第11話:自称忍者とやさぐれ姫
「どうやらここみてぇだな……」
私はここを進みましたよと激しく自己主張している自称忍者の足跡を追い、かつて栄華を誇り、今は死に絶えた巨大ビル郡を進んでいた大樹たち一行だったが、オスカーの呟きと共にその歩みを止めた。
大樹たち三人が視線を向けた先には、地下へと続く巨大な洞穴があった。入り口の半分以上は瓦礫に埋もれ、トンネルの上には倒壊ビルや瓦礫が幾重にも折り重なっている。それはまるで、野生動物が巣穴を隠すために泥を被せているような姿に見えた。そして、手掛かりである異様に大きな足跡は洞穴へと続いている。
「オスカー、本当にこの中に入るの……?」
「勿論だっ! 何のためにここに来たと思ってんだ!」
大樹としては、あの自称忍者が完全に痕跡を消してくれることを期待していたのだが、残念ながらあの忍者にそんな隠密能力は無かったようだ。
「うう……緊張してきました……」
やる気満々のオスカーに比べて、コハルはやはり緊張しているようだ。確かに、瓦礫に埋もれ闇が支配する洞穴を見ていると、まるで巨大な生き物が、獲物を待って口を開いているような不気味な印象を受ける。
せめて中から警戒して人が出てきてくれればな、と大樹は思ったのだが、さすがに向こうもそう易々と出てはこないだろう。お互い完全に未知との遭遇なのだ、事実、あの似非忍者がいきなり発砲してきたように、相手側も攻撃されるのを警戒するのは当然だ。無策で相手のフィールドに飛び込むのは自殺行為。皆それが分かっているようで、さてどうした物かと考えを練る。
「貴様らぁ! 何故ここが分かった!?」
作戦を練る暇も無く、先程の似非忍者が、がしゃんがしゃんとけたたましい音を立てながら穴から飛び出してきた。非常にありがたいが、果たしてそれでいいのだろうか。
「いや……何故って言うか……」
「拙者のカモフラージュを見破るとは……さては貴様、クノイチだな?」
「クノイチっていうのが何なのか分かりませんけど……だってあれ……」
そう言いながらコハルが今まで来た道を振り返る。目の前の間抜けな忍者にもさすがに最低限の知能はあったのか、一応自分の痕跡を消そうと努力はしていたのだ。だが、足跡のついた砂を足でざりざり掻き乱したような跡が有り、足跡が消えても、他の地面と明らかに色が違い結果的に悪目立ちしたり、撹乱を狙ったのか、円状に沢山の足跡を付けた部分などもあったのだが、他の建物に入った足跡が無く、結局この洞穴のみ足跡が続いていたので丸分かりだったのだ。素人が見てもそういった意図が読み取れる程の痕跡を自然に残すことに、呆れるより寧ろ感心してしまったほどだ。さらに先程の女の子を連れていない所から、この中に人が居ることも間違い無さそうである。
「な、成程! 今後のためにメモをしておくでござる!」
一通りコハルが解説し終わると、目の前の忍者は感心したように頷いた。学習意欲が旺盛なのは大変素晴らしいことではあるが、果たしてそれでいいのだろうか。
「だが……ここで会ったが一日千秋! このニンジャ・ピストルの刀の錆にしてくれるわ!」
多分、ここで会ったが百年目とか、その手の台詞を言いたかったのだろう。売れない漫才みたいなやり取りではあるが、相手は本気でこちらに攻撃を仕掛けようとしている。緊張感が有るのか無いのか分からないシュールに張り詰めた空気が展開される。
「止めな、ゴンベ」
似非忍者が大樹たちに銃口を向け、オスカーが薬剣を構えようとしたその時、洞穴の奥から縞々鎧の男に声が掛けられた。大樹たちもその方向へ目を向けると、一人の女性が暗闇から滲み出るように姿を現した。栗色の長髪を伸ばし放題に伸ばし、よれよれの白衣を無造作に引っ掛けているその姿は隙だらけに見えるが、その丸い眼鏡から放たれる眼光は、決して油断しては居ない。
