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第26話:神類捕獲担当員ヤタガラス

「あれが……楽園?」

「な、何なんでしょうあれ……」


 コハルが怯えたように大樹の腕にしがみ付く。山脈を越えた先、目の前に広がる光景に大樹達は皆絶句した。そこには合成獣の長ハヅキの言ったように、花は咲き乱れ、緑に溢れた空間が広がっていた――極一部だけに。


 山脈の頂上に位置する今なら、大樹達は遥か遠くまで俯瞰することが出来る。山脈の向こう側も、これまで大樹達が見てきたような、極僅かな草地と、荒れ果てた荒野が広がるのみである。その中で、まるで定規で線でも引いたように、真四角にこんもりと緑に覆われている場所がぽつんと存在しているのだ。


「楽園と言う割には意外とチンケでござるな。まるで家畜の放牧地みたいでござる」

「ま、家畜って訳じゃないみたいだねぇ。真ん中の方見てみな」


 オミナエシの言う通り、皆が四角い緑の中心を凝視する。


「何カ在るナ。アレは……建物カ?」

「とにかく折角此処まで来たんだ。あそこまで行ってみようぜ」

「う、うん……そうだね」


 一面に緑が広がる楽園か、何も無い荒涼とした大地が広がっているかの二択を用意していた大樹だったが、さすがにこれは予想外だった。大樹はオスカーに促され、コンテナを下りのロープウェイの如くゆっくりと下降させる。大した苦労も無く森の入り口まで到着したが、これ以上はコンテナが入れないため、六人は徒歩にて怪しげな森へと入っていく。


「うわぁ……」

「なんつーか……センスの無ぇ森だな」

「うん、この森なんか変です……」


 森に一歩踏み入れた瞬間、大樹達は皆同じ感想を抱いた。森の中は様々な美しい花が咲き乱れ、生き生きとした生命力に満ち溢れている。しかしその植生が異様だ。桜と向日葵と(もみじ)が同時に咲き誇り、それ以外にも大樹には見た事も無いような、多種多様な植物が狂い咲く異常空間。オスカー達がこれらの花を見たことは無いだろうが、何となくこの空間が、本来あるべき姿を捻じ曲げられて作られた物は感覚で理解できているだろう。


 大樹達のコンテナの屋上菜園と規模は比べ物にならないが、あちらに感じられる静謐さが全く感じられない。生命力に溢れた不健全さ、配色や配置、各々の特性を活かすという事をまるで考えず、自分の好きな色を、好きなように好きなだけ塗りたくった狂気のキャンバス。それが大樹達が感じたこの森の印象であった。


「妙ダな、こレダけ緑が豊富なノニ、生物の息吹ガまるデ感じラレんぞ」

「こんな滅茶苦茶な植え方したら、生き物なんて住めないよ」


 クオンが訝しげに触角を動かし、周囲の気配を探る。多少衰えたが大樹も森の中では知覚は敏感なため、クオンと同様、辺りに小さな生き物すら殆ど生息していないことを把握出来た。どうやら、ここが人工的に作られた空間であることは間違いないらしい。


「じゃあ何だい? 創造主とやらは生き物じゃないってことかねぇ?」


 オミナエシが冗談めかして軽口を叩くが、目は全く笑っていない。あながち冗談とも言い切れない冗談に、誰も反応できなかった。


「とりあえず、上から見えた建物の方へ進んでみたほうが良いのでは? 辺りに生命が感じられないということは、逆に言えば敵が居ないという事でござる」


 ゴンベがそう促したことで、一同は止まっていた足を森の奥へと進めることにした。念のため、オスカーと大樹が先頭に、後ろを固めるのはクオンとゴンベ、そして挟み込むようにコハルとオミナエシという隊列を組む。幸い、森の中は悪趣味ではあるが見通しが悪いわけではなく、木漏れ日が差し込む程度には視界も開けているので、進むのはそれほど苦労しなかった。


  ◇


「歩いてみると結構距離がありますね。もうお昼過ぎちゃいましたよ」

「あんたら体力馬鹿集団はいいけどさ、あたし達はか弱い乙女なんだ、ちょっと休憩したいんだけどねぇ」

「あたし達? か弱い乙女……でござるか?」

「ゴンベ……ここは一応楽園みたいだし、永眠するにはいい場所かもしれないねぇ」

「いやいやいや! 姫は美しい! 姫は素晴らしい! 姫は乙女!」


 エラーでも出たんじゃないかと思うくらいに目の光を明滅させたゴンベに苦笑しつつ、大樹はこれまで来た道を振り返った。コハル達の言う通り、入り口からかなりの距離を歩いている筈なのに、まだ森の中央へは到着しない。突入する頃にはまだ朝靄(もや)が出ていたのに、今では太陽は高く昇ってしまっている。ここらで休憩を入れるべきだろう。


「じゃあこの辺りで一旦休もうか。ちょっと待ってね」


 そう言いながら、大樹はポーチに詰め込んできた果物や飲料水を取り出し、各人に配る。飲食の必要が無いゴンベが警戒に当たってくれてはいるが、これまでの感じだと特に必要無いかもしれない。そうして各々が腹を満たし、喉を潤し。そろそろ出発しようとした時に、異変が生じた。


「ヒロキ殿! 何か来たでござる!」


 ゴンベの声に反応し、大樹、オスカー、クオンが壁を作る。ゴンベが指差す先、森の奥から動く何者かがこちらに迫ってくるのが見えた。しかし、その姿が近づくにつれ、皆の頭に疑問符が浮かぶ。


