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第8話:Time of the Oath

「ケチ臭い事言わず、一台くらいくれたっていいじゃねーかよ!」

「無茶を言うな。村長の許可も無いのに貴重な乗り物を渡せるか!」

「そこを何とかっ!」

「ならないっ!」


 大樹とコハルの目の前、オスカーと乗り物を管理しているらしき髭の男が激しい言い争いをしていた。辺りには大小様々なタイヤの無い車のような物体が所狭しと置かれている。その一つを譲って欲しいとオスカーが交渉に出たのだが、ものの三秒で決裂してしまい、今は殆ど口喧嘩のような体になっている。


 村長の家で話を終えた三人は、緑に埋もれた自宅を掘り起こし、村を出るための荷物の整理をした。と言っても、オスカーとコハルの家には碌に荷物も無かったため、オスカーは薬剣とそれに使用する薬品、コハルは僅かな衣類や小物を小さなリュックに入れた程度だ。大樹に関してはそもそも荷物の無い状態でこちらの世界に放り出されたため、コハルが拾ってくれたアイテムポーチ以外には何も持っていない。


 二人の両親は既に他界しており、村の人間ともそれほど親しい付き合いも無かったため、挨拶回りの時間も大して掛からなかった。食料や水に関しては、大樹のスキル<種を蒔くもの>で回収できるだろう。ここまでは良い。


 最大の問題は、荒れ果てて乾いた大地を渡るための移動手段だ。雨風を凌ぐためにも箱物はどうしても必要なのだが、村長が用意してくれる訳でも無く、駄目元で交渉しに来たのだが、やはり厳しいようだ。


「ハネウマは貴重ですし、やっぱり駄目みたいですね……」

「ハネウマ?」

「回りの乗り物の事です。元々村の倉庫にあった物が殆どで、壊れかけたのを騙し騙し使ってるんですけど、数に限りがありますから」


 大樹は目の前で騒いでいるオスカーを一旦思考の外へ押しやり考えを巡らせる。自分はこの村で意識を取り戻したので、外がどういった環境なのかは漠然とした情報しか無いが、相当ひどい環境であることは村の内部からでも想像できる。


 さらに外にはキマイラがうろついていることも考えると、歩いていくことはさすがに不可能だろう。大樹のアイテムにも移動用の物はあるのだが、雨風を防ぐ手段が無い今の状況で使うのには適さない。


「クソッ、分かったよ! コハルっ! ヒロキっ! こうなりゃ歩いて行くぞ!」


 一瞬前に大樹が不可能だと思った案が、いとも簡単にオスカーの口から発せられる。


「お兄ちゃん、さすがにそれは無理って言うか……不可能って言うか……」

「無理じゃねえ! 食い物と水が手に入るだけでも十分だ。道は続いてるんだから、歩いていきゃいつかは行けるだろ! 俺達には立派な足が付いてんだ!」

「寝る場所とか、暑さ寒さを凌ぐ場所はどうするのよ?」

「心頭滅却すれば火もまた涼しだ!」


 鼻息も荒くオスカーは答える。何だか冷静さを失って意地になっているようにも思えるが、このままでは本気で地獄行き格安ツアーを組まれかねない。お代は貴方の命ですと言われて、はいそうですかと言えるほど大樹もコハルも自殺志願者ではない。


「今までずっとここから出る機会を待ってたんだ。こんなチャンス絶対に逃がせねぇ!」

「気持ちは分かるけど、冷静に考えないと私達本当にただの大馬鹿になっちゃうよ!」


「まぁそう焦るな若造共、第一、お前ら兄妹には昔拾ってきた立派な『乗り物』があるじゃねぇか」


 こちらが万策尽きた姿を嘲笑うかのように、目の前で髭の男がニヤニヤと口元を吊り上げている。その姿に大樹は何とも言えない不快感を感じるが、それよりも『乗り物』というフレーズが気になったので、そちらへ意識を集中させる。


「あれは確かに気に入ってるが……髭だるま、お前分かって言ってんだろ……」

「私はあれ、あんまり好きじゃないんだけど……」

「何言ってんだコハル! お前あの良さがわかんねーのかよ! それでも(おとこ)か!」

「女よっ!」

「あの……どうでもいいけど『乗り物』って何?」


 このままだと話がどんどん脱線して行きそうなので、大樹はヒートアップしている兄妹に割り込みを掛ける。


「ハネウマの一番奥にすげぇ格好いい奴があるだろ? あれのことだ」


 オスカーはそう言い放ち、自慢するようにある方向に顔を向ける。大樹も釣られてそちらへ顔を向けるが、その瞬間、思わず眉を潜めた。


「イカす奴って……あれのこと?」

「そう、あれだ!」

「あれ、か……」


 大樹の目線の先には、異常なほど大きく巨大な長方形の物体があった。トラックの背に積まれているコンテナのように見えるが、大きさが半端ではなく、周りの乗り物が小さく見える。だが、大樹が眉を潜めたのはそれだけが理由ではない。


