第2話:ガラクタの世界
砂埃と土煙が舞う赤茶けた大地の上、天へと救いを求めて手を伸ばすような醜い形の山々が連なっている。よく見るとそれらはただの山ではなく、様々な瓦礫で作られたガラクタの山であるらしい。その数は凄まじく、まるで高層ビルのような高さで堆く積もり乱立している。
そのガラクタの密林の中、地べたを這い回る虫けらのように歩き回る者たちが居る。各々が分厚いが粗末な作りの煤けた服に身を包み、古ぼけた安全靴と手袋をして、まるで死体に群がる埋葬虫のように、そのガラクタの山に張り付いている。そんな中、一人の中年男が、周りの人間達に偉そうに大声を張り上げていた。
「おい、お前ら! がんがん漁って良質な素材を見つけろよ! 使えそうな物を見つけた奴には褒美をやるぞ! 褒美を!」
「ケッ! なーにを偉そうに喚いてんだよあのオッサン」
「お、お兄ちゃん!」
「何だと!? オスカー、また貴様か! 相変わらず口の減らない奴だな!」
中年男は足元のガラクタを蹴散らし、青筋を立てながらどかどかと大股でオスカーと呼ばれた青年の方へと歩いていく。筋骨隆々の体、口元に蓄えた髭の男が怒る様は凄まじく、お互い息が感じられる程の距離まで顔を近づけながら睨み合う。周りの人間達はすっかり怯んでしまっているが、オスカーの眼光は全く衰えない。
「お前らはどうしてそう反抗的なんだ! 宝探しは全体のチームワークが大事なんだぞ!」
「お前らじゃねぇ。コハルは関係ない。俺個人がアンタを気に入らねぇんだよ」
青年はそう言い切ると、すっかり怯えてしまった妹を守るように自分の後ろに隠す。
「大体宝探しって何だよ。ガラクタの山のゴミ漁りじゃねぇか!」
「ガラクタと言うな! ご先祖様が残した遺産と呼ばんか!」
髭の男の鼻息はますます荒くなっていくが、オスカーも一歩も引かない。
「ご先祖様ねぇ、そのご先祖様のせいで世界が滅茶苦茶になっちまったんだろ?」
「今の時代よりずっと優れた文明があったことは確かだろう。まぁワシらには想像するしかないがな」
「そんな優れた文明があったのに、何で滅びちまったんだよ!」
「知るか! きっとワシらにゃ想像できん深い理由があったんだろう! 第一そんなこと今更考えたってどうにもならん!」
そう言いながら髭の男はオスカーを突き飛ばした。オスカーは思わず目の前の髭の男に掴みかかろうとするが、後ろから妹、コハルに抱きとめられて立ち止まる。
「離せ! コハル!」
「お兄ちゃん! もう止めようよ!」
小柄な妹を力任せに振りほどく訳にも行かず、まごつくオスカーを見て髭の男は勝ち誇ったような薄い笑みを浮かべる。
「まぁお前らは若いからまだ分からんだろうが、その時代にはその時代のルールってもんがあんのさ。優れた人間が出した結論には黙って従っておくほうが身のためだぞ」
溜飲が下がったのか、言いたい事を一方的に言い残し、髭の男は他のメンバー達の方へ踵を返す。それを作業開始の合図と捉え、各々が担当するガラクタの山へ向けて進んでいくが、短く刈り揃えた髪を悔しそうにわしわし握りつぶすオスカーと、それを不安そうに見上げるコハルの二人は相変わらず先ほどの場所に立っている。
「コハルっ! 何で止めるんだよ!」
「当たり前でしょ! あのままじゃ本気で私達、村から追放されちゃうとこだったでしょ!」
「あんなクソ村追放された方がマシだ!」
「お兄ちゃんっ!!」
凄まじい剣幕で怒鳴られ、さすがのオスカーも少し鼻白む。屈強な男に脅されても怯まないこの男も、普段弱気なはずの妹には弱い。
「村から追放されたら、私達どこへ行けばいいの? 住める場所があるのは村の周辺だけで、ガラクタ山の向こうは全部、廃墟と荒野だけなんだよ?」
「そんな訳ねぇだろ。あの山の向こうにゃきっと誰か居るはずだ」
あの山と言った方へ二人は顔を向ける。ガラクタの山々が林立する遥か先、赤茶けた大地の煤けた空気の中、地面がむき出しになった巨大な山脈が見える。
「でも、私達の村以外の人間なんて見たこと無いし、想像もできないよ……」
「俺たちしか居ないって事のほうが想像できねぇよ」
「仮に居たとしても、どうやってあの向こうへ行くの?」
「ぐ……! そ、それはだな……」
荒れ果てた果てしない荒野を歩いて渡る事は不可能だ。食料や移動手段をしっかり準備できればまだ可能性はあるが、彼らの村にそれほどの余裕も気力も無い。それくらいはオスカーも十分理解している。
「夢物語を語るのはいいけど、今の作業を終わらせないと現実のご飯は出ないんだよ?」
そこで話は終了と言わんばかりに、コハルは兄に背を向け、他の人間達と同じように自分の今日の担当場所へと足を向ける。オスカーは納得していなかったが、妹の言う事も尤もだと思い、そこらのガラクタを蹴り飛ばしながら反対方向へ向かう。
「なぁコハル。お前本当にそれでいいのかよ?」
