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第27話:楽園のお茶会

「やぁやぁ。人類の英知と、そして醜さと傲慢さの詰まった神類研究所……の跡地へようこそぉ」


 異常なほど痩せた体を、不釣合いな立派なリクライニングチェアに身を沈め、へらへらと手を振るヤタガラスの周りに、蛍の光のような立体映像が浮かび始める。その光同士は、細い線で結ばれているように見える。


「訳分かんねぇこと言ってるが、あんたヒロキや俺達の事知ってんのか?」

「んー? ええっと、君は何だっけか?」


 オスカーには目もくれず、ヤタガラスは宙に浮かんだ光を指先でなぞる。大樹はその動作を見て、サンクチュアリにも存在したタッチ式のウィンドウ操作みたいだな、と考えていた。


「ああ、君の個体名はオスカーというんだね、データが連番になっている所を見ると、後ろの小柄なお嬢ちゃんがコハルというのかな?」

「データ? 神類研究所? あ、あの、もう少し詳しく話してくれませんか! 僕の本名を何で知ってるの!?」


 慌てふためく大樹に、ヤタガラスは小馬鹿にしたようにふぅっと溜息を付きながら答える。


「まぁまぁ、落ち着きたまえヒロキ君。お茶でもしながらゆっくり話そうじゃないか。人間話し合いが重要だからねぇ。ロビー、皆さんにお茶の準備をしなさい」

「ハ、ハイ、カシコカリマシタ」


 後ろに待機していた四角いロボットが、少しつんのめるようにしながら廃屋の中へと姿を消す。どうやらロビーと言う名前らしい。暫くすると、その四角い頭の上に巨大なトレーと、人数分のティーセットを乗せて戻ってきた。


「さぁさぁ、ヒロキ君たちもそんな所で馬鹿みたいに突っ立ってないで、こっちへいらっしゃいよぉ」


 ヤタガラスが楽しそうに手招きをする。その態度はあくまで軽薄で、客人が来て喜んでいるというよりは、自分の射程に飛び込んできた獲物を見定める野獣のような目線だ。ぎらつく視線に若干の不安を覚えながら、大樹達は大理石のテーブルへと近づいていった。


 あまり気乗りはしないが、仕方なく大樹達はヤタガラスを囲むように丸い大理石のテーブルに腰掛けた。大樹達の目の前には、湯気の立つ香りの良い紅茶が綺麗なティーカップに淹れられている。紅茶に詳しくない大樹でも、その香りから上質なものであると分かる物で、ご丁寧にもお茶菓子のクッキーまで置かれているが、誰も手を付けようとはしない。


「どうぞどうぞぉ! ロビーの淹れてくれるお茶はおいしいんだよぉ? あ、勿論毒なんか入ってないから安心してくれたまえ」


 そんな中、ヤタガラスだけがクッキーをリスみたいに入るだけ口に押し込みながら、上機嫌で喋っている。食べ物を含んだまま喋っているのでいまいち聞き取り辛い。



「しかしまぁ、君たちがPCGを潰せるようにはとても見えないけど、それをやってのけたんだから大したもんだ。あれが異常終了(エラー)を吐かなければ、僕も気付かない所だったよ」

「PCG? 何だいそりゃ?」

「あ、PCGって言っても分からないかぁ。Perfect Chimera Giant。君達がセンガンコウとか呼んでた奴だよ。今この箱庭に最も多く生息してるのはPCS――Perfect Chimera Smallっていう昆虫型の合成獣だけどね」


 命名したのは僕だけど、とヤタガラスは得意げな表情を作る。その視線に何となく嫌らしさを感じたオミナエシは不快気に目を吊り上げるが、ヤタガラスは特に気が付いてはいないようだ。


「あの、貴方が創造主、という方で間違いないんでしょうか?」

「ん、合成獣達の? だとすればちょっと違うかなぁ。まぁ僕は基本的に『何もしてない』よ。この世界においても、神類捕獲担当員としてもねぇ」


 コハルが少し怯えながら、おずおずと言った感じでヤタガラスに問うが、ヤタガラスはオーバーに手を振りながら意味不明な返答を返す。


「何もしてない? 良く分からんが、お主は創造主という者では無いのでござるか?」

「まーまーまー、そう結論を急ぐんじゃないよ粗大ゴミ君。物事には順序って物があるんだよ。確かに僕は合成獣は作ってないけど、けれどこの世界の創造主ではある」

「済まナイが、もウ少し分かリヤすク話しテくれナいか?」


 粗大ゴミ、と呼ばれたゴンベはカチンときた様だが、それを歯牙にもかけずヤタガラスは席を立つ。そして、両手を天へ向け、大仰な手振りで皆を振り返る。これから素晴らしい見世物が始まるよ、と言わんばかりの狂気の笑みを浮かべて。


