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鼓動  作者: 吉川明人
37/42

左手

 ほんと、なんか落ち着く。うちのすぐ近所にこんなお店あったなんて。だけど知ってたとしても、あたし1人ではこなかっただろうな。

 だけど、時間がたつうちに、あたしはいつの間にか1人になってた。人が集まる中にいると、自然とそうなることが多い。

 ちいなら『だからあんたは(かなボ〜)なの!』っていうだろうけど……。


「……犬澤君がいうような、自分の存在の位置をハッキリと知ってる人って、たぶんいないと思うよ……」

 ボ〜っとしてたあたしの向かいに座る御小波さんが小さくつぶやいた。

「……たくさんの人に囲まれた時に自分って存在があることをたしかめることもできるし、自分の存在を忘れないと信じることのできる人がいることで自分を支えることもできるけど。

 以前、私が他人から存在を否定されて、自分自身さえも否定しそうになってた時にね……」

「……え?」

「助けてもらったんだよ、私と舞貴ちゃん。天凪君と神流原さんと磐拝君に……舞貴ちゃん、今でこそああだけど、1度は治る見込みがないって診断されてたの。

 ……心がこわれて、外からのことに心を閉ざしてまったく開かなかったのに」

 諏訪内さんが? 信じられない……。

「私は3人のこと信じてる。犬澤君が学校の前で佳那ちゃんが大変だっていっただけで、すぐにいこうっていい出したの天凪君なの。

 おおざっぱに見えるから信じられないかもしれないけど、スゴく他人を大切にするの。もう佳那ちゃんのことは親友と思ってるはずだし、1度そう思ったらなにがあっても相手を信じる……そんな3人なの」

 ……ひと息置いてあたしに向きなおる御小波さんの目は、寂びしそうなのに強い光があった。

「……私ね、小学校から中学校にかけて見栄や駆け引きばかりですごさないといけない時期があったから、相手の言葉や気配から伝わるウソと本当の見分け……つまり、ある程度人の心が分かるから」

「へえ、御小波さんってスゴイ。でも見栄や駆け引きって……」

「学校の中で、誰の親が金持ちか、社会的に権力があるかで陰湿なイジメがあったの。

 高校進学の時ムリに今通ってる高校に移ったけど、そこでも私、最初は特別視されて……。御小波グループってあるでしょ」

「うん……って、あれ? ひょっとして、あの御小波さん?」


 世界中に支社がある超巨大複合企業グループ……。

 税金だけで小さな国の国家予算に相当するとか、毎年スゴイお金を世界の慈善団体に寄付するとか、お城のようなうちに住んでて、土地だけでも町が3つくらい入るってウワサ聞いたことあるけど……。

「あの御小波さんだったんだ?」

「そう……」

「へー……じゃあ、お部屋の掃除とか、庭のお手入れ大変なんだ。家族みんなでやっても1日じゃ終んないんだろうね」

「……ぷっ、くく……あはははは」

 あたしがいったとたん、寂しい雰囲気がなくなった御小波さんが吹き出す。

 あ、そうか。大金持ちなんだ、スケールが大きすぎて頭まわらなかった。メイドさんとかいるんだろうな。

「あはは……佳那ちゃんって、やっぱり思ってた通りだった」

 大笑いする御小波さんに、みんなの視線、集まる。

「どうした佳月」

「なにかおかしいことあったの?」

「うん。佳那ちゃんって、天凪君や鈴乃ちゃんもいってた通りの人だった」

 あたしのこと? なんていってたんだろう。

「あ、佳那ちゃんなら佳月ちゃんのこと教えてもぜんぜん気にしないし、特別な目で見たりしないっていってたの」

「ひとつてはその上、天然だーっていってたわよ」

「いってねぇ! ボ〜っとしてるっていっただけだろうが。勝手に話膨らますんじゃねぇ」

 神流原さんの説明と、諏訪内さんのつけ足しに怒る天凪君。

「いいよ。よくいわれるから」

「ほら、ひとつてと違って人間ができてる」

「おまえも見習え!」

 2人のおかげで恥ずかしいあたしが隠れてくれて良かった。


 この日、初めてみんなのこと知った。

 すごいお金持ちなのは御小波さんだけじゃなくて、悪いけどそう見えなかった諏訪内エレクトロニクスの社長令嬢、諏訪内さんも……。

 神流原さんは、全国模試なんかのテストでずっと一番で、天才って呼ばれてる……でもそれ諏訪内さんが教えてくれた時、スゴく恥ずかしそうにしてた。反対に犬澤君が2位だっていうの聞いて、なぜか謝ってた。

 天凪君は陸上で日本一らしいし、磐拝君もなんかスゴい古武術やってる。

 犬澤君はそれでスゴイし……ちいはバスケットで学校からも期待されてる……。


 なんか落ち込む。あたしだけがなんの取り柄もない。勉強もスポーツも、家庭も……。

「どうした佳那? 急に暗くなって」

 天凪君が話しかけてきた。

「ううん、なんでもない」

「なんでもないことねぇだろ、おまえが1番大変なんだから。いいたくねぇことはいわなくていいが、いいたいことはいえ。なんでも聞くぞ」

「うん、ありがと。でも、やっぱりいい……」

 勝手に落ち込んでるなんて、とてもいえない。

「仁狼ちゃんムリに聞くのはよくないよ。スゴく不安な時だと思うから。

 でも気にしないでなんでもいってね。仁狼ちゃんも順崇ちゃんも佳月ちゃんも舞貴ちゃんもみんな兄弟だから」

 ……兄弟? って、御小波さんがいってた親友どころじゃない。

「おう、俺と鈴乃は小さい頃からほんとの兄弟みたいに育てられたんだ。俺もある程度成長するまでほんとに兄弟だと思ってた。

 そこに仲間になるやつはみんな兄弟だ、順崇や佳月にしても舞貴にしても、修仁にしても智恵にしても。みんなおまえと同じ兄弟だぜ」

 ニヤッと笑って親指を立てるポーズ。その姿は、安心感……犬澤君に似てるけどちょっと違う。なんか大船に乗ってるって感じがする。

「まあ、それでも何か気になるっていうなら、ちょっとこれ見ろ」

 なんだろう? 天凪君、左手上に向けてあたしに向ける。

 えっと……なにもない? どうすればいいんだろ。


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