燻る感情を抑え、ぽつりとオスカーは妹へ言葉を投げかける。コハルは一瞬立ち止まったが、振り向くことなく無言でそのまま歩き去っていった。
「ふぅ……」
ガラクタ山の中腹辺りまで昇ったコハルは、休憩のため一旦腰を下ろす。彼女の担当している山は比較的小さい部品で構成されているらしく、他に比べて背丈は低いが、ガラクタ山は尖った破片なども多く、昇るのに神経を使う。精神的にも肉体的にも疲労が大きい上に、もともと体力が無い彼女には重労働だ。
それでも彼女にはこれしか生きる術は無い。ガラクタの山から使えそうな物を掘り起こし、訳も分からぬその部品を訳の分からぬまま適当に修復し、生活に使えそうな物が奇跡的に上手く直せたらそのまま村へ残し、そうでない物は再びガラクタの山へ戻す。ガラクタの山を切り崩し、更なる別のガラクタの山を作るのだ。先ほど髭の男が「ご先祖の遺産」と言っていたが、コハルの生まれる何世代も前からこの作業は繰り返されてきたらしいので、そういう意味では確かにご先祖の遺産なのかもしれない。
だが、そのご先祖より遥か昔の遺骸に自分達は頼っている。彼女たちに近い世代のご先祖様は、現状を維持してきただけで何かを作ろうとはしなかった。死体にたかる蛆虫が蝿になり、その蝿が残った死体の肉に卵を産む。そして今の自分達は最新の蛆虫というわけだ。
休憩を終えたコハルは立ち上がり、手に持った鉄の棒で、比較的崩しやすそうな部分を見つけてガラクタを掘り返していくが、その都度、先ほどの兄と髭の男のやりとりを思い出す。一体兄は何度大人たちと揉め事を繰り返したのだろうか、その度に兄は「コハルは関係ない」と自分に被害が無いように守ってくれたが、本当は兄の意見をいつも肯定していた。一体いつまでこんな事を繰り返すのか、ガラクタの山で生まれ、ガラクタにまみれてガラクタのように朽ち果てて死んでいく。自分達にはそれしか残されていないのだろうか。
「考えるのやめよ……」
そう呟き、コハルは肩の長さで揃えた綺麗な黒髪を汚しながら作業に没頭する。髭の男が言っていたが、その時代にはその時代のルールという物がある。それを肯定はしたくないが、事実その通りなのだろう。勢いに任せて村を飛び出しても、自分も兄もそれこそすぐに朽ち果てて死んでしまう。夢を見るだけ無駄なのだ。
「あれ? 何だろこれ?」
なるべく物事を考えないようにしながらガラクタを掘り返していくと、コハルは鉄屑の中で異質な物を発見した。慎重に掘り返してその物体を取り出して見ると、それは薄緑色の布で出来た小さなポーチであった。
「ポーチ? 布製みたいだけど、何でこんなピカピカなんだろ?」
ガラクタの山から取り出したポーチの癖に、まるで今作られたばかり新品のように美しく滑らかで、その手触りの良さにコハルは思わず溜め息を漏らす。そして、これだけ綺麗な物だとすぐに大人たちに取られてしまうだろうなと別の意味の溜め息も漏らした。
「あ、あれれ? 開かない?」
どうせ取られるなら中身だけでも取り出せないか思い開けようとしたが全く開かず、仕方なくナイフで少しだけ切ろうともしたが、まるで鋼鉄製の金庫のように全く歯が立たない。そもそも何故このような物が汚れも無く転がっているのだろうか。疑問が疑問を呼び、不気味だが、それ以上に魅力的なこのポーチをとりあえず身に着けておくことにした。
「ひょっとしたら他にもあるかも……」
もしかしたらこの辺りに他にも似たような物が埋まっているかも。好奇心に駆られたコハルは今までの疲れも忘れ、何個も穴を作りながらガラクタの山を掘り返す。だが、掘れども掘れども鉄屑の破片や良く分からない瓦礫の山ばかりで、先ほどのような不思議な物体は全然見つからない。いい加減体力も限界に近づいてきたし、そろそろ作業終了時間だろう。上半身を突っ込んでいた一際大きな穴から体を抜こうとした矢先、穴の底からぼんやりと、薄緑色の光が漏れ出していることに気がついた。
ここだけ調べて終わりにしよう。軋む体に鞭を売って穴底のガラクタを少しずつ除けていくと、段々と光の漏れ出す量が増えてくる。周りのガラクタが崩れて埋もれてしまわないよう慎重に作業を進めていくこと十数分、光の発生源へとたどり着いた。
「何……これ?」
先ほど見つけたポーチ以上にコハルは困惑する。掘り出した先、小さなスイッチが薄緑色の光を放ち明滅していた。そのスイッチの下には文字が書かれたボタンがあるが、内容はさっぱり理解できない。下の方にかなり巨大な物体が埋まっているようだが、さすがに全部を掘り出すのは不可能だろう。だが折角苦労して穴を掘り返したのに、このまますごすご立ち去るのは何となく悔しい。
「……ポチッとな」
若干躊躇したが、コハルはその点滅するスイッチを興味本位で押してみた。そのスイッチが何を意味するかも知らないで。好奇心猫を殺す。などと言う言葉をコハルが知るはずも無い。
――瞬間
ヴーン! ヴーン! ヴーン! ヴーン! ヴーン! ヴーン! ヴーン!