「何であのコンテナ、虎の絵が描いてあんの……?」

「おぉ! あの動物は『トラ』って言うのか! さすがヒロキは物知りだな!」


 大樹の質問がスルーされたことはさておき、オスカーの物らしき巨大なコンテナには、荒れ狂う波をバックに毛を逆立て、牙を剥き出しに威嚇をする荒々しい虎の絵が、これまたでかでかと描かれていた。デコレーショントラックならぬデコレーションコンテナである。


「あれ……昔ガラクタの山でお兄ちゃんが見つけたんです。どうしても持って帰るって聞かなくて、無理矢理持って来たけど置き場が無くて、あそこに放置しっ放しなんです」

「他のハネウマは動くのに、あれだけ何でか動かねぇんだよなぁ……」


 大樹はハネウマという物の動く理屈は全く理解出来ないが、会話の内容からが車のような使い方をしていることは想像できた。だが、あれはただのコンテナだ。牽引する物が無ければ動かないのは当たり前だ。


「まぁもう夢を見るのは諦めて、とっとと帰るんだな」


 髭の男が欠伸をかみ殺しながら投げやりに言い放つ。明らかに馬鹿にされている。その態度が大樹の心に少しだけ火をつける。


「…………チッ」

「やっぱり私達じゃ駄目なのかな……」


 ここで事を荒らげてもどうにもならないため、オスカーもコハルも何も言い返せない。


「結局お前らには何も出来やしないのだ。後ろに居る神様気取りの緑の変な奴に何とかして貰ったらどうだ?」


 どうせ何も出来やしまい。そう思っているのが丸分かりな態度で髭の男が大樹をあざ笑う。


「分かった。何とかしてみる」

「えっ?」


 髭の男は虚を付かれたように間抜けな声をあげるが、それを無視して大樹は腰のアイテムポーチへと手を伸ばす。そして、その小さなポーチには明らかに入りきらない大きさの、色とりどりの花があしらわれた、ファンシーな柄のレジャーシートのような物を取り出した。


「ヒロキさん……そのポーチ一体どうなってるんですか……?」

「……秘密」


 ゲーム仕様のアイテム倉庫だからどんな大きさの物でも入れておける。などと説明できるはずが無いし、大樹としても何故この世界で使えるかはまるで分からないので、適当に誤魔化しておく。


「あのコンテナなら好きに使っていいんでしょ?」

「あ、ああ、動かせるもんなら好きにして構わないぞ」


 髭の男もさすがに大樹の手品じみた芸当に面食らったようだが、大樹の華奢な姿と、取り出した可愛らしい布切れを見比べて、小馬鹿にしていた余裕を取り戻す。そんな髭の男には目もくれず、大樹は巨大なコンテナの前まで歩いて行き、手にしたレジャーシートもどきをばさっと広げる。


「よいしょっと」

「「「な!?」」」


 大樹を除く他三人が声にならない叫び声を上げた。大樹が丸まったレジャーシートもどきを広げた瞬間、突然巨大で重厚なコンテナが少しだけ空中に浮かび、その下にシートが滑り込んだ。そして、コンテナの下面にぴったりと収まるような形に拡がったのだ。驚かないほうがおかしい。


 大樹はサンクチュアリの筋力を活かして、地面から少しだけ浮き上がったコンテナの上に軽々と飛び乗り、そのままゆっくりとコンテナを操作し、オスカー達三人の前に降り立った。


(上手く行って良かった……)


 大樹が取り出したアイテムは、サンクチュアリの移動手段として使われる騎乗用アイテムの一つ<魔法の絨毯>である。課金アイテムではあるが、高速で空中を移動できるため大樹も一つだけ持っていたのだ。ちなみにやたら可愛らしくファンシーな柄なのには一応理由があるのだが、それは大樹のサンクチュアリ暦の中での黒歴史の一つなので、なるべく忘れ去りたい物の一つではあるのだが。


