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第18話:偽りの月

「ふぅ……」


 空中に浮かぶコンテナの屋上、生命力溢れた緑に覆われた静謐な空間の中、コハルの小さな溜息が消えていく。太陽は既に沈み、空には冷たい光を放つ満月と、それを取り巻くような星屑がきらきらと輝き、ひんやりとした空気をより一層涼しげに感じさせる。


 慌しかった廃墟の街を去ってから早一週間。その間取り立てて大きな問題も無く、目的地の山脈にかなり近づくことが出来た。しかし、先程起こったちょっとした出来事に、コハルの心は沈んでいた。


「コハルさん」

「うぁ! あ、ヒロキさん」


 いきなり声を掛けられたコハルは驚きの声を上げ、肩をびくりと跳ね上げて後ろを見る。そこには新緑色の髪をした華奢な優男――大樹が立っていた。


「ごめん、驚かすつもりは無かったんだけど……」

「いえ! 私が勝手に驚いただけですから!」


 大樹が申し訳無さそうに困った表情を作るのを見て、コハルはしどろもどろに大樹を労う。コハルが欄干の部分にもたれかかって居たので、後ろからでも気付きやすいよう、大樹はわざと足音を立てて近づいたのだが、それすら気が付かないほどコハルは落ち込んでいたようだ。


「それで、何か私に用ですか?」

「いや、用って訳じゃないんだけど……」


 大樹は言い出しづらそうに、ごにょごにょと口の中で言葉を選ぶ。


(うう……僕こういうの苦手なのに! どうしてこうなった)


 女性と二人きり。ある意味、大樹がキマイラより不得意な生物の相手をすることになった原因は、数十分前に遡る――


「ヒロキ殿!」

「ん?」


 大樹達の拠点、空を飛ぶ巨大コンテナonログハウスとでも呼ぶべき滅茶苦茶な建物、その中の一フロアである自分の部屋で、特にすることも無くベッドに転がってだらだらとしていた大樹だが、部屋の隅、マンホールから顔を出す工事現場の作業員のような格好で、声を掛けてくる者が居た。自称忍者のゴンベである。相変わらずカラーコーンみたいな黄色と黒の縞々の布をグルグル巻き付けているので、尚更工事用ロボットのように見える。


「ここは信じられないほど快適だけど、構造上、部屋の行き来が梯子で上下するしか無いってのが難点だねぇ」


 ぼやきながらゴンベの影に隠れるように、栗色の長髪を乱雑に伸ばした丸眼鏡の女性、オミナエシも顔を出した。二人はそのまま出てきた穴、増設されたゴンベとオミナエシの相部屋に繋がる梯子から這い出し、大樹の部屋をきょろきょろと見回す。


「あのさ……梯子の所にドア付いてるんだから、ノックして欲しいんだけど」


 何の挨拶も無しにいきなり部屋に転がり込んだ闖入者に対し、大樹は若干不快気に言葉を返す。確かに各人それぞれの部屋は梯子で繋がっているが、それぞれドアで区切られており、プライベートは守れるようになっている。


「あたしが言うのもなんだけど、殺風景な部屋だね。小奇麗なのはまぁいいけど、もっとこう飾りとか色々置かないのかい?」

「いやいや、ヒロキ殿はきっと奥ゆかしいニンジャを尊敬しているのだろう。拙者も忍者ロボだからその気持ちは良く分かるでござる」


 大樹の抗議をあっさりとスルーし、二人は思い思いの感想を述べる。


「奥ゆかしいって……あのさ、前から聞こうと思ってたんだけど、ゴンベのその縞々の布、それ何?」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれたでござる! これは<忍装束>という古来の忍者が装備していた物に、拙者なりのアレンジを加えた<スペシャル忍装束>とでも言うべき一品なのでござる!」

「いや、忍装束って……物凄い目立つよ、それ」

「そこがミソなのでござるよヒロキ殿! 従来のただ忍ぶだけの装束に、蜂のような警戒色を加えることで相手を威嚇する! 攻防一体、陰と陽、柔と剛を兼ね備えた忍装束なのだ!」


