希望
いつも通り下駄箱の近くでちい待つ。待ち合わせの時はいつもココと決めてる。
あたしはクラブに入ってないからいつでも帰れるけど、ちいはバスケ部に入ってるからすぐにこれるかちょっと心配。
でもこれまで何回かこんなことあったけど、ちゃんと抜けてくる。
なんでか聞いたことなかったな。この学校のバスケ部キビシイってウワサだけど。
「おーい、かなぼ〜! いくぞー!」
向こうから叫びながらちいが走ってくる。何人かの生徒が振り返ったりして、ちょっと恥ずかしい。
「ちい、大声で呼んだら……」
「いいから、走るぞ!」
「待って、ちい……」
一気に追い越して走ってくあと追って、あたしも走り出す。どっちかっていうと、走るのあんまり得意じゃない……っていうより、走るの含めてスポーツは全般的に得意じゃない。
だんだん離されながらも必死であとついてく。うぅ……これもみんなおせんべのため。
「おじさん! みかん大福残ってる?」
そんなの叫びながら入らなくっても。
息1つ乱さないでちいがお店に飛び込み、遅れてあたしもお店に駆け込んだ。
ちいと違って、息が……苦しい……酸素が……昔から思ってたんだけど、ちいのこんなとこは一緒にいて恥ずかしい。
「かなぼ〜! おせんべも残ってるよ!」
嬉しそうに大福の箱にぎりしめてるちいがあたし呼ぶ。
店内にいた何人かのお客さんたちがあたしたち見てる、笑いこらえてる人もチラッと見えたけど……いいの、もう。あたしはおせんべがあればそれでいいの。
あとはうちに帰ってちいとお茶でも飲みながら、できれば大福1個くらいもらえたら幸せだから……。
「ねえ、クラブのほういいの?」
「ん? いいのいいの。ほら、見てみい」
のんびり歩いて帰る途中尋ねてみると、笑いながらカバンからなんか取り出す。
「あ、やのよろしのみかん大福」
「ワイロよワイロ。これを先輩がたに配ればバッチリよ」
「そんなのでいいんだ。バスケ部キビシイって聞いてたから、おしおきされるのかと思った」
「ないない、そんなの。キビシイのは練習だけ。それに、わたし普段からやることやってんだから」
「やることって?」
「もっちろん! 試合じゃわたしがポイントゲッターなのよ! こう見えてもけっこう有名なんだから」
「……うん、それは知ってる……」
去年、インターハイでちいの試合見にいった時、たくさんゴールするなぁーって思ったから……。
あたしはスポーツに興味ないからこの手の話題になるとさっぱりわかんなくなる。
今年はクラス違うから体育の授業一緒じゃないけど、一緒だったらあたしがボールに触んないようにしてるの知ってて10回に1回はパスしてくる。
すぐに投げ返すけど、スゴく緊張する……『ちゃんとあんたでも投げ返せる状況見てパスしてるし、ちょっとは活躍した気になれるっしょ?』っていうけど、できれば活躍しなくていい……。
「どした? かなぼ〜。またボ〜っとして」
「あのね、おまんじゅう1個とおせんべ1枚交換しよ」
「その手にはのらんぞ、かなぼ〜くん。わたしのおまんじゅうとあんたのおせんべは、おんなじ値段でありながらわたしのは6個入り。しかし! おせんべいは12枚も入ってる! というわけで2枚とだったらオッケーよ」
「うん、やっぱりそういうと思った」
「分かってていうとは、おぬしも悪よのう」
「へへーっ。まんじゅうにございますぅ」
しょ〜がないことワイワイしゃべってるうちに、あたしのうちに着いた。
「鍵開いてる。紗弥、先に帰ってきたんだ。ただいまぁ」
「おっじゃましまーす! 智恵で〜す!」
あいかわらず元気。おかげで、うちではちいはフリーパスになってて、紗弥ともすっかり友だちになってる。
紗弥はキッチンで勉強してた。
「お姉ちゃんおかえりー。ちいちゃんいらっしゃーい」
「おーっ元気してたか、さやちゃん。あいかわらず勉強かぁ、ひと休みしよ。ひと休み」
「今日、やのよろし寄ってきたんだよ」
「やった! わたしお茶入れるね」
紗弥が嬉しそうに立ち上がる。結局3人でおまんじゅう2個ずつとおせんべ4枚ずつ分ける。ちいもあたしも初めから1個と2枚の交換なんて考えてない。
「さやちゃんて来年どこの高校受けるの?」
「……吾妻学園」
いきなりちいが危険な話題持ち出す。
制服がカワイくて、お嬢様系で有名な女子高の名前いう紗弥だけど、家族がへたにそのへんつつくと怒り出す……不安なのはわかるけど……。
「いいなー! あそこの制服カワイイもんね。わたしもいきたかったんだけど、あそこのバスケ部スゴく弱いのよ」
「ちいちゃんは、バスケットで学校選んだの?」
「そうだよ。強すぎるのもなんだけど、弱すぎるってのもねえ」
紗弥は一瞬あたしのほう気にしたけど、気づかないフリ。
「……本当はね、わたしみんながいうように、制服がカワイイとか、お嬢様系だとかどうでもいいの……」
「あ! じゃあじゃあ、さやちゃん。なんか将来やりたいことあるんだ?」
「わたし……介護の仕事がしたいの」
「なんで介護の仕事やりたいのに吾女でないとだめなの?」
「……うん、吾妻はたしかに制服がカワイくて、お嬢様系で有名だけど、介護関係だけはほかの学校と比べてスゴく力をいれてるの。
名前を上げるためって部分もあるけど内容は充実してるし、成績によって学費の負担までしてくれるから、わたしの努力次第で公立なみとはいかないけど、ふつうの私立いくより家計に負担はかけないし、先生も見込みあるっていってくれてる。
しばらくは両親に苦労かけるけど、あとはわたし自身働けるから、長い目で見ると取り返せると思う……でも、家のことだけ考えているわけじゃないの。
わたしが自分自身でやりたいこと考えたら、たまたまそうなっただけだから」
なんだ紗弥、ちゃんと考えてたんだ。それならそうといってくれたらちゃんと応援したげるのに。
「なんで、ちゃんと教えてくれなかったの?」
「だって、みんな最初っから制服とか、校風のことばっかりで、わたしの話聞いてくれなかったでしょ。だからわたしも、いわないことにしたの!」
「……ゴメン紗弥。今夜でもお父さんとお母さんにちゃんと話そ。あたしからも、ちゃんと聞くようにいうから」
そだね、考えてみたら紗弥がなんでその学校にいきたいかってこと、聞いてなかったね。学校の名前聞いただけで勝手なイメージ作ってた。思ってるよりずっと自分の将来のこと考えてたんだ。それでもまだ紗弥はムッとしたまま黙りこくってる。
「ハアイッ! そこまでえぇー!」