 サンクチュアリには小柄なものから大柄なものまで多種多様な種族が存在する。そしてそれらがチームを組んで同じ<魔法の絨毯>に騎乗したときに、大柄な物が絨毯からはみ出し、空中浮遊しているように見えてしまうことを防ぐため、乗せる物のサイズに自動的に合うような仕様になっている。


 さらに<魔法の絨毯>の仕様は『重量』ではなく『人数制限』のみだったので、乗る物の重さは関係無いと大樹は踏んだのだが、自分の考えがぴったりと嵌ったことに安堵した。荒々しい虎の絵が描かれた無骨なコンテナを包み込む、乙女チックな花柄の薄布という組み合わせが不気味ではあるが、それ以外とりあえず問題は無さそうだ。


「これで雨風を凌げる移動手段も確保出来たね。サイズも大きいから意外と良いかもよ」

「あ、ああ……さすがヒロキ! やってくれるぜ!」


 さすがのオスカーもこれには驚いたようだが、すぐに不敵な笑みを浮かべてコンテナに飛び乗った。大樹はコンテナの上からコハルに手を伸ばし、上からその軽い体を引っ張り上げる。三人が乗ったことを確認し、大樹は<魔法の絨毯>の高度を上昇させる。


「な……? な、なっ……!?」


 先程までの様子など影も形も無く、髭の男は口をあんぐりと開き目を見開き、驚愕の表情を浮かべている。その様子に大樹は少しだけ胸のすく思いだった。辺りを見渡すと、異変に気がついた村の人々が何事かと思いこちらへ集まってきて居るようだ。


「よし、ここらでビシッと出陣式でもやるか!」


 空高く浮かび上がったコンテナの上、大樹、オスカー、コハルの三人が太陽を背負うようにして立ちあがった。オスカーは息を整え、ありったけの力を込めて彼らを見上げる村人達に叫ぶ。


「俺達は新しい物を探しに行く! 俺達は今訪れたチャンスに賭ける! お前らはせいぜい俺達の後でも追いかけてくるといい! 最も、お前らが追いついた頃には俺達は遥か先に居るけどな!」


 周りの空気がビリビリと振動するような気迫でオスカーは高らかに宣言をした。その堂々とした、馬鹿馬鹿しい程自信過剰な態度を見ていると、大樹は今まで感じていた不安が非常にちっぽけな、取るに足らない物の様に思えてきた。訳の分からぬ状況はそのままだが、まだ見ぬ地平の彼方、まだ見ぬ世界に何か凄いものが待っているような、そんな気さえしてくるのだ。


「それじゃオスカーさん、コハルさん、そろそろ出発しようか」

「お前……全然分かってねぇなぁ……」

「え……?」

「さん付けはいらねぇんだよ。俺たちゃ仲間だろうが」

「そうですよ! 私達これから一緒に旅をするんですから」


 仲間じゃないか。そう言われた瞬間、大樹の心に得も言われぬ衝撃が走った。それはまるで、乾ききった大地に慈雨の雨が染み込む様な、凍りついた大地に春の日差しが注がれる様な、今までの暗闇を一瞬で払い去るような衝撃であった。


「……オスカー……コハル……」

「おう! 何だっ!」

「どうしました?」


 恐る恐ると言った感じで大樹が二人の名を呼ぶと、二人とも軽やかな返事をする。日の光に照らされた二人の笑顔があまりにも眩しくて、大樹は思わず涙を浮かべそうになる。けれどここで涙は相応しくない、自分は二人の仲間なのだからと、感涙を押し込み、はにかむような笑顔を返した。


「何でもない! それじゃ早速出発しよう!」

「当然だ! 待ちくたびれたぜ!」

「は、はい!」


 大樹の力の篭った返答に、オスカーとコハルは即座に反応をする。それを合図とばかりに、三人を乗せたコンテナはゆっくりとその高度を上げ、目指す荒野へ向けてその巨体を向ける。


「よっしゃー! 行くぜ荒野! 飛ばせ大樹! ガラクタ山なんか跳び越しちまえ!」

「分かった! 全力で飛ばす!」

「ちょ、ちょっと二人とも! これ振り落とされたりしませんよね!?」


 三人を乗せた荒々しさとファンシーさが同居した不気味巨大コンテナが、まるでカタパルトで打ち出されたような速度で村を飛び出した。今まで村を覆っていた拒絶の壁を軽々と飛び越え、風を切って荒野を駆けていく。後に取り残された村人達は、その姿を信じられないようなものを見たように、ただ呆然と見送っていた――

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