。
心底恨んでいるのか、それとも余程の事がこの二人の間であったのであろう。
それが何故だか気に障った。
いや、自身でもこの様なただ死を待つだけの状態で、今の考えが異常なことであると自覚できるぐらいには正常ではあると思うのだが――自身がこの場で既に無き者として扱われていると思うと、非常に腹立たしく、そう、気に食わない。
それで――殺しても尚、今この場に存在している者に有効かは分からないが――嫌がらせにも等しい事を思いついたので試す事にした。
殺しても死なないなら消してやる――と。
胸から生える腕に意識を集中させる。
そうしてラグアーマーを起動させた後、自身の持つ権限の中から更に一つ、選択し起動――読み込みを開始した黒き文字列は、見る見るうちに自身と接触している胸部から相手を侵食して行き、全てを染め上げ、肉体諸共何も残す事無く消えた。
上々。
ラグアーマーを解除し、世界に反映させる。
自身から見れば何も変わり無いが、傍から見れば突然人が消えた様に映るだろう。
――握られていた心臓が地面へと落下し、嫌な音を立てる。
これで無理なら……と、そこまで考えて確認のしようが無い事に気が付き、その場に力無く崩れ落ちた。
全く……殺しても死なない奴が多すぎて困る……な……。
――動かなくなったその者が死体へと変質した瞬間であった。




