風味
「修仁くんにも話してたんだけど、調査してる遺跡の祭壇跡周辺で、夜中の3時頃になると特殊な音波、地磁気の乱れ、わずかながら重力も変化するといった現象が起こるんだ。
遺跡自体は、7年前の現地調査で発見されたもので、周りに少数民族すらあまり住んでない土地柄だったから、伝承や伝説もほとんど残ってなかったんだけど……」
ズズッ……ともうひとくち。
「数少ない手がかりをもとに調べていくと、どうやらラサケス族と呼ばれてた種族が住んでいて、祭壇はヴァフラ・ヴァウラの心臓という名前らしいことが分かってきた」
「はい。名前はさっき犬澤君から聞いたんですけど…」
「そうか。で、ヴァフラ・ヴァウラの心臓って名前なんだけど、実に面白いんだ…音波と地磁気と重力が一体になったみたいに、鼓動するんだ」
「鼓動?」
「ああ。そうとしか表現できない、まさに心臓だよ。
それに、ヴァフラ・ヴァウラってのが…かたちを変えて現地の少数民族の中に残ってたけど意味はどれも共通してる……『大きな人』だ」
「大きな人……」
「エナイ族のバーフラウ伝説、ヤア族のブフラグラ伝承、ネミ族のアフラーラ神話のことですね」
犬澤君の目が輝いてる。
「よく知ってるな。その通り」
「となると、世界各地にいくつかありますね、よく似た名前と話」
「本当か? 周辺地域のことしか調べなかったんだが…」
「とりあえず今は、本多さんのほうを優先しましょう。続きはあとからでも」
「あ……ああ、そうだな。だから意味は『大きな人の心臓』なんだ」
「で、でもそれって夜中の3時ですよね」
「佳那ちゃん? 時差のこと忘れてるよ。この場所と遺跡は、だいたい1時間ほどズレてるんだ……こっちの4時は向こうの3時だ」
「じゃあ兄キは、かなぼ〜の夢とその遺跡になんか関係があるっていうの?」
「……正直いってまだ分からない。ただ、遺跡の鼓動がここ数日これまでになく強まってきてるんだ」
「ここ数日……」
あたしの夢がはじまったのは、5日前から。
「それも、その鼓動がある一定の方向を指していることが観測結果から分かってきた……」
祝鎮さんのちょっとの間。誰もくち開こうとしない……まるで、これからいうことみんなが知ってるみたいに。
「日本だよ、示しているのは…。詳しい場所は特定できてないけど、この地方であることには間違いない」
あたしの心臓がドキドキ早まってくのわかる。関係あってもどうすることもできないけど、わけのわかんない不安感。
「ただし、さっきもいったように佳那ちゃんとどういう関係があるかは、まだ分からない。
この地方全体に向けて放射されている、かなり大きいエネルギーだから、それに感応する人は、おそらく10人、20人じゃすまないはずだからね」
「かなぼ〜はそのうちの1人なのね」
「ああ。それだけは間違いないだろう」
「……ひょっとすると、祝鎮さんは、それ調べに日本に戻ってきたんですか」
「ああ、実をいうとそうなんだ。今はまだ手がはなせない研究員の中で1番ヒマってこともあるし、なにせ地元だからな…でもまさかこんなに早く手がかりになる人に会えるとは思わなかったな。ははは!」
「……そうか、ふふ」
なんか思いついたように今度は犬澤君が笑いだした。
「……どしたの?」
「え? あ、いや。祝鎮さん、この地方に残ってる神話に『クグラ』って大男が出てくる話、知ってます?」
「いや、聞いたことはないな」
「まあ、知ってる人は、ほとんどいないでしょうけど」
犬澤くんは、そういって神話のこと話しはじめる。
——まだ、この世に神様と人間が共に暮らしてた頃のこと、神様と同じ数だけの魔物も一緒に暮らしてた。
それはちょうど天秤にかけたように、同じだけの力関係保ってて、この世はバランスよく平穏無事な状態が保たれてた。
でもいつの頃からか、どこからともなくやってくる魔物の数が多くなって、ちょっとずつ力関係に偏りが出てきた。
その影響で人間の心がだんだん魔物のほうに近づいてこの世がどんどん乱れはじめた。
そこで神様の1人、イリハラヒノミコトがコトカタマヂと呼ばれる国からクグラという、身の丈八十八尺。約30メートルもある大男呼び寄せて、その男に余分な魔物鎮めさせて、この世は再び平穏取り戻すことになった。
ところがいざクグラが自分の国、コトカタマヂに帰ろうとすると、やってきたはずの道がどうしても見つけられなくなってた。
帰れなくなったクグラは、自分の国があるほう毎日ながめ続けて、ついにある日大きな岩になった——
そんな話だったけど、この地方にそんな神話があったなんて、聞いたことなかった。
「この近くに、手力男の岩ってありますよね」
近くの海岸沿いにある、手力男の命が天の岩戸開けた時の蓋してた岩だったって謂れのある、スゴく大きな岩のこと。
「あの岩、明治時代のはじめ頃まで、クグラ岩とも呼ばれてたんですよ」
「そうなのか? でもその話はどう関係あるんだ」
「あの海岸の名前、大良ヶ浦でしたよね」
「……たしかに語感は似ているが」
「まあ、それで……クグラが魔物を鎮めた方法なんですけどね」
そこで犬澤君がひと息ついてお茶飲むと、みんなもつられて飲む。すっかり冷えてた。
「ヤツカノノフルナギって名前の長い棒を、一定の間をおいて地面に突くんですよ。すると大地が揺れて、大きな音が出る。
その揺れと音に怯えて魔物たちは鎮まるんです」
「一定間隔の震動。つまり鼓動ってわけだな」
「そうです。まあこの神話にはほかにもいろいろ面白いところがあるんですけどね……さっき笑ったのはこれまでクグラっていうのはクジラが語源じゃないかと考えてたんですけど、ヴァフラ、あるいはヴァウラの変化と考えられなくもないなって思ったんです。
あくまでこじつけですけど。となると、チベット密教の法具であるヴァジュラとの関連性も考えられますよね」
「なるほど……でも、こじつけることができる話には違いないな。ところで、その神話はどこで聞いたんだ?」
「県の歴史資料館で『コトカタマチの国生みと歴史』という古文献に載ってます。
一般公開はされてませんから受付で館長の陶山さんを尋ねて下さい。オレの名前を出せば現代語訳と併せて見せてくれるはずです」
へえ、館長さんと知り合いなんだ。
「そうか、明日にでもいってみるか」
「やのよろしにいくのも忘れないでよ!」
「う、分かってるって、先に買ってからいくよ」
「ダメ! 昼からの、できたてのほうがおいしいの。かなぼ〜だって、そう思うでしょ?」
「あ、あたしはべつにいいけど……」
「なにいってんの。ほら、冷えて固くなったおせんべと焼きたての風味がたまらないのとどっちが美味しいと思ってんの」
う〜ん。それいわれると、答えられない。




