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旅のはじまり

 明後日の朝、王女を連れて一行は旅に出発した。王女の身の周りの世話をするものが必要ということで、リリンも連れて行くことになり、総勢四人の旅になった。

 アミアは叔父のケシが同行することに安堵していた。しかし、タラが加わることには驚く。叔父の采配ということで不満を漏らすことはなかったが、自分と同じ白蜥蜴に迷いなく剣を振り下ろしたことで少し恐怖心ができていた。


「お、王女様」 


 その日の夜、タラに声をかけられた。アミアは一瞬怖さが先に立つ。が、堪えると振り向いた。


「あの、これを渡すようにと隊長に言われました」


 図書室で見た彼とは別人のようだった。表情が随分豊かで頬が少し赤らみ、眉毛が困ったように眉間に寄っている。

 男性に当てる言葉ではなかったが、随分可愛らしい表情をしていた。お陰でタラに抱いていた恐怖心などは一気に吹き飛んでしまった。


「ありがとう」


 お礼を言って毛布を受け取る。

 するとタラの顔が一気に真っ赤に染まった。彼の背後で叔父はニヤニヤ笑っている。


「体調が悪いの?」


 叔父の意味深な様子はいつものことで、アミアは放っておくことにした。だが、真っ赤になったタラは病気だろうかと、思わず聞いてしまった。


「いえ、だ、大丈夫です」


 しかしタラは慌ててそう言うと、頭を下げ叔父の元へ駆けて行く。


「……タラ様は純情な方なのですね」


 戸惑っていると、料理をしていたリリンが声をかけてきた。


「純情?」


 首を捻るアミアにリリンが苦笑する。


「まあ、王女様は気にしないことです。さあ、こちらに座ってください。お二人にも声を掛けなければ」


 リリンのスープは完成したようだ。城から持ってきた木製の器とスプーンを人数分、袋から取り出す。

焚火を囲み食事となり、ケシとリリンの軽快なやり取りで雰囲気は賑やかになる。それでもタラは食事中ずっと俯いたままで、二人の話に笑いながらもアミアはそれを不思議に思っていた。 


 ★


 タラとケシで交互に見張りをすることになった。

 焚き火の近くに天幕を張ったのだが、中にいるのは侍女のみ。王女は眠れないと本を片手に焚き火近くに座っている。


「月がこの位置まで動いたら俺を起こすんだ」


 ケシはタラに指示をすると、焚火の傍に戻り毛布に包まり直ぐに寝てしまった。

 それしか指示がなく、野外での夜警をしたことがないタラは少し戸惑いながら焚き火の近くを巡回する。王女は夢中で本を読んでいた。

 昨日からタラにとっては初めてづくしだった。王女と共に幻を見たこと、王と対面したこと、城下街を離れたこと、一番の初めては王女と言葉を交わしたことだ。「体調が悪いの?」と首を傾げて尋ねられた時は、死んでしまうかと思うくらい動揺した。

 気持ちを隠すことは慣れているはずなのに、王女の前では抑制が効かなかった。

 空を見上げると、楕円形の月がぽっかり浮いていた。月が満ちるまであと四日だ。

 ――満月に咲く花

 その蜜を飲めば、王女は元に戻るとあの蜥蜴が言っていた。

 白い蜥蜴、不思議と醜いと思わなかった。美しい陶器のような肌をした蜥蜴。禍々しいほど白く輝いていた。

 王女は蜥蜴になる呪いを掛けられていると聞いていた。日中はきっとあのように美しい蜥蜴になるのだろうか、月を見ながらタラはそんなことを思った。


 ★


 アミアは夜、寝ることが出来なかった。

 それは蜥蜴になってから始まった現象だった。日中寝ているせいもあるが、それだけではないようだった。

 夜になると頭が冴えわたり、睡魔を寄せ付けなかった。

 なので、アミアは本を読むことにしていた。呪いを解く方法を探すために始めた建国 当時の書物の読書、同時に知らなかった歴史を知ることになり、アミアは読書に夢中になっていた。王に頼みこみ、今回の旅にも城内の図書室から三冊持ってきていた。


