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第24話:楽園の追放者

「貴方がクオンの言う『長』という方なんですか?」

「ああ、皆は私をそう呼ぶよ。単に長生きしているだけなんだがね……自己紹介が遅れた。私の名はハヅキ。お前の言う竜もどきだよ」


 大樹の問いに対し、ハヅキと名乗った竜人の女性は、その美しい口元を少しだけ歪めて笑う。


「もどき?」

「その辺りも追って話す」


 翼の生えた背を向け、無言で先を歩くハヅキに大樹達は付き従う。それから少しも進まないうちに、明るく開けた場所へと出た。


「ここが私の部屋だ、まぁそう硬くならずに寛ぐがいい」


 ハヅキに招待された場所は、以外にも小奇麗な空間だった。緑青(ろくしょう)の岸壁であることはここまでの道筋と変わらないが、天井の部分は吹き抜けのように穿たれており、青々とした空を仰ぎ見ることが出来る。そこから少し離れた場所、高台になっている場所は階段状になっており、昇った先の壁は綺麗にくり貫かれている。


「私は暗い場所が嫌いでね、空を見るのが好きなんだ。でもあんな所で寝ていたら、雨が降って濡れてしまうだろう?」


 竜人は自分の巣を自慢するように楽しげに笑うと、大樹達を手招きし、自分の寝室である高台の横穴と誘う。寝室であろうその場所はかなり広々としており、足元にはふかふかとした羽毛のような物が敷き詰められていて、そのまま寝転んでしまいたくなる。


「さてと、それではお互いの情報交換と行こうか。しかし……<濃血者(インブリーダー)><古代種><旧遺物><人間>、それに緑髪の生物。よくもまぁこれだけ珍しい物がそろい踏みした物だ」


 『ろいやるすとれーとふらっしゅ』だ、等と悪戯っぽく呟く竜人の女性に対し、オスカーが不満げな表情を浮かべる。


「だからよぉ、インなんとかだの言われても訳わかんねぇんだよ。その辺知ってるんなら教えてくれよ」

「私もお前達を完全に信頼している訳じゃないのだが、まぁ仕方ない。クオンの馬鹿の詫びも兼ねて、こちらから情報提供しよう。しかし……<濃血者>が忘れ去られる程時間が経ってしまったか……」


 ハヅキはどこか寂しげにそう呟き目を閉じる。その様子は、何から話した物かと逡巡しているようにも見えた。暫く黙っていた大樹達だが、意を決したようにハヅキが重い口を開く


「……昔、もうどれ程昔か分からないほど前の話だ、この世界の終末、水は腐敗し、空気は毒となり、病に倒れる者が後を絶たない、本当にひどい有様だった」

「今だってひどい有様だろうが」

「今が最悪だと言える時はまだ最悪ではない、と言う事さ」

「意味わかんねぇよ!」

「お兄ちゃん、いちいち話の腰を折らないでよ」


 コハルの突っ込みでオスカーはしぶしぶ矛を納めるが、ハヅキはオスカーの事を軽く流し、話を続ける。


「そうした中、人は生きていくために自分達の生命を強化せざるを得なかった。とはいえ、そんな方法など簡単に見つからない。そこで人間は苦し紛れに近親交配(インブリード)という手段を思いついた」

近親交配(インブリード)? 何だっけ、優秀な先祖を持つ者同士を掛け合わせる……とかだったような」

「ヒロキと言ったか? お前は意外と物知りだな。人間の中でも優れた物、毒物への耐性や優れた生命力を持つ者、そうした人間同士を掛け合わせ、より優れた遺伝子を紡ぐ。その完成形が<濃血者(インブリーダー)>と呼ばれる種族だ。お前達には分からないだろうが、私達の嗅覚や視覚なら、普通の人間と区別することは比較的容易なのだ」


 より速く走れる馬を作るため、優れた先祖の血を持つ物同士を掛け合わせ生まれたのが競走馬のサラブレッド。それの人間バージョンかなと大樹は考えた。


「ちょっと待てよ、俺とコハルは血が繋がってんだぞ? 何で俺だけその<濃血者>とかいう奴なんだ?」

「<濃血物>はあくまで自然の産物。いつどこで生まれるかは予測が出来んし、殆どは失敗だったようだ。そんな不安定な物に未来を預けるわけにいかんだろう? だから、既存の生命と人間を掛け合わせた強化生命体を作ろうと考えた。それが……」

