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ナアンの森


 傷ついた白い蜥蜴が倒れていた。

 それを囲む人々。

 一人の男が駆けて来た。

 そして剣を振り上げる。

 ぐしゃっと肉が切れる音がした。剣は蜥蜴の首元に突き刺さっていた。

 

「!」


 アミアは目を覚ます。

 明るい光が目に入り、夜が明けたことを示していた。

 視界に入る光沢のある肌で覆われた足、蜥蜴の姿に戻っているのを悟る。アミアは、先ほど見たのが夢だとわかっていたが、思わず首元を触る。シャラリと、母方の家に伝わる首飾りに触れ、ほっと息をつく。

 あれは自分ではない、そう確認し安堵する。

 そうしてまた一つ息をつき、アミアは今日、森へ出発することを思い出した。

 昨晩、部屋に戻り着替えを済ませると扉が叩かれた。訪ねてきたのがラズ・ナアンとタラだとわかり、部屋に招いた。

 かなり遅い時間、しかし急を要すると聞き、話を聞く。

 それは森への出発を翌朝にすること、『賊』の正体のことであった。


 昨日襲ってきた者たちが山賊ではなく、平和に暮らしている領民だという事実は信じがたい。だが、領主の言葉で信じないわけにはいかなかった。

 そのこともあり、アミアへ同行するのは、タラ、ラズの弟、直属の部下の二名で、総勢四人とということであった。

 叔父が加わらないことで、アミアは不安を覚えた。

 ケシの怪我の回復を待つことを、ラズからも提案される。

 だが、この満月を逃せば、次は一ヵ月後だ。

 

 アミアは待つ気はなかった。


 タラがいる。

 そう思えば、ケシ不在の不安も消えた。



 ふと扉を軽く叩く音がして、アミアは現実に戻される。


「王女様、いらっしゃいますか?」


 タラの声だった。

 いつもならこんな時はリリンが対応する。が、部屋には誰もいなかった。


「王女様?」


 再度問いかけられるが、アミアは答えなかった。


 森へは徒歩ということで、リリンの同行はない。必然的に、タラがアミア担当になった。昨日蜥蜴姿をずっと見られていた。見られるだけでなく、抱かれまでした。そして今日から二日間は日中、蜥蜴姿でタラと一緒に過ごさなければならない。

 そう考えれば、今さら恥ずかしがることは無意味なことだった。だが、勇気が出なかった。


「あら、タラ様」


 扉の外でリリンの声が聞こえ、アミアは救われた気分になる。


「リリンさん。そろそろ出発の時間なのですが王女様のご準備はいかがでしょうか?」

「もうそんな時間なのですね。少しお待ちいただけますか?」


 リリンはそう言うと、扉を開け中に入ってきた。


「ああ、起きてらっしゃいますね。よかった。さあ。準備をいたしましょう」


 ベッドの上にいるアミアを確認し、リリンはにこりと笑う。その腕には大きな手提げの籠があった。中にはリボンやレース生地がたくさん入っていた。


 ★


 王女を起こさないようにと、一行はゆっくりと歩みを進める。

 籠の中のアミアには白い布地に美しい刺繍をあしらった物を帽子替わりに被せられていた。その上、肢体には二種類の異なった柄の淡い色の布が掛けられている。

 森の中は薄暗い。日除けなどは必要ないのだが、リリンが王女たるものどんな時も着飾らなければと、頑固として主張し、この格好をアミアに施していた。


 籠を持つのはタラだった。

 揺らさないように慎重に持って歩いている。アミアはそんなに気を使わなくてもいいのに、布の隙間からタラを見上げる。

 視線を真っ直ぐに前に向けるタラは戦士の顔していた。しかし時折籠気遣うように目を落とす。その度にアミアは視線がかち合うのではないかとどきどきしていた。


 そのためか、通常であれば日中眠くなるはずなのに、アミアはなぜか眠れることができなかった。


「タラ。重くはないか。僕が代わってあげようか」


 ラズの弟ガズは再びそう問う。

 何度となくガズはタラに同じ申し出を口にしていた。その度にタラはいいえと答えて、籠を持ち直す。本当は代わりたいだろうに、とアミアは同情したが、他の者には持って欲しくない。

 なので、早く休憩にならないかと、待ちわびていた。


「一度ここで休憩しよう」


 ガズが声を掛け、一行は歩みを止めた。

 皆が疲れを感じていたのだろう。それぞれ木の根に腰を降ろす。

 タラも、そっと籠を降ろして、そのすぐ隣に腰かけた。


 タラの向かいに座ったガズは兄によく似た風貌で、少しだけ背が低く、タラと同じくらいの背丈だった。細身で眼鏡を掛けており、一見神経質で近寄り難い雰囲気を醸し出していた。だが、本質はよく話す陽気な性格で、タラに絶えず話しかけていた。

 対照的に二人の部下は寡黙だった。同じ背丈、兜を深く被り、同様の鎧を身につけているため、アミアには区別がつかない。しかしガズには分かるらしい。時折、ジネ、ペリと名を呼んでいた。


