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Jewel/box  作者: しろ
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第六話

 腰までの長い髪と彼女が着ているプリーツスカートの裾が揺れる。

大きな瞳が不機嫌そうにゆがめられる。駒形蒼はその視線を受け流し、玄関で靴を脱いだ。


「ただいま」


「ずるいよ、蒼」


むすっと頬を膨らませた少女が蒼にそう言うと、


「ごめんな」


「そうだよ!正樹のところに行くなら私も一緒に行きたかった!正樹どうしてた?かっこよくなってた?彼女なんていないよね?!いたら夜中までずっと携帯に電話かけてやるんだからっ」


憤る彼女―駒形碧こまがたみどりに、苦笑いを浮かべながら元気してたし彼女もいなかったよ。と笑って返す。彼女なんて出来はしないだろう。だって、正樹は『女』なのだから。


「蒼っ蒼、ねえねえ。今度私も連れてって。お小遣い溜めてる分あるしっ」


蒼の腕に腕を絡ませて碧は笑う。笑って、


「正樹に会いたいっ正樹のごはん食べたし、正樹と一緒に寝たいし、あわよくば最後までっ」


くふふふ、と陶酔するかのように笑う妹に蒼は引きつった顔を浮かべた。この、正樹ラブな妹をどうすべきかと思考を巡らせる。女になっていたと知ったら首を吊るかもしれない。それ以上に、「正樹を殺して私も死ぬーーーー」とか、言い出しそうだ。


「……とんでもないな」


とんでもない妹だと息をつく。そのため息に、きょとんと目を丸くした。


「蒼、お疲れ?」


「ああ」


「そっか。正樹のいるところまで電車で3時間だもんね。お疲れ様っ。でもおかげでずっと連絡なかった正樹から連絡があって、すっごく幸せだよ!」


両手を合わせて、


「天国のお母さん、碧はいま、とーーーても幸せです!」


と言って仏壇の位牌の前で報告をする。蒼もまた、両手をあわせて帰宅の連絡をした。二人は思い思いに心の中で亡き母に語りかけた。しばらくの静寂の後、固定電話のコール音が響く。二人は同時に身を震わせて、顔を見合わせる。

碧はあからさまに顔を歪め、蒼もまた嫌悪を滲ませた表情で電話の着信表示を見た。


『父』


そう、ディスプレイに出ていた。出ないわけにはいかず、蒼は受話器を取り、短く「はい。駒形です」と伝えた。


《ああ。お前か。来月の生活費を振り込んで置いた。あとお前たちの授業料もだ》


「ありがとうございます、お父さん」


《まったく。お前たちが高校なんかに行かず、さっさと働いてくれればこんな手間》


「父さん、すみません。郵便局の方が書留を持ってきたようで、失礼します」


《まて、おい。まだ話は――》


受話器持つ手とは別の、指で、通話を切った。

ツーツーという音が受話器から流れ、


「……蒼…」


「…大丈夫だ。俺が、碧をちゃんと大学まで出させるから」


「え?ちょっと、だって―」


「あの人、本気で高校までしか養育しないつもりらしいし。実際、嫌々ながらにあの人に甘えているのが現状だ」


「蒼!ダメだよっ。蒼は大学にいって、勉強するでしょ?!私が高校やめて働くよ!いまのアルバイト先の店長さん優しいもん!すぐ雇ってくれるよっ!」


「馬鹿。それこそダメだ。碧にはちゃんと学校に出てもらいたいんだ」


縋る様に蒼の腕を取る碧の頭を撫でる。


(兄さんなら…、正樹兄さんなら…きっと碧の不安なんて一瞬で消してしまうんだろうな)


不安そうに、見上げる妹をぎゅっと抱きしめて、


「大丈夫だよ、碧」


そう囁いた。



 6畳の部屋で二人で寝る。怖いからだと、碧はよく蒼の部屋にやって来た。

蒼は碧を自分のベットに招き入れて、震えが止まるまで一緒にいる。

駒形蒼と駒形碧の父は、いま別の家庭を持っている。この家を捨てて、この家族を捨てて、愛人と家庭を持った。母は心の病で亡くなり、この家に愛人とその子供がやって来た。

先住人の蒼と碧の扱いはまるで空気同然だった。食事も、愛人との子供と比べて粗末で二人はやせ細っていった。一戸建てと言っても、部屋数は限られており亡き母の衣類と共に6畳の部屋に押し込められた。父は母の遺留品を処分することなく、愛人に使用させ、愛人が気に入らないと思うものはどんどんゴミに出されていった。

