第10話:NINJA MAGIC
村を飛び出してから早数日、大樹たちを乗せた不気味コンテナ空中要塞は、順調に歩みを進めていた。だが、行けども行けども荒れ果てた土地、申し訳程度の草地があるばかりで、村の周囲とそれほどの違いは無い。数日で結果が出るなどとは流石に誰も思っては居なかったが、こうも変化が無いと流石に気持ちも萎えてくる。
「しっかし……本当に何にもねえな……」
「いや、あることはあったけど……」
「まぁ……ヒロキの言うとおり、あると言えばあったけどよ……」
コンテナの屋上に集まった三人は、荒野の空の上でこのような会話を先程から何度も繰り返している。大樹たちが「ある」と言っているのは、『文明の痕跡』の事だ。ガラクタ山付近から見ていたときは、荒涼とした大地が、世界を分断する壁のように聳え立つ山脈までひたすら続いていると思っていたのだが、実際には進めば進むほど、単なる荒野では無いことが分かった。
元はどのような形だったのか想像できないほど朽ち果ててはいるが、所々に人工物らしき物が見え、中には機械の部品のような物もあった。村と比べて壁が無かったり、立地条件が悪かったのが原因なのかだろうか、殆ど全てが風化しており、今は人間が住めるような環境では無いことは明らかだ。一応そういった物を見つけるたびに辺りを捜索はしてみたのだが、鼠のような小さな生き物や、昆虫等が極少数見つかった程度である。
「でも、キマイラすら殆ど見なかったのはちょっと意外でしたね」
オスカーと大樹は気だるげに言葉のキャッチボールをしていたが、そこにコハルが少しだけ変化球を投げる。これは大樹も思っていたことなので、素直に話題に取り上げる。
「そうだね。てっきり村を出たらキマイラがうじゃうじゃ居ると思ってたけど……」
大樹の勝手な想像で、ゲームのように、てっきり安全圏の村を出た世界にはモンスターがわんさか沸いて、それを蹴散らしながら進んでいくと思っていたのだが、コハルの言うとおり、ガラクタ山を越えた辺りまではちらほらと見かけたが、荒野になっていくほどキマイラ達を見なくなり、今では完全に姿を見かけなくなっている。
「まぁ連中も生き物だからな、やっぱり厳しい環境は避けたいんじゃねえの?」
オスカーは両手を頭の後ろで組み、空に浮かぶ雲を眺めながら投げやりに答える。キマイラに襲撃などされないことは非常にありがたいが、やはり刺激が無いのが退屈ではあるようだ。
「あ、ヒロキさん! また向こうの方に建物の集まりっぽい物が見えましたよ!」
コハルが指す方向を見てみると、右斜め前のだいぶ離れた方角に、巨大な柱のような物が幾つも林立しているのが見えた。形からしてどうみても人工的な物であるし、今までと比べて大分状態は良さそうだが、それでもここが生命を育むのに適した環境でないことに変わりは無い。
「どうするオスカー? 一応寄り道してみる?」
「当ったり前だ! どんな少ない可能性でもゼロじゃない限り行くのが筋ってもんだろ!」
大樹としては、今まで何個も同じような廃墟を見てきたので、なるべく寄り道はせず目標の山脈へと足を運びたいのだが、大事な事は自分達以外の人間や、新しい希望を見つけることにある。山脈へ着いたところでそこに希望があるとは限らない、そう考え直し、オスカーの言うとおり、新しく発見した廃墟へとコンテナの進路を変えることにした。
「近づいてみると、かなり大きいね……」
「私、こんなに高い建物初めて見た……」
廃墟の入り口へと辿り着いた三人は、辺りを見回し感嘆の声をあげる。柱のように見えた物は、近づいてみると巨大なビルの群れだった。かなりの数のビルが途中からへし折れていたり崩れたりはしているが、かろうじてそのままの姿を保っている物もある。だが、どれも荒野の吹きすさぶ風雨に晒され腐食し、まるで巨人が地面に無造作に墓標を突き立てて、そのまま放置していったような陰鬱な印象を受ける。
コンテナを空中から地面へと着地させるや否や、勢い良くオスカーがコンテナから飛び降りた。高さ的には二階建ての家の屋上より高いはずなのだが、オスカーは難なく着地して見せる。オスカーが特別凄いのか、それともこの世界の人間が全体的に凄いのか、大樹にはいまいち判断が付きかねるが、生身の大樹が同じ事をしたら両足骨折確定である。サンクチュアリのステータスが反映されているようなので、オスカーと似たようなことが出来るとは思うのだが、やはり怖かったので結局梯子を使って降りた。コハルも大樹に倣って降りてきたので、やはりオスカーがぶっ飛んでいるだけなのかもしれない。
