御神体
「なぜ肺だといえるんだ?」
「最初から説明するには時間がかかりますし、宗教的な知識がないとなかなか理解できないことなので省きますけど、古代縄文時代の宗教では、心臓と肺は一対のものなんです。
物ごとの表と裏、2つで1つ。切っても切り離せないんですよ」
「よく分からないな。だけどこっちのほうはヴァフラ・ヴァウラの心臓と考えて間違いないな。
でもたしかに肺っていうのは面白い仮説だ。研究所のほうにも知らせておくよ」
「ふふ…違うんです。面白い仮説っていうのは……」
子どもみたいに目がキラキラしてる。
「つまり、心臓が動き出したんだから、一対のものである肺のほうも動き出してる可能性があるってことなんですよ」
「……そうか! そういうことか…」
それ聞いた祝鎮さんの目も、犬澤君と同じように子どもみたいに輝いてる。
「君のことだ、目星はつけてあるんだろう?」
「もちろんです。朝までかかりましたけど」
でも顔はぜんぜん眠むそうじゃない。今日もふつうに授業受けてたし。
「そのわりに元気そうだな、若いってうらやましいな」
「いえ、この件で頭が冴えて、とても寝てなんていられないですよ。それで、肺に当たると思われる場所なんですけどね……」
「……なあ、おまえたち何しにきたんだ?」
思い出したように天凪君が尋ねてくれる。2人の会話には、もうついていけなくなってたから、ちょうど良かった。
「そうそう、それだけど……」
2人の勢いに押されて、めずらしく静かだったちいがこれまでのこと説明してくれる。
「ほう。変な夢に神話か。俺には分かんねぇ話だな。誰か分かるやついるか?」
「聞いたことが、ある」
ちょっとあいだあけて磐拝君がゆっくりいった。
「あれ? 順崇、そういうの詳しかったか?」
「流派の歴史書に似た話がある」
「あいかわらず、おまえのところは奥が深いな」
「なに? 磐拝くんって、なにか武道やってるの? 空手? 柔道?」
ちいがあからさまに興味津々で尋ねる。
「順崇のやつはスゴい古武術やってるんだぜ」
「古武術? バスケはしないの? バスケは?」
「いや」
「なんで〜? そんな背が高いのにもったいない! わたしなんか、あと10センチあったらどんなにいいかって思ってるのに〜」
ちいは、やたら磐拝君に話しはじめて流派の話が聞けなくなった。
彼は困った顔でちいと話してる。そうか……磐拝君って、ちいの好きな先輩にちょっと似てる。ちい好みなんだ。
「それで……からだのほうは、どこも悪くないの?」
神流原さんがそっと近づいてきてくれた。
「え? うん。ただ、眠くなるだけ」
「その歳から不眠症じゃ、美容に悪いぜ」
彼女の後ろから天凪君が笑う。
「女のコには、いろいろ悩みがあるんだからいいじゃない。だいたいなんにも悩みがないってのはひとつてくらいなものよ。少しは頭使いなさい」
諏訪内さんが、また天凪君挑発してる。
「なにいってるんだ。そのままおまえのことじゃねぇか」
「なんですって〜! わたしにだって悩みくらいあるわよ」
「どのゲームだったら俺に勝てるかとか?」
「うううぅ……今度こそあんパン食べさせてやる!」
よくわかんないけど、またはじまったみたい。
「仲いいんだから」
クスッと笑う神流原さん。
「神流原さんたちは、なにしにきたの?」
東弥栄高もココから離れてるし、電車に乗んないとこれないはず。
「え? ……うん」
チラッとさっきからなにも話さないで立ってた女のコ…御小波さんのほう見る。あれ? 御小波ってよく聞く名前だけど……。
「佳月ちゃんと舞貴ちゃんが、小学生の時から、海にきたことがなかったから、今日はお天気もいいし、みんなでいこうってことになったの」
「へぇ……そういえば、あたしも中学2年の時以来かな」
以前は家族でよく連れてきてもらってた。でもあたしの高校受験とかで、年齢も上がってくると、だんだん恥ずかしくなって、こなくなってたな……あらためて海ながめると、まだ寒くない秋の潮風がからだに優しく流れてく。
今日も今までゆっくり海見ること忘れてた。
「気持ちいい……」
「本当に」
御小波さんが隣でつぶやく。彼女も遠くの海ながめてる。
「……御小波さんって、なんか聞いたことある名前だけど、なんかあったっけ?」
尋ねると彼女はちょっと寂しそうな表情になる。
「あ、悪いこと聞いたかな…」
「え? ううん。そうじゃないの……」
あわてて首振って、また海ながめる。なんかいいにくそうだから聞かないことにしよう。神流原さんと御小波さん、それとあたしの3人は黙って海ながめた。
会ったばかりのこの2人……5人はずっと前から知ってるような気がする。
犬澤君とは違ったかたちで安心感が湧いてくるみたい。でもそれがなんなのかわかんない。
「おお〜い! 犬澤くん! 昨日いってた、ヤツカノノなんとかってのレプリカがあるんだって!」
ちいの大声が響いて、みんながそっち見る。
「本当?」
犬澤君と祝鎮さんがあわててかけよって、ちょっと遅れてあたしたちも集まった。
「流派の御神体の1つに」
磐拝君は……ずいぶん疲れてるみたい。
「もしよければ、先にクグラ岩のほうを調べたあと、おじゃましてもいいかな、できれば見せてもらえればありがたいんだけど」
祝鎮さんがいう。
「総師範のお許しがあれば」
「とにかくいくだけいきましょう」
「そうだな。じゃあ、まずクグラ岩のほうにいこう」
2人ともスゴく興奮してる。特に犬澤君からは、あの笑ってるみたいな雰囲気がスゴく出てる。なんか近くに寄るだけで、こっちまで嬉しくなってくる気が……ほんとにする。
いつの間にか9人の大人数になって、クグラ岩のとこまでいく。あたしは犬澤君のいってたなんかの変化っていうのが気になってるから、1番後ろについてく。
大きい……。
表面は風化して、上には土が積もって、鳥が何羽もとまってる。よく見るとしめ縄が張ってあって、足もとあたりに小さな祠のようなのもあって岸からちょっと離れてるけど、お参りできるように近くまで平たい石が飛び飛びにならべられてる。