「ひ、姫! ここは危険ですぞ! 姫にもしものことがあったら、このダーク・ドラゴン一生の不覚でござる!」
「だから姫って言うなって言ってんでしょ……いいから銃を引っ込めな」
「し、しかし……」
「命令よ」
そう言われ、ゴンベと呼ばれた縞々鎧の男は、渋々と銃の構えを解く。そして、姫と呼ばれた人物が大樹たちに向き直る。
「で、あんた達一体何者だい? ここにあたし達以外の人間が居るなんて初めてだけど」
「そりゃ俺達が聞きたいっつーの! 俺達だって初めて俺達以外の人間を見たんだぞ! ここに着いた途端、いきなりそいつが銃をぶっ放してきやがったんだ!」
オスカーが今までの経緯を怒り交じりに叫ぶ。だが、姫と呼ばれた人間は特に怯えた様子も無く、口元に手を当てて何か考えるような素振りを見せる。そして、一瞬だけ逡巡した後、洞穴の方に背を向けて数歩歩き、こう言った。
「あんたらを巣穴に招待する。付いてきな」
「ひ、姫!?」
この台詞には大樹たちも、そして縞々鎧の男も驚いた。
「どうも悪いのはこっちみたいだし、会話の出来る生物を問答無用で殺したら、あたし達が何のために会話できるように生まれたのか分からないだろう」
ぶっきらぼうにそう言い放ち、女性は大樹たちに背を向け、すたすたと洞穴の方へと戻っていく。それを護衛しようとでも思ったのか、ゴンベと呼ばれた男も若干つんのめりながらその後へと続いた。何か罠でも仕掛けられているのではと大樹とコハルは躊躇したが、オスカーが「俺達は虎だ! 虎の子を捕まえるには虎の穴に入るしかねぇ!」と一人で突っ走って行ったので、それを追う形で仕方なく洞穴の中に飛び込んだ。
入り口から少し進むと、先に行った女性とゴンベが、サイリウムを蛍光灯サイズまで巨大化させたような白色の光源を持って待っていた。
「あら? 意外に決断が早いね。勇気があるのか、はたまた無鉄砲なのかねぇ」
女性は面白そうに軽く笑うが、ゴンベと呼ばれた男が納得言っていないのは態度から見て明らかで、腕組みをしながら落ち着き無く足で地面を叩いている。
「自己紹介でもして場でも和ませようか。あたしの名前はオミナエシ。皆からは『ナエ』と呼ばれているよ。んで、このポンコツが農作業ロボットのゴンベ」
「で、あんた達は? 見たところ人間だけど、一人変なのが混じってるね」
「ひ、姫! このような得体の知れない連中に名乗る必要など……! それに拙者、ポンコツでは無いでござるよ!?」
横で必死にフォローを入れるゴンベを思いっきりスルーし、オミナエシと名乗った女性が大樹へ話を振る。
「ぼ、僕はヒロキと言います。それでこの二人がオスカーとコハル。三人で荒野を渡ってここまで来たんです」
「何だって!? あの荒野を!? どうやって!?」
ここまで飄々とした態度を崩さなかったオミナエシが、いきなり食い付くように大樹へ詰め寄った。その剣幕に大樹は思わず一歩引くが、しどろもどろに何とか答える。
「いやその……コンテナで空を飛んで来たというか、絨毯を使ったというか……」
「コンテナ? 絨毯? 何だかよく分からないね」
「姫! あまりそのような怪しげな物に近づいてはなりませぬぞ! あと拙者、農作業用ロボではなく、現代に生き残る最後の忍者ロボ、ダーク・ドラゴンでござるよ!」
「五月蝿い。あんまり話の腰を折るとあんたの螺子も数本へし折るよ?」
「…………ぅ」
吐息が感じられるほど顔を近づけられている状況に、異性との接触が殆ど無い大樹は戸惑うばかりだったが、今のゴンベに向けられた威嚇口撃は大樹にも効果を及ぼした。まるで背中に氷柱をつき立てられたような寒気を感じた大樹は、お陰で逆に冷静になることができた。
「……まぁいいわ。こんな所で立ち話も何だし、細かいことは巣穴に着いてから話そうか」
