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Jewel/box  作者: しろ
14/18

Intermission

 兄と妹は対立するかのようにリビングで互いを睨み合っていた。

兄が新城正樹に告白を告げ帰宅し、妹はそれを待っていた。

二人は向かい合うようにリビングのソファーに座った。



「そう、告白しちゃったのね」


「ああ」



妹のため息と同時に出た言葉に、兄は頷く。妹―碧は、口元を歪めた。



「正樹は―、手ごわいよ。わたしがどれだけ頑張ったか…」


「知ってるよ。兄さんは頑固だから」


「そうそう。ほんっと、こう!って決めたら絶対頭がそこから動かないの。でも自分が間違っていたときは素直に謝るからこっちが毒気を抜かれるって言うか…怒ってるのが馬鹿らしくなるの」


肩を落とす妹に、兄は苦笑いを浮かべた。一時ふさぎ込んでいたが、新たな道を見出したことによって元気を取り戻した。それが、たとえ、兄―蒼を煽ってターゲットの三つ年上の幼馴染と付き合わせようと、もとい結婚させようとする道だとしても、だ。

妹の手の平の上で転がり続けるのも尺だが、妹は新城正樹のスペシャリストと言って良い。

9年以上片思いしていたのだ。正樹のことなら何でも知っている。



たとえば、



「いい、蒼。正樹は今、蒼のことしか考えてないわ。正樹はアレでもすっごく初心なのよ!だからわたしとのキスも二十歳とか言うの!ひどいわよねっ!」


憤る碧。


「と言うわけで、正樹に絶対ペースを渡さない!怒られそうなときは低姿勢!ほだされた時一気に攻め立てる!そして、ペースを握り有無言わさず押し倒すの!!」


叫んだ。叫んだ内容の最後は聞かなかったことにしておいたほうがいいのだろうと、蒼は目頭を指で押さえた。碧は「聞いてるの!?蒼!」と声を上げた。蒼は蒼で、碧の姑息な戦法に呆れていた。と言うよりも、


「……押し倒す以外は碧、いつも実行してるよな?」


「そうよ。だって、そうしなきゃ正樹の気をわたしだけに集中できないでしょ?」


なに言ってるの?蒼。と、笑われた。顔が盛大に引きつったのは――仕方がないのだろう。


「正樹の周りにどれだけの女子が群がってたと思うの!?成績優秀で、スポーツも出来る!クラスメイトの仲も良好で、特定の女子と仲がいいけどそれは『友達』として!男子とは馬鹿騒ぎするけど優先順位は『駒形兄妹』って、調べがついているの。優先順位が高いうちに、畳み掛けなきゃ!どこの泥棒猫に正樹が奪われるかわからなかったからっ。まあ…」


大きくため息をつき、蒼をじろりと見る。蒼が一瞬大きく体を震わせたが碧は構わず告げた。


「敵は身近にいたけど…それに、女子よりも今危険なのは男子。特にあのアイザワって人はわたしは気に食わないわっ」


憎憎しげに呟く。その呟きに、蒼は確かに、と同意する。

要注意人物、として二人の脳裏に浮かぶ自称親友の相沢翔の笑い顔があった。



「とりあえず。まず、蒼は正樹にどんどんキスをすべき」



噴いた。


コーヒーなど飲み物を飲んでいなくて良かったと、蒼は思った。

汚いなーと呆れる碧に、蒼は目をむいた。


「な、なんで?」


告白をしたと告げたが、キスをして告げたとは一言も言っていない。まるで見てきたのか、と思っていると、


「蒼は正樹とキスするのいや?」


問われる言葉に、嫌な人にキスはしない。むしろ好きだからするのだ。

首を横に振ると、


「うんうん。そうだよね。無駄に蒼は経験あるもんねぇえ」


嫌味のように言われたが、そこは無視をする。掘り返しても、蒼にとっても碧のとっても面白くもない話だ。ただ、お互いに嫌な思い―悲しい思いをするだけだ。

碧の額―髪に隠れた蚯蚓腫れのような縫い痕が、蒼を責め立てる。苦い顔をしてうつむいた蒼に碧は小さく笑った。


「でも、わたし。嬉しいの。蒼の中のあの人がいなくなって。蒼の中が正樹で一杯になるのはむかつくけど、うん。ちょっと悲しいけど良いこと尽くしだったかも」


苦笑いを浮かべて碧は頷いた。『碧』のとって血の繋がっている唯一の家族は『蒼』だけで、心の家族は『正樹』とその父親の『清志』だけだ。だから、蒼に正樹をとられることは悲しいし寂しいが家族だから。『家族』が幸せなら、『蒼』が嬉しいならそれで良い、と思ってしまう。たとえ、自分が唆したとしても、だ。


