第21話 : 正常
朝は、何事もなかったかのように訪れた。
森の露は光を弾き、
鳥は枝を渡り、
風は軽い。
勇者は剣を振っている。
傷は癒えている。
聖女の加護は確かだ。
「次は勝つ」
汗を拭いながら、そう言う。
その声音に迷いはない。
獣王との敗北は、糧として整理されている。
賢者は記録をまとめている。
「四天王は残り二」
紙面に走る文字は整然としている。
炎将――討伐済。
氷姫――討伐済。
獣王――健在。
闇宰相――未接敵。
何の疑問もない。
聖女は祈る。
「神は試練を与えます。
乗り越えられる者にのみ」
その瞳は澄んでいる。
世界は、整っている。
構造は崩れていない。
勇者は剣を止める。
「氷姫は強かったな」
賢者が頷く。
「地形操作は厄介だった。
だが討てた」
聖女も微笑む。
「氷は溶けました」
三人の記憶は一致している。
戦った。
苦戦した。
勝った。
城塞は崩れ、地形は変わった。
それだけだ。
暗殺者だけが、言葉を発さない。
氷姫と戦った記憶がない。
いや。
戦う前に、順序が狂った。
獣王が来た。
氷姫は――
「もう倒したぞ!」
勇者が笑う。
暗殺者は、ゆっくりと顔を上げる。
「そんなわけない」
声は低い。
勇者が眉をひそめる。
「何がだ」
暗殺者は森を見る。
風の流れ。
木々の並び。
魔力の濃度。
整っている。
異常はない。
だが、氷姫は――
「ここに立っている」
自分の記憶の中で。
確かに、魔王城で。
いや。
自分は、見ていない。
だが違う。
順序が違う。
構造が違う。
賢者が首を振る。
「疲労だ。
敗北の後は認知が揺れる」
聖女は優しく言う。
「神に祈りましょう」
勇者は笑う。
「気にすんな。
俺たちは勝ってきた」
暗殺者は黙る。
“俺だけ正常”。
その確信は、静かに固まっていく。
世界は補完する。
空白を埋める。
だが自分は埋まらない。
なぜか。
理由はわからない。
だが、明確な事実がある。
魔王は、四天王の順序を崩した。
その直後、氷姫が討伐済になった。
世界は帳尻を合わせた。
ならば。
魔王は気づいているか?
あのとき、氷姫は城にいたのではないか?
もし魔王も観ていたなら。
暗殺者は、初めて魔王を“敵”ではなく“観測対象”として捉える。
――――――
魔王城。
玉座の間は静かだ。
闇宰相が報告する。
「勇者は再起しております」
魔王は頷く。
「氷姫は」
「討たれました」
淀みない。
獣王も肯定する。
魔王は二人の魔力を感じる。
二つ。
四ではない。
欠落はない。
世界は正常だ。
だが。
私室。
白い髪。
澄んだ瞳。
会話。
「順序は崩した」
あの声。
あの距離。
確かに、あった。
魔王は理解する。
これは偶然ではない。
順序を乱した。
観測した。
その結果、世界が応じた。
削られた。
だが記憶は残った。
炎将のときは残らなかった。
観ていなかったから。
法則は、ある。
魔王は指先を玉座の肘掛けに滑らせる。
「余は、観ている」
呟き。
誰にも聞かせない。
世界は静かだ。
反応はない。
だが。
確かに。
一歩、近づいた。
――――――
夜。
勇者一行は焚き火を囲む。
火は揺れる。
聖女は祈り、
賢者は書き、
勇者は眠る。
暗殺者だけが起きている。
森の奥を見る。
魔王城の方向。
静かだ。
だが、何かがある。
世界は完璧に整っている。
完璧すぎる。
「……」
確認する。
大きく揺らさない。
殺さない。
壊さない。
ただ、観る。
魔王が何を見たのか。
それだけ。
暗殺者は立ち上がる。
足音は立てない。
まだ。
この夜は、静かだ。
だが、確実に。
何かが、動いている。
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