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王女と白蜥蜴の呪い  作者: ありま氷炎
番外編ーー王と白蜥蜴
11/14

再会

 翌日、蜥蜴の姿にもどったセリアは、朝食をとるために住処から出る。彼女の住処は人間の姿でも窮屈にならないように洞窟の中だ。長年住み着いているので、よそ者以外は寄り付かない。

 セリアの食料は主に植物。中でも大好物は赤い花だった。昨日の夜は人間になったため、何も食べていなかった。人間姿では味覚が変わり、普段食べているものを口に入れてもおいしくない。だから、蜥蜴に戻った翌日の朝はいつも大好物の赤い花を食べるようにしていた。セリアは甘酸っぱいその味を思い出しながら、四本足を急がせる。

 しかし、ふと昨日嗅いだ匂いがして、足を止める。目を凝らして見ると、そこにはなんと昨日の人間がいた。

 けれども一人ではなく、もう一人、毛むくじゃらではない人間がいた。


「王!お戻りを。まだ油断は禁物です!」

「タンプ、俺はまだ王ではない」

「まだですが、すぐに王になります。王!お体を大切にしてください。傷口が開いたどうするんですか!」

「傷口。開くはずがないだろう。完治しておる。お前も知っているだろうが」

「……ですが!」

「ああ、うるさい。静かにしろ。彼女がおびえて出てこないかもしれないだろう!」


 髭を生やした獣のような人間は、昨日横になっていた場所に立っていた。

 明るい光の下で見る印象は、やはり茶色の毛むくじゃらな獣だが、緑色の瞳がきらきらと輝いていて、セリアは引き付けられた。隣にいるのは、獣のような人間とは対照的に色が薄い。灰色の髪を後ろでくくりつけ、眼鏡をかけていた。セリアは眼鏡を見たことがなかったので、どんなものかと興味が沸いた。 

 それがよくなかったらしい。

 乾いた小枝を踏み、小さいが小気味のいい音がした。


「誰だ!」


 獣の人間は、セリアがいる茂みに睨み、彼女は思わず逃げ出す。


「もしかしてお前か?」

「王!」

「スイと呼べ!」


 眼鏡の人間にそう言って、獣の人間――スイはセリアを追っかける。

 木の上に慌てて登り、音を立てない様に心がけた。


 痕跡を失い、スイはセリアのいる木の下で足を止める。


「王、スイ様!」

「逃げられたじゃないか!」

「逃げられたとか、そのなんですか、女性ですか?その方じゃない可能性が高いと思いますが」

「いーや。あれは絶対に彼女だ。お前が騒ぐから逃げたんだ」

「騒ぐ。それはスイ様のほうでは」


 眼鏡の人間――タンプが言い募ったが、スイに睨まれて口を噤んだ。

 結局、スイはそのあたりを捜索し続け、太陽が真上に来るまで森に居座った。おかげで、セリアはお腹をすかせたまま、木の上でスイとタンプのやり取りを眺め続け、お腹はすくは、体はしびれるはで散々な目に合う事になった。


 翌日、さすがにもう諦めただろうと予想していたのだが、森の中にスイとタンプの姿を見かけた。昨日の同じことを繰り返し、その翌々日。


 それを一週間続けた朝、スイは来なくなった。

 彼が通い始めた三日目にセリアは、スイが来る時間よりも早く起きて食事をするという方法を生み出した。おかげで木の上で余裕を持って二人の様子を眺めることができた。

 今日も来るだろうと、木の上で待機していたのに、スイは現れず、太陽が真上から少し西にずれた頃、セリアは木の上から降りた。

 胸にこみ上げるのはまた寂しさ。

 それが悔しくて、セリアは花以外にも木の実をたくさん食べすぎ、お腹を腫らして住処に戻ることになった。

 夕食時にお腹が減るわけがなく、夜のおかしな時間にセリアは空腹に耐えられず住処を出た。


「王!戻りましょう」

「だから、王と呼ぶな」

「スイ様!狼の声がします」


 タンプは少し情けない声でスイに訴えかけていた。


「狼ごとき、俺が負けるわけがない。黙っていろ。彼女が逃げるかもしれないだろう」

「ですから、こんな時間に、しかも森。女性なんかいるわけないでしょう?きっと、スイ様、幻をみたのではありませんか?」

「いや、あれは幻じゃない。幻であれば、もっといい女……のはず」


 セリアにはいい女の定義がわからなかったが、なにやら、いいことは言われていない事は理解できる。だが、白蜥蜴の身で彼らの前に出るには危険が多すぎて、怒りを堪え、木の陰に隠れた。


「でしたら、どうしてそうこだわるのですか?」

「あの女は俺の命を救った。礼儀を尽くすのが正しいことだろう」

「命を救った。それも不思議なことですよね。傷がすぐに完治するなんて、普通じゃないですよ。何かの魔物ではないですか?」

「魔物か、魔物なら傷など癒さないだろう」

「それはそうですが」


 二人はいつも通りそんなやり取りを繰り返し、森を捜索し続ける。セリアは、なぜかそんな二人のそばから離れることができず、遠くから様子を見守り続けた。


 翌日の夜、二人はまたやってきた。そうして同じ事を繰り返し一週間続いた。けれどもぱったりと姿を見せなくなる。

 昼も夜も、彼らは姿を現さなかった。


 ――きっともう「私」のことなんてどうでもいいんだな。


 彼がセリアを探している。

 それがとても心地よいことだと気がついたのは、スイが現れなくなって、一週間後だった。


 ――馬鹿だ。何を期待したんだ。私は白蜥蜴。人間じゃない。正体がわかれば、きっと狩られる。なのに、何を。


 探されている。待たれている。 

 