 いや忍者が目立って威嚇しちゃ駄目だろうと大樹は思ったが、もう突っ込むのも面倒になったので一言「そうなんだ」で流すことにした。


「忍者の知識を教えてくれたヒロキ殿も、目立たぬ控えめな物が好きなのであろう。まぁ姫の言う通り、拙者の忍装束のように激しさを加えると、より一層良い部屋になるとは思うでござるが」


 興奮気味のゴンベはさておき、確かに大樹の部屋は全体が明るい木目調で、こざっぱりした作りで閉塞感は無いのだが、如何せん寝るためのベッドと小さな物入れ、それに簡易シャワー程度しか無い。大樹は『掃除するのが面倒。そもそも物が無ければ掃除の手間が省ける』というずぼらな理由であまり物を置かないようにしているし、なるべく物資は無駄にしたくないという考えもある。


「僕の部屋に置いてあった絨毯、ナエさんが持って行ったから余計シンプルなんだけど?」

「…………ごめん」


 オミナエシはごまかすように笑みを浮かべるが、目が笑っていない上に微妙に泳いでいる。初めてこのコンテナに乗り込んだときに転がった絨毯が余程気に入ったのか、物欲しそうな目でじっと絨毯を見て、三十分置きにここに転がりに来てもいいか、と真顔で聞かれたので、大樹の部屋にあった唯一の調度品は、現在オミナエシ達の部屋にある。


「それはそうとヒロキ殿、今はそんな話をしている場合では無いでござる!」

「そうだよ大将、あたし達はあんたの部屋に文句を付けに来た訳じゃないんだ」


 ゴンベの声に合わせて、オミナエシが渡りに船と話題を変更しようとする。大樹としても別に大して重要な話でもなかったので、ここは流れに乗ることにする。


「で、僕に何か用なの?」

「コハル殿のことでござる」

「コハルさん? 何かあったの?」

「あの子、昼ぐらいからあまり元気が無くてね」

「昼から? 確かにそう言われてみれば……」


 大樹は昼過ぎからの記憶を掘り返す。四六時中見ている訳ではないが、言われてみれば若干コハルの様子がおかしかった気がする。控えめな態度はいつもの事なのだが、声を掛けてもぼーっとしている事が多かった気がする。気のせいかと思っていたが、オミナエシ達も同じように感じていたらしい。


「僕、何か悪いことしちゃったのかなぁ……」

「一緒に朝食取ってた時はいつも通りだったけどねぇ」

「ヒロキ殿が何かしたようには見えなかったのでござるが、『女心と春の嵐』という古語もあるでござるし。移りやすいものなのかもしれぬなぁ」


 ゴンベはうんうん頷いてるが、それを言うなら『女心と秋の空』だと大樹は内心で突っ込みを入れる。しかし、ここで疑問が生じる。


「それで、僕に何しろっていうの?」

「鈍い男だね……あんたがコハルに直接原因を聞くんだよ。気のせいならそれでいいけど、同じ仲間として放って置けないだろう?」

「え!? 僕が!? コハルさんに!?」

「……何をそんなに驚いてるんだい」


 オミナエシが半分呆れ、半分不思議そうに大樹を見つめる。大樹は男友達の相談に乗ったことすら碌に無いのだ。まして女の子の悩みを直接聞き、それを解決する事はキマイラと戦うより難しい。


「……オスカーは?」

「あの馬鹿ならコハルが残した夕食まで平らげて、腹いっぱいになった瞬間に爆睡しちまったよ」


 そうなるとオスカーの救援は頼めそうに無いし、ゴンベ……は論外。オミナエシに頼んだりしたら本気で怒られそうだ。


「大将にも苦手なモンがあるんだねぇ。ま、これも人生経験だよ。女の子はいつだって救世主の登場に憧れるもんさ」


 悪戯っぽくひひひとオミナエシが笑う。何だかコハルの心配より、大樹をからかうことにシフトしているようにも感じたが、もし自分が原因でコハルに何らかの悪影響を与えているなら、やはり大樹自身が何とかするのが筋であろう。