「おし、それじゃとりあえずその辺を探索するか」
三人が揃ったのを確認し、オスカーが号令をかける。それを合図に崩壊しかけた廃墟の入り口へと足を進めた。その瞬間、空気を切り裂く何かが大樹の顔の横を突き抜けた。
「え……?」
大樹には一瞬何が起こったのか分からなかったが、空圧により自分の新緑色の髪が切り飛ばされて宙に舞い、その下の地面の瓦礫のひび割れた様子を見て、何者かに攻撃されたことをようやく理解し戦慄した。慌てて首を振り回して周りを確認すると、既にオスカーは薬剣を構えて臨戦態勢に入り、コハルは大樹のすぐ横で不安そうに辺りの様子を探っている。大樹だけ反応が鈍くて自己嫌悪に陥りそうになるが、状況がそれを許してはくれない。
「待てえぇい! 貴様ら!」
よく響くというより、銅鑼を打ち鳴らしたような無遠慮な声が頭上から聞こえ、大樹たち三人は顔を上方へと向け、見えた影に思わず眉を潜める。大樹達の視線の先、二十メートル程先にある倒壊したビルの上に、一人の人物が細長い筒のような物、恐らくは銃であろう獲物を構え、堂々と立っていた。やたらゴツゴツとした鋭角的な全身鎧に身を包んでいるようだが、大樹たちが異様に思ったのはその鎧ではない。その男の姿はまるで……
「ミイラ男?」
大樹はその珍妙な姿に、自分を狙ったであろう相手にも関わらず気の抜けた声をかけてしまった。その男は全身を鉄の鎧に身を包み、さらにその上に黄色と黒のボーダー模様の布を全身に巻きつけていた。工事現場や危険な場所に【KEEP OUT】と言った文字と一緒に張られる類のテープに似ている。
「『みいらおとこ』とは何だ? 珍妙な姿で珍妙な事を言いおって!」
大樹は自分の姿がこの世界で浮いている事に気付いてはいるが、あんたに言われたく無いよと心の中で突っ込みつつも警戒する。何せいきなり遠方から狙撃をしてくるような相手である。敵意を持たれていることは間違いないし、油断は出来ない。
「おいそこのシマシマ野郎っ! いきなり人様に向けて威嚇射撃は無いんじゃねえか?」
オスカーが犬歯を剥き出しにして怒りを露わにする。コハルも口は出さないが、かなり立腹しているようで、彼女なりの鋭い視線を縞々鎧の男に向けている。肝心の大樹と言えば、二人のその気遣いが嬉しくて、発砲した相手に対する怒りや恐れより、感動ほうが勝るという奇妙な心地であった。しかし、そんな三人の感情などどうでも良いとばかりに、縞々鎧の男は腕を組みながら仁王立ちでこちらを見下ろす。
「威嚇射撃ではない! その長耳男の顔面を狙ったが外れたのだ!」
そう堂々と失敗宣言されると反応に困ってしまうのだが。縞々鎧の男はさらに続ける。
「この地を荒らす悪逆非道なモモノケ共め! たとえ天が許そうと、現代に生き残る最後のニンジャ、このダーク・ドラゴンが許さんぞ! いざ尋常に勝負!」
そう叫びながら縞々鎧の男が再び銃を手に取る。桃の毛? ひょっとして物の怪の事かと大樹は首を捻る。というか、一応忍者らしいが、忍者とはこのように名乗り口上をあげ、銃を使い勝負する物だっただろうか。第一、その姿が滅茶苦茶目立っている。
「何だかよく分かんねーけど、売られた喧嘩は買うのがオスカー様だ!」
「ま、待ってください! 私達そのモモノケって奴じゃありません! 人間です!」
今にも薬剣を起動させて襲い掛かろうとするオスカーを遮り、コハルが縞々鎧の男に向かって抗議をする。現状、相手とはかなり距離が離れており、近接武器のオスカーでは相性が悪い。なるべく戦闘は避けたいところなので、大樹はこの交渉が上手く行くことを願った。
「黙れぇい! 拙者は悪党の言葉など聞かぬわ! 第一、拙者の里以外に人間など見たことがないわぁ!」
案の定、人の話を聞かないタイプだった。交渉は即決裂し、オスカーは薬剣を両手持ちで構える。大樹はコハルを庇うように前に立ち、アイテムポーチへ手を向ける。
「フン……! ようやくやる気になったようだな! だが、いくら虚勢を張ろうが所詮は便所の百ワット! すなわち風の前の塵の如し! 拙者の腕に掛かれば貴様らモモノケなど一瞬で……!」
「ゴンベにーちゃーん!」
こちらが戦闘準備を整えたと見るや、縞々鎧の男は長ったらしい前口上を唱え始めたが、小さな女の子のような、舌たらずな声によってそれが遮られた。