「碧…、おれ…」


「やだ、やだなぁっ!もう!そんなしんみりした顔しないで!わたし大丈夫だよっ!蒼なんかに負けないんだからっ!」


「…は?」


「蒼に戸籍の座は渡すけど、正樹の真の『恋人』はわたしのものだから!」


「おい!?なんだそれっ」


「正樹がもっとイチコロになる必勝物をわたしは持っているのです!」


自慢するように高らかに叫ぶ。叫んで、両手を組んで胸を突き出すような仕草をした。蒼はげんなりとした。兄相手になんていうポーズをする。まるで胸の大きさを見てくれといわんばかりの仕草だ。


「碧、ちょっとそれは下品―」


「ま、さ、き、は。大きい胸!巨乳が好きなんだよ!」


ぷるんと、碧の胸が震える。


「ちなみに、わたしは気やせするタイプで、実はでぃーです!」


「聞きたくないよ!妹のサイズなんて!!」


「でぃーです!Dだよ!大きいよ!EやFじゃないけど、もっと育てるはずだったけど…。正樹が女の人になっちゃったから…もう嫌いな牛乳飲まなくてもいいかなーって」


ぷるんぷるん胸を震わせる。

目も当てられない蒼は碧から顔をそらす。恥ずかしいとかそういうものではない。実の妹のその、なんだ。

言い知れぬ羞恥心に蒼は耐える。


「正樹、よろこぶかなぁ…」


「まて、何する気だ」


「え?一緒にお風呂に入るんだよ。こう流しっことか?」


ふふふ、と嘲笑うように笑う碧。何をする気だ!と心中で蒼は叫んだ。蒼は風呂場で無体なことをされる正樹を思い浮かべた。やる、この妹は必ずやる。


「……させない」


「なにを?なにを?蒼、えっちぃこと考えた?」


馬鹿にしたような碧の勝ち誇った顔。最近『本性』見せ始めたな、と蒼は歯を食いしばりながら一度、深呼吸する。


「俺が正樹兄さんにキスするメリットは?」


「ん?話題変えるんだ。まあいいよ。それはね、正樹に蒼を意識させること。あと、わたしの情報が確かなら正樹は未経験者。経験者の蒼と多分感覚の差がでるはずなのよね。つまり――」


耳年増マセガキ、とつい口に出てしまった。碧に睨まれた蒼は慌てて先を促す。


「確実に、蒼以外を見せないようにするためよ!初心だから、カウント数えとかしちゃいそうだし!」


「いや、男はそれしないんじゃないのか?」


「うーん。どうかなぁ。どっちかと言うと女性よりも男性のほうが気になるんじゃないの?そういうの?初めてとか…」


「え?」


「バードキスとかでちゅっちゅしてるよ?うちの女子高」


「………、どこの中学教師だ。お前に女子高勧めた教師はっ!」


「あ、大丈夫だよ~。わたしの唇は正樹って決めてるもの。丁重に下敷きでお断りしてるよ~!」


ふふんと、笑う碧に、蒼は女子高の恐ろしさを知る。


「正樹はわたしたちのお手本になるように、清く正しく美しく!みたいなこと無理にしてるじゃない?えっちいことも好きな人と、っていうモラルがね」


「…碧、もういい。つまりお前は俺に、正樹を押し倒せって言ってるんだろ?」


「え?既成事実?うーん。いまの正樹にそんなことしたら首吊りそうだからなぁ…。男性としての自尊心バラバラだよ。だからどっちかって言うと、隙があれば好きなだけキスするといいよ。それだけ正樹が蒼を絶対意識すると思う」


つまり、ところ構わずキスして意識させろ、というのか。と、碧に蒼は問う。碧は真剣な顔で頷いて、


「恥ずかしがってる暇なんか無いのよ!蒼!わたしたちは正樹を手に入れるために羞恥心を捨てなきゃいけないの!」


「捨てるのは俺だろう!?」


「えー」


「大体っ!ま、正樹兄さんだって、兄さんが怒ったらどうするんだ!?それで嫌われたら――」


「正樹は絶対嫌わないよ、というか嫌えない。そして、嫌われることが怖い。わたしたちと一緒。それに今の正樹は前の正樹―男の人だった正樹よりも心がちょっと弱いもの。憧れの対象でいられなかった自分が情けなくて悔しくて。そんな正樹に付け込む隙も丸め込む隙も、たくさんあるものっ。だいじょーぶ…、怒られることはあっても、嫌われることはないわっ」


