「哀愁」
「一音」
「ん?」
「そんなに、気にするな」
ぽん。
頭を少し撫でられる。
地肌に直接触れられたわけじゃないのに、君の手の温かさを全身に感じる。
夕暮れの中の教室は、いつもより少しだけ現実離れしている。
「ありがと」
お礼を言うときに自然と頬が緩んでしまう相手は、君だけだって事を君は知ってる?
「じゃあな、気をつけて帰れよ」
「うん、そっちこそね。ばいばい」
自分でもどうしたいのかよく分からない感情を押し込めて、何も悟られないようにと放った声は妙にそっけなくなってしまった。
重そうなエナメルのスポーツバッグを肩にかけて帰っていく君。
沈みかけた太陽が、君の背中に影を作る。その影になぜだか寂しいと感じてしまう。
先ほど撫でられた頭に、自然と手が行く。
現代文の教科書に出てきた『哀愁』という単語は、こういうことを表すんだろうか?
「……馬鹿みたい」
この状況に自分で笑ってしまう。悲しまなくなったのは、半ばやけくそだ。
薄暗い教室は、まるで今の私みたいだった。
すっきりしない自分が、この気持ちをどうしようも出来ない自分が、すごくもどかしい。
さあ、帰らなくちゃ。余韻に浸っていても何にも変わらない。
教科書があまり入っていない鞄と部活のラケットを肩にかけて、彼が帰って行ったのと同じ廊下を歩く。
中身の少ない学校指定鞄は思ったよりも軽くて、全く重みがない。その空っぽがなぜか寂しくて、切ないのだ。
君が触れたあとさえも、愛おしいと想ってしまう。
叶わない夢を諦める力が、あったなら。




