第7話: 測定
北西へ向かうことに、誰も疑問を持たなかった。
門兵が言ったからだ。
「北西の森に魔王軍の影あり」
宿屋の主人も同じことを言った。
「北西は危険だが、勇者様なら」
村人も。
商人も。
道端の老人でさえ。
まるで回し読みした台本のように。
俺だけが、引っかかった。
なぜ全員が同じ方向を指す。
南は?
東は?
誰も言わない。
言わないのではなく、思いついていないように見える。
「行こう」
勇者が言う。
迷いはない。
当然の選択をした顔だ。
聖女は微笑み、賢者は地図を広げて頷く。
俺は何も言わない。
言っても意味がない。
北西へ進む。
道は歩きやすく整えられている。
魔王軍の影が濃いはずなのに。
森に入る。
空気が変わる。
静かすぎる。
鳥が鳴かない。
獣の気配がない。
「来る」
俺が呟くより先に。
熱。
前方の空間が歪む。
炎が裂ける。
そこに立っていた。
炎将。
四天王の一角。
最初の町で何度も聞かされた名。
都合が良すぎる。
勇者が剣を抜く。
「四天王……!」
声に恐怖はある。
だが、迷いはない。
正しい敵が、正しい場所にいる。
その顔だ。
炎将は俺たちを見下ろす。
赤い瞳が、一人ずつなぞる。
勇者。
聖女。
賢者。
そして。
俺で、ほんのわずかに止まった。
気のせいかもしれない。
だが。
一瞬だけ、測るような視線。
「勇者一行か」
低い声。
勇者が踏み出す。
「ここで止める!」
美しい。
あまりにも、物語的に美しい構図。
炎将が腕を上げる。
炎が集まる。
賢者が詠唱。
風の魔法が炎を逸らす。
聖女が結界を張る。
勇者が斬り込む。
連携は完璧だ。
練習したわけでもないのに。
まるで最初から噛み合う歯車。
俺は影に回る。
側面。
死角。
喉元へ短剣を走らせる。
硬い。
浅い。
手応えが、妙に計算された硬さだ。
炎将の反撃。
炎が奔る。
直撃コース。
俺は覚悟する。
死ぬ。
だが。
炎は、わずかに逸れた。
俺の肩を掠めるだけで、背後の木を焼いた。
致命傷にならない角度。
偶然か?
いや。
違う。
二撃目。
勇者へ。
重い一撃。
吹き飛ぶ。
だが。
骨は折れていない。
内臓も潰れていない。
「……弱い」
炎将が言う。
事実だ。
だが、その声音に殺意がない。
確認だ。
試験官の声。
三撃目が来る。
今度は聖女。
賢者が防御魔法を重ねる。
間に合う。
絶妙な威力。
防げる強さ。
俺の背筋が冷える。
強い。
だが。
強すぎない。
「退け」
炎将が言う。
勇者が叫ぶ。
「逃がすか!」
追う。
炎将の瞳が、再び俺を捉える。
ほんの一瞬。
そして。
炎が立ち上る。
姿が揺らぐ。
消える。
静寂。
勇者が荒い息を吐く。
「助かった……」
聖女が胸に手を当てる。
「神の加護です」
賢者が冷静に分析する。
「敵は様子見でしょう。我々の戦力を測った」
測った。
その言葉に、俺は顔を上げる。
視界の端で、何かが瞬いた。
【Phase 1 Complete】
瞬き。
消える。
心臓が跳ねる。
今、見えた。
俺だけが見えた。
「……なあ」
勇者が振り向く。
「どうした?」
言うべきか。
やめる。
言葉にできない。
証明できない。
「……いや」
賢者が続ける。
「今の実力差では勝てません。鍛錬が必要です」
自然な流れ。
強敵出現。
敗北寸前。
成長の必要性。
あまりにも教科書通り。
聖女が頷く。
「強くなりましょう。必ず、光は導いてくれます」
勇者が拳を握る。
「ああ。レベルを上げよう」
その言葉。
誰も違和感を持たない。
レベル。
目に見えない数値。
だが、確実に存在すると信じている。
なぜ?
どうやって?
俺たちは強くなると、どうやって知る?
森の奥で、魔獣の遠吠えが響く。
まるで、用意されたかのような距離。
賢者が言う。
「ちょうど良い。あれで経験を積みましょう」
ちょうど良い。
本当に?
俺は森を見る。
魔獣の気配が、一定間隔で点在している。
密すぎず、薄すぎず。
効率的だ。
効率的すぎる。
「行こう」
勇者が歩き出す。
迷いはない。
俺は最後尾に回る。
炎将の最後の視線を思い出す。
あれは敵を見る目じゃない。
成長を観察する目だ。
俺たちは――
倒す対象じゃない。
育てる対象。
喉が渇く。
短剣を握る手が、冷たい。
もし。
これが物語なら。
俺たちは。
決められた強さになるまで、死なないのか?
魔獣が飛び出す。
勇者が斬る。
聖女が癒す。
賢者が焼く。
俺が止めを刺す。
魔獣が崩れる。
その瞬間。
体が軽くなる。
ほんのわずかに。
全員が同時に顔を上げる。
勇者が笑う。
「今、少し強くなった気がする」
聖女も頷く。
「ええ」
賢者が言う。
「順調です」
俺だけが、違うものを見る。
一瞬だけ。
【EXP +32】
瞬き。
消える。
喉の奥がひりつく。
誰も、見ていない。
俺だけだ。
俺だけが、見ている。
森の奥で、炎が一瞬だけ揺らめいた気がした。
見られている。
育てられている。
北西の道は続く。
整然と。
美しく。
正しく。
俺だけが、その裏側を嗅ぎ取っている。
この世界は、戦場じゃない。
舞台だ。
そして俺は。
主役じゃない。
だからこそ。
見えてしまう。