「なっ……! こ、こらアネット! 下がっていろ! 今から血で血を洗う抗争が……」
「う~……ゴンベにーちゃん大変だよぉ!」
「こっちも今大変なのだ! 後ゴンベではなくダーク・ドラゴンだと言って……!」
「カリックが漏らしたー」
「何ぃっ!?」
余りにも隙だらけなその姿で、何だか緊張感の無い会話が続いている。この間に近づいて襲い掛かれば楽勝だと思うのだが、会話している声のトーンから察するにどうも子供のようなので、オスカーも大樹もどう反応して良いのか分からず、何となく流れに身を任せている。
「ぐっ……! 仕方が無い……今回ばかりは見逃してやろう! どうせ我らが里を見つけられる筈も無いのだからな! フ……フハハハハッ!」
微妙に無理をしているような震え声で笑いながら、縞々鎧の男はアネットと呼ばれた子供を片手で抱え、もう片方の手で、手のひらに収まる程度の玉を、水戸黄門の印籠の如く大樹達に見せ付けた。その姿は、何だか自分で作った出来のよいプラモデルを見せ付けるような子供のような、嬉々とした雰囲気を醸し出している。
「このダーク・ドラゴン特製の魔煙玉を見破れるかな!? フハハハ!」
そう高らかに宣言するや否や、縞々鎧の男は、自分の足元にその玉を叩きつけた。その瞬間、凄まじい勢いで白煙の嵐が巻き起こり、一瞬で縞々鎧の男の姿を見えなくなる。
「ケホケホッ! ゴンベにーちゃん、煙いよぉ~」
「コラッ! でかい声を出すな! 相手に見つかるだろうが!」
馬鹿でかい声でアネットと呼ばれた子を叱咤しながら、縞々鎧の男はがっしゃんがっしゃんと物音を立てながら倒壊した廃墟郡へと姿を消した。
「………………」
暫くして煙は完全に晴れ、完全に縞々鎧の男の姿は消えていた。大樹のスキル、森の中での不意打ちや物陰に隠れた相手や素材を見つける<<探索>>を使えば、あそこで無理矢理追いかけることも可能だったのだが、なるべく係わり合いになりたくない人間だったので無視することにしたのだ。色々と突っ込みたい所はあるが、何だか良く分からない脅威は、何だか良く分からないまま去ったので良しとする。
「あんまりここに居るのも良く無さそうだし、他に行こうか……」
そう言って大樹はオスカーとコハルを促す。しかし、二人ともあの縞々鎧の男の消えた方角を向いたまま動こうとしない。嫌な予感を覚えつつ、恐る恐る大樹はオスカーに声を掛ける。
「あの……オスカー……?」
「追うぞ」
「えっ?」
「あの縞々鎧の男を追いかけるんだよ! 行くぞヒロキ、コハル!」
「う、うん!」
「えっ!?」
救いを求めるようにコハルに顔を向ける大樹だが、コハルは緊張の面持ちではあるものの、あの怪人を追うことに肯定的なようだ。大樹としては極力避けたいのだが、その気持ちを全力で覆い尽くすようにオスカーが興奮した声をあげる。
「ヒロキ以外で初めて見つけた村以外の人間だぞ! 逃がしてたまるか!」
「ちょっと怖いけど、きちんと話せば分かってくれるかもしれません!」
人間がひしめきあう世界の一角で生まれ育った大樹には全く理解出来ないが、言われてみればオスカーとコハルは村以外の人間を見たことが無かったのだ、それが今、目の前に現れたのだからその興奮は凄まじいものだろう。
「で、でも煙幕で逃げちゃったし……」
二人の気持ちは分かるのだが、狙撃された大樹としてはあまり再会したくない。というか、狙撃されてようがされまいが、あの手のタイプは面倒くさそうなので、大樹はなるべく追跡しない方向に話を持って行こうと努力する。
「大丈夫ですよ、あれを見てください!」
大樹の努力を一瞬で打ち消すように、コハルが道を指し示す。あの縞々鎧の男は余程慌てていたらしく、足跡や通った痕跡をこれ見よがしに地面に刻んで居た。これでは大樹のスキルで探索する必要も無い。漫画に出てくる間抜けな泥棒のような、その余りにも馬鹿馬鹿しい光景に、大樹は思わず眉間を人差し指と親指でぐりぐりと押す。
「それにあのシマシマ野郎、『拙者の里』とか騒いでたからな、あいつとあの子供以外にも他に沢山の人間がいるのかもしれねぇ」
「うん! お兄ちゃん! ヒロキさん! 頑張ろうね!」
緊張と興奮に目を輝かせる二人に気圧され、大樹は二人に引き摺られるように、情報を駄々漏れにした縞々鎧の男が残した、手掛かりだらけの忍者の痕跡を辿って行った。