「分かったよ。とにかくコハルさんと話をしてみる」


 そう二人に言い残し、大樹はベッドから身を起こし、自分の部屋の真上、屋上へと続く梯子に手を伸ばした――



  ◇



 そんな訳で、大樹は屋上に来てとりあえずコハルに声を掛けてみたのだ。しかし、どうやって原因を聞くかまではまるで考えていなかった。ひょっとしたら自分が原因の可能性もあるし、さりげない会話に紛れて、相手の口から理由を聞き出せるとベストなのだが。


(うう……僕こういうの苦手なのに! どうしてこうなった)


 先程から必死で考えを巡らせるが、どうしてこうなったどうしてこうなったが頭の中でリフレインするばかりで、気の利いた言い回しや、さりげない気遣いの言葉がまるで出てこない。


「あの……ヒロキさん?」


 しかも何だか逆に心配そうな顔をされてしまった。落ち込んでいるコハルを励ますために来たのに、これでは全くの逆効果だ。結局、考えに考え抜いた結果、大樹は


「コハルさん、何だかお昼ぐらいから元気無いみたいなんだけど、いや、僕の気のせいならいいんだけど。もし何か気に障る事してたら悪いかなって」


 思いっきり直球だった。もうちょっとオブラートに包んだ聞き方をしたかったのだが、コミュニケーション能力、特に異性への能力が著しく欠如している大樹にはこれが限界である。


「ち、違います! 大樹さんのせいじゃないんです!」

「そ、そう? ならいいんだけど……」


 大樹の言葉を特に気にかけるでもなく、コハルは慌てて否定の言葉を放つ。自分の対人能力の無さに若干凹みつつも、大樹が原因では無いらしい点にとりあえず胸を撫でおろす。


「じゃあ何が原因なの? 僕に出来ることがあれば協力するけど」

「……………………」


 大樹は極力優しく言葉を掛けるが、コハルは下を向いたままだ。言うべきか言わざるべきか悩んでいる、そんな風に見て取れる。そして、ゆっくりと口を開いた。


「私、ここに居ていいのかなって思って……」

「え?」

「ほら、お昼に大樹さんの道具を皆が使えるか試したじゃないですか。結局私だけ何も使えなかったから」

「あー……あれか」


 コハルに言われて、大樹は昼間の仲間達のやり取りを思い出した。今日の昼、大樹のポーチの道具を皆が使えないか試してみようという話になったのだ。特に回復系ポーションや種を皆が使えれば、万が一キマイラに襲われた時に色々と応用が聞くようになる。


 そして、結論から言うと、殆ど誰も大樹の道具を使いこなすことが出来なかった。ポーションの瓶も種籾袋も、まるで溶接でもされているかのように強固に口を閉ざし、唯一オミナエシだけ中級程度のアイテムをかろうじて使うことが出来たので、とりあえず中級までの補助アイテムは全てオミナエシに譲り、その時はお開きになった。


「ヒロキさんは言うまでも無いけど、お兄ちゃんもゴンベさんも戦闘が出来る。ナエさんもヒロキさんの道具を使うことが出来る。なのに私は何も出来ない」

「それは……」

「それにちょっと嫉妬しちゃってて、かっこ悪いなって思うんですけど、でもどうしても何だかもやもやしてて……」


 言い辛そうにコハルは苦笑する。無理矢理に笑顔を作っているが、劣等感に悩む気持ちを隠しきれてはいない。特に大樹は自分がつい先日までそのポジションだったので、そういう空気に物凄く敏感なのだ。


「ナエさんはともかく、僕はインチキだから気にしないでいいんだよ」

「インチキ?」

「えーっと……何と言ったらいいのか……」


 サンクチュアリでポーションや種籾袋を使う場合、ある条件をクリアする必要がある。賢さ・器用さのパラメータが一定以上であるか、<薬草学><練金術>などの代替スキルを取るかである。オミナエシは恐らく前者の条件を満たし、大樹は後者に当てはまる。スキルやパラメータの概念は言っても理解出来ないと思うので、大樹はコハルに一定の能力が無いと使えないと簡単に説明する。


「ってことは、やっぱり私ダメダメなんですね……うぅ」

「いや、そういうつもりで言ったんじゃなくてね?」


 大樹としては自分がイレギュラーなので気にする必要は無いよ、と言ったつもりだったのだが、オミナエシの能力の説明までしたせいで余計落ち込ませてしまった。自分の能力だけ説明して、オミナエシは偶然出来たということにしておいた方が良かったかもしれないと今更思いついたが、時既に遅し。


