プロローグ
初投稿作品です。ご意見ご感想など頂けましたら幸いです。
最低な夜だった。
「はあ!? こんな馬鹿げた代金……誰が払うか!」
「えー……そう言われましてもねえ……」
自然豊かな現代社会では珍しい農村で、村長である初老の男性に請求書を手渡したのだけど、まさかのブチキレ状態で縦に引き裂かれてしまった。
真夏の夜にせわしなく鳴き続ける虫達の叫びを呑み込み、村長の怒号が村を囲む山林に木霊する。
こちらとしては正当な料金を示したつもりだけど、さすがに田舎者には高すぎたのかな――なんて、反省するわけもなく、こんなこともあろうかと用意していた二枚目の請求書を差し出した。
「馬鹿にしているのか! 貴様! 500万なんて払うわけがないだろう!」
「そう言われましてもねえ……契約の際に説明しておいたはずですけど?」
「知らん知らん! さっさと帰れ!」
面倒な人達である。
そりゃさ、初期費用30万円とは言ったけど、あくまで初期費用だし。
伝説級の妖狐を処理したのだから、素直にお支払い願いたいんだけどなぁ。
こうなれば仕方ないと、僕は背負っていたリュックを下へおろし、ガサゴソと漁って中から漆黒に塗り染められた木筒を一つ取り出した。
中指ほどの長さのそれには、コルク栓に似た同色の封がしてある。
「なんじゃそれは……」
はげ頭をゆでダコみたいに真っ赤にして怒っていた村長も、怪訝そうな顔になり僕の手元へ視線を移した。
「いえ。お支払い願えないようですので、この場で開封して僕は帰ろうかと」
「ふ、ふざけるな!」
いえいえ。ふざけてなんかいませんよ。
バカ高い封具を何個も使って、同様にアホ高い呪符を何枚も使ってようやく捕まえた妖狐――”九尾の狐”を悪ふざけで逃がすはずがない。
「では、そういうことで」
「ま、待て……!」
ポンっ、と軽く抜けた封を抛り、僕は手元から木筒を地面に投げ捨てる。
すると、黒煙が村中を包み込むように木筒から舞いあがり、辺り一帯を漆黒の闇に染め上げた。
『ククク……妾を解き放つなど……アホじゃな……』
女性のように高い声色の、どことなくイントネーションが不自然な声が僕達の耳へ殺気と共に届いた。
『……妖術師。キサマだけは!』
「……え? 僕ですか」
ぐんっ、と体が不思議な力に引き寄せられ、深い闇の奥で不気味に煌めく金色の双眼へ吸い込まれてしまう。
あまりよろしくない事態になりそうなので、僕は腰元から名刀――”花椿<はなつばき>”を抜き放ち、溜息を吐きながら正眼に構えた。
淡く発光する蒼い刀の切っ先を九尾の狐と思わしき双眼に向け、僕は鋭く一直線に突きを放つ。
しかし、手ごたえはまるでなくて、逆に僕の体は無数の黒い触手にからめとられてしまい、体の自由を奪われてしまった。
「わあ、大ピンチ」
『ククク……妾が次元の狭間に送ってくれるわ!』
そして、僕の視界は一気に黒へ染まった。
あー……しまった。
500万円もらい損ねたよ。残念。