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Jewel/box  作者: しろ
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第十七話 (終わり)


 正樹は心底免許を取っていて良かったと思った。近所のホームセンターから来客用に布団や食器類を購入し、軽トラックでアパートまで運んだ。その際の付き添いは碧だ。蒼は軽トラックの助手席争奪戦に負けてしぶしぶ家でお風呂の掃除や朝食の片づけをした。

昼食は布団を購入した際についでにスーパーによって、パスタの材料を仕入れてきた。シンプルにミートソースにしようと言うことで、碧がせっせとソースを作り始めた。ここでレトルトのソースでいいんじゃ?と突っ込む人間はいない。正樹は蒼や碧においしいものを食べさせてやりたいがためにソースからこだわる人間で、それに付随して碧もまたその料理の腕を上げ、蒼にいたっては碧の料理にケチをつけることはしない。今後の食事事情も踏まえてのことだが、碧が一生懸命考えて作ってくれている料理だからこそ出されたものはすべて食べる。たとえ、


「……ソース…少なくないか…?」


「気のせいだよ~」


正樹6、碧3、蒼2の割合で分けられたソース。と言うか、


「ソース足りないならやるぞ?」


山盛りのパスタの上から掛かっていたソースをスプーンで掬う正樹に、分量的に間違いのない量のソースを断った。


「正樹ってば相変わらずたくさん食べるね」


「まあなぁ」


「の割りに、お腹に余分なお肉ないね」


「毎日の運動は体にいいぞ。あと配送センターのアルバイトも結構いいぞ」


肉体運動的に。と付け足した。蒼はソースの少ないパスタをフォークに絡ませながら、会話に入らず食事に集中していた。正樹は碧との会話の最中に、蒼を伺うように時たま視線を向けた。ちらちらと視線を向けながら、会話はない。

正樹は宙に浮いたままの問題―蒼の告白―をどうするか迷っていた。数えるつもりも無かったのだが、ファーストキスもセカンドキスも持っていかれた状態だ。ノーカウントとして切ったらどう反応を返すのだろうか。そもそも、女の子というわけではないので気にする必要も無いのだから別段、蒼の反応に脅える必要はないのだ。正樹はぐるぐると何気ない会話をしながらもそんな風に思考は回っていた。


「正樹、お皿洗っちゃっていい?」


じっと空になった皿を見ていた正樹に碧は問いかける。はっと我に帰り苦笑いを浮かべて空の皿を渡す。預かった碧は鼻歌を打たないながら食器を洗い始め、



 「っあ…」


なぜか、正樹は蒼に襲われていた。顎を固定されて深く口づけをされながらねっとりと口内を味わっている蒼の背を乱暴に手で叩くが一向に離す気も無く、息継ぎの仕方も分からない正樹は次第に抵抗しなくなり後は蒼のなすがままとなる。


「……っお、まっ」


解放された口で空気を吸い込むが、まだ苦しい。目に涙を浮かべる正樹の顎に流れた唾液を拭い取り蒼は眉を跳ね上げた。その様子に、びくりを身体を震わせ、


「な、なんでっ」


「言っても聞かないから。正樹は信じてくれないから」


あと、無かったことにするから。

責めるように告げられた言葉に、正樹は言葉を失う。


「っぅ…」


それに、無かったことにするつもりなんてもう出来ない。一回や二回なら、笑って誤魔化せるのに、執拗に触れてくる蒼にもう頭がパンクしそうになる。もう、ごまかしの選択は無い。

全力で拒否するか、受け入れるか。


「正樹が好きだ」


悲鳴を上げたくなった。このまま意識を失ってしまいたい。聞かなかったことにしたい。


「っご」


めん、無理だ。

拒否の言葉は再び塞がれた蒼の口の中に入っていく。人の話を聞け!碧が洗い物をしているのに、何を考えているんだ!お前は!、と怒鳴りたいが、経験者と未経験者のスキルの違いはどうしようもない。解放された正樹はソファーベットの縁にくったりと身を任せて、ありえない、と胸中呟いた。

そして、


「俺、歯…みがいてない…」


「僕もですね」


「味がした…」


ミートソースの。


「次はコーヒー飲んでしましょうか?」


余裕気に告げられた言葉に、正樹は視線を蒼に向けた。


「蒼、俺に隠してるつもりなんだろうけど…お前実は甘党だろ…」


「………」


「裏切り者…っ」


「っ!!」


悪戯がバレた時の子供のように身体を震わせ顔色を変えた。動揺する様を見て、すこし溜飲が下がった。蒼の手の平でうまく転がされてやるもんか、と瞼を下ろした。


「あれ?正樹どうしたの?お腹いっぱいで眠くなっちゃった?」


「んやー…ちがう」


「蒼、何で顔そむけるのかな?」


「蒼が俺を裏切ったから、いま怒ったトコ」


「え?!う、裏切った!?まさか正樹と言う奥さんがいるのに浮気したの!?」


「まて!おい、碧まて!お前の中で俺は今どんな位置付けだ、おい」


驚いた碧の叫び声の内容に、飛び起きた正樹が声を上げた。悪びれることなく碧は笑顔で告げた。


「蒼のお嫁さーんで、わたしは正樹の義理の妹なの!」


「……碧、俺に対してものすごく怒ってる?」


「怒ってないよ?正樹がわたしのことどーでもいーなんて思ってないけど、わたしが正樹以外のものになっても半殺しで許してあげて喜んで祝福するとか馬鹿なこと言って無ければ全然、怒ってないよー」