合成獣(キメラ)……」


 大樹がぽつりと呟くと、ハヅキは我が意を得たりと満足そうに頷く。


「その通り。全く違う構造を持つ生命を掛け合わせ、新しい生命を作ることが可能か。私はその試作品として、複数の生物を掛け合わせた『竜』という生物を目指して作られた。そして用がなくなった私達――いや、同年代の合成獣は私以外もう居ないが、『楽園』を追放されここに住んでいる、というわけだ」

「楽園!?」


 楽園、という言葉に反応したオスカーが、大樹を押しのけ噛み付かんばかりの勢いでハヅキに迫る。


「おい! 今楽園って言ったよな? 本当にそんな場所あんのか!?」

「私が捨てられたのはまだ随分小さかったけどね、花は咲き乱れ、緑に溢れた、それはそれは美しい場所だったよ」

「聞いたかヒロキ! コハル! 楽園ってのはマジであったんだ! 俺の言った通りだろ!?」

「お、お兄ちゃんちょっと落ち着いて、傷がまた開くよ!」

「まぁ楽園とやらは置いといて、あたし達の<古代種><旧遺物>ってのは何だい?」


 興奮冷めやらぬオスカーを横目に、オミナエシが勤めて冷静な声でハヅキに問いを投げかける。


「人の設計図を書き換える作業を行うのだ、上手く行けばいいが、取り返しが付かない失敗になる可能性もある。異物の混ざっていない、原種の遺伝子のバックアップとしての人間が必要――それが<古代種>」

「拙者は?」

「おぬしは<旧遺物>と私達が呼んでいる物だ。<古代種>と同世代に作られた、意思を持つ機械。まさか動いているものを見るとは思わなかったがな」

「あの、僕は……?」


 打てば響くように皆の問いに答えていたハヅキだが、大樹のおずおずとした言葉を聞いた途端、打って変わって無言となる。


「すまないが、お前に関しては私も分からない。ただ、楽園の創造主がお前に似たものを何か計画していたという事は覚えている」

「創造主? 僕に似たもの?」

「そうだ。シンルイなんとか等と言っていたが、如何せんあの頃は私も小さかったし、盗み聞きでちょろっと聞いた程度でな……力になれずすまん」

「そうですか……」


 自分がこうなった原因を知ることが出来るかと期待していたので、大樹はあからさまに落胆した。普段ならこういった大樹にフォローを掛けるはずのコハルも、今は無言で俯いているだけだ。


「さて、これで私達の知っている情報は大体渡したぞ。次はお前達が何故、どのようにここへ来たのか教えてもらおうか」

「えーと、話せば長くなるんだけど……」


 大樹は気を取り直し、ここに至るまでの経緯――原因不明で異世界に連れ込まれたこと、コンテナで空を飛び、山脈の向こうを目指していることなどを掻い摘んで説明した。さすがに大樹の元の世界や、ゲームの世界の事は話さなかったが。


