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第4話:アフターエフェクト

 目の前の怪物がその醜悪な全身を弾丸と化し、凄まじい速度で大樹たちへ飛び掛る。


「う、わああああぁあぁっっ!!」


 それに何とか反応し、大樹はろくに敵も目視せず、やけくそで手に持つ棒をバットのように振り回す。


 ――めぎょ


 形容しがたい嫌な音が両腕に響くのを大樹は感じた。何かが砕けるような、潰れるような、今までに感じたことの無い不気味な感触。そして――


 ギャアアァアアァァ!!


 無機質だが耳障りな絶叫を撒き散らしながら、醜悪な怪物がサッカーボールのように吹き飛んだ。老朽化した家の壁をぶち破りながら地面を転がり、表にあった倉庫のような建物の壁にぶつかった所でようやく止まった。怪物は、そのカマキリのような顔を覆う外骨格を砕かれ、激痛に悶えながら六本の足をじたばたと痙攣させている。


「……ぇ?」


 凄まじい衝撃で半分にへし折れた棒切れを持ったまま大樹は固まっている。コハルは何が起こったのか分からずへたりこんだままぽかんとし、怪物にもおそらく何が起こったのか理解できていないのだろうが、一番驚いているのは当の大樹本人である。


 大樹は過去に体育のソフトボールで、外野までヒット飛ばしたことが無い。そんな人間のめちゃくちゃな棒の一振りで怪物が吹き飛んだのだ。怪物の体重など細かいことは分からないが、先ほど両手にめり込んだ感触ではかなり重い感じがした。実は見た目が怖いだけでとんでもなく弱かったという考えも思いついたが、今までの行動や、コハルの怯えっぷりからそれも無さそうだ。混乱する頭の中、大樹はありえない、だが考えうる限り最も可能性のある原因へと辿り着いた。


 ――キャラクターのステータスが反映されている?


 現在、大樹はサンクチュアリで使用しているキャラクターの姿をしている。もしも見た目だけではなく、ステータスも反映されていると考えればこの状況も少しだけ理解できる。サンクチュアリには様々な種族が存在しているが、大樹の使用しているキャラクターは<神精族(スピリット)>と呼ばれる種族で、近接戦闘や力を使う作業にはあまり向いておらず、手先の器用さや補助系のスキルをメインとする後衛系の種族だ。


 ただし、前衛や後衛向けという括りは大まかなもので、獲得したポイントを戦闘系、生活系に振り分けることで同じ種族でもまったく違った特性を持つキャラクターを作ることも可能だ。勿論その種族のコンセプトに合わせたステータスやスキルを振り分けるのが一番なのだが、漆黒の鎧に身を包んだ髑髏の騎士でほのぼのファンタジーライフを送ることも出来るし、小柄な幼女の妖精が巨大な処刑斧を振り回したりも出来る。


 大樹は生活系スキルや、それに付随するステータスにほぼ能力を振っているが、それらの能力が戦闘に全く影響を及ぼさない訳ではない。例えば筋力のステータスは、木の伐採速度、一度に持てる丸太の量、そして物理攻撃力等にも依存する。大樹も他の能力を圧迫しない程度には筋力にポイントを割り振っていて、ゲーム内では彼の筋力なら丸太を二十本ほど一度に持ち運ぶことが出来るが、これでもかなり低いほうである。だが、おそらくそれが影響しているのではないか。


 丸太二十本を軽々運べる腕力で、力任せに殴られればただでは済まないだろう。今何が起こっているのか大樹にはさっぱり理解できないが、その位しか想像出来ない。


「す、凄い……」


 コハルはまるで夢でも見ているような目の前の光景に、泣く事も忘れて穴の開いた壁をぼんやりと見ていたが、その先に蠢いている物を見て再び現実へと引き戻される。


「ま、まだ生きてる!」


 大樹も頭の中を整理している最中で、目の前の光景を何か他人事のように見ていたのだが、コハルの叫び声に恐怖に再び身を震わせる。


 ギョアアァアアァァアアァァアアァァーーーッ!!