「じゃあ、はいこれ!」

「えっ! ちょ、ちょっとヒロキさん!?」


 何がじゃあ、なのかと大樹は自分自身に突っ込みを入れるが、とにかく何とかしなければとおもむろに腰のポーチに手を突っ込み、一つのアイテムを取り出して、戸惑うコハルに無理矢理押し付けた。


「わぁ……!」


 コハルは自分に押し付けられた物を見て思わず目を見開く。大樹がコハルに渡したものは、乳白色の生地をベースに、沢山の装飾とフリルの付いた美しいドレスであった。宝石の類は付いていないが、その滑らかな生地が、月の光を優しい銀色に反射する光沢を放ち、まるでドレス自体が一つの美しい美術品であるかのような見事な一品である。


「それは<天使のゴシックドレス>、僕が持ってる服の中でも一番良い奴だよ」

「……大樹さんの服?」

「うん。それは装備者……着てる人の能力を大幅に高めてくれる補正が掛かるんだ。だからそれを着れば、コハルさんも色々出来ることが増えると思うんだけど」

「あの、そうじゃなくて……これ、大樹さんが着てたんですか?」

「そうだけど?」

「女の人用の服なんじゃ? 大樹さんは男の人ですよね?」

「……………………」


 ある程度予想していたが、やっぱり突っ込まれた。今でこそ大樹は男性キャラでサンクチュアリをプレイしているが、一時期、サンクチュアリで友達を作りたいと思い、掲示板で相談したところ『転身時に性別を変えて可愛い女の子キャラにして、ですます調で話せば絶対友達が出来る』という回答が帰ってきたので、それを真に受けて相当な期間を女キャラでプレイしていたのだ。その結果、一部の熱狂的プレイヤーにマスコット扱いされただけで、その人間達と友達になりたいとは思わなかったし、結局は中の人次第ということになり男に戻したのだが。


 大樹が持っていても着たくない理由がここにある。性能自体は大樹の装備の中で最高クラスなのだが、見ての通りドレスなので、今の大樹が着ると『男の娘』状態になってしまう。それが良いと言い張って敢えてそういった服装をさせているプレイヤーも居ることは居たのだが、幸か不幸か大樹はノーマルである。


「……それ、実は妹のドレスで、僕には必要ない物なんだ」

「妹さんが居たんですか!?」

「う、うん」


 たった今、大樹の脳内で作った妹ではあるが。


「とにかく! それはコハルさんにあげる!」

「これを……私に?」

「うん。僕と踊って頂けますか姫様……なんてね」 


 大樹の言葉を聞いて、コハルの目はまるでこの世の美を集めたような美しい布に釘付けになる。大樹のポーチを初めて見たときも衝撃が走ったが、今自分の手の中にあるドレスはその比ではない。呆けたようにドレスと大樹を交互に見るコハルだが、大樹の心臓は、まるで裁判の結果を待つ被告人のように早鐘を打っている。


(やばい……何が踊って頂けますか姫様だよ! 完全に引かれたよ! うわあああああああ!!)


 許されるならこの場で頭を掻き毟りながら、下草の生えた庭園の中を転がりまわりたい心境だった。そのままの状態が続いたら本気で奇行に走りかねない大樹だったが、コハルの判決が下る。


「ごめんなさい。受け取れません」


 ゴン、と頭の上に巨岩が落ちてきたような衝撃を大樹は受けた。自分で引くような台詞を言った癖に、実際に断られると相当にダメージが大きい。


「そっか……そうだよね、あはは……」


 大樹は若干やつれた表情で無理矢理に乾いた笑いを漏らす。コハルを元気付けに来た筈だったのに、自分がコハル以上に落ち込んでいる。一体自分は何をしに来たのか。そんな大樹の態度を察したのか、コハルが慌てて言葉を続ける。