満面の笑みを浮かべて碧は言った。

蒼は顔色を失っていた。兄さん、ごめんなさい。と、心で謝る。それでも、妹が言う『隙』とやらをつつくしかないと蒼は思っている。結局は、蒼も正樹がほしいのだ。


(キス、か…)


一度目も、二度目も、驚いて固まって、引きつって。

男からのキスは、やっぱり気持ち悪いか…。

蒼は少しへこんだ。自分がされれば気持ち悪いといって口内を洗浄する勢いだ。正樹もそうだろう。

それでも、正樹とのキスは嫌なものではなく、――もっと出来るのならしたい。そう思えるものだった。



「じゃあ、正樹攻略第二弾!弱みを握るー」


「弱みって…」


「健全な男の人は必ず、えっちぃ本を所有しているよ。正樹のことだから隠しどころは決まってて、ベット下とタンスの引き出しとかかな」


「……兄さん…」


なんでそんなことまで碧に知られているんですか、と正樹が少し哀れになった。


「ちなみに蒼は」


「持ってない」


「………、不健全だよ。なんで?持とうよ!えっちぃ本!」


「そもそも、お小遣いで買えないよ。もったいない」


毎月の生活費から二人はお小遣いを捻出している。お小遣い分を余分に振り込む父親でないのだ。

そこで、蒼ははっとした。

大学に行くといった。が、父親に連絡をすればまたひと悶着ある。


(面倒だな…)


げっそりとした。そして、碧を見た。

自分は大学に行くつもりは無かったが今ならまだギリギリ何とかなる。進路指導室に駆け込めばいい。

ただ、碧だ。正樹の大学に行くとなると、碧がこの家出一人きりになってしまう。

危険だし、――、碧を大学に出してやりたかった。


(……やっぱりだめだ……あきらめ、…)


ようか…。そう思っていると、玄関から呼び鈴が響く。碧は突然無言になった蒼をいぶかしみながらも「はーい」と声を上げて玄関へといった。



 「蒼宛に、何か届いたよ~」


書留を持ってきた碧はそれを蒼に渡した。蒼は差出人を見た。差出人を見て首を捻る。


「……?」


「どうしたの?」


「新城のおじさんからだけど…」


「え?あ、ほんとだ。いまシンジョのおじさんどこに行ってるの?」


「さあ…。結構あっちこっち飛び回ってるみたいだから…、アパートも帰って寝るだけみたいだし。それなのに俺たちの面倒まで―」


封筒を開けるとそこには通帳があった。

見覚えのある銀行名の通帳で、蒼はその記名されていた名前を見た。駒形蒼の名前だった。


「蒼の通帳?なんでおじさんが?」


あと、鍵があった。キーホルダーもついていないただの鍵だ。

蒼は通帳を開いた。ぎっしりと細かく印字されている文字に目を見張る。


「……細かい……」


1000円や2000円、多いときは60000円と入金項目に記載されている通帳で―。

全部で、112万円。


「なにこれ…」


碧も困惑した。そして、


「ちょっとシンジョのおじさんに電話かける」


そう言って固定電話から新城清志の携帯番号を鳴らした。コール音の後、工事現場にいるのか機械音やら轟音やら受話器から響いてくる。


《新城です。どうした?なにかあったか?》


「こんばんは。碧です。おじさん、蒼宛に気持ち悪いの届いたんだけど」


《気持ち悪いって…。って、ああ。アレが届いたのか。それはまあ、気持ち悪さを固めたものらしいんだけどなぁ…》


「意味わかんないよ、おじさん」


「碧、代わって」


碧から受話器をとり、


「こんばんは。蒼です。これはどういったものですか?」


何でいきなり。


《この間うちの、馬鹿『娘』にあっただろ?》


「……っ!…はい」


娘と言う言葉に、蒼の返事がこわばる。真実を隠していた人。そしらぬ顔をして、正樹の近況を問うたびに元気だと告げていた人。


《騙していて悪いな、といいたいところだが…正樹が何も言わない以上俺からも何も言えなかったからな。その侘び…と言っていいかはわからないが。その鍵はうちの馬鹿娘の部屋の鍵だ》