正樹は蒼を見た、見て蒼は首を横に振る。その二人の様に、碧は笑みを貼り付けたまま、


「そんなこと思ったんだ。言ったんだ――蒼に」


「いや、あの…」


バレた。落ち着け、と正樹が碧を宥めようとすると、碧の腕が首に回り―。

蒼が「あ」と声を上げるよりも先に、正樹に碧をキスをした。


「女の子同士のスキンシップに――、年齢関係ないよね?」


リップでも塗っていたのだろう、濡れた感触が正樹の唇残った。正樹は、目がこぼれるくらい大きく見開き固まっていた。


「きゃっ。ファーストキスは正樹にあげちゃった」


照れたように頬を押さえ身をくねらせた碧を蒼は睨みつけた。睨まれた碧は涼しい顔で正樹に抱きつこうとして、襟を蒼につかまれ引きずられた。


「ちょ、やー!服が伸びる~~」


「み・ど・り…っ」


「なによー。自分だけ正樹とキスしてずるいしっ!」


「ずるいって」


「いいじゃない。ほら、正樹は別に」


微動だしなかった正樹が立ち上がり、床を指差して碧に告げる。


「碧。ちょっとそこに座れ」


――重低音。俗に言う、ドスの聞いた声と言うものだろう。つまり、とても怒っている。正樹は怒ると声に出る。兄と妹は戦慄した。やばい、やりすぎた。と。正樹が本気で怒ったと。

碧は上目遣いで、てへ。と笑うが正樹は無表情で碧を見下ろす。その様に碧は、表情に出さずに脅えた。正樹が本気で怒るときは、蒼と碧に何かあったときや、『してはならないこと』をしてしまったときだ。その怒りが二人に向けられたことはあまり無かった。


「碧。別にお前とキスしたくないとかじゃない。したければすればいい。けど、俺は碧には『恋人』になる人としてほしかったんだけど。これを言うと碧は怒るし泣くから今まで言わなかったけど、――碧には俺以外を見てもらいたかった。俺は碧にも蒼にも答えられない」


碧は、驚いて目を見開いた。蒼もだ。


「俺はお前たちをずっと俺と言う『箱』に閉じ込めていたんだ。俺がお前たちにすごいって褒められていい気になりたいために、ずっと、出会ってからずっと『箱』に閉じ込めてた。自分が褒められたいだ。だから、俺は蒼や碧を『箱』から出すことにしたんだ。お前たちには俺以外を見てほしかった。俺はお前たちが思っているほど良いヤツじゃないし―」


「正樹のアホーーーーー!」


「正樹兄さんの馬鹿!!」


正樹の告白に、駒形兄妹は同時に叫んだ。叫んで正樹に飛び掛った。驚いてよろけた正樹の上に、蒼と碧が圧し掛かり正樹と一緒に床に倒れた。


「何分けの分からないこと言ってるの!?」


「何分けのわからないこと言ってるんだっ!!」


同時に叫ばれた。正樹は倒れた際に背中を打ちつけたらしく苦悶していたが蒼も碧もそれど頃ではない。本当に自分たちは正樹から捨てられそうになっていたの真実に憤った。

正樹の箱と言う、大切な宝箱の中から―。

捨てられそうになっていたのだ。いや、捨てられていた。


「正樹がすごいのはあたりまえだよ!?努力してるんだもの!それをすごいって褒めて何が悪いの?!」


「閉じ込められてるつもりなんてないっ!俺たちは自分たちで正樹兄さんの側にいたんだ!いたいから側にいたんだ!!」


同時に叫ぶ兄妹に正樹は目を白黒させて驚く。


「で、でも、おれは―」


「俺は、じゃないーーー!正樹はそんなことでわたしたちから離れたの?!県外の大学に言っちゃったの!?」


その言葉に、呻いた。図星を指された正樹は、顔を背けようとしたが蒼に顔を固定された。

17の女の子と、18の男に圧し掛かられている図、しかも顔を背けることは出来ない。まるで、罰を受けているようだ。


「っだって、蒼も碧も、おれなんかよりもっといいやつ――」


「兄さんがいいっていてるだろ!!どうしてわからないんだっ!!」


蒼が感情にまかせて怒鳴った、悲鳴に近い叫び声だった。これには碧も驚き、正樹から蒼に視線を動かした。怒鳴られた正樹はやや放心している。蒼は基本的に正樹に従順だった。反抗されることはほとんど無かったのだ。まして、からかって怒られることはあっても―怒鳴られることは無かった。


