その瞬間
……太鼓の音。
きた……とうとうはじまった。
景色が流れ、祭壇に近づく。周りの人たちには目もくれず、祭壇に降り立つ。
「……やっと、きたよ」
こっちのあたしに話しかける。
やがて布がひも解かれ、あたしが現われる。
《マッテタヨ》
頭の中に声が流れる。
《ナガイアイダ、ズットマッテタヨ》
頭に振り上げられた刀が、降り下ろされる。
こっちのあたしは、それでも微笑んでる。
刀があたしに触れる瞬間まで、あたしはあたしと見つめ合う。
……そっか……。
心臓の鼓動が高まって……早送りの映像見るように、過去の記憶が流れ込む。
一瞬のことなのに、それは無限に感じられた。
あたしの……あたしの中に眠るゼラの記憶が……蘇ってくる。
人間が存在するはるか以前。さらに古い原初の生命しかいなかったころ。
地球そのものが熱いドロドロのかたまりだったころのこと……星そのものが1つの生命だった。
地球だけじゃない。
どの星も、あらゆる星の1つ1つが生命で、その星が集まって作られてる銀河系もそう……なによりこの宇宙そのものが1つの大きな生命なんだ。
あたしは、この生命が周期的に生まれ変わるために用意された命の鼓動、心臓の役目持ってる。
あたしがいるココの世界にはゼラの意識が。もう1つの、表裏一体のラサケセスの世界には、からだを保存して来たるべき日に備えてた……。
今日がこの宇宙のあらゆるものが大きな転換に向けて動きはじめる。心臓の鼓動とは、大きな胎動へのはじまりでもあるんだ……。
そしてあたしと時を同じくして動きはじめるものがいる。
クグラ岩近くのストーンヘンジに刻まれてた、もう1つのペトログラフの存在……生きてることの、もう1つの証し……呼吸。心臓に対する肺の存在。
ヴァフラ・ヴァウラ・ゼリ。
……振り下ろされた刀があたしの額に触れる瞬間、刀は粉々に砕け散る。
ラサケセスのあたしが、目覚めた。
ゆっくりと……かすかに……。
次第に目でハッキリわかるくらいに、あたしのからだが膨らんでく。きれいな刺しゅうの服は弾け、もう人間の姿はしてない。
みるみる直径3メートルくらいの心臓のかたちになり、大きな音たてて鼓動はじめる。
祈りは歓声に変わり、太鼓は鼓動に合わせて再び激しく打ち鳴らされ、司祭は甲高い祈りを捧げる。
ほんとなら、からだ受け継いでるあたしと同じように、意識受け継いでるあたしも同じ変化起きるはず……なのに……。
あたしには……なんの変化もない!
大きくなるゼラのからだがこの世界で姿を取り戻すと、最低でも直径約4000キロメートルになる。
宇宙規模のサイズに戻った時と比べるとすごく小さいけど、このまま意識持てず空中に浮かべないと司祭や周りで祈りを捧げてる人たちを押し潰すことになる。
あの人たちの中には、外見は少し違うけどお母さんや紗弥、ちいや神流原さんに諏訪内さんがいる。
太鼓を打ち鳴らしてるお父さんや祝鎮さんの姿も見える。それ以外にもこれまで気づかなかった、知ってる人たちがたくさんいる。
ダメ! 違う世界のことだけど、ラサケセスで巻き添えになった人は、こっちの世界でも命を失うことになるの。このままゼラに意識を持たせることができなかったら、みんなが死んでしまう!
あたしのためにいっぱい心配してくれた人をあたしが死なせてしまうなんて、それだけは、それだけは絶対にイヤ!
「出てきて! あるんでしょ! あたしの中にゼラの意識! お願いだから出てきて!」
必死で叫んでも、出てきてくれない。
ダメ! みんな逃げて!
巨大化するゼラの重みで祭壇が崩れ、祈り捧げてた人たちや太鼓叩いてた人たちが逃げはじめる。
祭壇にいた司祭も逃げ出したけど……。
あれ? 2人だけ。
……もう1人……正面にいた司祭は?
……え?
崩れてく祭壇に1人だけ残って、まだ呪文唱えてる。
逃げて! そんなのやめて早く逃げ……?
その時初めて、司祭の顔がハッキリ見えた。
この儀式つかさどってる中心の人。
「早く逃げて!」
見えてないことも忘れてかけ寄って叫ぶ。危険なのに……早く逃げないと、もう逃げてる人たちでさえ危ないのに、この人はわかってて、逃げないで呪文唱え続けてる。
「お願い! 早く逃げて! 犬澤君!」
ゼラが彼のいた場所押し潰した瞬間、あたしの意識なくなった……。