「え?」


《正樹のヤツがバイトしたりして、お前たちが遊びに行っても部屋にいなかったりすると待ちぼうけで困るだろ?部屋に入っててくつろいでればいいさ》


「……いいんですか…?勝手に鍵なんて…それにこの通帳」


清志を責めると、大丈夫大丈夫。と清志は笑った。


《その通帳は蒼と碧が自由に使えばいい。そのためのものだ》


「いいって…。こんな大金!いただけませんっ!」


《本当なら、死んだ光ひかりさんの生命保険もあったんだけどなぁ…》


受取人が、父親だったために母・光の生命保険はすべて父の元へ行った。

蒼と碧に残されたものは、駒形と言う名前と―家だけだった。


《それは不要の産物から集められたものだ。いらないなら捨ててくれればいいさ。受け取ってくれるなら、そのほうが正樹も喜ぶ》


正樹の名に、蒼は息を呑んだ。


「ど、いう…」


《蒼の将来の夢って何だ?》


「………っ」


正樹に始めて将来なりたいものを言った時、彼はとても喜んでくれた。

すごいと言ってくれた――。

けれど、それは、現実を見ていなかった子供の『夢』だった。


《夢の切欠には足りないが、まあ――受け取ってくれ》


「……この、お金……いったい…」


《あの馬鹿娘。人がわざわざ送った服を古着屋で売って貯金してたんだぞ。酷い話だ!》


はあ…?

間の抜けた返事を返す。受話器を持つ手が震えた。


「あの…」


《あと、バイト代も入れてるみたいだ。金額が大きいのはバイト代らしい》


「………」



《愛されてるよなぁ。お前たちは…》



俺よりも。


笑い声が受話器から響く。

蒼は泣きそうになった―いや、泣いていた。


「なんで…?」


《……そもそも大学に行くつもりは毛頭なかったぞ。方向転換したのは給料がよくなるってとこだな。たくさん稼ぎたかったんじゃないのか?まあ、身体のことがあってお前たちに見せる顔がなくなったからなおさら貯めてたんだろうよ。少しでもお前たちの『夢』をかなえてもらいたくてな…》


「……っそんなっだってっ…こんなの…なんでっ」


《わかるだろ?『宝物』が大切なんだ。あいつは》


「なら、なんでっ」


泣き声で、問う。

2年以上も会ってくれなかったんだ。体のことはどうでもいいのに―。


《気づいたんだろうな。宝物を独り占めしていることに…》


苦笑いが受話器から聞こえる。

どういう意味だ、と問いかけられなかった。嗚咽しか喉から出なかったからだ。

ただあの人に本当に助けられている。いるだけで安心する。側にいてほしい。そう、再認識させられる。



《奨学金を借りるなら、代理保護者の俺が保証人になるからな。そういう手続きはしている。あと、碧ちゃんのことも家のことも任せておけ――進学したいんだろ?》


「……おじさんは、どうしてそこまでしてくれるんですか…?」


《俺はお前たちを俺の本当の『子供』だと思っているよ》


優しい声に、蒼はありがとうございます。と礼を告げた。



「……あお。それ…」


「兄さんが貯めてたお金らしい…。僕らのために…」


「……じゃあ、それで…蒼、大学いける?あお、いける!?」


「おじさんが代理保護者だから、奨学金の手続きも何とかするって…」


やったー!と素直に喜ぶ碧に蒼は涙を拭いながら苦笑いを浮かべる。そして、通帳を見る。

駒形蒼と書かれた通帳だ。

きっと正樹のことだ。『碧』の通帳もあるのかもしれない。

蒼は今すぐ会いたい―、そう思った。

けれど、どんな顔をすればいいのかわからない。襟首を掴んで無理やり口付けして、進学宣言したのに正樹のお金を頼るって―。


(なさけない、俺。とっても情けなくないか!?)


蒼は考える。

とりあえず、過去問題集を買ってこよう。学校に行ったらすぐに進路指導室に飛び込み、担任に進路の相談と、


「―、お。蒼ってば!」


碧の声に蒼は驚いて振り返った。


「お正月、正樹のとこ行くのやめる?」


受験勉強、と碧は告げる。じっと碧を見つめる。自分が受験勉強で行かないと言っても碧は行くだろう。なんだかそれはそれで悔しい。


「いや、行く。明日過去問買ってきて、猛勉強する。どうせ部活も無いし…バイトも減らす」


「そっか。うん、蒼がんばって!わたし応援するよ!夜食も作るからね!」




がし、っと二人は手を交わした。

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