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「ふざけるなぁぁぁあぁああああ!」


 昼下がりの飲食店に絶叫が響き渡る。


「ヒィッ――」

 

 首筋に刃物を突きつけられた娘から悲鳴が漏れる。


「よ、よせ! よしてくれ!」

「ぬぬぅぅうぁぁあああああ! 貴様らはこの俺に、この、この俺にこの俺にこの俺にィッ――!」


 娘の首筋に血が滲む。


「や、やめてくれ! 頼む! 娘、娘だけは、娘だけは――!」


 店主の懇願も空しく首筋から滲み出た血が流れ落ちて行く。


「だ、だれ、か、た、たすけ、たすけ、て――」


 娘の震えた口が言葉を紡いで救いを求める。

 だがその場にいた者達は目を伏せ逸らし目線を空に彷徨わせるだけだ。

 動ける者等いない。

 そうして――娘が、店主が、その場にいる誰もがこの先起きるであろう未来を予期して――不意に店の扉が開かれる。

 

 ――男。

 それは一目見て寝起きであろうことが分かるボサボサの頭の、まさに間の抜けたを体言したような男だった。

 突然の乱入者、いや闖入者に店内の者達の視線が集まり――

 更には刃物を突き付け今にも娘を怒りに任せて殺害しようとする男の手も止まる。


「あぁ?」


 突然の事に怒りを忘れ間抜けな声が店に反響する――






「ゲティ大盛り塩分多め」


 椅子に座りながら店主へと注文を済ませる。

 腹が減った。

 とかく腹が減ったのだ。


「お……お前さんは……」


 え?

 店主は困惑の目をこちらへと向け言葉を詰まらせる。

 こちらの言語に多少なり慣れたとは言え、スパゲティをゲティと略したのはまずかったか?

 それとも発音が悪かったのだろうか。

 げてぃ、ゲティ、すぱげてぃ、スパゲティ、スパゲティ、スパゲティ。

 声に出さずに繰り返し発音を確かめる。

 よし、問題ないな。

 そうして店主へと注文を繰り返す。

 

「スパゲティ」

 

 発音は完璧だ。


「あぁ? お前はこの状況が見て分からねぇのか? それ以上ふざけた真似ェしてみろ……この娘だけじゃねぇ! お前も――」

「大盛り、塩分多めで」


 ゆっくりと丁寧に店主へと言葉を並べて行く。


「き、き……きっ、貴様も俺を、俺を、俺を俺を俺を俺をぉおおおおおおおお!」


 …………なんだか先ほどから店内が騒がしい気がする。

 そう思い後ろへと振り帰り――若い娘へと刃物を突き付けている男が目に入る。

 

「お、お前も、お前もお前も殺すッ殺すッ殺す殺すッッ――」


 ……店の見世物か何かか?

 店主へと目を向け疑問を投げ掛けてみる。


「新しい見世物? それとスパゲティを至急」

「……す……スパゲティは今は、その……ちょっと……」


 店主はギョッと目を見開き、ビクビクと目線を娘と男の方へと向けた後、安心したのか安堵の息を大きく吐き出しながら答える。


「……なんで?」


 素朴な疑問だ。


「い、いや、その、ちょっと……」


 しきりに娘と男の方を気にしながら疑問へと答える。

 ……そんなに見世物が気になる……か?

 考えてみる。

 まぁ……確かに物騒だが珍しいモノであるのは分かるし、おそらくいくらか金も払っているだろう。

 もう一度娘と男の方へと目を向けてみる。

 あぁ、丁度悪い時に入店してしまったのか。

 見た感じ最後の最後、見せ場、クライマックスという感じだ。

 しょうがないな。

 腹は減ったが終わるまでは我慢しよう。

 邪魔をしては悪い。

 店主へと向き直り、特盛り……サービスをしてくれるようそれとなくお願いする。

 そうして娘と男に邪魔して悪かったと続けるよう先を促す。


「……み、見世物…………クッ……クックックッ…………ハッハッハッハッハッ!」


 店主とのやり取りを呆然と眺めていた男が突如笑い出し、娘へと刃物を大きく振りかぶり――。

 

 次の瞬間――刃はその身を娘の肩へと隠し、鮮血を辺りへと撒き散らす。

 刃物が、血が、自分が、自身が偽者ではないと誇示するように。

 

「――――!」


 店主が言葉にならない声を上げる。


 自身はと言うと、最近の見世物はここまでやるのか、素直にすごいななどと感心していた。


「オ、マ、エ、の所為だぜ?」


 男はこちらの様子を伺うように、覗き込むようにして侮蔑の目を向けてくる。


「この娘は、お前の所為で血を流している。痛いだろうなぁ~? 痛いよなぁ~?」


 そう言って突き刺さっている刃をゆっくりと穿る様に動かす。


「あぁ、あ、あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 うるさい。

 思わず眉間に皺が寄るぐらいだ。


「うるさいなぁ……その辺にしと――」

「そこまでだ! 武器を捨て、投降しろ!」

 

 バタンッ!

 扉を乱暴に開け、派手な音と共に見た顔の兵士――騎士だったかもしれないが――が登場する。

 暫く辺りを見回した後、こちらに気付いたのか数人の部下を引き連れ近付いてくる。


「傭兵様、先日はありがとうございました」

「あぁ…………これ、見世物じゃないの?」

 

 沈黙――。


「違います。店から逃げ出した者から聞いた話ですが、あの男が」

「あぁ、いいや」


 長そうだし。

 腰掛けていた椅子から立ち上がり男へと近づいて行く。


「お、おい、これが見えねぇのか!? おい! お前――ッ!」


 刃が更に奥深くを抉って行く。


「いや、いや、いやいやいやあああああああああぁあああぁぁあぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 うるさい。


「お、お前! それ以上――」


 無視して男へと近付いて行き男の頭へと手を伸ばす。

 

「あ?」


 自身が何をされているのか状況を理解できていない男の間抜けな声と共に頭が握り潰される。

 続いて頭を失った体が力無く地へと倒れ伏して行く。

 それと同時に気を失ったのか娘がこちらへと倒れてくる。

 避ける――と後ろから走り寄って来た兵士が抱き止める。

 

 一件落着だ。


 兵士達が慌しく動きまわっているのを余所に血塗れのまま元の席へと戻る。

 突き刺さるような店主の目が痛いが構わず催促する。


「ゲティ、特盛り塩分多め」


 兵士に運ばれて行く娘を横目に、店主はぐるぐると思考を回転させ、やがて納得したのか塩分多めの特盛りスパゲティをこちらの目の前に出すと御代はいらない、娘の所へ行くと言って店を出て行った。


 ……御代はいらないか。


「ふっ、当たり前だ」


 タダ飯、最高に美味い。



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