第十三話
「蒼、お前…おこづかい足りるのか?」
三回目の駒形蒼の来訪。正樹は蒼の周囲をしきりに見回す。
きっと碧を探しているのだろうと、蒼は少し胸が苛立った。
正樹は碧を好きだ。それが、幼馴染として好きなのか女性として好きなのかと問われたら蒼は絶対に「正樹兄さんは『碧だから』好きなのだ」と答えた。蒼にとってそれは当たり前のことだった。正樹は碧の『こと』が好きだ。そのことになんら疑問を抱いたことはない。けれど、碧にとっては不安で仕方なかったのだろう。正樹に「女性として好きになってもらいたい」と一生懸命だった。
今なら分かる。碧の必死さが。
けれど、今、蒼しかいないこの場で、正樹は蒼の心配をしながら『碧を』探しているのだ。
そのことに蒼はなぜか苛立ち―いや、嫉妬していた。
「えー…と、今日、泊まるか?」
俺んち。と問う正樹は、先週の土曜日の夜の挙動不審さはない。ただ、距離が空いている。空いていて、
「そんなに離れてどうしたんですか?」
蒼は正樹の挙動不審さが自分のせい?、とも思いながらも隣を歩くように促す。おずおずと正樹は隣に並び、ぷるぷると震えた。その挙動不審さに蒼は驚く。もうすぐ十一月。日中はまだ暖かいといっても日が落ちてくれば肌寒い。もしかして、寒い?と思い蒼は正樹に問う。
「どうしたんですか?寒いんですか?」
「い、う…あい。いや、あのさ。ごめんっ!」
突然頭を下げて謝られた。目を瞬いて蒼は周囲を見た。何事かと通行人が二人をまじまじと見つめる。慌てて頭を上げるように頼むが正樹が蒼の声を無視して叫んだ。
「ごめん!いままでしてきたことが、まさかセクハラに当たってたなんてっ!俺、お前らに嫌がられてたの知らなくて調子に乗ってっ。あんまりしないようにが、がまんする…じゃない、もうしないから!碧にも伝えてくれっ」
通りを歩く野次馬の視線がちくちくと蒼を刺す。蒼は別に気にしてない、大丈夫だと伝えるが、
「だって、蒼がセクハラって」
お前が言ったんだろう?と困惑した視線を瓶底眼鏡越しに蒼に向けた。蒼は正樹の腕を引張り近くの喫茶店の中に飛び込んだ。飛び込んで、
「いらっしゃい…あらぁ…。こんにちは」
二週間前に相沢翔に連れてこられた喫茶店だった。運が良いのか悪いのか、蒼は一瞬躊躇したが、葛木桃果の営業スマイルが有無を言わせず角の席に案内された。
肩を落として意気消沈している正樹に、咳払いをしながら蒼は告げた。
「別に、…セクハラだって思っていませんよ。ただ、あんな風に子どもみたいな扱いをされるのはちょっと…。もう、僕も碧もおと――」
「子供だろ」
正樹の何を言っているんだ?と真剣な眼差しに絶句する。絶句して、口を何度か開け閉めする。反論する言葉が出ない。たぶん、反論しても正樹は蒼と碧を子供と言い張るだろう。
「未成年じゃん」
無言になって眉間に皺を寄せる蒼に、現実を突きつける。
ええ、そうですね、その通りですね。未成年ですよ。保護者が必要な年ですよ。それの何が悪いんですか!と叫びだしそうになったが蒼はその怒声を飲み込んだ。駒形の家から出て行った父と愛人―現在は籍を入れているし、旧姓を名乗るあの男を父と断言したくもないが唯一の肉親だ。ゆえに、あの男に養護されていることが腹立たしい。正樹の父によくしてもらっているが、結局は、碧と蒼ひとりでは何も出来ない、子供なのだ。
「だから、そんな顔するなって」
腕を伸ばされ、正樹は前髪をくしゃりとかきまぜた。
「……にいさん」
「大丈夫だって。俺はお前たちの味方だし、大人になったら」
「なったら?」
「俺がお前たちの仲人してやるよ!むしろ父親役でもいい」
「意味分かりませんが」
「あ、碧の恋人になるヤツはとりあえず死ぬほど殴って、蒼の恋人になる女の子にはよろしくっていっとくかなぁ」
瓶底眼鏡が喫茶店の照明に当たりキラリと輝く。満面の笑みを浮かべて言い放ったこの男―もとい女に苛立ってしまった蒼を碧は決して責めないだろう。
肉体的問題を告白した新城正樹の中で、既に『駒形碧』は過去のものになっている。他の男にやるのか?碧を?殴って終わるのか?
碧がいった言葉が脳裏に響く。
『まさきがてばなしたものは、『わたし』じゃないよ。わたしたち、だよ』
爽やかな笑顔を浮かべて正樹は、碧と蒼を手放した。多分、碧と再会したときに――隠し事がなくなったために手放したのだろう。簡単に。隠し事をしている罪悪感がなくなったから、あっという間に手放した。蒼や碧が望んでいたものを。碧がほしいのは『正樹』で、正樹との繋がりで―、蒼もまた正樹との繋がりがほしかった。
(兄さんの中で、俺たちは簡単に手放せるものなんだ…)
その事に蒼は憤りで体が震えた。
僕らはこんなに、新城正樹が好きなのに――。
大切な宝物。誰にかに、取られる前に。
桃果が不穏な気配を感じたのか、タイミングを見計らって持ってきたお冷を頭を冷やすために蒼は飲み干した。飲み干しても苛立ちは消えず、立ち上がって正樹のパーカーの襟元に腕を伸ばした。突然掴まれた正樹は驚いてなすがままに引き寄せられた。ガタンとテーブルが鳴り響き、正樹側の水の入ったグラスがこぼれる。倒れたグラスに視線が行った正樹の顎を掴んで、視線を自分に向けさせた。正樹は驚いて声を上げかけたが、蒼が容赦なく口を塞いだ。
口内を弄るような口付けの後、解放された正樹は椅子に腰を危なげに落とした。顔を赤く染めて口元を手の甲で拭うように隠す。その様子がまた、蒼を苛立たせた。
睨みつけるように正樹を見つめ、
「好きです。付き合ってください」
と、告げた。




