冷やし中華とは、すなわち痛み
崇彦はかつて実在していたとされる男である。目覚めの悪い朝に外を見ると、感じの良い小雨が降り注いでいた。急いで朝食を済ませたあと、彼は徒歩の時間を楽しんだ。厚底の革靴が地面へと激突し、その衝撃で床の水が一斉に飛び上がる。彼の靴下はひどく濡れていたが、いつしか気分は高揚し、自然と目的地へと足が辿り着いていた。
すなわち飯だ。冷やし中華は彼の大好物であるから、もちろんそれを頼んだ、税込1080円の出費だ。近年の物価高で外食は厳しくなりつつある、札を二枚常備せねば一人の外食でさえ寂しい思いをすることになる。が、そんなことはどうでもよい。冷やし中華の麺に絡んだスープが、彼の唇を徹底的に痛めつけた。痛い、痛い、美味い、美味い、心の中でそう怒鳴りながら、ひたすらに麺を啜る。辛いから玉子もちょっと食う、すると割と冷たいので唇がヒンヤリする。トマトや胡瓜の水っぽさも捨てがたい、麺の優しい辛味をも掻き消し、再び麺を啜る気力を湧き上げる。さて、一段落ついたところか。残ったのはスープと、驚くほど小さく切られたせいで最後まで残留する食材達だ。彼らは最期まで生を貫き通した勇者である、たといそれが植物だったとしても。崇彦は何も逃さない、スープもいけるタイプなのだ。これが最後の闘いだ、冷やし中華のスープは全身全霊で唇、そして舌をも痛めつけた。この後恐らく多量の塩分で彼の血管を痛めつけるに違いない。しかし、相手が悪かった、笹之家の血が騒ぐ。あっという間にスープを飲み干し、空の皿が机にポツンと置かれている。彼は会計から20円の釣りを貰い、店を出て行った。雨は既に止んでしまっていた。




