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第1話:Sanctuary(サンクチュアリ)

「ゴンベが種まきゃ、カラスがカァー」


 新緑色の短髪、深緑色の目、中性的な顔の綺麗な青年が、その外見に反した調子はずれの歌を一人唄いながら、耕した大地に種を蒔いていく。周りには誰も居らず、夕暮れの日差しの中でただ一人、地面を淡々と掘り返す単純作業を繰り返している。彼の名は白野大樹(しらのひろき)、今は数少なくなってしまった旧世代VRMMO「Sanctuary(サンクチュアリ)」の最古参プレイヤーの一人だ。


 VRMMO―バーチャルMMO、まるで現実に居るかの如く、非現実の世界を大人数で楽しめる、数十年前には単にオンラインゲームと呼ばれていたゲームの進化形、その中の作品の一つ「Sanctuary(サンクチュアリ)」という物がある。


 VRMMOが流行りだして久しいが、その中でも剣と魔法、中世のような世界観を擁する正統派RPGなどと呼ばれるジャンルや、擬似的な戦争や格闘を体験できるFPS形式と呼ばれるもの、中には歴史上の人物をモチーフとし、そこから己の手腕で本来辿るべき運命を変えていく、なんて一風代わったものもあるが、共通しているのは、どれもまるで自分自身が体験しているかのようなリアルさを感じられるという点である。


 話をサンクチュアリに戻そう。このゲームは一応はファンタジーと呼ばれる世界観で構成されている。だが他のファンタジー系ゲームと違うところは、コンセプトが「スローライフを楽しむ」ということで、自然あふれる美しいフィールドでの農業や牧畜などをメインにした世界観で構成されている。


 攻撃力や防御力、筋力、賢さ、器用さ等のステータスの概念も存在し、戦闘やクエストなどの要素もあるのだが、基本的には「家を建てるための木材を集めろ!」「農場を荒らす巨大イノシシを倒せ!」「巨大ジャガイモを100個収穫しろ!」などといったものが殆どだ。木材集めの際、木を切り倒す際に必要な攻撃回数だったり、一回に運べる収穫物の量だったり、先ほど紹介したイノシシを撃退するときに攻略難易度が変わったりするが、能力が低ければ低いでそれなりのやり方もある。


 スローライフを楽しむというコンセプトなので、そんなに効率を重視する作りにはなっていないのだ。環境破壊が進み、生活に余裕が無い現代人の数少ない癒しの空間、それがサンクチュアリの掲げる謳い文句……だった。


 基本的にこのゲームは地味だ。大多数の人間が同時にプレイしている状況なのに、何の変化も無く皆がただ黙々と家を建てたり植物を植えたり、同じ作業だけを続けるしかやる事が無くなって来たのだ。癒しのスローライフを求めつつ、スローライフであればあるほど、刺激やカタルシスを求める現代人としては飽きも早かった。


 ユーザー人口の減少を危惧した運営は、本来のどかなフィールドしか存在しなかったマップとは別に「魔の世界」「闇の世界」等といった戦闘重視のマップ、そこでのモンスター討伐やPvP(プレイヤー同士の対戦)による作業の効率化を上げるシステムを実装したり、元々生活系スキルしか無かったのに、魔法や戦闘スキルなどを強引に追加し、さらに飲食店や別のゲーム会社等の企業とタイアップを行い、世界観と何の関係もないゲーム店舗が唐突に期間限定でフィールドに設置されたりと、サンクチュアリ(魔境)などとユーザー間でネタにされるような、混沌としたゲームと化してた。そんな運営に嫌気の差したユーザーの減少はなかなか止まらず、今では全盛期の十分の一程度のプレイヤーしか居らず、いつサービスが終了してもおかしくない旬の過ぎたVRMMOの一つになってしまっていた。



 大樹はサンクチュアリが初期テストを行っている段階から、今に至るまでの数年間ひたすらこの世界に没頭してきた。最初に何人かの友人と一緒に始めはしたが、今この世界に残っているのは大樹だけだ。他の友人達は皆、進学や就職、他の現実の友人が出来てそちらに行ってしまい、ゲームの世界からはとっくに巣立ってしまった。


(今日のノルマ終了! 我ながら上手くできるようになったもんだ)