「何だあれ? ゴミ箱?」

「まサか、あレガ創造主等と言う悪イ冗談ハ無いヨナ?」


 近づいてきた謎の物体は、大樹からすればただのゴミ箱にしか見えなかった。公園やコンビニ等に置いてある、四角くて、白地に緑の線が入っているゴミ箱。それにキャタピラがついていて、何だかおもちゃのようだ。無論、警戒すべきではあるのだが、ゴミ箱が滑るように進んでくるという光景が間抜けかつシュール過ぎて、何となく力が抜けてしまう。ゴミ箱は特に何をするでもなく、大樹達の数メートル手前まで近づいてくると、ぴたりとその動きを止めた。


「神類名『シラノ・ヒロキ』――認識シマシタ。ドウゾコチラヘ。ヤタガラス様ガオ待チデス」

「機械が喋ったでござる!?」

「お前も機械だろうが!」


 ゴンベとオスカーの馬鹿みたいな会話も、今の大樹の耳には入らなかった。大樹はまるで雷にでも打たれたように、目を見開き、大樹達を誘導するそのゴミ箱を呆然と見つめている。


「あの……ヒロキさん?」


 不思議そうにコハルが大樹に声を掛けるが、それでも大樹は反応しない。大樹の頭の中は、今一つの考えに支配されていた。


 ――こいつは今何と言った?


 そう、このゴミ箱は自分を『白野大樹(しらの ひろき)』と呼んだ。それは有り得ない事だ。この世界に来てから、日本語は覚えにくいだろうと思い、大樹は自分を『大樹(ヒロキ)』とだけ名乗っていた。それは仲間にも、出会った人全てに対してそうだ。自分の本名を知る人間はこの世界に一人も居ない。それを知っているとすれば――


「ヒロキさん!?」

「馬鹿っ! 一人デ突っ込ムな! 危険過ぎル!」


 矢も盾も堪らず大樹は一人飛び出す。仲間達も慌てて追いかけるが、それを振り返る余裕も無い。一歩で走り幅跳びの距離を飛ぶくらいの勢いを付けながら、先に進んだゴミ箱もどきを全力で追いかけ、渾身の力でしがみ付く。


「ねぇ! 君は僕の事を知ってるの!? 僕は何でこうなったの!?」

「申シ訳アリマセンガ、今ノ私ニハ『シラノ・ヒロキ』ト、ソノ一行ヲ連レテクル権限シカ与エラレテオリマセンノデ」

「何言ってるんだよ! いいから答えろっ!」

「お、おい! 落ち着けよヒロキ!」


 後から追いついたオスカーに羽交い絞めにされ、大樹はようやくゴミ箱から手を離した。コハル達も息を切らせながら追いついてきたようだ。


「離してよオスカー!」

「待てって! そんなに力入れたら、そいつぶっ壊れちまうだろうが!」

「はぁ、はぁ……落ち着きなヒロキ。わざわざそいつが案内してくれるんだ。相手には教える気があるって事だろう?」


 肩で息をしながらフォローするオミナエシの言葉を聞いて、大樹はようやく冷静さを取り戻した。よく見れば掴んでいた鉄板部分はかなり凹んでおり、オスカーが止めに入らなければ本当に壊していたかもしれない。


「あ……その、皆ごめん……」

「いいんですよヒロキさん。それより多分、その人が創造主って方なんでしょうね」


 自分自身の行動に意気消沈した大樹をコハルが宥める。そして、何事も無かったかのように機械的に狂気の森の奥へと進むゴミ箱もどきを、今度は皆で歩調を合わせて追尾した。その間、皆一言も口を開かなかった。


「アチラニナリマス」


 無言のまま森を突き進んでいた大樹達だが、突然ゴミ箱もどきが止まり、レーザーのような物で空中に矢印を表示する。その先で森は切れており、どうやら開けた場所になっているようだ。恐らくあの先が空中から見えた建物なのだろう。


「じゃあ行くよ皆!」

「「「「「応!」」」」」


 大樹と仲間達五人は気合を入れなおし、森の終わり、光の差す方向へと足を向ける。気合を入れなおすのは大樹としてはちょっと気恥ずかしかったが、皆が呼応してくれた事で嬉しさと落ち着きを取り戻す。視界が開け、森が終わりを告げる――


「……病院?」


 それが大樹が目の当たりにした、巨大な建物の印象であった。所々蔦で覆われ、廃墟と呼ぶに相応しい出で立ちだが、中に非常灯らしきものが点灯しており、未だにこの巨大な建物が稼働中であることが見て取れる。ひび割れた巨大なガラス戸の隙間から見える物、朽ち果てたリノリウム張りの床、文字が掠れ、殆ど読み取れない『待合室』と書かれたプラカード、そして埃まみれの壊れた長椅子。それらが大樹に病院を髣髴とさせた。


「ん~……いい線言ってるけど、ちょーっち違うんだなぁ」


 目の前の建物に意識を奪われていた大樹達は、横から聞こえてきたその甲高い声に、弾かれたように視線を向ける。


「え!? に、人間!?」

「人間? 違うよぉ? だって『人間』って言うのは『その他大勢』って意味じゃないか。僕にはちゃんと唯一無二の名前があるんだよぉ?」


 病院の中庭とでも言うべき場所、綺麗に刈り揃えられた芝生の隅に、白衣を着た一人の男が腰掛けていた。磨かれた大理石のテーブルの上にティーセットを載せ、リクライニングチェアのような椅子に優雅に腰掛けている。その後ろに、先ほど大樹達を誘導した四角いゴミ箱ロボットが鎮座している。


「どーもぉ。僕は神類捕獲(しんるいほかく)担当員……いや、『元』と言ったほうがいいかな? ヤタガラスって言うんだ。いやぁー首を長くして到着を待ってたよ。ガラクタの神様――シラノ・ヒロキ君」


 頬はこけ目は落ち窪み、極度に痩せたその男は、へらへらと軽薄な笑いを浮かべ、大樹に手を振った。

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