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第7話:大樹の意思

 コハルに案内され村を歩く大樹だが、案内前は大樹の勝手なイメージで「武器屋」「防具屋」「宿屋」みたいな物があるのかと想像していた。だが、施設といえば、拾ってきた機械のような廃材がごちゃごちゃ置かれた建物とか、それらの加工所や家畜の収納小屋みたいな物がぽつぽつとあるばかりで、本当に『人が最低限個体群を維持していく』というためだけの集まりの場所に思える。そもそも村自体に名前は無く、何となく皆が「村」と読んでいるだけらしい。


「何ていうか、想像と違うと言うか……」

「え? 何がですか?」

「いやその……ちぐはぐというか、建物と風景がばらばらというか……」

「ちぐはぐ?」


 二人の会話自体もちぐはぐで噛み合っていないが、改めて情報を整理するため大樹は辺りを見回す。偏見も混じっているが、大樹の中で村といえば、牧歌的で、あまり開拓されておらず、人もまばらな自然溢れる田舎の集落という物だ。だが、この場所はその特徴が妙な形で再現されているのだ。


 村の中は確かに緑が多い。ただ、それは生命力に溢れた自然の姿ではなく、廃屋から雑草が伸びきり、誰も手入れしない結果、草木に浸食されたという表現が正しい。人もまばらではあるのだが、その割に狭い区域に密集して住んでいるようで、田舎の広々とした開放感という物がまるで感じられない。


 何より、その廃屋自体が妙なのだ。村長の家を見たときから違和感を感じていたのだが、相当に年季が入っているらしく、ひび割れたり崩れたりしている建物が殆どなのだが、何と言うか、建物の造りが妙に精巧なのだ。大樹に建築の知識など皆無だが、明らかに石や木などの素材を組み合わせて作られた物ではないことは理解できる。どの建物のドアも殆どが朽ち果てて取り払われているが、ドア枠の横にはボタンの取れたプッシュ式の操作パネルの様なものすら付いているし、オスカーが機械で出来た武器を振り回していたことも気にかかる。


「単純に文明の無い、ド田舎って訳じゃないんだなぁ」

「どいなか? どういう意味ですか?」

「あ、いや、あんまり活気が無いと言うか、文化的なのに文化的じゃないと言うか……」

「昔は凄い文明があったみたいなんですけど、何か大変な事があって全部駄目になっちゃったみたいなんです。それが何かは誰も分からないんですけど」


 ド田舎、などと言ってしまって怒らせたのかと大樹は焦ったが、どうも田舎とか都会という概念自体がコハルには無いようで、単純に言葉の意味が分からなかったらしい。そうこうしている内に、二人は硬く閉ざされた巨大な鉄製の門の前にたどり着いた。


「ここが村の出口です。これで大体見回りましたよ」

「え!? もう終わりなの?」


 コハルの案内終了宣言に、大樹は思わず大きな声を上げる。


「ええ、後は村の端に放牧地があるだけです」

「だって、歩き出してから1時間も経ってないよ?」

「……ここが私達の世界の全てなんです」


 そう言って、コハルは少し疲れたように辺りをぐるりと見回す。大樹もつられて見回すが、そこには大樹たちを見下すかのように、十メートルを優に超える、巨大な灰色の壁が聳え立ち、村全体を三百六十度囲っていた。どちらかと言えば、村が壁に覆われているのではなく、何か巨大な建物の天井部分だけが吹き飛び、残った中の施設と壁の残骸を利用して人間が住み着いているといった印象を受ける。


 壁自体は所々朽ち果ててはいるものの、数百年の時を経てもなお健在で、外的の進入を拒み、そして内部からの脱出を拒絶する壁に覆われたうら寂れた世界、それがこの村の全てだった。

 


 コハル曰く、先程の巨大な鉄の門のみが外界に出る唯一の手段で、天気が荒れておらず、キマイラの少ない日を見計らって門を一瞬開放する。そして、くたびれた乗り物にすし詰めで、数キロ離れたガラクタ山へ資材を探しに行く。余裕があれば、村とガラクタ山の中間辺りの貧弱な土地で、力無く這い回る小動物を狩ったりもするそうだ。ただこれはキマイラと鉢合わせになる危険性があるので、基本的にはあまりやらないらしい。