 けたたましい叫び声を上げながら怪物が立ち上がる。凶悪な顔面を半分砕かれ、そこから漏れ出すぬらぬらとした体液に全身を濡らし、さらに醜悪な姿になったその姿で大樹たちへ怒りの咆哮を上げる。先ほどまでとは明らかに態度が違う。どうやら件の一撃が、怪物の怒りの導火線に油を塗りたくって火をつけてしまったようだ。


 というか、あれだけの衝撃を食らって立ち上がるなんてどんだけ頑丈なんだ。大樹は改めて目の前の怪物のあまりの怪物っぷりに怯えるが、偶然とはいえ手痛い一撃を食らわせた事が少しだけ精神を安定させる。怪物は怒り狂ってはいるものの、大樹を油断ならない相手と判断したのか、はたまた先ほどのダメージが完全に回復していないのか、立ち上がった場所から動こうとせず、両者は睨み合うような形になる。正確には一方的に睨んでいるのは怪物で、大樹は恐ろしくて目が離せないだけなのだが。


(ど、どどどどうしよう……)


 今更ながら大樹はさっさと逃げておけばよかったと後悔したが、土下座して謝って許して貰えるような相手ではなさそうだ。仮にサンクチュアリのステータスが反映されていたとしても、攻撃を当てられなければまるで意味が無い。先ほどのフルスイングは相手がこちらを舐め腐って避けようともしなかったから当たっただけで、本気で激怒している怪物と取っ組み合いなど出来るわけが無い。サンクチュアリでなら過去何千回と凶暴な生物と対峙したことはあるが、あれは決められたAIに設定された一定のパターンに対応すればいいだけだ。第一、失敗しても若干の経験値やアイテム消失などのペナルティがあるくらいで、程度の差はあれ取り返すことが可能なものだ。


 だがこの怪現象はゲームではない。いや、もしかしたらゲームなのかもしれないし、夢なのかもしれないが、全身を走る悪寒、早鐘を打つ鼓動、背中を伝う冷や汗がそれを否定する。大樹の意思に関係なく、これは現実に起こっていることなのだと。そこで致命傷を負ったら? 死んでしまったら?


(とにかく何か! 何かしないと!)


 このまま折れた棒切れを抱えてぼさっと棒立ちをしていたら、間違いなくデッドエンドへ直行してしまう。せめて何か武器や農具があれば気休めになるのだが、転身前に装着していた装備もどこかへ消えたままだ。武器が無くても出来ること。何でもいい。何か相手の気を逸らすような事が……出来るかも。


「ハアアァァァッ!!」


 大樹は気合を込め叫ぶ、その瞬間、周りにきらきらと輝く眩い光の粒子が浮かび、彼の全身を包みこむ。新緑色の髪がまるで肥沃な大草原のように光り輝き、その神々しさにコハルはへたりこんだまま息を呑み、怪物はその神聖な光に怯み、身を後退させる。


(で、出た……出ちゃったよおい!)


 大樹が行ったことは、【アフターエフェクト】と呼ばれるサンクチュアリに実装されているシステムの一つである。VRMMOはリアルさを追求するとはいえ、ゲームでしか表現できない物も必要だということで、通常の動きやスキルとは別に、ゲームやアニメ的な演出効果を表現することが出来る。あくまで演出なのでゲーム上で役立つ効果は何も無く、早い話お遊びの機能の一つである。ちなみに今大樹が発動させた物は『イケメンや美少女がナルシストっぽくカッコつける時に背負うキラキラ効果』である。ちなみに追加でバラの花等も背景に出したりも出来るが、当然特別な効果は無い。


 目の前のカマキリ面を見て、「カマキリは敵に襲われたときに羽を大きく開き、自分を大きく見せて相手を威嚇する」という小話をどこかで聞いたのを思い出し、半ば諦めモードでやってみたが、うまい事発動してくれたし、想像以上に威嚇効果はあるようだ。とはいえ、所詮は張子の虎。いつまで騙せるか分からない。


 泣きたい気持ちになりながら、泣いてしまっては威嚇効果も台無しだと思い、女の子の目の前でカッコつけたい見栄で何とか持ちこたえさせるが、現状の打つ手の無さにそれも崩壊寸前だ。目の前の怪物も怒りなのか意地なのか知らないが、尻込みしつつも逃げ出そうとはしない。追わないので早く逃げ出して欲しいし、コハル曰く『頼れるお兄ちゃん』の姿も見えない。大樹は表情を取り繕いつつ、内心で七転八倒していた。


「せめてポーチがあればなぁ」

「……ポーチ? もしかしてこれですか?」

「うぅぅ、言ってもしょうがないけど……えっ」


 落ち着いて泣き止んだというより、分からないことが多すぎて感覚が麻痺したのか、多少落ち着きを取り戻した声が下から聞こえてきた。大樹が横目でちらりとそちらを確認すると、そこには薄緑色の布で出来た小さなポーチ――大樹のアイテムポーチがあった。


「そ、それ! それ貸して! 早く! は、早くっ!」

「え!? で、でもこれ開かなくて……」

「いいから早く!!」


 大樹の剣幕に押されたのか、コハルは思わずポーチを手渡し、それをひったくるように奪い取った大樹は、震える手をポーチの留め具に伸ばす。すると先ほどコハルが幾らこじ開けようとしても開かなかった物が何の抵抗も無く簡単に開き、大樹はその中から、手のひらに収まる程度の小さな茶色の布袋を取り出した。


 ギョアァーーーッ!


