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第25話:あの山脈の向こう側

 ハヅキ達との邂逅から一夜明け、大樹達はコンテナの元へと戻ってきていた。昨日死に体であったオスカーも、オミナエシの薬と持ち前の頑健さでほぼ全快したようだ。今はコンテナの前でハヅキに見送りをされているが、ハヅキ以外にもコンテナの周りには大量の合成獣達でひしめき合っている。


 今までだったら絶望的な状況に半狂乱になっていただろうが、今では仮装パーティーで集まった集団を見るような、奇妙だと思いはするが、恐ろしさは感じなかった。昨夜、大樹達ははっきりと理解できたのだ、意思の疎通さえ出来れば、人間も合成獣も変わりがないのだと。


「そうか、もう出発するのか」

「色々とお世話になりました。そういえば、あの子のお母さんは?」

「何、お前のお陰で今はピンピンしているよ。こちらもクオンの馬鹿が粗相をしたわけだし、お相子だな」


 気楽そうに喋るハヅキの言葉を聞いて、大樹はほっと溜息を付く。あの時は仕方なかったとは言え、敵意の無い生物を殺すことはやはり忍びない。


「なあ、ヒロキ……少々頼みがあるのだが」

「何です?」


 ハヅキは大樹の顔をじっと見る。お前の体に興味があるから解剖させてくれ、なんて言われたらどうしようとちょっとだけ考えてしまったが表には出さない。


「楽園に、クオンを連れて行ってくれないか?」

「「「は?」」」


 大樹とオスカー、そしてクオンの声がハモる。


「ちょっと待て! 何でそんないけ好かない合成獣ヤローを連れていかなきゃならねーんだ!?」

「ちょっト待テ! 何故こんナ野蛮な濃血者に同行しナケればならナいのダ!?」


 同時に同じような発言をしたオスカーとクオンが、火花を散らして睨み合う。一触即発な空気に緊張しつつも、大樹はハヅキの顔を見る。その瞳の光は真剣そのもので、軽はずみな発言では無い事は大樹にも読み取れた。


「あの、何でいきなり? というか何故クオンを同行させたがるんですか?」

「昨日お前達が来てからずっと考えていた。私達の仲間は、ここに見渡せる者たちしか居ない。後はお前達の村とやらを襲うように、半ば野獣のように点在している者が居るだけだ」

「人間も似たような状況ですけど……それで?」

「このまま孤立していては、私達も、人間達もじわじわと数を減らし、いずれ完全に滅んでしまうだろう。だから、新しい可能性に賭けさせて欲しいのだ」

「新しい可能性……楽園とやらの事かい?」


 オミナエシが大樹達の会話に割って入り、ハヅキはそれを肯定するように頷く。


「その通り、私は楽園を追放された身、しかし、後から生まれたクオンなら、創造主の興味を引くかもしれない」

「何故俺なノダ!? 俺と同世代ノ連中なラ他にも居ルだロウ?」

「お前はいつも私に、『こんな狭い世界は嫌だ!』とか『あの山脈の向こうにはきっと新しい仲間や何かが待ってる!』とか噛み付いてきただろうが。それともアレは嘘なのか?」

「ぐッ……!」


 クオンとハヅキのやり取りを見て、何だかどこかで聞いたような会話だなと思いつつも、大樹はハヅキに次の言葉を促す。


「無論、ヒロキ達が嫌だと言うなら強制はしないが、クオンがいれば合成獣と意思疎通が出来る。必要以上の揉め事を避けることは出来るだろう。役には立つと思うが?」

「うーん……」

「で、どうすんだい大将? あたしは別にどっちでも構わないけどね」


 オミナエシがぶっきらぼうに大樹に問いかける。他の皆は何も言わないが、大樹の決定を待っているようだ。何だかいつの間にやらチームの決定を大樹が一任するようになってしまったが、リーダー経験など皆無な大樹はこういったやり取りが得意ではない。しかし、自分の決定が今後の動向を左右するのだから、ここは慎重に考えねばなるまい。大樹は暫く無言で居たが、結論を出した。


「分かりました。クオンに同行して貰います」

「いいのか? まだそれほど信頼されているとは思えないのだが」

「まぁそうなんだけど……貴方達はそんなに悪い人……悪い合成獣じゃなさそうだから」


 結局のところ、策士でも何でもない自分の頭で考えたところでどうにもならない。確たる物が何も無いのに、相手にレッテルを貼り付ける事はしたくない。色々と不安はあるが、良い方向に信じられる可能性があるなら、そちらに賭けたい。甘いと言われても、後に不利になろうと、この荒涼とした世界だからこそ人を信じていたい。


「ほんと甘いよなぁ、ヒロキは」

「あはは、まぁでも、その辺がヒロキさんらしいんだけどね」


 オスカーは若干不満そうだが、大樹に異論は無いようだ。苦笑するコハルを横目に、大樹は少しだけ戸惑いながらクオンに手を差し出した。不思議そうにその手を見るクオンにさらに言葉を投げかける。


