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王女と白蜥蜴の呪い  作者: ありま氷炎
番外編ーー王と白蜥蜴
10/14

出会い

ワズリアン初代王スイと白蜥蜴のセリアの話です。

「本当に面倒だ」


 また満月の夜がやってきた。

 セリアは人間の姿に変化したことに溜息をつくと、母親から譲られた薄汚れたワンピースのドレスを身につけ、窮屈な靴を履いた。そして、翠玉の宝石の首飾りをつける。

 この首飾りも母親から譲られたものだ。人間の姿になった時につけるよう言われ、セリアは仕方なしにこの不快感しかもたらさない首飾りをつけている。母親いわく、願いを託す大切なものらしいが、使い方などわからない。つけていれば、願いがこもるとか、なんとか。とりあえず月に一度の満月の夜に袋から取り出し、首にぶら下げていた。

 本来ならば、この首飾りも、ドレスも、靴も、身に着けたいものではない。

 けれども、裸のまま歩くと、白い柔らかな肌は直ぐに小枝や草木で傷つき、ひりひりと痛みを訴えた。足も同様で、柔らかな素足で歩くといつの間にか小さな傷ができて痛む。

 この人間の姿はとても脆弱で、セリアは好きではなかった。金色の長い髪も邪魔にしか思えない。 こんな不便な人間の姿になる満月の夜は、住処でじっとしていることが多い。

 外に出かけると、気をつけているはずなのに、いつもどこかを傷つけ、その痛みは人間の姿である間ずっと続くからだ。

 けれども、今日は動物たちがいやに騒ぐ気がして、外套まで羽織り、セリアは森の中を歩いていた。


 狼のうなる声が聞こえ、聞いたこともない声がした。


「俺はまだ死んでないぞ!」


 セリアは動物だけじゃなく、人間の言葉を理解できる。

 その声はとても低く、獰猛な感じだった。

 思わず木の陰に隠れ、人間の様子を窺う。

 威勢のいい声に反して、人間はかなり弱っていた。

  

 人間が急に動かなくなった。その手に持っていた剣はすでに地面に投げ出されている。


 狼がここだとばかり、襲いかかろうとした。


「待て!」


 セリア自身もわからない。

 気がつくと体が動いていて、人間の前に立っていた。


『なぜ邪魔をする?』

『わからない。でもこれが食べられるのは見たくない』

『ふん。蜥蜴が人間に興味を持つか。ああ、今は人間の姿だったな』

 

 セリアは白蜥蜴最後の生き残りだ。この森には生まれた時から住んでいて、両親は十数年前に死んでいる。

 両親はもちろん、白蜥蜴で、満月の日は三人で人間になって過ごしていた。

 なので森の獣の多くは、人間姿のセリアを知っており、食料と思われることはない。


『助けるつもりか?』


 セリアの血は傷を癒す効力がある。そのせいで、白蜥蜴の身を不老不死と信じた人間が同胞を狩り続け絶滅の危機にあった。彼女が生まれた時にはすでに白蜥蜴といえば両親と自分だけだった。


 答えないセリアに、狼は鼻を鳴らす。


『好きにしろ。そんな不味そうな人間より、別のものを食べたほうがましのようだ』


 狼は満月に向かって吼えると、森の中に消えていく。

 残されたセリアは、気を失い倒れている人間に近づく。

 いくつもの傷が体中についていたが、大きなものは腹部だった。


 服を破り、地面に落ちている剣を使って、手の平を少し傷つける。

 痛みに慣れていないセリアはじくじくとした痛みに顔をしかめながらも、己の血を人間の傷口に擦り付けた。すると血が止まり、ゆっくりと傷がふさがっていく。

 人間はまだ目を閉じたままだが、表情から苦しみが取れたような気がした。


「お前、」


 本当の人間と口をきいたことはない。

 ふと、呼びかけてみて、セリアは口を閉ざした。


 何を聞こうと思ったのか自分でもわからなかった。


「……女?」


 かすれた声が聞こえ、人間が目を開いたのがわかった。

 

「助けてくれた、のか?」


 人間は身じろぎして、己の傷口がふさがっているのを確認していた。セリアは、問われていることには気がついたが、戸惑いが大きく答えなかった。


「あ、ありがとう」


 獰猛な人間だと思っていた。顎鬚が生え、人間なのに毛むくじゃらな顔。セリアは人間になった自分の顔がどんなものか把握している。なのでそれと比べるとあまりにも異なり、人間というより、獣に近い気がしていた。

 しかし、その人間が微笑むと印象はまったく変わる。

 その違いに驚いている間に、人間は再び気を失っていた。

 傷はふさがっているが、ここに放置していると別の獣に襲われる。セリアは仕方ないので、人間が再び目が覚めるまで、そばにいることにした。

 どうしてそんなことをするのか、自分でもわからなかったが。


 何もしないでただ人間を観察する。

 人間には獣と同じように二つの性がある。

 殆どの場合、雌は、人間だと女というが、雄、男よりも小さいらしい。 

 母から自分が母親同様女であり、父親は男だと聞かされていた。

 この人間はどちらだろうと、凝視する。

 自分より大きい。だから男なんだろうと思う。

 でも父親よりも色が茶色で、毛むくじゃらだ。本当に人間なんだろうかと疑問も沸いてくる。


 そんな風にして時間をすごしていると、人間が再び身じろぎした。


「……まだいたのか?」


 目を開けた人間にそう言われ、セリアは少し苛立つ。

 襲われないように見張っていたというのに、だから思わず言葉を返した。


「いて悪いか。獣の餌になりたいか?」


 セリアの言葉に男の目が見開かれた。 

 何を驚いているのだろうかと、興味を引かれる。


「見張ってくれていたのか」

「ああ」

 

 やっとわかったのかとセリアは鼻を鳴らす。


「ありがとう」


 人間は再び微笑み、体を起こそうした。だが、めまいを覚えたらしく、また横になる。


「気分が悪い」

「当たり前だ。もう少しで死ぬところだったからな」


 すでに血は乾き始めていたが、失った血は少ない量ではない。

 セリアは、少し距離を保ち、人間の傍に座っていた。


「何か食べるか?」

「食べる、それよりも水がほしい」

「水か」


 人間に言われ、セリアは立ち上がる。


「少し待ってろ、水を持っていく。その間、自分で自分の身を守れ」

「おい!」


 剣を男の傍に置き、セリアは近くの川を目指す。少しの間くらいは己で身を守れるだろう、そう判断して、水を取りにいくことに決めた。

 川はすぐ近くで、容器になる大きな木の実の殻を見つけ、水をすくう。


 セリアが戻ると人間の姿は消えていた。

 新しい血の痕はない。だが地面を踏みしめた足跡がいくつか見つかり、人間は誰かとともにいなくなったことがわかった。

 人間が横になっていた場所にセリアはしゃがみこむ。ならされた草の上を触り、すでに温かみがないことに寂しさをこみ上げてきた。

 

 ――寂しい?

 そんなことあるはずがない。

 

 両親が死んでから、最後の白蜥蜴として、一人で生きていた。

 孤独なんて慣れている。


 たった少しの時間しか一緒にいなかった相手に抱くには、おかしな感情。

 一緒といっても、相手はほぼ寝ており、会話も会話とも言えないもの。


 セリアは自分が弱くなったようで、苛立ちまぎれに手に持った木の実の殻を投げる。中から水がこぼれ、それは半円を描き、飛んでいった。


「ばかばかしい。だから人間の姿になるなんていやなんだ」


 洞窟から出てきたのは間違いだったと、セリアは再び己の住処に戻った。


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