第2話: 上昇
森は静かだった。
街を出て、北へ半日。
木々が空を覆い、光が薄くなる。
「この辺りは魔物の出現率が高い」
賢者が淡々と告げる。
出現率。
まただ。
まるで数値があるみたいな言い方をする。
「問題ない」
勇者が前を歩く。
迷いがない。
本当に、ない。
「来ます」
聖女が小さく呟いた瞬間。
茂みが揺れた。
飛び出してきたのは、灰色の狼。
魔獣だ。
牙を剥き、低く唸る。
俺は自然に短剣を抜いた。
空気が変わる。
緊張は、本物だ。
狼が飛びかかる。
勇者が一歩前へ。
剣を振る。
速い。
正確。
首筋を斬り裂く。
血が飛ぶ。
狼が地に落ちる。
……普通だ。
普通の戦闘。
問題は、次だ。
頭の奥で、あの硬い音。
【レベルが上がりました】
背筋が凍る。
まただ。
また、聞こえた。
だが、今度ははっきりしている。
【力が3上昇しました】
【次のレベルまで120】
息が止まる。
120?
何の話だ。
俺は周囲を見る。
勇者が剣を払う。
聖女が微笑む。
賢者が頷く。
誰も動揺していない。
「順調だな」
勇者が言う。
順調?
今、何かが——
「聞こえなかったのか?」
俺は思わず口にする。
「何がだ」
勇者は本気で分からない顔をする。
「今、声が」
聖女が首を傾げる。
「神の加護でしょうか?」
違う。
そうじゃない。
あれは祝福じゃない。
もっと、機械的な。
冷たい。
感情のない。
通知だ。
俺の心臓が速く打つ。
「お前たち、レベルが上がるって何だ」
沈黙。
賢者が口を開く。
「成長だ」
「どうやって?」
「経験を積めば強くなる」
「誰が決めた?」
勇者が言う。
「世界だ」
世界。
便利な言葉だ。
「さっきの狼は、どれくらいの強さだった?」
「低位だ」
賢者。
「だから経験値も少ない」
経験値。
言葉が滑らかすぎる。
俺は狼の死体を見る。
ただの肉だ。
血だ。
命だ。
それが、数値になる?
「俺は、強くなったのか?」
勇者がこちらを見る。
「当然だ」
「実感は?」
「不要だ」
その瞬間、寒気が走る。
不要?
実感が、不要?
再び、茂みが揺れる。
今度は二体。
勇者が踏み込む。
俺も動く。
刃が閃く。
肉を断つ感触。
温かい血。
息が荒れる。
これは本物だ。
だが。
【レベルが上がりました】
まただ。
今度は、はっきりと俺の中で鳴る。
【スキル《急所突き》を習得しました】
頭の奥に、何かが流れ込む。
知らない技術。
知らない軌道。
知らない呼吸。
身体が勝手に理解する。
「……」
俺は木に向かって短剣を振る。
無意識に、鋭く。
木の幹が深く抉れる。
今までより、明らかに深い。
「ほらな」
勇者が言う。
「成長だ」
違う。
これは成長じゃない。
これは——
付与だ。
誰かが。
何かが。
俺に。
「おかしいだろ」
俺の声が震える。
「何がだ」
勇者は本気で分からない。
聖女が優しく言う。
「強くなるのは、良いことです」
賢者が淡々と。
「効率的だ」
効率。
成長。
経験値。
レベル。
スキル。
言葉が、整いすぎている。
「努力はどこにある?」
俺が問う。
勇者が即答する。
「戦っただろう」
違う。
それだけで、こんなに?
俺は手を見る。
震えている。
だが、力は増している。
実感がある。
あるのに。
過程が、ない。
「……これを繰り返すのか」
勇者が笑う。
「当然だ」
当然。
当然?
森の奥から、風が吹く。
葉が揺れる。
その音に紛れて、また微かな声。
【次のレベルまで95】
誰に向けた言葉だ。
俺か?
勇者か?
それとも——
この世界そのものか?
俺は、確信し始めていた。
これは成長じゃない。
これは、
進行だ。
誰かが決めた手順を、なぞっているだけだ。
レベルを上げる。
魔王を倒す。
それが正しい。
誰も疑わない。
疑わないから、疑問が生まれない。
俺だけが。
ズレている。
いや。
ズレているのは——
世界だ。
森の奥が、やけに暗く見えた。
まるで、そこに答えがあるみたいに。
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