「うわぁっ!!」
凄まじい警告音が鳴り響き、その音源の超至近距離に居たコハルはバランスを崩す。その衝撃でガラクタが崩れ、そのまま墓穴になってもおかしくなかったが、運良くそうならなかったことに安堵する余裕も無い。
『――接触式認証システムにより人類の遺伝子を確認しました。これより神類捕獲カプセルの排出作業を開始します』
『――排出可能スペースがありません。神類捕獲システム本体周辺の障害物を排除し、カプセル排出スペースを確保します』
『周囲に爆発物及び危険物が無いか最終チェック――完了。神類捕獲担当員は直ちに本体より五十メートル以上の距離を取るようにして下さい』
コハルには何を言っているのかさっぱり理解できない。今までも喋る機械は沢山見かけたが、こんなにややこしい口調で話す物は初めて見た。
「ねぇ、誰か居るの? 悪いんだけど私、あなたの言ってる意味が良く分からなくて――」
『神類捕獲担当員は直ちに本体より、五十メートル以上の距離を取るようにして下さい』
「シンルイホカク何とかって何?」
『神類捕獲担当員は直ちに本体より、五十メートル以上の距離を取るようにして下さい』
駄目だ。まるで話にならない。掘り返した部分にはスイッチ一つしか無いし、それ以上はさすがに掘り返せない。どうした物かと考えていると、穴の上の方から声が聞こえてくる。
「コハルっ!! 大丈夫か!?」
そこには見知った顔、兄のオスカーの顔があった。オスカーは緊張した面持ちで穴の中を覗いていたが、コハルに怪我が無い事を知り、一瞬で気の抜けた表情になった。コハルは、そこまで心配してくれている兄に、嬉しさと少しだけの気恥ずかしさを感じ、笑顔でごまかした。
「すげーデカイ音が聞こえたから慌てて飛んできたんだが、お前何やってんだ?」
「私もビックリしたけど、何か……よく分かんない」
『神類捕獲担当員は直ちに本体より、五十メートル以上の距離を取るようにして下さい』
「何言ってんだコイツ?」
「だから分かんないってば。放っておくしかないみたい」
穴の中で立ち上がったコハルの足元で、相変わらず鉄の塊が同じ事を騒いでいるが、コハルとしてもどうしようもない。上から伸ばしてくれた兄の手を取り、穴の中から脱出する。中途半端に動いてすぐに壊れる機械など今まで山ほど見てきた。ここはもう放っておくしか無いだろう。
「お兄ちゃんは何かいい物見つけた?」
「見つけるわけねーだろ。テキトーに作業してるフリしてただけだ」
「あはは……」
相変わらずの兄の態度にコハルは曖昧な笑みを返す。
「お前もバカ正直に作業時間ぶっ通しで真面目にやることもねぇだろ」
「そうかもしれないけど……何かやってたほうが余計な事考えなくて済むし……あ! でも今日はちょっと凄い物見つけたんだよ!」
「コラ! コラ! クォラァー! お前らいつまで油売ってるんじゃい!」
怒声の方へ二人が顔を向けると、作業員のまとめ役の髭の男がのしのしこちらへ歩いてくる。それに引き摺られるかのように、他の作業員達も後ろに付いて来ている。
「全くお前らは! 大して働きもしない癖にワシらの足ばかり引っ張りおって!」
「…………」
「うぅ、ごめんなさい……」
常に不機嫌な髭の男に対し、オスカーは無言で睨み付け、コハルは少し不満そうだが、特に反論せず頭を下げる。
「で、お前ら、何かいい物を見つけたんだろうな?」
「いい物がほいほい見つかったら苦労しねぇっての」
「私も……特に見つからなかった、です……」
そう二人は答えたが、コハルは後ろ手に先ほど見つけたポーチを隠し持っていた。この髭の男が偉そうに野次を飛ばすだけで、全然作業をしていないことは誰もが知っている。ある程度媚を売っておかないと、食事を減らされたり嫌がらせを受けたりするのだが、兄はあからさまに反抗的な態度を取っている。そんな兄に少し羨望を感じながらも従順な態度を取っていたコハルだが、今日、初めて村の大人に対して逆らった。先程見つけたポーチは貴重品かもしれないが、この男や村の大人達に取られてしまうにはあまりに惜しかった。村に着いたらバレて叱られるかもしれないが、それでも構わないとも思っていた。