 美しく整列し、種を植え終わった広大なフィールドの畑を見回して大樹は満足する。そして同時に、何とも言えない寂寥感にも包まれた。そもそもこれだけの広大な敷地を自分だけが使えるという事自体、他のプレイヤーがそれだけ減ってしまっているということに他ならない。


(皆、新しい場所へ進んで行っちゃったんだなぁ)


 最初は単純な興味からこのゲームに手を出した。学生時代の友人達を誘い、新しい世界に皆がのめり込んだ。だが、現実世界の岐路に立った時、大樹以外の人間達は迷わずそちらの道を優先した。当たり前のことなのだが、彼らにとっては現実があって、サンクチュアリはあくまでゲームの一つに過ぎない。


 しかし大樹は違った、彼には自分に誇れる物が何も無く、頑張れば頑張った分だけ結果の出るVRMMOの世界を体験し、その快感に心酔してしまった。それが虚構であることは彼も気がついていたが、かといって捨ててしまうにはあまりにも惜しかったのだ。


 大樹がVRMMOの世界でまごまごしている間に、他の人間達は遥か先へ進んでいた。そんな友人達と一緒に居る事に劣等感を覚えた大樹は、友人達、そして次第に人との付き合いを拒み、恐れるようになった。そしてますますサンクチュアリの世界へ没頭していった。


 だが、サンクチュアリも決して完全な聖域では無かった。現実の世界で人付き合いを恐れた大樹は、仮想現実の世界で友人を作ろうとした、だが、当然現実の生活があり、その上に仮想現実が存在している。サンクチュアリをプレイしていると、仲良くなった他プレイヤーとのやりとりで、現実ではどんな仕事や生活をしているのか、という話題が出てくるようになり、その空気にいたたまれなくなった大樹は、結局仮想現実の世界でも他人と距離を置くようになった。


 結果、今では殆ど誰もやらなくなった、最初期に作られたスローライフを楽しむための牧歌的なマップを拠点とし、滅びかけた狭い仮想現実の、さらに狭い世界の片隅で、黙々と自分で決めたノルマをこなすという遊び方をしていた。楽しさ、というよりももはや惰性で続けている感じで、今までやってきた事、自分が存在できる世界を失うことが怖かったのだ。


(こんな事、いつまで続けるんだろうな)


 自嘲するように笑いながら、作り物の雄大な自然を赤く染める夕日に目を向ける。その景色の美しさは、コンクリートの密林しか見た事の無い人間には感動的ではあるのだが、もう何千回見たか分からない大樹にとっては別段何も感じない。


「あ、夕日! 今日は何日目だっけ?」


 何とも言えない空しさに包まれていたが、その思いを極力忘れようとコンソール画面を開き、現在時刻を確認する。自分の記憶が合っていたことに安堵した大樹は、慌ててある作業の準備に入る。


「よし、規定日数には達してるな。今ならまだ間に合う。急いで転身しないと」


 そう一人ごちると、大樹は手馴れた操作で空中にウィンドウ枠を何重にも開き、その中で点滅している「転身」という部分を選択する。


 サンクチュアリには一定期間毎に実行できる【転身システム】と呼ばれる物が実装されている。このゲームはレベルを上げることで能力ポイントを稼ぎ、それを自分の好きなスキルやステータスへ振っていくことでキャラクターを強化できる。だが、キャラクターを優秀に育てるためには大量のポイントが必要となるし、当然レベルが高くなればなるほど大量の経験値が必要になり上げるのが難しくなる。


 これを是正する物が転身システムで、今までのポイントや能力を保ったままレベルを初期状態へリセットし、もう一度上げ直すことが出来る。低レベル時では一レベル毎に貰える能力は少ないが、転身を繰り返せば、塵も積もれば何とやらと言うように、時間さえ掛ければそれほど必死に効率を求めなくとも、それなりの能力ポイントを稼ぐ事ができるのだ。


 キャラクターの育成方針は、大まかに分けて転身をせずにストイックに高レベルを目指すか、転身を頻繁に繰り返し低~中レベル帯を繰り返すものの二タイプに別れる。前者がハイリスクハイリターン、後者はローリスクローリターン方式だ。最もポイントの稼ぎやすいのは転身せずに魔物討伐を続けるタイプのレベル上げだが、いわゆる戦闘系にあまり能力を振っていない大樹は後者を採用している。戦闘系に振った方が現在のサンクチュアリでは育てやすいのだが、古参の意地としてあくまでスローライフなコンセプトを貫いている。