暫く大樹の事をじっと見つめて居たオミナエシだったが、溜息を一つ吐き、踵を返し洞穴の奥へと再び歩き出したが、その背中にオスカーが待ったをかける。
「オミナエシ、だっけ? あんたさっきそのシマシマ野郎の事を『農作業ロボット』っつってたよな?」
「それが?」
「そのシマシマ野郎……ゴンベってのは人間じゃねぇのか?」
「そうよ」
「農作業ってことは、そいつは『忍者』とやらじゃねぇんだな?」
「そうよ」
「そ、それも気になりますけど、農作業ってことは、この辺りにも農場みたいな場所があるんですか? こんな地下に?」
「………とにかく後で纏めて説明するわ」
オスカーの問いには打てば響くように答えたオミナエシだったが、最後のコハルの問いに関しては、歯切れの悪い回答しか帰ってこなかった。暗がりの中なので表情は良く分からないが、大樹は何となくオミナエシの聞かれたくない部分を突いたのでは無いかと考えていた。最も、そんな気がしただけなのだが。
「もう少し進んだ先にあたし達の居住スペースがある。情報交換はそこでやる。行くよゴンベ」
停滞した空気を振り払うようによれよれの白衣を翻し、オミナエシはさっさと洞穴の奥へと進んでいく。対してゴンベは全身を小刻みに動かし、何やら落ち着かない様子だ。恐らくゴンベゴンベ言われているのを訂正したいのだろうが、先ほどの脅しが効いたのか、ゴンベは無言を貫いている。
「――貴様らに一つだけ言っておくことがある」
一人先を進むオミナエシを追いかけようとした大樹たちに向け、ゴンベがぼそりと呟いた。今までの勢いだけの主張とは違い、その声はひどく低く、そして脅すような雰囲気を醸し出している。異様かつ巨大な外見も相まって、こういった態度を取られると威圧感がある。
「姫――ナエの命令だから仕方ないが、お前らを我等の巣穴に入れるのは拙者は反対なのだ。もしナエやアネット……巣穴の住人達に危害を加えるようなら、拙者のニンジャ・ピストル、いや! この巣穴を爆破してでも貴様らを始末するぞ!」
「あの……巣穴を爆破しちゃったら、そこの人たちに危害は加わらない無いんですか?」
「…………ぁ」
コハルは何気なく思ったことを口に出しただけなのだが、どうもゴンベにとっては急所にクリーンヒットの突っ込みだったようで、動きが急に固まった。何となく空気が白くなり、四人の間に再度微妙な空気が流れる。
「くぅ……小娘ぇ……その相手を撹乱する心理戦法はどこで身に着けたのだ? やはり貴様クノイチだな。隠しても無駄だぞ!」
「え……えっ?」
「と、とにかくっ! 拙者の目の黒いうちは巣穴の皆にかすり傷一つ負わせん! それを肝に銘じておくが良い!」
ゴンベはそう言い残し、黄色と黒の縞々の布の間から煌々と赤い光を放ち、気まずい空気から逃げるように、相変わらずよく響く足音を立ててオミナエシを早足で追って行った。
「……ヒロキさん、私、悪いこと言っちゃったんでしょうか……」
「いや、普通だと思うけど……」
「すまんヒロキ……今は関わらなければ良かったと反省してる……」
三人の間に関わらなければよかったオーラが充満していく。あれ程未知との遭遇に憧れていたオスカーですら渋面を作っている。確かに、あの似非忍者が守る場所にどれほどの価値があるのと想像すると、その気持ちは大樹も痛いほど分かる。でもここまで来てやっぱり帰りますという訳には行かないだろう。
それに何はともあれ、自分達以外の人間を見つけられた事は間違いない訳で、理想的な形では無いにせよ、可能性の芽が出たことを喜ぶべきだろう。無理矢理前向きに考えた感じではあるが、三人はそう結論付け、怪しげな女性と怪しげな自称忍者ロボの進んだ、怪しげな洞穴の奥へと歩みを進めていった。