 ぱきっつ。


 不意に小枝が割れる音がして、アミアは顔を上げる。


「申し訳ございません」


 音を立てたのはタラで、小声で謝り頭を下げた。


「気にしないで。夜警のほう御苦労様です」


 すっかり恐怖心が抜けたアミアは笑顔を浮かべ、労いの言葉をかける。すると、またしてもタラの頬が赤く染まった。焚火の明るい光でも見えるくらいの変わりようで心配になる。


「本当に何処も悪くないの?」


 先程は大丈夫と答えていたが、顔が真っ赤になるなんて尋常ではない。アミアはそう思い問いかけた。すると青年は狼狽し、寝ているケシの体に足を引っ掛け転んだ。


「お前なぁあ!」


 その体に座り込む形になり、不本意に起こされたケシは怒りを露わに立ち上がった。


「はっつ、何かありましたか?」


 その声に驚き、リリンまで目を覚ます。


「な、なんでもないのよ。リリン」


 アミアが慌ててそう言うと、リリンは半ば寝ぼけていたようでまた眠りに落ちた。そのことに安堵して、アミアは叔父とタラに目を向ける。


「たるんでる。まったく。大体。起こせといったが、こういう起こし方はするな!」


 怒りを含んでいる押し殺した声で、ケシは部下を叱り飛ばしていた。タラは反省しているのか黙ったままだ。


「叔父様。私が悪いのです。タラを驚かせたみたいで」

「そ、そんなことはないです!」


 庇うアミアに対してタラは勢いよく顔を上げると、否定する。それがかなり必死で、またしてもアミアは可愛らしいと思ってしまった。

 ケシはタラの様子をどう思ったのか、諦めたような溜息をつく。


「まあ、いい。こんな時間だ。お前は今から寝ろ。朝までは俺が見張る。いいな」

「はい」


 敬礼したタラにケシは毛布を投げつける。岩に立てかけてあった剣を装備し、アミア達から離れたところまで行き森の奥を見つめた。


「お、おやすみなさい。王女様」


 叔父の背中から目を離し、タラは小声で挨拶する。

 叔父より頭一つ小さいだけで、青年はアミアからすれば大柄だった。しかし伝わる雰囲気はまったく違う。彼のことはほとんど知らない。図書室で蜥蜴相手に剣を振り下ろした冷たい彼が本当なのか、この可愛らしい彼が本当なのか、アミアにはわからなかった。が、彼女は彼に今夜、好印象を抱いた。


「おやすみなさい」


 そう返すと、タラは毛布を頭まで被り、横になる。表情は見えない。しばらくすると寝息を聞こえてきて、アミアは彼が寝たことを知った。




 ★


 空が闇色から青色に変わっていく。それに気がつき、アミアは見張りを続けている叔父に声をかけた。

 馬車に戻るというアミアをケシは送り、その前に立つ。


「叔父様、ありがとうございます」

「お礼をいうほどじゃない。お前のほうが大変だからな。色々と」


 ケシはアミアの頭を軽く撫でる。

 子供扱いされ、アミアは少しだけむっとした。成人の儀を終え、本人は自分を大人だと認識しているからだ。


「夜が明ける。朝食をとったら出かけるつもりだ」


 ケシはそんな姪の様子に苦笑しながら馬車に背を向ける。


 東の空が明るくなってきていた。 アミアは馬車の中で、蜥蜴に戻る時を待つ。

 胸に輝くのは、王妃が成人の祝いに贈ったものだ。代々、王妃の実家カランサ家に伝わる翠玉の宝石の首飾り。蜥蜴姿になっても、それは常にアミアの胸元に輝いていた。

 心臓が跳ね、体が輝き始める。時が来たのだとわかり、アミアは目を閉じた。

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