「全くお前ら兄妹は! まぁいい、今日はお前らの分の飯を減らすからな!」
捨て台詞を残し、髭の男は他の作業員たちへ帰宅の準備を促す。その後ろを追う形でオスカーとコハルは少し後を付いていく。
「お兄ちゃん、黙っててくれてありがと……」
「礼なんていらねぇよ。妹の成長が見れてお兄ちゃん嬉しいぜ」
「成長って……変なの」
満面の笑顔でくしゃくしゃと妹の髪を撫でるオスカーを見上げ、コハルは苦笑を返す。いたずらが成功した子供みたいな気持ちになりながら、ちょっとだけ兄に近づけたかな、等と思いつつ、夕焼けの空を見上げながらガラクタの山を下り始める。その時――
『神類捕獲担当員の五十メートル圏内からの退避を確認しました。神類捕獲システム本体の障害物排除を実施します』
ズンと音が響き、世界を揺らす。凄まじい爆音が鳴り響き、空気が唸る。一瞬何が起こったのか分からなかったが、先程までコハルたちが居たガラクタ山の中腹、その部分がまるで隕石でも落下したかのように抉れていた。そのクレーターの中心に、赤錆た巨大な長方形の鉄の塊が刺さっていた。刺さっていたというより、元からあった部分にこびりついていたガラクタを吹き飛ばした、と表現した方が良いだろうか。
「コハルっ! お前本当に何したんだよ!?」
「わ、私、ほんと何にもしてないよぉ! あ、そうだ! スイッチ!」
「スイッチ!?」
皆何が起こったか分からず、恐慌状態に陥っているが、そんな中でも髭の男は相変わらず二人に対して辛らつだった。いつ血管が破裂するか見ているほうが不安になるほどの青筋をこめかみに浮かべ、あらん限りの声で怒鳴りつける。
「お前らっ! また何かトラブルを起こしたのか!」
「お前らじゃねぇ。コハルは関係……あるな」
「うぅ……お兄ちゃん」
今回ばかりはさすがのオスカーも庇いきれない。コハルもそれが分かっているので半分諦めモード半分逃走モードだ。今すぐに何もかも放り出して走り去りたいが、さすがに世の中逃げてばかりとは行かないらしい。
「お前ら、ちょっと様子見て来い」
「俺たちだけかよ? 責任者はあんただろうが」
「だ、だから! 責任者として他のメンバーを守る立場にあるのだ! よって、原因であるお前らが見に行き、ワシはここで皆を守る!」
この男、見かけによらず小心者なのだ。最も、あんな派手な爆発があった場所に行きたがる人間のほうが異常なのかもしれないが。
「へいへい、腰抜け髭だるま隊長はここにいて下さいよ。行くぞコハル」
「え!? い、今行くの?」
「原因は良くわかんねぇけど、あんだけ派手に爆発したんだ、他に何か爆発するようなもんがあっても軒並み誘爆してんじゃねぇ? 多分大丈夫だ。多分」
多分、という部分がコハルとしては思いっきり引っかかるのだが、恐らくはあの鉄の塊が先程掘り当てた物だ。あれは一体何なのか。それを知りたいという好奇心と恐怖心が競り合い、最終的には好奇心が少しだけ勝った。そうして二人は、警戒しつつ少しずつガラクタ山のクレーターへと近づいて行った。そして、その中心部に立っていた物を見て、困惑する事になる。
「な、何だ……こりゃあ……」
巨大な鉄の塊から排出されたらしい、高さ二メートル弱の透明な円柱の中、まるで母親の胎内に居る赤子のような姿勢で、青く透明な液体の中、何かが浮かんでいた。その何かは頭頂部以外に毛は無く、全体的に細い胴体から、二本の腕と足が伸びている。その先には股があり、それはまるで……
「に、人間……?」
コハルは乾いた呟きを漏らす。筒の中で死んだように眠っているその物体は、今この場に立っている彼らと同じような姿をしていた――