 そのことはセリアにとって、予想以上に嬉しいことだった。

 だから、そうではないとわかり、彼女は落ち込むしかなかった。


 そうして満月の夜がやってきて、セリアはあの日と同じように翠玉の宝石の首飾りに、ワンピースのドレス、外套を羽織り、靴を履いた。

 誘われるように、彼と会った場所へ向かう。


「やっと会えた!」


 スイはそこにいて、セリアの姿を見つけると駆けてきて、ぎゅっと抱きしめる。

 抱きしめられることなど、親以外にされたことがない。

 彼女は硬直してしまい、されるがままだった。


「悪い。悪い。あんまりにも嬉しくて」

 

 彼は顔まで強張らせているセリアに謝り、彼女から離れた。


「俺はずっとお前を探していた。どこにいたんだ?」


 満月の明かりだけでは、彼の本当の髪色、瞳はわからない。だけど、セリアはその瞳が緑色で髪も髭も茶色だと知っている。


「なに、を」


 セリアは自然と手を伸ばし、彼の髭を触っていた。


「硬い。狼の毛のほうがまだ柔らかい」

「何を?」


 スイは当然の彼女の行動と言葉に驚くしかなく、興味深そうに髭をなでる彼女をただ見ていた。

 いい女ではない彼女であるが、長い睫に大きな瞳であどけない表情のセリアはとても可愛らしく、空いた手が彼女に伸びそうになった。


「王!」


 それを止めたのはタンプで、スイは思わず舌打ちをしてしまった。

 セリアはスイが一人ではなかったことに気がつき、後ずさりする。

 一週間ぶりに見たスイ。一人であるはずがないのに、彼女は嬉しくて油断していた。しかもなぜか彼に触れるという暴挙まで果たしており、自分自身が理解できない。

 逃げ出しそうになるセリアを捕まえたのはスイだ。


「王!」

「タンプ。静かにしろ。彼女が逃げてしまうだろう。悪いな。少し話がしたいんだ。逃げないでくれるか?」


 手首は痛くない程度の力で掴まれていた。

 スイの表情は、セリアを労わる様なもので、彼女は静かに頷いた。

 ゆっくりと手を離し、スイはタンプに目をくれる。


「タンプ。二人で話がしたい。少し離れてくれないか」

「王!」

「タンプ。王命だ。聞くよな?」

「……わかりました」


 渋々とばかり、タンプは頷くと、背を向けて歩き出した。


「悪かったな。驚かして、手も掴んだ。痛くないか?」

「痛くない」


 セリアは素直に答え、スイを眺める。

 こうして近くで眺めるのは、あの日以来、およそ三週間ぶりだ。

 あの時は寝ていて、一方的にセリアが見つめるだけだった。今日は、スイもセリアを凝視していて、その視線に耐えられず彼女は視線をそらした。


 見られて恥ずかしいと感じたのは初めて、戸惑う。


「名前を聞いていいか」

 

 視線をあさっての方向に向けている彼女に、スイは律儀に尋ねた。


「セリア」


 彼女は淡々として答えるだけ。


「セリアか。いい名前だ。俺はスイという。この間は助けてくれたありがとう。お礼がしたいんだ。何か欲しいものはあるか?」

「欲しいもの?」


 そんな質問されたのは、いや、人間とこうして会話すること自体が始めて、セリアは聞き返すだけに留まる。


「何でもいいぞ。ドレスでも、宝石でも。ああ、えっと家でもいい」

「家?」

「家が欲しいのか?なかなか強欲だな。だが、いいだろう。命の恩人だ」

「家、それはなんだ?」

「家がわからんのか?お前いったい」

「私は何もいらないよ。そんなわけがわからないものはいらない」

「何もいらないのか?無欲だ。王を助けたんだぞ!」

「王?お前は王なのか?強いのか?」


 獣たちにも上下関係はある。セリアは白蜥蜴で最後の一人だが関係ないが、他の種族には王や長と呼ばれるものがいることは知っていた。


「俺は強いぞ。この辺で俺に勝つものはいない」


 スリの言葉に、セリアは最初にあった時の弱った彼の姿が浮かび、苦い顔をする。それは彼にも伝わったらしく、慌てて話し始めた。


「あれは、強敵でな。俺も油断してた」

「王」


 遠くに行ったはずのタンプが慌てて戻ってきていた。


「そろそろ戻らなければ」

「そんな時間か」


 満月の位置から時間を割り出しタンプがそういい、スイは苦い顔になる。


「セリア。本当に欲しいものはないのか?」

「ない」


 ――もうすぐスイがいなくなってしまう。

 その思いで、セリアの口調が少し冷たいものになっていた。


「そうか。でもまあ、そのうち何か欲しくなるかもしれん。また会いに来てもいいか?いつなら会える?」

「次の、次の満月の夜」


 再び会えることに嬉しさを隠せず、セリアはつっかかりながらそう答えた。照れたような表情を見せる彼女に、スイも彼らしくなく、少し顔を赤らめる。

 隣のタンプはそんな二人に気がついていたが、あえて無表情に徹して、王を急かした。


「それでは、次の満月の夜にまた来る。そのときまでに欲しいものを考えておけ」


 スイはタンプに背中を押されながらも、セリアにそう言って森を出て行った。



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