記憶
「2人とも、そろそろ夕飯の時間よ。手伝って」
「あ……もうこんな時間」
お母さんに声かけられて時計見ると、もう6時30分。結局、夕方までずっと紗弥の勉強見てた。途中何回かトイレ休憩はさんだけど、ほとんど休みなしで勉強してたことになる。
「ゴメン紗弥。休憩しなかったね」
「えっ? うん……」
紗弥がしげしげとあたし見る。
「なに?」
「お姉ちゃんて、先生よりずーっと教えかたうまくて分かりやすいよ。こんな長い時間、集中できたの久しぶり」
「そ、そうかな……だけど、数学とか物理とか化学とかは教えらんないけど……」
「うん。それはあてにしてないよ。エヘヘ……ほんとに、普段ボ〜っとしてるのがウソみたい」
「べつにボ〜っとしてるわけじゃないけど……」
「分かってるけど。他人から見てるとそう見えるんだよ」
紗弥がちょっと困ってる。
「……いいよ、べつにあたし気にしてないから」
「そんなところが、ボ〜っとしてるっていわれるんだよ……。まあ、お姉ちゃんらしいっていえばそうなんだけど」
「じゃあいいじゃない。あたしはあたしだから」
「……ねえ、お姉ちゃん」
「ん?」
「これからも時々教えてくれる?」
「うん。いつでもいって」
「……ありがと」
「なにいってんの、気にしなくていいよ」
夕ご飯のあとも、寝る前まで紗弥の勉強につき合った。紗弥も喜んでくれたけど、あたし自身、復習ができて今日も有意義な1日だった……と思っておく。
朝の電車にいつもより興奮気味のちいが飛び乗ってくる。
「おはよー! かなぼ〜!」
「どしたの? ちい」
「ちょっとコレ見て! ほらほら、これこれ」
「……ど、どしたの……これ?」
「やっぱりコレだったんだ」
カバンの中からゴソゴソなんか取り出す。
それはコピー紙に描かれた夢の中に出てくる祭壇の図形とおんなじもの。
ううん。あたしがこの前ノートに描いたものよりずっと精密に描かれてる……間違いない。夢の情景がありありと思い出されてくる。
ちい自身驚いてコピー紙見つめる。
「このあいだ、なんか見たような気がするっていってたの覚えてる?」
「うん」
「ずっと前、兄キが見せてくれた写真の中にあったんだ」
「写真?」
「ずっと前に、大学が日蒙共同で発掘調査してるモンゴルの遺跡の写真見せられたことあったのよ。
昨日、兄キと今なにしてるのって話になって……初めは大学側調査団のスタッフとして同行してたらしいんだけど、なんかハマっちゃったらしくて、休学してまで調査続けてるんだって」
「大学離れたら、調査からもはずされるんじゃないの?」
「なんか共同調査隊の中に民間の研究所グループが入ってて、そっちのスタッフとして働いてるんだって」
「ふ〜ん。民間の研究所グループ……」
「なんか特殊な装置がいるらしくて、ちゃんと扱える人が器械提供してる諏訪内エレクトロニクスから来てる人しかいないんだって。
兄キ調査にハマってたもんだから、大学の調査した上に研究所グループにも顔出しして、特にその装置に興味持って、いろいろ教えてもらってるうちにだんだん扱えるようになったって……。
それで今は、その装置を扱う助手として雇ってもらってるらしいんだ」
「へー……。そんなのって、極秘とか派閥とかあって、簡単に触らせてもらえないものかと思ってた」
「あんたはネットで怪しい情報とかの見すぎ……って、わたしもそう思ったんだけど実際オープンらしいわ。
それに、もしそうでも兄キわたしと性格そっくりだから、細かいコト気にしないんだ」
……それは細かいっていうのかな?
まぁたしかにちいは開けっ広げで裏表ない性格だから、人に信用される。それより、ちいは怪しい情報の見すぎっていうけど、あたしネットなんてほとんどしてない。
降りる駅に着いて、同じ制服の波に呑まれながらなんとか改札出る。
ちいはいつも通り先に出て待ってる。以前は一緒に出ようとしてがんばったことあったけど……どっちのペースにあわせてもうまくいかなかったから、このパターンになった。
「……まぁ、なんにせよ、ちゃんとまともな生活してるのは分かったけど……」
学校までの道、話の続きしながら歩く。
ちいはなんかひと安心って顔してタメ息ついてる。いつも『バカ兄キ』なんていってるけど、やっぱり心配してるんだ。
「そこで、もう1度その写真が出てきたんだ。写ってた祭壇みたいなのはボロボロになってたんだけど、あんたからもらったノート見せたら、兄キってば顔色変えてびっくりしたんだから」
「そりゃそうだよ、調査してる遺跡から帰ってきたら、遺跡が待ってるんだから」
「まぁね。で、これくれたんだ。今の段階の復元作業から想定できる図形のコピーだって」
「ふぅん……」
もう1度紙ながめる……太鼓の響き、3人の司祭、中央の1人……。
歪む空間、なくなってく感覚。そして頭の中のどっからか立ちこめてくる……まっ白い霧……。
「……ぼー! ……なぼー! ……かぁーなぁー! ……佳那!」
気がつくと、ちいが怒鳴ってて、なんか心配そうな顔してる。周りにもちょっとした人だかりできてる。ちいがこんなにうろたえてるのって初めて見た。なんかわかんないけど心配かけたらしい。
そう思ってるうちに、頭の中の霧が晴れてく。
「……あれ? あたしどしたの?」
「どしたのじゃないっしょ! びっくりしたんだから……急に立ち止って、話しかけてもゆすっても、なんにも反応もしなくなって……目の焦点もぜんぜん合ってないし……」
「ゴメン、あたしにもよくわかんない」
「今日はこのまま帰ったほうがいいよ。送ってくから」
「ううん、平気。もう大丈夫。大丈夫だから……」
人だかりもパラパラ散ってく。
「大丈夫じゃない! あんた、もしものことがあったらどうすんの!」
「初めてじゃないから大丈夫。前にもこんなことあったけど、からだのほうはぜんぜん平気だから」
……初めてじゃない? 思わずいったけど、あたし自身は記憶にない。