「いやー! やーーーっとこれを誰かに話せる時が来たね! 人間の業、神を作るなんて馬鹿馬鹿しい計画と、その成れの果てをね!」


 げらげらと笑いながら天を仰いでヤタガラスが笑う。その姿を皆、唖然として見つめている。こいつは何を言っているのだろうか。皆の顔にはその思いがありありと浮かんで見える。


「神を……作る?」

「そうだよぉヒロキ君? 君はハヅキにあったんだろう? 耐久力テストのためだけに作られた、あの無駄に長生きなだけの失敗作に」

「失敗作? だって、辛い環境を生き抜くための生命力強化だってハヅキさんは……」

「そ・こ・が、失敗なんだよぉ。いいかいヒロキ君? 生命力が高いだけじゃ駄目なんだよ。争いと欲望で破壊され尽くした世界を、再び美しい姿に戻す能力を持つ、神にも等しい生物。それを作るのが目的だったんだよぉ」


 心底馬鹿にするような目線をヤタガラスが大樹に向ける。どうもこの男の言動はいちいち癪に障るが、大樹はそれを何とか押さえ込む。ヤタガラスだけがカンニングペーパーを持っていて、お前そんなことも知らないのかよと馬鹿にされているような気分だ。


「ま、僕から言わせて貰えば、今まで散々好き放題暴れといて、いざピンチになると『今まで済みませんでした。反省したので許してください』とかばっかじゃねぇの? とか思ったんだけどねぇ。どうも人類の皆さんは生き残るに必死だったみたいだねぇ」

「…………」

「そんでまぁ、人間の実験体がどうしても必要だって訳で、僕自身に白羽の矢が立ったのさ。ひどい話だと思わない? 自分が生き残るために、僕みたいなその他大勢どうでもいい人間は死ねって訳だ」


 一息にそう言うと、ヤタガラスは急に声のトーンを落とし、肩を震わせ、憎憎しげに地面を睨む。


「まさか貴方も……」

「コハルちゃんだっけか? 君は意外と洞察力があるねぇ。ご想像の通り、僕もハヅキと同じく合成獣だよ。最も、一から培養されて作られたハヅキと違って、僕は元々人間だったけどね。何の知識も力も無い、ごくごく普通の小市民出身さ」


 ヤタガラスは搾り出すようにそう言うと、無言で俯いてしまった。その姿を見る大樹達は何も言わない。いや、何も言えない。実験動物として体を改造され、恒久の時を生きる事を強要された憐れな生物に対し、一体何と言えばいいのか。


「……ぷっ」


 それまで無言で俯いていたヤタガラスが、肩を震わせる。


「ぶっはははははははっ! 引っかかってやんの!」


 ばーかばーか、と言いながら舌を出し、大樹達に向かって、狂人のような嘲りの笑みを向ける。大樹達は面食らったように目をしばたたかせるが、その反応がさらにヤタガラスの笑いを誘う。


「あのねぇ? 最終的にはそのお偉いさんが使う技術なんだよ? 人間に投与する段階で安全性が高いに決まってるじゃないか? 言うなれば治験だよ、ち・け・ん! 寧ろ僕は、人類のために我が身を投げ出した英雄扱いだよ? 生活は保障され、好きなゲームはやり放題。いやぁ、あの時は我が身の幸運に感謝したもんだ!」 


「……それで、どうなったって言うんだい?」

「君は頭良さそうなのに、意外と想像力が無いんだねぇ。もっとここを使いたまえよ、ここを」


 頭にトントンと人差し指を立てながら、ヤタガラスがオミナエシを見下ろす。元々きついオミナエシの視線がさらに鋭くなるが、その反応に満足したヤタガラスはさらに饒舌になっていく。


「色々と動植物を組み合わせては見たけど、神に等しい生物なんてほいほい作れるわけが無い。こりゃあもう駄目だ、人類皆兄弟、皆仲良く死のうじゃないか。僕も思ったもんだけど、ここでお偉いさん、頭のおかしいことを言い出したんだよねぇ」

「頭のおかしいこと?」

「神様が作れないなら、神様を捕まえてくればいいじゃない――とね。似て非なる世界へと干渉し、神に等しい生命を捕獲してくる。それが『神類捕獲作戦』さぁ」

「……はぁ?」


 大樹は思わず間抜けな声を上げてしまう。自分達で上手く料理が作れないから、出来合いの料理を他の店で買ってくればいい、そんなノリでそんな大それた事が可能だろうか。その表情を読み取ったヤタガラスが、嬉しそうに続ける。


「狂ってると思うだろう? いや、実際狂っていたのかもしれない。何万光年先に何があるかわかるのに、数万メートル程の深海の事は分からない。何百万もの人間を救うくせに、愛する家族に暴力を振るう。触れられないって分かってる物に手を伸ばす。人間っての何ともちぐはぐな生物だよねぇ」


 話が突飛すぎて、オスカーやコハル達はもはや宇宙人と話しているようにしか思っていないだろうが、大樹も話についていく事に必死だ。そんなことなどお構い無しに、自分の知識をひけらかすようにヤタガラスは捲くし立てる。


