和風
大音響が響く。
「なに……また?」
今度のはさっきとくらべて、スゴくイヤな音。
「なんだ目覚ましか……起きないと……あれ?『さっき』って……なんだっけ?」
「おはよう。めずらしいわね、佳那ちゃんが寝すごすなんて」
お母さんがご飯とお味噌汁ならべてくれる。
うちの朝は玄米ご飯と決まってる。最近はご飯にお麦入れたりして、これがけっこうおいしくて、山芋かけて食べる麦トロご飯なんか最高って思うんだけど、友だちには年寄りくさいとかいわれるけど。
「じゃあ、わたしはいつも寝すごしているみたいじゃない」
でた。今ちょっとややっこしい、妹の紗弥。
「紗弥はあたしと違って用意するの早いからじゃない。おはよう、お母さん」
「急ぐんでしょ、少なくしておいたわよ」
「ありがと。いただきます」
普段から食べるの遅いから、できるだけ急いで食べてもなかなか飲み込めない。最後のひとくちかみながら着替える。トイレは紗弥に先にゆずる……機嫌もなおったみたい。
いつもはあたしが早く起きて朝の用意はじめて、ちょっと遅れて紗弥が起きてくる。そのパターンが今日は乱れたからちょっと勝手が違う。あの時間差と、それに慣れた朝の1秒も無駄にしない動きって偉大だったんだって改めて感心。
「ほら、遅れるよ。お姉ちゃん」
「待って、もうちょっと……」
どうにかこうにか準備完了。紗弥は地元の中学へ、あたしは電車で高校に。
中学までの距離と駅までの距離がほぼ一緒だから、毎朝紗弥と同じ時間にうち出る。紗弥にいわせると、駅までのほうが近いっていうけど……ともかく、この時間に出ないと間に合わない。
高校までは駅で数えると6つめの、うちから1番近い公立高校。進学校でもなく、悪い評判があるわけでもない、男女共学のごくふつうの高校にあたしは通ってる。
入学希望の理由に『うちから1番近いから』と、ほんとに履歴書に書いて面接の先生に笑われたけど、入学できたから気にしてない。
2番目にうちに近い私立の学校も受験して合格はしたけど、みんなセカセカしてて、あたしのペースじゃついていけないって思ったから合格発表の日にキャンセルした。
そのこと家族に先にいったら、お父さんが勘違いして『お金のことは心配するな、お前たちの人生に後悔を残さないようにするのが親の役目だから』といってくれて……嬉しかった。
当時あたしは、なんとなくお父さんとうまくいってなかったけど、それがきっかけでだんだん自然に振る舞えるようになったと思う。
でも、あとでほんとのこと話したら、みんなに大笑いされたけど。
「おはよ! かなぼ〜。どーした、いつもよりボ〜っとして」
「あ、おはよ。ちい」
次の駅に着いて、ちい……智恵が乗ってきた。
ちいは中学からの親友の1人で、中学1年のなかばに転校してきたあたしに、なにかと世話焼いてくれた。
馴染みにくいと思ってたこっちの生活にいつの間にか溶け込めたのはちいのおかげと思ってる。
学校では中学の時から『バスケ部の田中』といえば有名で、身長186センチと、あたしと20センチ以上差があるからいつも見上げないといけない。
性格はあたしと違って物ごとさっさと進めてく正反対のタイプで、他人から見るとなんで仲いいのかわかんないらしいけど、あたしもちいもなんでなのかわかるはずもないし、気にしたこともない。
「今朝、変な夢見たような気がするんだけど……ぜんぜん覚えてなくて……でもなんか気になって……」
「あははっ! かなぼ〜らしい。わたしも夢は見てるんだろうけど、自慢じゃないけど生まれてからこれまで覚えてる夢なんて1つもないよ」
「あたしも、どっちかっていったら、そうだし……今度のもよく覚えてないんだけど……なんかよくわかんないけど、ただの夢じゃないみたいに思えるの」
「わたしにはそんなの分かんないわ。あんたが覚えてなきゃどうしようもないっしょ? そんなのさっさと忘れる忘れる。それとも帰りに『やのよろし』に寄ってく?」
「やのよろし? ん〜……久しぶりに、それ、いいかもしれない。ちいがおごってくれるんなら」
「オーイ、なんでそんな時だけ反応早いの。ダメダメ。自分のぶんは自分で払う! 鉄則よ」
「あはは……やっぱり」
やのよろしは、高校からちょっと離れたとこにあるお菓子のお店。
和・洋にとらわれないでおいしいと思ったものだけ売ってるガンコなお店で、30歳なかばくらいのおじさん……悪いかな? が奥さんと一緒に経営してる。
お店の名前は、たぶん名前が『やの』さんだからだろうってウワサされてるけど、誰もほんとのこと確かめたことない。
従業員もなく、小さなお店だから数もたくさん作れないらしく、午前と午後の2回に分けて店頭にならべた商品が売り切れたら店じまいってやりかたで営業してる。
3時からはじまる午後の販売開始も、学校が終わってからすぐダッシュしないと希望のものは買えなかったりする。
中でもあたしの1番のお気に入りは『しょうゆせんべい』。
やっぱり日本人は和風にかぎる。
お米とお醤油のバランスがどうやったらこんなにうまくいくのか? パリパリした歯応えと、香ばしさはどこからくるのか? あとくちに残るかすかな甘みはいったい?
などなど……お料理が趣味のあたしにも、さっぱり解明できないあの味が……。
「ほぉら、かなぼ〜。もう頭の中しょうゆせんべいでいっぱいっしょ? 顔に出てるよ」
「そういうちいだって、みかん大福のこと考えてたでしょ……ヨダレ出てるよ」
「うそ!」
あわててくちもとに手をあてるちい。
「うそだも〜ん」
「ふーんだ!」
ちいもあたしも和風好みなのだ。
「ほら、いつものかなぼ〜に戻った。夢なんて、しょせん夢なんだから、気にしないにかぎるよ」
「そだね……ありがと、ちい。……でもおごんないよ」
「ちっ、うまくいったと思ったのに……」
ちいのおかげで、そのあとはいつも通りにすごせた。
授業が終わる頃には、もう、あたしの頭の中はおせんべでいっぱいだった。