「この夕日縛り、公式の方も解除してくれればいいのに……」


 一人文句を言いつつ、大樹の体は転身の光り輝くエフェクトに包まれ茜色の空へと浮かび上がっていく。設定上ではサンクチュアリに存在するプレイヤーはそれぞれが神の子であり、一度日没と共に神の世界に帰り俗世の穢れを祓い、明けの明星と共に再び純粋な体を手に入れ、この世に舞い戻るという物がある。その設定で夕日が出ている間しか転身出来ないという縛りがあるのだが、今ではそんな設定は誰も意識しておらず、面倒なので縛りを解除しろと頻繁に運営に要望が出されている。


「さて、お待ちかねのサービスカットな訳だが」


 いかにも事務的というか、全然お待ちかねで無さそうな投げやりな態度でぽつりと呟く。その呟きに合わせるように、光に包まれていた大樹の服が消える。俗世の穢れを祓うという名目で、転身中は一時的に装備が解除、つまり裸体になるのだ。このすっぽんぽんになる状態がサービスカットと呼ばれる所以で、公式の集客目的で実装されたと噂される物の一つである。最も、肝心な部分は光に包まれて見えないようにされているし、大樹は男キャラでやっているので嬉しくも無いのだが。


(この演出、飛ばせればいいのに)


 どれだけ感動的な映画のワンシーンや、よく出来たアニメの変身シーンでも何回も見続ければ飽きてしまうように、最初の方こそ神々しさや浮遊感に興奮した物の、今ではすっかり定例作業と化している。


 一度転身エフェクトに入ってしまえば演出が終わるまで完全自動だ。手持ち無沙汰になった大樹は光の柱に包まれふわふわと浮上しながら、それとは逆に沈んでいく思考を巡らせる。現実にも転身システムがあればいいのに、今の自分のままリセットが出来ないものか。そうすればもう少しは上手くやれるのではないか、今までの自分とは違う物になれるんじゃないか。


 くだらない考えだ、と大樹は首を振る。そんな物は有りはしない。現実にはリセットボタンではなく電源ボタンしかない。たとえ失敗したと思っても、電源が入ってしまった以上そのまま突き進むしか無いのだ。


「あ、あれ? そろそろ終わってもいい頃なんだけど」


 我に返った大樹は、未だに光の柱が解除されていないことに気がついた。いつもなら雲の上まで浮上し、新しい身体に先程外した装備が装着され、地上へ舞い戻るはずである。そしてその時間はとうに過ぎているはずだ。今まで何百回もやってきたのだ、タイミングを間違う筈は無い。


「なんだこれ……? 運営の方でトラブルでもあったのかな?」


 不思議に思い、情報を引っ張り出すために新たにウィンドウ枠を開こうとした瞬間、微かな物音を感じた。何かが空気を切り裂くような、何ともいえない耳障りな音だ。


『――神の可能性を持つ知的生命体を発見しました。これより捕獲作業に入ります』


 無機質な合成音のような声がした方を見ると、光の柱を切り裂くように、黒い塊が飛び込んできた。金属的な輝きを放つ機械のような物であることは分かるが、細かい事はまるで分からない。こんなイベントあったっけ、と大樹は首を傾げつつぼんやりとその物体を見つめる。世界観に合わない物があるのは今のサンクチュアリでは日常茶飯事ではあるのだが、転身中に割り込んでくる物は今まで見たことが無い。


「追加イベントなのかな? でも何も事前告知無かったしなぁ」


 考えが纏まらないまま、ぼーっと見ていた大樹だが、その巨大な塊が直前まで迫ってくるとさすがに恐ろしさを感じた、強制ログアウトしたほうがいいのかな、そう思った矢先、


「がっ……!」


 突然巨大な塊の腹が開き、猛烈な勢いで何かが飛び出し大樹の身体に巻きつく。大樹の身体にすさまじい激痛が走り、一瞬で意識を刈り取る。VRMMOでは痛覚や意識を失う程の衝撃など受けない仕様になっているはず……それを知覚する前に、彼の意識は闇の中へと沈んでいった――


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