第34話:夢の終わり
如意宝珠の剣は、確かにサンクチュアリ最高クラスの装備であるが、武器としての能力は中の下である。にも関わらず、プレイヤー達は誰もがこの装備を欲しがった。それは何故か、武器としての破壊力ではなく、剣の持つ特殊効果が凄まじいからだ。
この武器はいかなる願いも成就させ、望むもの全てを呼び出し、全ての邪悪なる物を退け祓う。そんな伝承を基にした能力で構成されている。一つ目の能力、『いかなる願いも成就させる』――これはスキルの効果を高め、製造や、技の追加効果の威力や成功率を上げるという物。二つ目の能力、『望むもの全てを呼び出す』――これは農耕・戦闘その他ありとあらゆるアイテムの出現・取得率を上げるという物。所持しているだけで発動するこの二つの能力をプレイヤー達は渇望し、無論大樹も例外では無かった。そして――
「「特殊スキル発動! <破魔の瑠璃光>!」」
大樹とコハルが『力ある言葉』を叫んだ瞬間、ヤタガラスの体が蒼い光に包まれた。最後の三つ目、『全ての邪悪なる物を退け祓う』――それは<如意宝珠の剣>の固有スキル、<破魔の瑠璃光>を発動可能という物だ。
「ひゃあぁぁっ!? な、何だぁっ!? 何だこれぇっ!?」
ヤタガラスを円形状に包み込む蒼い光に触れる度、その体が微粒子のように分解され、さらさらと掻き消されていく。ヤタガラスは恐怖に慄きながら、細胞を強化し光を振り払おうと滅茶苦茶に四肢を振り回すが、まるで効果は無い。それどころか、暴れれば暴れるほど、その神秘的な光がヤタガラスを浸食していく。
「な、何だよ! 何なんだよぉ!? ねぇヒロキ君! これは何だ! 何なんだよぉおぉ!?」
ヤタガラスは先程までの余裕などまるで無く、ただ狼狽し、半狂乱で憎むべき相手である大樹に同じ言葉を繰り返す。今のヤタガラスには敵意も憎悪も無い。いや、己を蝕む原因不明の光に包囲され、それ所では無いと言うほうが正しいか。
「<破魔の瑠璃光>……武器の破損と引き換えに、相手の能力に関係無く、あらゆる敵を『消滅』させる効果だよ」
大樹は淡々と事実を告げた。あらゆる邪悪を祓う能力として<如意宝珠の剣>に秘められた力、例え相手がどれだけ強大であっても、問答無用で敵を消滅させてしまうと言う物だ。強力無比な能力だが、他の二つに比べ、実はそれほど重要視されていない。<如意宝珠の剣>を手に出来るレベルのプレイヤーがそれほど苦戦する状況は少ない上、あくまで『消滅』であり『撃破』ではないため、経験値やアイテムと言った物が手に入らないからだ。
<破魔の瑠璃光>の発動条件は一つ――武器の所有者が対象の敵に対し、一ダメージでも与えていること。大樹達の狙いは、ヤタガラスを斬り伏せる事が目的ではなく、掠り傷を与えることだったのだ。その前に武器の耐久度がゼロになり、壊れてしまえば終わりだった。
「いひひ……そっか……そういう事かぁ……こりゃあ一本取られたなぁ……」
きらきらと楼蘭の砂粒のように舞い消えていく己の体を見上げながら、ヤタガラスは諦観の籠もった声で、溜息と共に言葉を吐いた。大樹の説明を聞くにつれ、最早どうにもならないと悟ったのだ。
「おめでとうヒロキ君、それにお仲間のご一行。君たちは見事にゲームに打ち勝ったと言うわけだ」
よろよろと足を引き摺りながら大樹の元に集ったオスカー達に対し、ヤタガラスは疲れ果てたような笑みを浮かべ、冗談めかしてそう答えた。瞳の狂気の色は消え去り、ただ寂寥感だけがある。ヤタガラス自身、半永久的に続く「生」というゲームに、痛みも無く終止符を打たれた事に、内心安堵していたのかもしれない。
