第8話: 効率
森の奥は、静かすぎた。
魔王軍の影が濃いと言われた森。
炎将が現れた森。
だが今は。
鳥の声も、獣の気配もない。
あるのは、規則的な遠吠えだけ。
一定間隔で。
まるで鐘のように。
「ここで鍛えよう」
勇者が言う。
迷いはない。
炎将に押されたことが、逆に火をつけたらしい。
「確かに、この森は魔力濃度が高い」
賢者が杖を地面に当てる。
「魔獣の出現率も安定している。効率が良い」
効率。
またその言葉だ。
聖女が微笑む。
「きっと、神が機会を与えてくださったのですね」
誰も疑わない。
炎将に遭遇した森で。
四天王の縄張りで。
なぜ、都合よく魔獣が湧き続けるのか。
「来る」
俺が呟く。
同時に、茂みが揺れる。
四体。
狼型の魔獣。
綺麗に横一列。
勇者が前へ出る。
聖女が後方で祈る。
賢者が詠唱を始める。
俺は側面へ。
完璧だ。
最初から訓練されていたような配置。
戦闘は、危なげなく終わる。
狼が崩れ落ちる。
その瞬間。
体が、ほんの少し軽くなる。
勇者が笑う。
「今、上がった気がする」
聖女も頷く。
「ええ、少しだけ」
賢者が冷静に言う。
「身体能力が向上しています。成長は順調です」
俺は視界の端を見る。
【EXP +28】
【Lv.13】
下に、小さく。
【Next 212】
瞬き。
消える。
喉の奥が冷える。
誰も、何も見ていない顔だ。
「続けよう」
勇者が言う。
少し歩く。
ぴたりと。
また四体。
今度は別種。
だが、数は同じ。
囲まれない距離。
退路は確保されている。
偶然か?
二戦目も終わる。
【EXP +31】
【Next 181】
減っている。
正確に。
数字が。
三戦目。
四戦目。
間隔は、ほぼ同じ。
呼吸を整える時間を与える。
傷が深くならない敵。
だが、弱すぎない。
成長を感じられる強さ。
「……効率が良すぎる」
思わず、漏れる。
「何か言ったか?」
勇者が振り向く。
「いや」
言えるわけがない。
効率がいい。
そうだ。
だが。
“誰にとって”?
五戦目。
俺は、わざと動きを変える。
いつもより早く。
勇者が斬り込む前に、首を落とす。
一撃で。
瞬間。
空気が止まる。
静寂。
0.5秒。
ほんのわずかな空白。
視界の端。
【Recalibrating…】
赤い文字。
初めて見る単語。
心臓が跳ねる。
瞬き。
消える。
次の魔獣が出るまでの間隔が、わずかに長い。
だが。
すぐに元通り。
四体。
同じ距離。
同じ配置。
俺は息を吐く。
今、確信した。
調整している。
俺たちの動きに合わせて。
勇者が笑う。
「今の連携、よかったな!」
聖女も明るい声。
「皆、息が合ってきましたね」
賢者が頷く。
「成長速度も悪くない。このままなら、炎将とも再戦可能でしょう」
再戦。
予定されている言葉。
「……本当にか?」
俺は小さく言う。
「何だ?」
勇者が聞き返す。
「いや」
違う。
疑っているのは勝率じゃない。
流れだ。
森の奥に進む。
魔獣は途切れない。
多すぎず、少なすぎず。
勇者が息を切らす頃。
ぴたりと出現が止まる。
休息の時間。
聖女が回復を施す。
賢者が水を飲む。
そして。
また遠吠え。
再開。
完璧すぎる。
俺は木の影に隠れる。
戦闘中。
わざと、何もしない。
勇者が前衛。
賢者が範囲魔法。
聖女が支援。
三人で十分倒せる敵。
倒れた瞬間。
【EXP +24】
数字が、少ない。
俺は攻撃していない。
なのに。
入っている。
分配。
自動。
冷たい汗が背を伝う。
俺が参加しなくても。
世界は俺を含める。
パーティ単位。
個ではなく。
単位。
勇者が言う。
「今日はここまでにしよう」
夕暮れだ。
焚き火を囲む。
肉を焼く。
いつも通りの光景。
勇者が炎を見つめる。
「炎将、強かったな」
聖女が静かに言う。
「でも、必ず越えられます」
賢者が補足する。
「現在の成長曲線なら、あと数段階で射程圏内です」
成長曲線。
俺は顔を上げる。
「曲線?」
「経験値効率から推測した。おおよその伸び幅だ」
自然な説明。
理屈として成立している。
だが。
なぜ推測できる。
なぜ、伸び幅が一定だと知っている。
「……賢者」
「何だ」
「もし、成長が止まったら?」
少しの沈黙。
「止まらない。理論上は」
理論上。
聖女が微笑む。
「神は試練を与えますが、道も示します」
勇者が頷く。
「俺たちは強くなる。それだけだ」
迷いがない。
俺は炎を見る。
揺らぎが、規則的だ。
パチ、と音がするたび。
視界の端に、微かなノイズ。
【Recommended Level: 15】
一瞬。
消える。
今、俺は13。
次の目標が、示された。
誰が?
誰に?
俺は立ち上がる。
森の奥を見る。
暗い。
だが、恐怖はない。
あるのは。
設計図の匂い。
俺たちは、鍛えているつもりだ。
だが。
育てられている。
炎将は殺さなかった。
理由は単純だ。
まだ、足りない。
レベルが。
数字が。
物語が。
焚き火が揺れる。
勇者が笑う。
「明日もやろう」
聖女が頷く。
賢者が計算を始める。
俺だけが。
夜の森を見続ける。
遠く。
ほんの一瞬。
赤い点が灯る。
消える。
監視。
調整。
最適化。
森は静かだ。
あまりにも静かだ。
俺たちは眠る。
だが俺は、目を閉じない。
目を閉じた瞬間。
何かが進む気がする。
世界が、次のフェーズへ。
俺だけが、それを恐れている。
この森は狩場じゃない。
訓練場だ。
そして。
訓練には、管理者がいる。
俺は短剣を握る。
もし、次に【Recalibrating】が出たら。
その瞬間を、見逃さない。
世界が調整するなら。
俺は、ずらす。
ほんの少しでいい。
歯車を。
音を立てずに。
壊すために。
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