 大樹達の行動を妨害するかのように怪物は絶叫し、再び目の前の獲物へ襲い掛かろうとする。ダメージを受けている分飛び掛る速度は随分遅くなっていたが、それでも凶悪な威力は健在だ。だが次の瞬間、凄まじい爆風に視界を阻まれた怪物は、目標を見失い急ブレーキを掛ける。そしてそれが命取りとなった。


 「こんにゃろーーーっ!!」


 動きの止まった怪物に向けて、大樹は茶色の布袋の紐を解いて袋ごと投げつけた。小さな豆粒のような物が空中に四散し、怪物の体にパラパラと降り注ぐ。次の瞬間、怪物の体から無数の小さな芽が出た。


 ギギッ!?


 その芽は急速に成長し、凄まじい勢いで蔦を伸ばして怪物の体に絡みつく。爆風で全く体が傷ついて居ない事にも気が付かず、怪物は自分を絡め取ろうとする蔦を慌てて引きちぎるが、ちぎってもちぎっても次から次へと芽を出し蔦は伸びてくる。信じられない程の速度で成長した植物の蔦に埋もれ、終に怪物の姿は見えなくなった。後に残されたものは、袋を投げたままのポーズで強張った表情を作る大樹、それを呆然と見守るコハル。そして怪物を養分として育った巨大な植物のみである。



 (――き、決まった!?)


 大樹が先ほど投げた物は、サンクチュアリの農耕用アイテムの一つ<ドキドキ種もみ袋>と呼ばれるアイテムだ。対になる<ワクワク種もみ袋>という物もあり、ワクワクの方には薬草やイチゴ、ジャガイモ等の回復系や通常の植物の種を入れる袋で、ドキドキの方は毒草や吸血植物、そして相手の体力を奪い取って倒す効果を持つ、宿り木といった凶悪系の種を入れる袋になっている。


 元々はただの<種もみ袋>という、拾った種をストックしておくだけのアイテムだったのだが、戦闘要素が追加された際に、攻撃的な能力を持つ種が追加され、ワクワクとドキドキに別れたのだ。後者は戦闘重視のユーザーも持ち歩き『死の袋』などと呼ばれたりもした。大樹は農耕系を重視しているので、さらにこれらを<ワクワク(薬草)><ドキドキ(毒草)><ドキドキ(宿り木)>などに細かく分類して持ち歩いている。


 (助かった……けど袋を丸ごと投げちゃった……)


 緊張感が薄れてくると、途端に勿体無さがこみ上げてくる。【アフターエフェクト】の『戦隊ヒーローっぽく、数人でポーズを取って背景を爆発させよう!』を発動させ、爆発で目晦ましに成功したのだし、一粒ずつ選んで相手に投げつければよかったのに、混乱のせいでよく確認しないまま袋を丸ごと投げてしまった。お陰でドキドキ宿り木袋を丸々一つ失ってしまったが、背に腹はかえられない。


 (……って! 今はそれどころじゃない!)


 大してレアでもないアイテムの消耗を嘆いている場合ではない、自分を助けてくれた恩人の家の中を見渡せば、天井は壊れ、壁には大穴が開き、さらに家のど真ん中には巨大な植物のオブジェがある。周りの家具も殆どが壊れたりひっくり返ったりして大惨事になっている。コハルは相変わらず地面に張り付いたままだが、何だかさっきから凄い視線を感じる。目を合わせるのが怖いが、一応命の恩人でもあるわけで、大体は例の怪物のせいだ。その辺で何とか手を打ってもらえないものかと覚悟を決めてコハルへ顔を向ける。


「あ、あの、大丈夫かな?」


 うわー僕女の子に手を差し出してるよ等と内心赤面しつつも若干の興奮を覚えながら、大樹は極力優しい声を掛けて手を伸ばす。自分の声や顔が変な風になっていないか不安だが、当のコハルは信じられない物を見るような目線でこちらを見上げてくる。何かミスったのだろうか。


「……かみさま?」

「……はひ?」


 先程の騒ぎが嘘のように静まり返った部屋の中、コハルのぽつりと呟いた言葉の意味が分からず、思わず空気の抜けた返事を返す大樹だったが、けたたましい足音と叫び声がこちらへ向かって来ることに気が付き、そちらへ顔を向ける。しかし、コハルにはそんな音が聞こえていないようで、ただその光り輝く全身を呆けたように見上げていた。

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