「でも、たまに『出来ない』を『出来る』に変えちまうから、人間ってのは厄介なのさ。それが君さ、ヒロキ君」


 これまで上機嫌だったヤタガラスが、急に渋面を作り大樹を睨む。その視線にはありありと憎悪の念が込められており、その理由が全く分からない大樹は、嫌な悪寒に肝を冷やす。


「え? ぼ、僕……?」

「そうだよ。殆どが転送失敗だったけど、一つだけ生きたまま捕獲に成功した個体が居たんだよ。この世界を緑溢れる世界に戻す、神に等しい力を持つ希望の種――それが君だよ、シラノ・ヒロキ君」

「だ、だって! そんなのおかしいよ! 僕は僕だけど僕じゃない! だって、僕はゲームの世界から連れてこられたんだよ!?」


 大樹の頭はショート寸前だ。ヤタガラスの話は荒唐無稽すぎる。自分がここに存在している以上信じざるを得ないし、確かにサンクチュアリにおいてプレイヤーは皆、『神の子』である。しかしあれはあくまでゲーム上の設定だ。


「へぇ、君もゲームをやるのかい? ならもう少し想像してみなよ? ゲームであれ本であれ、そこは一つの『世界』だよ? 僕達は切り取った一部分を見ているだけで、今ここでこうしている現実と同じだけの世界が無数に広がっているのさ。その中の一つで君が『神』として定義されていたなら、それは紛れも無い事実なのさ」

「そんな無茶苦茶な……」

「ま、これはあくまで想像だよ。僕はあくまで一般人。どういう仕組みなのかはまるで知らないからね。ただ合成獣の研究員が、神類捕獲作戦にそのままシフトしたから、僕も名目上作業員に組み込まれたってだけだし」


 さすがに人体実験してましたと堂々とは発表出来なかったからね、と皮肉っぽく吐き捨てたヤタガラスは、唄うように続ける。


「水槽の魚にとって、世界の全てはちっぽけな水槽の中だけさ、でもその外には、それを世話する人間が居て、その人間は国の中で生きてる、国は星の中の一つで、星は宇宙の……とまぁそう考えていけば、世界なんていくつもあって、僕も君も取るに足らないゴミみたいな物さ」

「ゴミだト?」

「そうだよぉ、だってさ、こーんなひどい世界に生まれて、その上、碌に能力も無いと来たもんだ。神様ってのは不平等だよねぇ。けどさ、この荒みきった箱庭の世界ですら芥子粒(けしつぶ)みたいな物じゃないか。ま、荒みきった世界にしたのは僕なんだけど」


 ヤタガラスは自嘲するような、それで居て同時に世界全てを馬鹿にしたような、卑屈かつ横柄という奇妙な言動を続けるが、大樹達の耳に残ったのは最後の部分だった。


「ちょっと待った。お前今、荒みきった世界にしたとか言ったな?」

「……全く、君は目上の人間に対する敬意って物が無いね。確かに言ったけど、それが何か?」

「何か? じゃねぇ! 世界が滅茶苦茶になったのは、お前が片棒担いでたからかって聞いてんだよ!」

「落ち着いてよお兄ちゃん! ヤタガラスさんは一応、神類捕獲作業員って人なんでしょ? だったら世界を治そうとした人じゃないの?」


 ともすれば激昂して掴みかかりそうなオスカーに、コハルが慌ててフォローを入れる。理屈としてはそうなる筈なのだが、コハルのその言葉を聞いた瞬間、ヤタガラスは紅茶を吹き出し、声を裏返らせながら爆笑した。そして、口の中のクッキーを飛び散らせ、唾を飛ばして早口に捲くし立てる。


「ひゃーはっはっは! そんな訳無いだろお嬢ちゃん! ――だって作戦ぶっ壊したの僕だもん」

「……へ?」

「君たち人の話聞いてたのぉ? 僕は『何もしてない』って言ったじゃないか。この世界を救うのが目的の『神類捕獲担当員』としてね。同時に、この世界を作った創造主になった訳さ」


 コハルがきょとんとした表情を作る。他の皆も、目の前の狂人が何を言っているのか理解出来ていないようだが、大樹は何となくヤタガラスの言いたいことが理解できた。つまり、こいつは神類捕獲担当員とやらの職務を放棄して、作戦を潰し、その結果、今の世界を作る原因となった、と言いたいのだろう。神を捕まえる――大樹としては迷惑千万な作戦ではあるが、何故ヤタガラスが作戦を潰したのか、そこがさっぱり理解出来ない。


「あーあ、折角ロビーが淹れてくれたのに、あんまり君たちが笑わせるから吹き出しちゃったじゃないかぁ。まぁいっか、もうちょっと続けるよ」


 ――ヤタガラスにとっては娯楽、大樹達にとっては重苦しい事実を突きつけられる、落差の激しい楽園のお茶会はまだ続く。


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