「放牧地って所にいる動物は食べたりしないの?」

「基本的には卵や毛皮を取るために飼っているんです。歳とってそれが出来なくなった物を食べたりはしますけど、その前に殆どキマイラにやられてしまうので……」


 これだけ巨大な壁に阻まれていても、身体能力の高いキマイラはちらほらと乱入してくる。その囮の意味も踏まえ、放牧地は敢えて村の端のほうに作ってあるそうだ。家畜が襲われるのは痛いが、人間が襲われるより幾分ましということらしい。


「………………」


 大樹はもはや何も言えない。自分の今までの生活とはあまりにもかけ離れすぎていて、何と声を掛けていいのか分からない。励ましの言葉を掛けることも、希望の言葉を投げかけることも何かが違う気がしていた。


「で、でも! 今はすごく楽しいですよ! 大樹さんが来てくれましたから!」


 重苦しい雰囲気を感じ取ったのか、それを吹き飛ばすようにコハルが明るい声を出しながら今来た道を振り返る。そこには、枯れ草まみれで生命力を失った緑ではなく、青々と茂る若木や若草が、村の澱を払い清めるように所々に生き生きと根を張っていた。言わずと知れた大樹の常時型スキル<種を蒔くもの>の効果である。


「でもいいのかな……コハルさんの家も含めて、他の家も何件か緑に埋まっちゃったし……」


 村長の家を出た後、ようやく一息ついた大樹は改めて自分のスキルを見直し、感覚でスキルの切り替えが出来ることに安堵した。<種を蒔くもの>は、使いたい時にその都度発動させる能動型スキルとは違い、放っておいても勝手に効果を表す常時型スキルだ。


 だが、サンクチュアリ内でも、樹の成長する演出が邪魔だったり、無駄なデータの処理量増加を避けるため、<種を蒔くもの>を含め、一部の常時型スキルを状況によってオンにするかオフにするかを決めることだけは出来るようになっている。オンにした後の発動率は完全にランダムだ。


 最初はコハルの家を潰したことで絶望的な気分になっていた大樹だったが、色々な資材が採取できる若々しい緑が、何もしていない大地から突然ビデオの早回しのごとく成長する。それはこの村では神の御業とも呼ぶべきとんでもない能力で、むしろ村中を緑で埋め尽くして欲しいと熱烈に懇願されてしまった。そのため大樹は常時スキルを発動させた状態で村の案内を受けていた。最も、効果がいつ現れるかは大樹自身にも把握できないので、村全部を覆い尽くす、というわけには行かなかったのだが。


「ふふ……その答えは周りを見れば分かるんじゃないですか」


 少しだけからかうようにコハルが軽く笑みを浮かべる。その姿に大樹はちょっとだけどきりとしつつも、周りの反応にどう対応したものかと頭を抱える。先程から少し離れた建物や樹の陰から、村人達が大樹の様子を伺っていることに気が付いてはいた。中には手を合わせて「ありがてえありがてえ」なんて言って拝み倒している者まで居る。


 大樹は今までも、そしてこれからもありえないだろう状況に戸惑うばかりで、曖昧な笑みを浮かべて手を振るが、その都度そこかしこで「おおー」とかいう声が上がる。警戒心の薄い子供達などは、親の制止を振り切って大樹の真後ろを付いてきており、まるでハーメルンの笛吹き男のような状況になっていて、たまに追加効果で拾った果物をあげると、子供達は目を輝かせ、ハムスターのように頬を膨らませながら夢中で貪る。


「とりあえずタコ殴りにはされないみたいで安心したけど……」

「ヒロキさんって謙虚ですね……お兄ちゃんだったら玉座でも用意させると思いますよ」


 確かにオスカーの性格ならやりかねないな、と大樹は苦笑するが、大樹としては本当に自分にそれほどの価値があると理解出来ない。まだこの世界自体に慣れていないというのもあるし、<種を蒔くもの>はサンクチュアリ内では『ぼっちプレイヤーで余裕があればとりあえず取っておく』程度の価値しかない。追加効果で拾えるアイテムも、超初心者にはありがたいが、開始一ヶ月もすれば見向きもしなくなるような物ばかりである。


「と、とにかく! 案内が終わったんだから、オスカーさんの所に戻ったほうがいいんじゃないかな」

「あ、はい、案内っていうか、単に散歩みたいになっちゃいましたけど」


 注目を浴びることに慣れていない大樹としては、これ以上村民の晒し者になると、せっかく好意的に見てくれている人々相手に、下手に媚を入れて奇行に走ってしまいそうなので、無理矢理案内を切り上げることにした。