「ねぇ……ヒロキ君……」
「……何?」
「僕の事、許してくれるかい?」
ヤタガラスは相変わらず軽薄な、おどけた声で大樹に問うた。その言葉に大樹の血流が一気に頭に昇る。今まで散々傍若無人な振る舞いをしておいて、今更になって『許して欲しい』などとよくも言えた物だ。これはヤタガラス自身が演説していた事でもある。
「あ、あんたね! 何を今更……!」
大樹は心の赴くままにヤタガラスを罵倒しようとしたが、その時、ヤタガラスの目に、かつて無い程の真剣さが浮かんでいることに気が付いた。まるで捨てられた迷い犬のような、思わず同情を誘ってしまう視線。自業自得とはいえ、ヤタガラスはブレーキの壊れた車に乗ってしまったような物なのかもしれない。最初は己の意思で制御し快適に走っていたが、状況は徐々に加速し、もう飛び降りることも出来ない、いつ終着点に着くかも分からない、そんな地獄への片道切符を買ってしまったのだから。
ヤタガラスがこの世界に行ったのは碌でもない事に違いはない。それを軽々しく許すと言う事は、この世界で必死に生きてきたコハル達に失礼だろう。けれど大樹はこうも思う、遥か昔、まだヤタガラスが人間であった頃、例え碌でもない奴であったとしても、もう少し、ほんの少しでも気に掛けてくれる人間が居たのなら、世界はもう少し変わっていたのでは無いかと。
「そのうちね」
「へ……?」
「そのうち……あんたの罪が終わったら、その時は許してあげるよ」
結局、中途半端で曖昧な答えしか出せない自分に多少の情けなさを感じつつ、大樹はそう答えた。そんな日が来るかは分からないが、いつかその日が来ればいいなと願いながら。
「そのうちかぁ、そっか、そうだよなぁ……」
大樹の返答に満足したのかしないのか、ヤタガラスは天を仰ぎ、ぶつぶつと何事かを呟くと、もう半分近く消えかけている口元を薄く吊り上げ、大樹を見る。
「また……遊ぼうね……」
小さく、しかしはっきりと聞き取れる声で大樹達にそう伝えると、ヤタガラスは完全に光に飲み込まれた。蒼い光に導かれるように、かつてヤタガラスであった最後の欠片が一握の輝く砂となり、大樹達の頭上にふわりと舞い上がると、一陣の微風に吹かれ、掻き消えるように消滅した。
「ゲーム終了……勝……利者……シラノ・ヒロ……キチーム……デス……。ヤタガラス様ノゲーム通……算成績……二千六百七十八万八千五百十三勝……一敗。以上、ゲーム結果ノ……報告ヲ……終……了シ……マス」
戦闘により滅茶苦茶になった庭園の隅、ヤタガラスに潰され、スクラップと化したロビーが、途切れ途切れに電子音で言葉を紡いだが、その言葉は大樹達には届かない。ロビーはチカチカとランプを点滅させると、もう二度と動かなかった。
◇
「……ったくあの野郎! 何が『また遊ぼうね』だ。二度と遊んでやんねーぞ!」
「全くでござる! 一昨日来やがれでござる!」
「あはは……あ! 戻ってきたよ!」
大樹とオミナエシの回復アイテムを使用し、何とか命に別状は無い領域まで回復したオスカーとゴンベは、戦闘終了から今に至るまで、一秒も間を空けずにヤタガラスの悪口トークを続けている。内心賛同しつつも、適当に相槌を打っていたコハルだが、建物の奥から出て来た人影に笑みを向ける。その動作に釣られ、オスカー達も入り口を見た。
「おー、お疲れ! んで、どうだった? ちっとは使えそうなもんあったか?」
「ちっと所じゃないよあんた達……! こりゃ人生バラ色確定だねぇ!」
「奴の遺シタこの施設、大した物ダな」