「あ、違いますよ! ヒロキさんの気遣いは嬉しいし、服も本当に……口じゃ言えないくらい嬉しいんです。でもまだ受け取れないんです」

「まだ受け取れない?」


 コハルの言葉の意味がいまいち理解できず、大樹はオウム返しに返事をする。


「だって、私はヒロキさんに助けられてばっかりで、私がヒロキさんにしてあげられる事が何にもないから。確かにこのドレスを着れば出来ることが増えるのかもしれない。けど、それだとヒロキさんの力にまた頼ることになっちゃうから……だからまだ……」

「成程、そういう事か……」

「だから私、自分の力で何か出来るように頑張りたいんです。その時が来たら、このドレス……着てもいいですか?」


 大樹の好意をないがしろにした後ろめたさを感じているのか、コハルが叱られた子供のように、上目がちに許しを請うように大樹を見つめる。少し怯えてはいるが、その瞳の光は人付き合いにあまり慣れてない大樹でも、決意の深さを感じ取れる物であった。


 そして、大樹は自然な動作でコハルの手を取った。今まで感じていた緊張や不安はまるで無く、まるで自分のとても気に入っている装飾品に手を差し伸べるように、本当に何の気負いも無く、優しくコハルの小さな手を握る。


「あ、あの? ヒロキさん?」

交渉成立(トレード)


 大樹が言葉を口にした途端、コハルの持っていた乳白色のドレスが煙のように消えてしまった。コハルは慌てて辺りをきょろきょろ見回すが、ドレスは影も形も無い。


「ヒロキさん、あの服は!?」

「コハルさん、手元を見てみて」

「手元……? あれ、何ですかこの輪っか?」


 コハルの細い手首に、いつの間にか小さな銀の輪が嵌められていた。何の飾りも無いただの銀色の腕輪だが、シンプルながらこれだけでも十分に美しい代物だ。


「そこにさっきのドレスが入ってる。必要になったら、願うだけでいつでも取り出せるから」

「え、で、でも……」

「これは僕の我が侭。僕がコハルさんに渡したいんだ。別に嫌なら捨てちゃっても構わないけど……」

「嫌なわけないじゃないですか! あの……本当に貰っていいんですか?」

「勿論。僕が貰って欲しいんだ」


 コハルは少し逡巡した後、意を決したように大樹に真正面から向き合った。


「分かりました。じゃあありがたく受け取らせて頂きます。ふふ……これで早くこのドレスが着られるように頑張るっていう目標も出来ましたね!」


 今までの暗い雰囲気を吹き飛ばし、コハルは悪戯っぽく大樹に笑いかけた。その笑顔を見て大樹の気持ちも晴れやかになる。そして、同時に胸の中にある気持ちが沸いても来る。


 ――自分は果たして成長したのだろうか、と。


 村でキマイラを倒し、巨大なセンガンコウも倒した。仲間と呼べる人間も出来た。どれも今までの自分では有り得なかった事だ。けれど、それはサンクチュアリの能力を持った<地の神精族(アーススピリット)>『ヒロキ』で、本当の『白野大樹』は果たしてどうなのだろう。


 もしある日、突然に能力を失い、『ヒロキ』が『白野大樹』となったとして、今の仲間達、そして、鳶色の瞳で真っ直ぐに大樹を見つめてくる少女、コハルは自分をどう思うだろう。考えても仕方ないことではある、杞憂かもしれない。けれど、自分の力で道を歩みたいと決意を表明する少女に対し、自分は良く分からないインチキの力で仲間に信頼されている。それは、仲間を裏切っていることにならないだろうか。そう考えると、大樹の心中は穏やかではいられない。


 そんな事を考えながら、大樹は夜空を無言で見上げる。相変わらず月を中心に満天の星空が広がっている。空に浮かぶ月が一番大きく輝いて見えるのは、月自体が大きいからではなく、地球に非常に近い場所にあるからだ。夜空に輝く小さな星々も、遠くにあるから小さく見えるだけで、本当はとても大きな星も沢山あるという話を大樹はふと思い出した。


 大樹の心境を知ってから知らずか、コハルも大樹の横で黙って一緒に空を眺めている。そんな彼女を横目に、自分は月なのだろうか、星なのだろうか、大樹は考えても分かる筈も無い答えを求め、ただ黙って月を見上げていた。けれど月は、その怜悧な光を大樹に投げかけるばかりであった。


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