「なるほど……楽園を目指しているのだな」

「何だよ? あの山の向こうに、その楽園とやらがあんのか?」

「もう遥か昔の話だし、今どうなっているか分からないが。位置的にはあの山脈を越えた場所にある。楽園の創造主に話を聞けば、ヒロキとやらの情報も何か掴めるかもしれん」

「創造主ねぇ……もう随分昔の話なんだろう? 死んでるんじゃないのかい?」


 オミナエシの問いに、ハヅキは少し考えるように黙った後、言葉を紡いだ。


「私の予想が正しければ、恐らくまだあの場所に居る筈だ。仮に死んでいたとしても、何らかの痕跡はあるはずだろう」

「その創造主とやらが生きていようが死んでいようがどうでもいいが、とにかく楽園と聞いたからにゃ、何が何でも行くしかねぇな!」

「楽園ねぇ……」


 すっかり興奮しているオスカーを尻目に、オミナエシは半信半疑と言った感じで投げやりに呟く。


「まぁともかく、お前達も今日は疲れただろう。そのコンテナとやらまで戻るのも大変だろうし、今日はここで休んでいくといい。それなりの持て成しはしよう」


 ハヅキはそういうと、軽やかに身を翻し、翼を使って高台から飛び降りた。大樹達の寝床を準備するために立ち去ろうとするハヅキに対し、大樹は言葉を投げかける。


「ねぇハヅキさん。ハヅキさんは楽園に戻りたいとは思わないの? 場所は分かってるのに何故行こうとしないの?」

「……それは行けば分かるだろう」

「え?」


 そこで会話はおしまい、と背中で語るハヅキに、大樹はそれ以上声を掛けられなかった。


 結局、ハヅキの言うとおり戦闘で疲弊した中、拠点のコンテナハウスに戻るのも大変だと言う事で、大樹達はハヅキの世話になる事になった。食事も用意してくれるとの事で、芋虫でも出されたどうしようかと内心びくびくしていたが、以外にもまとも――どころか、かなり良い物が出た。特別味付けはされていないが、オスカー達の村では滅多に食べられない肉類、少量の野菜に加え、酒まで出てきたのは驚きだった。


「何だこの水! すっげぇうめえ! 何だよ合成獣って良い奴じゃん!」

「鬱陶しイ……馴れ馴レシく抱きつクな<濃血者>」


 すっかり回復し、出来上がって上機嫌なオスカーは、先程自分を殺しかけたクオンの肩に腕を回し、たまにバンバン背中を叩いている。黙々と食事を取っているクオンは、迷惑そうに眉間に皺を寄せているが、ハヅキの目が光っているため我慢する。


「さっきまで殺し合いしてたのに、呑気だねぇあんたら……」

「姫もさっきから浴びるようにその水を飲んでいるが、うまいのでござるか?」

「あぁ、こりゃいいね。あの子達を起こしたら是非飲ませよう」

「拙者! 拙者にも飲ませるでござる!」

「あんたは飲食の機能が無いだろ。ほら、今日はいい月夜だ。たっぷり夜光で充電してくるといい」

「うおぉぉぉん!! つまらんでござるぅぅ!!」


 ゴンベが用意された食事の前で(うずくま)って嘆くが、オミナエシは何処吹く風で浴びるように酒を呑んでいる。ゴンベはさておき、子供達に酒を飲ませる事が無いよう一応大樹は心に留めておくことにした。


「ごめん、僕は疲れたんで、先に休ませてもらうね」

「大樹さん、殆ど食べてないみたいですけど?」

「また明日頂くよ。それじゃ、おやすみなさい」


 心配そうに見つめるコハルを制し、大樹は一人席を立つ。仲間達も一瞬静まったが、すぐに目の前に出された珍味を味わうことに戻っていった。


「あ、ちょっと待ったヒロキ!」

「ん?」

「さっきのあれ嘘だからな? つーか、その、なんだ……悪かった」

「えっ? 何が?」

「だから、お前が甘いとか、弱いとか言った事だよ。お前があの時俺を止めなきゃ、今こうしてる事も無かっただろう。それに、お前は弱くねぇ」


 オスカーは若干照れ臭そうに一気にそう捲くし立てると、再び肉にかぶりついた。その姿に、大樹も照れたような笑みを返し、そのまま暗がりへと踵を返した。



  ◇



 洞窟の小さな横穴、今は住んでいる合成獣が居ないという穴倉を宛がわれた大樹は、ポーチから小さな種を一粒取り出し、おもむろにその種を握りこむ。


再誕(リバース)


 クオンとの戦いと同様に、大樹は再び透明な球体に包まれる。ぶつぶつと何事かを呟いていた大樹だが、暫くして球体がはじけ飛ぶと、用意されていた寝床にどさっとその身を投げた。


「スキル再セット、完了……」


 何の調度品も無い、土で出来たかまくらみたいな部屋だが、合成獣達の体毛を混ぜて作ったという、羽毛布団ならぬ合成獣布団は予想以上にふかふかして気持ちが良い。しかし、それでも大樹の気持ちは晴れない。


(<真転身の種>をこんな風に使ったら、多分大ブーイングだろうなぁ)


 布団に横たわりながら大樹は苦笑する。サンクチュアの極レアアイテムを使って振り直したステータスを、たった数時間で元の状態――いや、再振りによるポイント減少を含めれば、二割ほど能力が落ちた状態に戻したのだ。ここがサンクチュアリで、他プレイヤーがこんな話を聞いたら、狂気の沙汰と思うだろう。


「でもなぁ、やっぱり<種を蒔くもの>は必要だし。何より……」


 この旅がどこまで続くか保証が無い以上、食料や水を手に入れるためのスキル<種を蒔くもの>はどうしても必要だ。しかし、それ以上の理由がある。


(あの感覚……凄く危険だ)