「そんなわけで、宜しくねクオン」

「あ、あア、しカシ、そノ手は何ダ?」

「握手だよ」

「あくシュ?」

「あ、合成獣にはそういうの無いのかな? 人間はね、親しい間柄になる時、手を繋ぐ文化があるんだよ」

「何故手を繋グ? 何の意味ガあル?」

「……いや、僕も細かい意味とか聞かれても良く分かんないんだけど、と、とにかくそういうものなんだ! これからも宜しくねって、そういう挨拶なんだ」

「親しい間柄……こレカらも、か」


 どうすればいいか分からずに大樹の掌を見つめていたクオンだが、根負けしたように口元を緩め、ぎこちない動作で大樹の手を握る。


「でハ改めテ自己紹介をしヨウ。俺はクオン、合成獣ノ戦士だ」

「僕は大樹、それにオスカー、コハルさん、ナエさんに、ゴンベ。これから宜しく」

「宜しク頼ム」


 クオンと大樹はお互いの目線を合わせ、手を握る力を強くする。周りの合成獣達はその様子をただ黙って、しかし誰も騒がず、まるで神聖な儀式を見守るかのように取り巻いていた。そして、合成獣の長ハヅキも、ただ目を細め、穏やかな顔つきで眺めるのだった。空には燦然と太陽が輝き、まるで、大樹達と一緒にこの光景を祝福しているようであった。


  ◇


 そこから山脈までの道のりは笑ってしまうほど楽だった。これまでは合成獣の襲撃を回避するため、コンテナを一晩空中に浮かす魔力を残さなければならず、進行速度が落ちていた。しかしクオンが同行し、現れた合成獣達とコンタクトを取れるようになった事で、その必要が無くなった。よくよく話を聞けば、殆どの場合は何事かと興味半分で近づいてくる者たちで、大樹の<種を蒔くもの>によって出来た森で、食材を集めているときに遭遇しても、お互いに譲歩することで大抵の場合は双方満足することが出来た。


 中には聞き分けが無い合成獣達も居たが、オスカー、クオン、それに整備の完了したゴンベが叩きのめした。こうして順調に物事が進むのはとても嬉しいが、大樹が一番嬉しかったことは、仲間達が皆、大樹の意思を尊重してくれることだった。あれほど合成獣を毛嫌いしていたオスカーも襲ってきた合成獣を殺すことはしなくなったし、甘い甘いと大樹に苦言を呈していたクオンですら、敵を痛めつけるだけで済ませていた。最も、クオンは同属をあまり傷つけたくないだけなのかもしれないが。


 大樹は、今更ながらサンクチュアリでもこんな協力プレイが出来ていたら、もっと楽しめたのかもしれないな、等と考えつつ。殆ど絶壁に近い山脈を、コンテナを浮遊させ、ロープウェイのように登っていく。


(魔法の絨毯が使えて本当に良かったな……)


 遠目からではただの巨大な山にしか見えなかったこの山脈だが、実際に昇り始めてみると殆ど絶壁みたいに角度が急で、しかも所々ガラクタやら岩石やらが散乱し、尖った破片や怪しげな液体等もそこかしこに散りばめられている。村でオスカーが『ハネウマ』という自動車もどきを譲って貰え無かった事に憤っていたが、結果的にはそれで良かったのかもしれない。念のため落石等に注意はしているが、頂上へはもう間もなくだ。


「いよいよですね……楽園ってどんな所なんでしょう」


 コンテナの屋上に立ち、残り僅かとなった頂上を見上げていた大樹の横に、いつの間にやらコハルが立っていた。緊張と興奮の混じった、何ともいえない表情をしている。


「うーん、楽園って名前からするといい響きではあるけど、でもなぁ……」


 ハヅキの口ぶりからすると、大樹にとって何らかの関わりがある場所であることは間違いないだろう。しかし、それが良い方向なのか悪い方向なのかまでは想像が付かない。


(それに、僕はどうしたいんだろう……)


 大樹は考える。楽園とやらで大樹がこうなってしまった原因や、元の世界に戻る方法が判明したとして、その時自分はどうするのだろう。元の世界に帰り、あの(どぶ)の澱みたいな軟弱な自分に戻りたいのだろうか。仲間達と別れ、そしてコハルとも二度と会えないあの世界へ。


 大樹とて少しは郷愁の念もある。自分が向こうでどういう扱いになっているかも気になる。ゲームに嵌りすぎて死んだ駄目人間として、交流掲示板などで晒し者にされているのだろうか。両親がどうしているかも気掛かりだ。


 無論、この山の向こうに楽園があるとも限らないし、あったとしてもそこに大樹の望む情報があるとも限らない。無い可能性も高いのだ。どちらにしろ、今まで先延ばしにしてきた自分の意思を固める機会であると大樹は考えた。


「皆! 頂上が見えてきたよ! もうすぐ山脈の向こう側が見える」


 大樹の声に、自室で休んでいた仲間達が一斉に屋上へと飛び出してきた。オスカーは待ってましたと言わんばかりに、オミナエシとゴンベは興味深げに、クオンは口には出さないが落ち着き無く爪を打ち鳴らしている。各人態度はそれぞれだが、誰もが皆、あの黒々と聳える先端を越えた場所に思いを馳せる。


 もう山頂までは数メートルも無い。まるで陸上競技のスタート合図を待つスポーツ選手のような、極度の緊張感が皆に走る。


 ――そして、視界が開けた。



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