 ひとしきり村を見た大樹は、ここは世界から隔離され時が止まった場所という結論に至った。大樹は辺りの退廃的な雰囲気と、住人達のどこか諦観を含んだ振る舞いを見て既視感を覚えた。そして、ああ、これは自分の居た場所と同じ匂いなんだな、と何とも言えない漠然とした不快感を覚えたが、その気持ちを押さえ込み、村長の家へと足を運んでいった。



「爺さん、ケチ臭い事言ってねーでドカンと先行投資しようぜ!」

「投資ではなく投棄の間違いだろうが。これでもかなり妥協したのだぞ。お前は奇行に走ることが問題だが、戦闘能力だけは優秀だからな」

「だけってのは余計だっつーの!」


 村長の家に着いた大樹とコハルだが、何やら家の中から声が漏れ聞こえてくることに気が付いた。何やら再び不穏な空気が流れているのではないかと回れ右をしたくなった大樹だが、後ろからは村人達の熱い視線を感じ、それはそれで対応に困る。前門の虎、後門の狼という状況に大樹は胃が痛くなってくるが、覚悟を決めて、目の前のさび付いたドアへと手を伸ばす。


「おう! ヒロキにコハル! 村はどうだった?」

「うん、まぁ……特に何も無かったけど……」


 大樹はどう返事していいのか分からなかったので、何とも曖昧な返事をつい返してしまう。もうちょっと気の利いた言葉があるだろうがと軽く自己嫌悪に陥る。


「ハッハッハ! 何にも無い! そりゃそうだ。だから新しい場所を探すんだよ」


 大樹の返事などまるで気にしていないオスカーが笑い飛ばす。部屋の中から声が響いてきたので、また殴り合いでもしそうな状況なのかとかなり緊張していたが、オスカーはそれなりに上機嫌で、杞憂であったことに大樹とコハルは安堵する。


「ところでお兄ちゃん、話し合いのほうはどうなったの?」

「この爺さん、頭が固くっていけねぇ。一応村を出る許可は貰ったんだけどよぉ……」

「お前が『俺を村から出さないと、俺自身がキマイラに加担して村を破壊するぞ!』などと無茶苦茶を言い出すから、仕方なく許可したまでだ」


 村長から気になる突っ込みが入るが、そんなことなどまるで気にしないと言わんばかりに、オスカーはしてやったりという笑みを浮かべている。お世辞にも立派な態度には見えないが、目上の人間に対してそれだけ尊大な態度を取れるのは、大樹から見たらある意味羨ましい。


 オスカーと村長の話し合いは以下のように纏まったらしい。オスカーは村人全員でここを捨てて移動するべきだと主張したが、さすがにそれはリスクが高すぎるので即座に却下された。村長としては若い労働力が減ることも危惧したのだが、このままオスカーを留めておいて、行き場の無い感情が暴走すると村全体に悪影響を及ぼす可能性もあると判断し、オスカーが個人で村を出て行くのは仕方が無い。ただし、食料も移動手段も全て自分で用意し、途中で死のうが傷つこうが村としては何もしない。という形でお互い妥協することになった。


「――ってな訳だ」

「何か……ただの追放って感じがするんだけど……」

 

 コハルが微妙に呆れたような口調でオスカーに言葉を投げかける。大樹も同感だったので、黙って頷くことにした。


「追放……まぁ確かにそうかもな。だがよ、俺はやっぱりワクワクするぜ? コハル、お前はどうなんだ?」

「私は…………」

「お前の言うとおり、村は何にもしてくれねぇ。死んでも誰も骨すら拾ってくれねぇんだ。だからお前に来いとは言わない」

「…………」

「けどコハル、お前、本当にここで一生終わっちまっていいのか?」


 コハルは黙って俯いている。この村でそれなりの安寧を求める気持ち、全く知らない未知の世界へ飛び出す恐怖、そして希望等、色々な葛藤があるのだろう。大樹としては自分が既に強制参加の方向に流されていることに突っ込みを入れたいのだが、今この瞬間に「僕は行きたくありません」と言い出す度胸はさすがに無かった。


 もしそんな台詞を口走ったら、オスカーに何をされるか分からないという恐ろしさもあるのだが、コハルの希望の芽を摘んでしまいたくない、そんな気持ちも少しだけあった。そして、暫く逡巡していたコハルは顔を上げる。


