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鼓動  作者: 吉川明人
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料理


「そうだよね。面白いのが一番だと思うんだ。だからこそ異端の学説も、ただ異端だからって切り捨てないで、楽しみながら論議する風土を作り上げていきたいと……」

「あ……あの、それで犬澤君。なに?」

「え? うん……その本買うのかなと思ってね」

「どうしようか迷ってるの。あたしお金2000円しかなくて……あっ、ひょっとして、犬澤君買おうとしてたの? ゴメン。あたし持ちっぱなし……」

「いや、実はオレも残金2000円だから、どうしようか決めかねて店の中ウロウロさまよってたんだ。そうしたら本多さんがその本見てるから、買うのかなと思ってね」

 なんで決めるのにウロウロするんだろう?

「心配で見にきたんだ?」

「というより、このあたりのことに興味ある人は少ないから、同好の志かなって思ってね」

「仲間探しにきたの? ……あたしよくわかんないよ」

「うん、でも読んでみると意外に面白いよ。なんだったら、家から2〜3冊みつくろって持ってくるけど、どう?」

「どうっていわれても……」

「まあ、今すぐってわけにもいかないから……」

 ホッ……なんか仲間にひきずり込みたいみたいだけど、とりあえずはゆるしてくれそう。

「とりあえず、読んでから感想聞かせて。明日学校に持ってくるから」

 え? なんでそうなるの? とにかく、理由つけてこの場は逃げ切ろう。

「あ、あたしこの本買うから、これ読み終わってからでもいい?」

「先に本だけ持っておいてくれればいいよ」

 ……うぅ、押し切られた。

 それに迷ってたといっても、1200円も遣ってしまうことになってしまった。


 ……帰りの電車の中で扉あたりに立って、いつもどおり流れてく景色ながめる。

 本は落っことすと大変だからうちに帰るまで読まずにガマン……。

 電車の中はわりと空いてて座れないことないけど、学校の帰りはいつも立つことにしてる。

 実は、路線添いのうちの1軒に2階のベランダで犬飼ってるうちがある。

 あたしの目の高さで、ココがちょうどいい位置にその犬はいる。

 雑種だと思うけど、かなり大きくて毛がフサフサしてるちょっと茶色の犬。

 高1の時から、ずっと電車の窓越しに一瞬だけの買い主気分になってる。

 ごくたまに目が合ったりすると、スゴく嬉しい。もうすぐそのうちに近づく……。

 お〜い、ピーちゃん。

 今日も元気かぁ〜?

 ……うん。 今日もあいかわらずベランダにクテッと寝てた。ピーちゃんっていうのは、ピレネー犬くらい大きくて、飼うならピレネー犬がいいってとこからつけた。ほんとの名前はしんない。ちいに教えたら『そのままじゃない』っていわれたけど。


「ただいま」

 紗弥はまだ帰ってきてなくて、かわりにテーブルに手紙が置いてある。

『佳那ちゃん・紗弥ちゃんへ。今日は遅くなりますので、夕飯作っておいてね。期待してます。母』

 あ、そうか。今日はパートの人たちと一緒になんかするっていってたっけ? 夕ご飯の支度か……材料なにあるのかな? 冷蔵庫……ふんふん。棚は……あっ、コンブなくなってる……それ以外は今ある材料で充分いけそう。

 鉄鍋にお水はって干しシイタケ入れておいてから、ちょっとコンブ買ってこようか……っとあたし800円しか持ってない。

 しょうがない。キッチンの棚に入れてある金庫……たんなる大きめの海苔の空きカンから1000円札取り出して、一緒に入ってるノートに名前と日付、金額、使用目的書き込む。

 これもうち独特の方法。とにかく入ってきたお金は全部ココに納められる。そこから家族それぞれが、自分の判断でお金取り出して遣う。あたしも紗弥も、お小遣いの額は決まってない。必要になったら、ココから勝手に持っていっていいことになってる。

 友だちにこの方法話すと、みんなうらやましがるけど、とんでもない。お給料日前日に、家族全員が集まってその月の決算する。その時に残金照合とそれぞれがいくら遣ったか、全部わかる仕組みになってる。しかも、目的と全体にかかる割合まで判明する。

 議長は家族みんなに関わる出費が1番多いお母さんがして、お父さんがスゴく細かく計算する。経理会計士って仕事柄なのか、計算するの好きで、いつもスゴく嬉しそうに計算してる。

 それぞれの書いた金額と、残金が合わなかったら大変。原因わかるまで終わんない。それに遣い過ぎてると全員から責められるし、うちでは『決算日』として恐れてる。

 だから、誰も余計なもの買いたがんない。ほんとは今日の本代もかなり痛い。まあ、この2〜3年計算が合わなかったっていうのは2回くらいしかない。それも勘違いとうっかりミス程度で、すぐ思い出せるものばっかり。

 だから毎月それなりに貯蓄はできてるようだけど、マンションのローンや、あたしと紗弥の授業料とかで、苦しくないわけじゃない。

 とにかく近くのスーパーにいくと、コンブは……あ、あった、ひと袋980円でこの量と質にしてはわりと安い。うちに帰ると紗弥も帰ってた。


「おかえり〜」

「ただいまー。お姉ちゃんもおかえりなさい。買物いってたんだ」

「うん。コンブなくなってたから」

「じゃ、お姉ちゃん。料理はおまかせ」

「紗弥もどう? おもしろいんだよ」

「う〜ん……わたし見てるからお姉ちゃん作って」

 紗弥が渋るのはわかる。このコはハッキリいってお料理がヘタ。前に1度作ったことがあるけど、あれには驚いた。どんな手順踏んだのかわかんない。作った紗弥自身も『なにコレ』っていってる中で、ただ1人お父さんだけが必死の笑顔で『うまい』っていってた……あの姿は偉大だった。


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