 ステータスを極限まで戦闘寄りにし、クオンを殴り飛ばした時、大樹は今までに感じたこと無い高揚感を得ていた。自分を圧倒していた高慢な生物を、それ以上の力で屈服させる生物としての優越感。クオンは大樹の淡々とした態度に激昂したようだが、ああでもして極力心を平坦に保とうとしなければ、歯止めが利かなくなりそうだったのだ。


 力に物を言わせて弱者を圧倒する。それは大樹が今までされてきたことで、最も忌み嫌う事だ。例え今後の見通しが甘いと言われても、力を失ったとしても、そんな物に成り下がるのだけは絶対に嫌だった。


「ヒロキさん」


 そんな事をぼんやりと考えていた大樹だが、ふと声のした方向に耳を向けると、いつの間にか一人の黒髪の少女――コハルが立っているのが見えた。


「あ、あれ? コハルさん食事中じゃ?」

「私もあんまりお腹空かなくて……あの、暫く此処に居てもいいですか?」

「別にいいけど……」


 大樹がそう言うと、コハルは大樹の横に腰掛けた。遠くでオスカー達が騒いでいる声が微かに聞こえてくる以外、物音は無くとても静かだ。


「あ、ヒロキさん、元に戻ったんですね?」

「そうだけど、良く分かるね?」

「だって、何だか今までのぴりぴりしてた雰囲気が無くなってるから。あの時のヒロキさんも格好良かったけど、私は今までのヒロキさんがいいかな」


 へへっ、と少し照れたようにコハルは笑う。ステータスが変わったところで髪の色が変わる程度なのだが、それを見抜かれた事に大樹は驚いた。しかし、今はそんなことより気になることが大樹にはある。


「コハルさん、何だか元気ないね? どうしたの」

「……わかっちゃったかぁ」

「どうしたの?」


 コハルは力無い笑みを大樹に向けると、少しだけ俯いて、意を決したように大樹を真っ直ぐに見つめ、ぽつぽつと呟き始める。


「今日一日で色々なことがありすぎて、お兄ちゃんは<濃血者>っていうし、ナエさんもゴンベさんも凄く珍しい人達で、大樹さんは何でも出来ちゃう凄い人で……」

「僕は何でも出来るって訳じゃ……」

「私だけ……私だけ本当に何にも無いんだなぁって」


 自嘲するようにコハルは笑う。無理矢理に笑顔を作っているようで、大樹にはそれがとても哀しげに見えた。そして理解する。ああ、コハルは多分愚痴りに来たのだろうと。何せ遺伝子レベルで『凡人』のお墨付きを貰ってしまったのだ。あの食事中とて、オスカー達に悪気は無いだろうが、まるで社交界パーティーに一人放り込まれた田舎者のような心境で居心地が悪かったのだろう。


「ねぇ、コハルさん」

「は、はい!」

「もしも、もしもだよ。僕が全ての力を失って何も出来なくなったら、コハルさんは僕の事をいらないと思うのかな?」

「そ、そんな事ありません! 何も出来なくなっても、ヒロキさんはヒロキさんです!」

「そういう事だよ」

「へ?」


 柔和な笑みを浮かべる大樹を、不思議そうにコハルは見つめる。


「今のコハルさんには分からないかもしれないけど、強いとか弱いとか、価値があるとか無いとかじゃなくて、きっと、それ以上に大事な物がある筈なんだ。少なくとも僕はコハルさんに傍に居て欲しいな」

「でも私、本当に何にも出来なくて……」

「皆が何か出来るのに、何も出来ないっていうのは確かに苦しいよね……僕もそれは分かるつもりなんだ。だから、コハルさんが胸を張れる様になるまで、僕は手伝うよ」

「本当、ですか?」

「うん、約束する」


 そう言うと、大樹は拳を軽く握り、小指を曲げてコハルの前に差し出す。


「ヒロキさん? 何ですか、それ?」

「僕の故郷のおまじないでね、約束をするときは、小指と小指を絡めるっていうのがあるんだ」

「あはは、変なの! でもちょっと可愛いかも」


 コハルは楽しそうに笑うと、お互いの小指を絡めた。その様子を見て、大樹は今までに感じたことの無い、なんとも言えない安心感を覚える。光を取り入れるため壁に穿たれた穴は、暗闇に包まれた部屋をうっすらと照らし、月光が二つの並び立つ影を優しく照らしていた。

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