二人は母の大切な形見を、匂いを忘れてしまわないようにどこかに隠そうと紙袋につめそして家を出た。捨てられてしまう前に、使われてしまう前に。


―――そんなとき、サッカーボールが転がってきた。




 まぶしい、とカーテンから漏れる朝日を感じ蒼は朝の光から逃れるように身を捩る。

ベットの中の温かいぬくもりに、ああ、碧か。と蒼はぼんやりと意識を浮上させた。


「…うー…あおぅ…」


ぎゅっと蒼に抱きつきながら、碧はもごもごと寝言を呟く。くすりと笑いがこみ上げた。こんな風に碧と一緒に寝るのはいつ振りだろうか、と記憶のページをめくる。

めくると、碧と一緒に正樹の記憶も現れる。

同年代の男子よりも背が低く筋肉が付きにくいと嘆きながらもダンベルで日々筋トレを欠かさず、予習復習も真面目に行い、蒼と碧の勉強にも付き合ってくれて、さらに日々の食事の準備までも行ってくれて、


「……体の半分以上兄さんでできてるな。俺たちは」


実の父親よりも血の繋がらない新城家に育てられたといって過言ではない。いま、この駒形家には蒼と碧の二人で住んでいる。もろもろの手続きは正樹の父親である、新城清志が行ったが事実上、二人は父親から捨てられた。

父は婿養子で駒形の姓を名乗っていたが、愛人との入籍を気に急性に戻し駒形家から出て行った。

そのときのごたごたは二人にとって思い出したくも無いが、二人を護る『ヒーロー』のような存在だけは思い出の中でひときわ輝いていた。くやしい、かなしい、くるしい、そんな気持ちが――吹き飛ぶほどの、感情。

碧は正樹に恋をし、蒼は正樹に憧れた。

二人の中で、新城正樹は、すべてだった。


「蒼。シンジョのおじさんが警備会社の人と来るって」


「?新城のおじさんが?警備会社の人と?」


子供二人で一戸建てにすんでいるため、警備会社のセキュリティを入れている駒形家。

駒形兄妹の後見人としてその地位をもぎ取った正樹の父親である清志はよく二人を気にかけ連絡をよこしてくる。朝一番で掛かってきた電話も、また、二人の身の回りのことに対することだった。


「うん。なんかセンサーの具合がイマイチだからって」


「……そうか。この間野良猫がセンサーに引っかかって警備の人来てたな」


「その前はセンサーにくもの巣が掛かって異常反応。おじさん、いまの警備会社不安みたい」


蒼は苦笑いを浮かべ、


「どれも、警備会社のせいじゃないかと思うけどな」


「調べてもらって工事するなら、わたし!週末 正樹の家に行きたい!」


朝食の準備をしていた蒼は思わず、トーストしたパンを置いたお皿を落とすところだった。


「ちょっと!落とさないでよね!朝ごはんなくなっちゃうじゃない」


「ちょ、え。碧」


「蒼だけずるいよ!私だってずっと正樹と会ってなかったし、正樹と会いたかったんだもん!あと正樹に彼女がいないかチェックして、そうだよ。ゴミ箱とか洗面台とか、食器棚とか、女の気配を感じたらわたし、がんばる!がんばるからね!」


頑張るな!と怒鳴りたくなるのを堪え、


「正樹兄さんに女の気配なんて無いよ」


むしろ兄さんが女だったんだが。


「そんなの分からないじゃない!蒼にだって彼女ができたんだからっ。正樹には、百や二百の女の影が…っ」


ぞわりと身を震わし、


「決めた、決めたわ!わたし!正樹のところ行く!!蒼が止めたって行くんだからね!自分だけ正樹の部屋に泊まってっ!ずるいんだからね!」


マグカップに牛乳を注ぎ、レンジにカップを入れスタートボタンを押して仁王立ちし、人差し指を蒼に突きつけた。

言い出したら聞かない妹―、恋は盲目と言うが、突き進む妹を止めることができない。否、自分だけ先に正樹に会ってしまったことが負い目となり―。


「今週は正樹の家でお泊りなんだから!」


拳を突き上げた碧の声がリビングに響いた。


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