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鼓動  作者: 吉川明人
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浮揚


 太鼓の音。


 変わることない音階と同じ調子がスゴイ音で繰り返されてるのに、その音だけしか聞こえないことで完全に音がないように思える空間。

「また、これ……どこ?」

 荒涼とした地形に、どこまでも黄昏時の空。そして、途切れることない太鼓の音。

 不思議な景色の中に、上下の感覚もないまま空中に浮かんでる。

 あたしは何回この景色見たんだろう。

 もう何度も見てるようだし、今日が初めてのような気もする。

 いつの間にか、太鼓の音がするほうへゆっくり景色、流れ始める。

 やがて小さな町が見えてきた。

 まん中に広場があって、周りには煙突が1本突き出た土レンガ積み重ねて作った楕円形のうちが、同心円に取りまいてる。

 広場にはたくさんの人が集まってて、なんかの儀式してるのかな? 

 中央の直径10メートルくらいの薄くて円い石の祭壇には、紋章のような図形が描かれてて、外側には何十人もの人が和太鼓に似た太鼓叩いてる。

 そこが音の発生源だった。

 太鼓打つのに必死なのか、それとも見えてないのか、誰もあたしに気づかない。

 近くに降りてもあたし見て驚いてる様子ない。やっぱり見えてないんだ。

 そうなると、この人たちのこと気になる。

 いちばん近くの人じっくり観察すると、あたしたちとほとんど変わんない男の人で、肌はちょっと緑がかってる。

 肩のとこから角のようなのが2本突き出てて、顔はわりとカッコいい。

 膝まである腰巻きは麻のような素材で、ハデな飾りはないけど、すそには細かい刺繍がある。上着は長い布のまん中に穴開けて、頭通して前と背中に振り分けて腰のとこを帯で止めてて、背中には、なに表現してるのかわかんないけど、一面にスゴくキレイな刺繍。

 女の人は肩と胸に布巻いてる以外、男の人と同じ服装だけど、肩に角はない。

 その時、お祈りの声の中でひときわ甲高い声が響きわたる。


 声のほう見ると、祭壇の中央に4人の人が立ってた。

 中央にいる頭からすっぽり布かぶって顔が見えない小柄な人取り囲んで、司祭らしい人3人で祈り捧げてる。祈り声は太鼓の圧倒するような低音に対して、突き抜けるような高音。それぞれの音は絶妙なバランスで調和して、聞いてるうちにからだ全体が不思議な感覚になる。

 今年のお正月にひとくちだけオトソ飲んだ時、これとよく似た感じになったけど、ぜんぜん比べものになんない。

 太鼓の音はますます大きくなって、祈り声もそれに応えるよう響く……。


 まるで、世界中その音だけになってしまったような最高潮の瞬間。

 音、止まった。

 普段聞こえない耳鳴りが聞こえる気がする……。


「グンマァニュス エクシスティェン ノジアミニュサ ポスディルン……」


 小柄な人の正面に立つ司祭が呪文のようなの唱えはじめるけど、なにいってるのかわかんない。

 それに合わせるみたいに、さっきまであんなにものスゴく叩いてた太鼓が静かにゆっくり鳴らされ、司祭の呪文も淡々と続く……ちょっとずつ両ほうの手のひら中央の人に向けていって、ちょうど肩の高さまで上がった時、奇妙なこと起こりはじめた。

「空間……歪んでる?」

 中央の人の姿がねじ曲がったり、渦巻になったり、光って見えたり……ふつうの時は苦しんでる様子もなく、ただそこに立ってるだけ。

 見てるうちに、だんだん気分が遠くなってく。

 平衡感覚や手足の感覚がなくなりはじめて、頭の中は霧が立ちこめるようにまっ白になってく。

 なんだかわかんない。

 気づいたら、叫んでた。

「やめて! まだ早いから」


 ……豆電球のあかりがともり、静まり返った見慣れた自分の部屋。

 耳澄ますと置き時計の秒針の音だけが響く。

「ゆ……め?」

 ベッドの中で大きくため息。

 時計は朝の4時。夢だとわかっても臨場感がありすぎて、まだ胸がドキドキ鳴って汗もかなりかいてる。

「お水、飲も……」

 キッチンにお水飲みに、フラフラ部屋出る。

 あたしのうちは7階建てマンションの5階で、お父さんとお母さんそれに妹が1人いる。

 部屋の間取りは4LDKで、25年払いのローンまだほとんど残ってる。

 あたしは高2で妹は中3。来年高校受験控えてピリピリしてる。

 あたしもあんなだったのかお母さんに聞いてみると『あんたはボ〜っとしてるうちに合格してたでしょ』っていわれた。

 べつにボ〜っとしてるわけじゃないけど、人からはよくそういわれるし、自分でもそうなんじゃないかなとは思ってる。


 強烈な夢から急に覚めた反動か、たあいない現実考えながら水道の蛇口ひねる。浄水器取りつけてからお水が直接使えるようになって嬉しい。

 前に住んでたとこは、なにもしなくてもそのままでおいしかったから、こっちに引っ越してはじめの頃は沸騰させたお湯さまして、冷蔵庫で保存しながらちょっとずつ使ったりしてたこと考えるとスゴく便利。

 欲いえばお風呂のお水もなんとかしてほしいけど、お母さんもパートで働いたりして大変だから、そんなことまではコワくてとてもいえない。


 薄暗がりの中でキッチンの片隅を熱帯魚用の青白い光がぼんやりあたり照らしてる。

 マンションだから動物が飼えないかわりに熱帯魚飼ってる。ほんとは犬飼いたかったんだけど、しょうがない。

 熱帯魚にはあんまり興味ないから名前はよくわかんない。お父さんと妹はけっこうまめに世話してるみたいだけど、まだ種類は多くない。

 中のぞくと、半透明の魚がところどころで漂ってる。魚も眠るって聞いたことあるけどいつ寝てるのか見たことない。

 だいたい、あたしがこんな時間に起きてることめったにない。

 指先でチョンチョンと水槽のガラス叩いて、もう1度寝直すことにした。

 さっきの夢も薄れてく……。


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