「な、何でござる!? 早く聞かせるでござる!」
緩む頬を抑えきれないオミナエシに、興奮した面持ちでオスカーが詰め寄る。オミナエシとクオンが研究所内を探索した所、どうやらこの施設には、食料を作るプラントが存在したり、様々な植物を栽培できるような施設らしき物もある事が分かったのだ。ヤタガラスが滅茶苦茶な植え方をしたこの狂った森とて、整え方次第で素晴らしい憩いの場になるであろうことも。
「ま、マジか!? で、どうやんだ!? 早くしろよこの野郎!」
「落ち着きなバカ、あたしだって今調べたばっかりなんだ、分かるわけ無いだろうが。でもまぁ、そんなに難しいもんでも無さそうだ。あの子達を起こす作業に比べたら、まぁ楽勝だろう」
「おっしゃ! じゃあまず、俺の村に戻って村長のジジイや村の連中をここに連れ来ようぜ! あいつらに約束しちまったからな!」
「ちょっと待つでござる! ここはやはり、真っ先に拙者の体のスペアを取りに行くべきでござる。地下室の子供達も起こせて一石二鳥でござるよ!」
「いや待テ、新シい土地を開墾すルナラ、体力的に優れタ合成獣達が先だロウ。それニ、距離的にモ俺の集落ガ一番近い」
「俺だ!」「拙者が!」「俺ダ!」と大騒ぎする男たちの興奮度メーターは破壊寸前だ。そんな中、コハルだけが険しい表情で皆を見ている。
「皆勝手だなぁ……今回一番頑張ったのは間違いなくヒロキなのにね」
文句を言いながら、コハルは膝枕で眠っている大樹の髪をそっと撫でる。そう言いつつもコハルの顔には苦笑が浮かんでおり、本気で怒っている訳ではないようだ。
「まぁ無理も無いよ。こんなに凄い希望があるんだから、皆興奮するのも当然だよ」
「あ、起こしちゃった!? ごめんね!」
「起きてたよ。てか、あれだけ大騒ぎされたら寝てられないよ……」
「あははは……」
コハルは悪戯っぽく笑う。大樹の消耗は凄まじく、回復剤を使用しても体を起こすことが出来なかった。大樹が眠っている間、コハルはずっと自身の膝で大樹を眠らせていたのだ。
「うん、でも……そうね。これからどうなるのかなぁ! だって、人と合成獣が一緒になって、世界をどんどん繋いで行くんだから。凄くワクワクするね!」
「…………」
「あ、でもヒロキの世界に戻る方法も見つけないと行けないけど……ねぇヒロキ、本当に元の世界に戻らなきゃ駄目なの……?」
「…………」
「……私、ヒロキがそうしたいなら手伝うよ。けど、やっぱりちょっと嫌だな……なんて……」
「…………」
「ヒロキ……? 寝ちゃったの?」
「もう……いいんだ」
「え……?」
誰の故郷に真っ先に戻るか、揉めていた三人を宥めようと輪に入ったオミナエシまでも巻き込んで、ヒートアップしていく議論を、一人の少女の悲鳴が歯止めを掛けた。その悲鳴は今までに聞いたことが無いほど悲痛な物で、生物であれば誰もが振り向いてしまうほどに危機感を感じる物であった。
そこには、半狂乱になりながら大樹に縋るコハルの姿があった。別段、何も変化無い様に見えたが、そこでオスカー達はようやく異変に気がついた。大樹の足首から先が無くなっている。足首だけではない、手首、髪、体の端々から、さらさらと砂金のような物が、まるで大樹を溶かすように大気に消えていく、それは、先程ヤタガラスの消える時に見たものと同じであった。
「はは……やっぱりダメか……」
まるで気でも狂ったかのように、泣き叫び続けるコハルを見上げ、転びそうになりながら全力で駆け寄ってくるオスカー達を横目に、大樹は口惜しそうに乾いた笑いを漏らした――




