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鼓動  作者: 吉川明人
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職人さん?

「オレもこんなに記録したことはないよ。せいぜい使った材料と入れた順番くらいかな」

「うん、それならあたしと同じ」

 時々お父さんがあたしが書いたの見て、『バージョンアップだ!』って、なんか作ってくれることがある。材料しか書いてない時もあるから、完成するのがぜんぜん違う物だったこともあっておもしろい。

「まあ、書いてある手順は下ごしらえだから、もう済ましてあるんだけど」

「え? じゃあ、あとはやることあんまりないの?」

「いや、これからが大変。成型して焼きと蒸しが残ってるんだ。でもその前に手を洗わないと」

「うん」

 うちでも使ってる殺菌力の強い洗浄剤で手洗う。犬澤君ながめてると、スゴく念入りに洗ってる。あたしもいい加減のつもりはないけど、指のつけ根や爪の内側の1枚1本までなんて……。


「料理する前は特別なんだよ」

 視線に気づいた犬澤君が振り返る。あたしもていねいに洗いなおしてキッチンに戻ると、犬澤君は洗いたてのエプロンと給食のおばさんなんかがしてるようなボウシ取り出してかぶってた。

「はい、本多さんのぶん」

「……ありがと」

 あたりまえのように新品のマスクさし出してくれる。

 あたしが驚いてるのはぜんぜん気にしないで、犬澤君はゴソゴソとキッチンの棚に保存してある入れ物取り出して、テーブルにならべてく。

 あ、スゴイ。

 たぶんおまんじゅうの皮、スゴく膨張してる。あたしが作った酵母だとこんなに膨らんだことない。ただの酵母でこんなに膨らむなんてちょっと信じられない。

「こんな膨張してるの初めて見るけど、なんか秘密あるの?」

「べつにないけど。本多さんは普段どんな酵母使ってるの?」

「ふつうに干しぶどう醗酵させたの」

「それだけ?」

「うん。あ、ひょっとしてクコ入れると、こんなになるの?」

「本多さんの家では、1度醗酵させた生地は使い切ってる? オレは醗酵させた生地の一部を切り取って残しておいて、次に醗酵させる生地に練り込むんだ。

 そうすると熟成された酵母が、より次の酵母をふっくらと膨張させて味も良くなる。今使ってる物は7年使い続けてるよ」

「7年? そんな頃から自家製酵母作ってたの?」

 それに生地残すなんてこと知らなかった。お父さんからも聞いたことない……というより、お父さんお菓子ほとんど食べないから知ってても作ってないだけだろうけど。


「やのよろしの酵母はもっと長いあいだ使われてるよ。その点じゃ及ばないけどね。今日の生地少しあげるよ。本多さんの家で熟成させて」

「でも、それだと人の苦労横取りするみたい」

「もちろんオレのぶんも残しておくし、せっかくの酵母を腐らせるような人にはいわないよ。何年かあとにそれぞれの酵母を使って作ったものは、まったく違う味になってると思うから、それを考えると、楽しくてしょうがないんだ」

 楽しみ……なんだ。

「じゃあもらう」

 ……マスクで顔は見えないけど、笑って生地の一部切って横によけたの、また半分に切ってる。あんなくらいの量でいいんだ。


「さてと、オレは皮作るから餡のほうお願いできる? 小豆はそこに漬けてあるし、キッチンにあるものどれ使ってくれても構わないよ」

 キッチンの隅に置いてあるボールのぞくと、小豆と梅干しが一緒に漬かってた。

「梅干しも入ってるけど」

「梅まんじゅうだから味を統一しないとね。皮にも少し練り込んであるよ」

 ……これでほんとにあの味になるのかな。材料ひとくちで当てた犬澤君信じるしかないけど。

 小豆を火にかけてるあいだに戸棚から塩と砂糖取り出そうと思ったら、塩ばっかりいくつも入れ物がある。

 藻塩、粗製塩、岩塩……こっちはなんだろう? それに砂糖も粗製糖、黒砂糖、てんさい糖に……それぞれ5種類くらいある。

 うん。ふつうの砂糖は甘味がキツくてカロリーが高いだけで栄養がぜんぜんないから、白砂糖だけだったらどうしようって思ってたけど、よかった。

 黒砂糖ならいろんな栄養が入ってて特にカルシウムが多いし、味に深みがでる。

 塩もただの塩だとトゲトゲした辛さだけだけど、ちゃんとしたのは塩だけなめてもほんのり甘くて辛くておいしい……おにぎりにすると味がぜんぜん違う。


 ……あ、お鍋わいてきた。お水の量と小豆の量から考えて、砂糖はこのくらいってとこの、ちょっと前で止めて、まずは味見……うん。梅干しの酸味に混じって、ほんのちょっとだけ甘み感じる。

 餡になるまで煮詰めてくから、この段階で丁度よくすると、とんでもないことになる。弱火にして、ちょっとだけフタずらして……しばらくは待ってるだけでいい。

 そういえば……なんかここのキッチンって、ぜんぜん違和感ない……なんでだろ?

 あ、そうか。うちのキッチンと同じ……ナベとかの調理器具が土鍋か鉄ナベで、それ以外の道具もぜんぶ木か鉄でできてるとこが同じなんだ。

 ……よくわかんないけど、お父さんは絶対に樹脂とかアルミとかの道具使わせてくれない。もし買ってきても捨てられてる。

 怒ったことなくて、いつものんびりしてるように見えるお父さんだけど、食べることに関することだけは、どんなことがあっても絶対譲んない。

 犬澤君のとこもそうなのか聞きたくて振り返ると、おまんじゅうにするための生地、器用に丸いお団子にしてる。

 あの中に押し込むように餡入れて、周りの皮で巻き込むんだけど、あれってけっこう難しい。

 それにしても……お団子にする手さばきスゴくいい。まるで熟練の職人さんみたい。

 ……ひょっとしてあたしなんか比較になんないくらい、お料理うまいのかな……どうしよう。


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