「私は……お兄ちゃんに付いて行きたい。何にも役に立てないかもしれないけど、ここで行かずに後悔するより、失敗しても挑戦して後悔したい……」

「よく言った! さすが俺の妹だ!」

「んでヒロキ、お前はどうなんだ?」

「……へ?」

「へ? じゃねえ。今回の提案はお前が居なきゃ成り立たねえんだぞ? お前の意思はどうなんだ?」

「僕の……意思?」


 意外だった。てっきりオスカーは勝手に大樹を引っ張っていくと思っていたので、まさか自分の意思を確認されるとは思ってもみなかったのだ。


「俺としてはお前の首に縄をつけてでも引っ張って行きたい。でも、お前がこの村に残るってんなら、お前の意思を尊重する」

「じ、じゃあ、もし僕が行きたくないとしたら、オスカーさんとコハルさんはどうするの?」

「お前が蒔いてくれた草木から、結構な食料やらが取れるからな。それを持てるだけ持って、行けるとこまで行くさ」

「それじゃ、死んじゃうかもしれないじゃないか!」

「仮にそうなっても別にお前のせいじゃねぇ。むしろお前のお陰で少しでもチャンスが巡って来たんだ。感謝する」

「私も、お兄ちゃんと同じです。ヒロキさんが居てくれたから、今こうしていられるんですから」


 本当に何でもないと言った感じで二人はそう返事をする。村長はただ黙って事の成り行きを見守っていて、何も口出ししようとはしない。つまり、全ては大樹の意思次第ということだ。


 大樹は自分の意思というものをあまり持たない。持たないようにしてきた。今まで人に従い、程ほどに合わせて衝突を避け、楽な方へ楽な方へと流れて生きてきた。そうして嫌なことを避け続けた結果、人との付き合い自体が恐ろしくなり、全ての人間や社会との繋がりを無くしてしまったのだ。


 サンクチュアリの中で、大樹は人生をリセットしたい、今までの自分と全く違う存在になれればもっと上手くやれるのではないか、そういうことを何度も考えた。そして、原因不明とはいえ、一応その願いは叶ったと言うべきだろう。だが、それで自分は変わったのだろうか。結局何も変わっていないのではないか。


 先程のコハルの『ここで行かずに後悔するより、失敗しても挑戦して後悔したい』という言葉が今でも耳に残っている。理由はどうあれ、自分は必要とされていて、今出来ることがある。ここで挑戦をすれば、新たな道、元の世界に帰ることだって出来るかもしれないし、自分がこうなった原因を掴めるかも知れない。大樹は長い間下を向いたままで、周りの人間は誰も声を掛けなかった。皆、大樹の決断を待っているのだ。長い沈黙を破り、大樹は結論を出した。


「僕も行きます」


 言った。言ってしまった。もう後戻りは出来ない。その返答を受け取ったオスカーとコハルは、破顔一笑して大樹に詰め寄った。


「さっすが俺の見込んだ男! お前はやるときはやる男だぜ!」

「よかった……」


 オスカーは大樹の背中をバンバン叩き、コハルは心底ほっとしたようにため息を吐く。


「私としては、なるべくなら村に残って欲しいのですがね」

 

 横で黙って様子を見ていた村長が、少しだけ残念そうにぽつりと呟く。その言葉に少し罪悪感を感じた大樹だが、村長へ向き直り、きちんと目を合わせて口を開く。


「あまりお役に立てず申し訳ありません。けど、少しでも現状を変えられる可能性に掛けてみたいんです」


 そう言われた村長は、微笑ましい物を見るような、そして少しだけ憂いを帯びた複雑な微笑を返した。


「おいヒロキ! そんな爺さんに構ってないで早速準備しようぜ!」

「え!? 今すぐやんの!? ちょ、ちょっと腕引っ張らな……わああぁっ!」

「あばよ爺さん! すげえ場所を見つけたら、爺さん含めて村人全員呼んでやるから安心しとけ! おし! まずは荷物纏めて、その後移動手段の確保だな!」

「お、お兄ちゃん! だからちょっと待ってってばー!」


 村長の返事も待たぬまま、オスカーは来た時以上の興奮っぷりで大樹の腕を引っ張りながら駆け出し、それを追う形でコハルがひいひい言いながら追いかける。その姿が建物の角に消えるまで、村長はただ黙って見守っていた。


「無茶が出来る若さという物は素晴らしいものだ……だが、希望があるからこそ、裏切られたときに立ち直れなくなるのだが……」


 先程まで喧騒に満ちていた家の中、村長がため息交じりに呟くが、それに答える物は誰も居なかった――

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