「じゃあ、兄さんは僕等が兄さんを好きになった責任を取ってください!」


「は?」


「責任とって僕と結婚してくださいっ!」


付き合ってくださいから、クラスアップした言葉に正樹は「蒼が壊れた」と呟いた。


「ああああ、蒼が壊れた!!碧!蒼が壊れた壊れたぁあああ!!」


正樹が碧にすがり付こうとするし、碧が正樹を抱きしめようとするが、蒼の腕が阻止した。

抱え込まれるように抱きしめられた正樹は、碧に手を伸ばす。

蒼が壊れた、しきりに碧に告げるが碧は笑顔を浮かべてた。


「正樹と蒼が結婚すればわたしは『義理の妹』だね☆」



この部屋に、正樹の味方がいないことを正樹は知った。



「ち、ちがうだろ!?違うだろ!!俺は、俺は蒼には美人で気立てがよくて料理もうまくて掃除もうまくて、人となりも良くてっ」


長い前髪をかき分けられ、額を出された。正樹が気にしている大きい目の視線と蒼の目の視線がかち合う。


「正樹は十分美人ですよ。さらに料理もうまくて掃除もうまい。今はどうか知りませんが、友達もいっぱいて輪の中心で―だれからも頼りにされてました」


かつての自分を告げられた。いまは、大学で地味男ジミーで通っている。友達も手の平の数くらいしかいない。まあ、多ければいいものでもないが笑いの対象にしかならない今の正樹と友達になってくれる学生はそのくらいしかいなかった。


「正樹は――俺の憧れで、碧と一緒いる正樹がずっとほしかった。ずっと俺の側にいてほしいって思っていた―。だから、正樹が女性で碧が手放されたなら、僕がそこに行きたい。側にいたいっ」


真っ直ぐ告げられた言葉に、正樹は首まで赤く染め上げた。たぶん本気で、好きだといわれている―。逃げられない。


「っお、おれは、たぶん。むり―」


だ。と言おうとした正樹の唇を塞ごうと蒼が顔を動かした。何度もその手にかかるか!と正樹は顔を捻ったが、耳元に息を吹きかけられて悲鳴を上げた。


「なっなななっ!?」


「あー、正樹耳よわいのね」


憮然と成り行きを見ていた碧が意外な弱点に心躍らせた。今度やろう。そんな風に思っているのだろう。


「な、なんにすっ」


「蒼、彼女いたよー。正樹よりもぜんぜん先に進んでるからねー」


棒読みで告げられた言葉に、正樹はえ!?いつ!?と悲鳴のような声を上げた。知らなかった蒼の過去に、「蒼の彼女見たかった!」と残念がる正樹に碧が顔を曇らせた。そんな碧を見て取った蒼が碧に首を振る。余計なことを言うな、と。正樹はその動作をよく知っていた。だから顔を険しくさせた。


「……おい」


「正樹が恋人になってくれたら話します」


ずるい!と叫びそうになった。二人の様子から、蒼の元彼女はあまりよろしい関係ではなかった、と正樹は思った。正樹にとって、蒼と碧を悲しませる人間は敵に等しい。

大切な、大切な幼馴染で―大切な人たちで。大好きな蒼と碧。


「っず、ずるい!」


「別にずるくていいです。別にいま答えを貰わなくてもいいです」


告白の答えを貰わなくて言いと告げられた正樹は、息を呑んだ。いや、多分。時間をかけて口説き落とすつもりなのだろう。正樹は首を振る。時間をかけられても無理だ。無理なものは無理だ。


「俺は―」


「来年正樹の大学に入学したらきちんと口説き始めますから」


「……」


「僕が入学する四月前に男が出来たらひどいですからね」


「………え?」


ひどい?ナニが?


「蒼!がんばれ!既成事実ならいまでもOKだよ!?ばっちり承認になる!わたしなるよ!」


正樹は何度目かの悲鳴を押し殺した。この兄妹―本気だ。本気だ。


「わたしはどんな正樹でも大好き!蒼以外のものになった正樹は―」


ふふふ、と笑う碧が怖い。


「ヒドイメにあわせちゃうぞ☆」



怖い。

目が笑ってない。



「碧、正樹兄さんが脅えてるよ」


「えー。あと三ヶ月ちょっとで狼さんが近くに来ると思ったから脅えてるんじゃないの?」


「狼って…」


「だって蒼のキスはフレンチキスじゃないもん。あれはえっちぃキスよ?」


だから狼さん。と不適に笑う碧に蒼が呆れたため息をこぼす。正樹は灰のように白い。


「箱、って言ってましたけど―兄さんは勘違いしています」


顔色の無い正樹に蒼は微笑んで告げた。




「『宝箱』に入っているのは―新城正樹さんですよ」




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