「タラ、王女様は寝ていらっしゃるのか?」


 休憩ついでに食事を取ることにしたガズは、パンをかじりながら尋ねる。タラにもパンとチーズが支給されていたが、まだ口にはしていなかった。


「はい」


 タラはそう返事をしながら籠に手を置く。アミアは驚き籠の中で身じろぎする。


「そうか。日中はお休みになるのか?」

「そのようです」


 ガスの質問にタラはよどみなく答える。

 彼はアミアの前以外では、きびきびとした戦士であった。常に表情は一定、悪く言えば無表情で所作も隙がない。

 なぜ、自分の前だとあのように動揺するのだろうか、とアミアは考える。


「ジネ、ペリ」

「はっ」


 ふいにガズは部下の名を呼ぶ。二人はほぼ同じ呼吸で返事をし、立ち上がった。


「タラ。ここで待っていてくれ。方向が正しいか少し確認してくる」

「はい」


 二人に倣い、タラも慌てて立ち上がり、敬礼する。

 それを見てガズは頷き、歩き出した。その後を部下が続く。


「お、王女様。お疲れではありませんか」


 ガズ達がかなり離れた距離――声が聞こえぬ程まで遠くなるのを確認し、タラはアミアに声を掛けた。


「起きていたのを知っていたのね」


 答えること一瞬だけ迷ったが、アミアが口を開く。


「籠の中で、動くのを感じましたから」


 先程までの表情と打って変わり、タラは頬を薄っすらと赤く染めていた。しかし以前よりは言葉に張りができ、動揺はしなくなっていた。


「王女様。お腹は空いてませんか?何か食されますか?それとも水でも?」


 タラは白い刺繍生地に隠れているように籠の中にいるアミアに問いかける。


「……水を少しいただけるかしら?」


 空腹は感じていない。しかも蜥蜴姿で食事をするところは見られたくなかった。だが、喉の渇きは癒したい。迷いながらもアミアはそう答えた。


「わかりました。少々お待ち下さい」


 タラは立ち上がり、王女の荷物から水筒とリリンに持たされた器を取り出す。木の器に入れ、籠の外にそっと置いた。


「どうぞ」


 あらかじめリリンに言われていたので、籠に背中を向けた。

 アミアはタラが見ていないことを確認し、ゆっくりと籠から出てきて、水を舐めるようにして飲み始める。こんな姿見られたくなかった。背中を向けているとは言え、アミアは少し緊張ぎみに水を飲む。


「……王女様」


 喉の渇きが癒えてきたところ、声がかかる。


「ガズ様が戻られます」


 タラは背中を向けたままだった。真っすぐガズ達を見ており、アミアは慌てて籠に入る。

 王女が中に入ったのを確認し、タラは布地をその肢体に掛けた。


「おやすみなさい」


 そう言われ、アミアは「おやすみなさい」と返した。


 ★


「王女様。食事の準備が出来ました」


 タラは天幕の中で、人間姿に戻っているはずのアミアに声を掛けた。

 日が沈む前、森の中に微かに入る光が橙色を帯びてきた頃、一行は今日の旅を終えた。タラやアミアには同じにしか見えない森の中、その一角でガズは夜を明かすことを告げる。

 兵士達にとって、天幕など必要なかったが王女は異なる。また人間姿に戻る瞬間を見られたくないのだろうとタラは天幕を張った。地面に敷くのはリリンが持たせたふかふかと柔らかい獣の皮の絨毯だ。


「アミア様。初めてお目にかかかります。ナアン領主の弟、ガズ・ナアンです」


 アミアは 蜥蜴姿では会いたくないと、籠に入りっぱなしでろくに挨拶も交わしていなかった。天幕から姿を現した王女にガズは優雅にお辞儀をする。


「こちらの二名はジネとぺリになります」


 二人の部下はやっと兜を外し頭を下げた。

 アミアはその二人の顔に少しだけ嫌な予感を覚える。

 一人は目が狐のように細長く、癖のある茶色の髪をしていた。もう一人は四角顔で、表情がなく、その緑色の瞳も沈んでいる。

 二人の顔を見たタラもアミアと同じ考えに至ったようだ。すっと彼女の前に立つように位置を変えた。


「アミア様。やはり二人の人相に驚かれましたか。そう思って昼は兜を取らないように指示していたのですよ。ご安心ください。二人とも忠義に厚い部下達ですから」


 ガズはタラの方に手を置き、すこし押しのけるようにしてアミアに笑い掛ける。

 男の笑みは人懐っこいものだった。ガズは領主の弟だ。アミアはタラに大丈夫と合図をすると、前に出てガズに挨拶をし、二人に声を掛けた。


 食事が済み、それぞれが持ち場に就く。

 今夜はジネとぺリが交代で見張りをすることなった。ガズは焚火の近くに床をとり、タラは天幕の近くで寝るための準備をする。


 天幕の中にランプを灯し、アミアは本を読む。

 一晩だけの旅に関わらず荷物が多いのはこのためだ。夜は眠らない。このことを知っているリリンがタラに色々と持たせた。ランプもその一つだ。

 重かったのだろうと、アミアは本から顔を上げ、外にいるはずのタラのことを思う。

 本当ならば、外に出てタラと話したかった。

 でも夜分に邪魔をするのはよくない。昼間の疲れもあるだろうと、アミアは一人で天幕に籠った。

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