第18話 :「既視と不在」
氷姫を退けた夜。
空気はまだ冷たい。
凍った地面が、焚き火の熱でじわりと溶けている。
勇者は満足げに息を吐いた。
「次は獣王か」
自然な声だ。
聖女が頷く。
「炎将、氷姫と来ました。順当ですね」
暗殺者の指が止まる。
炎将。
勇者は当然のように続ける。
「炉心の間、暑かったな。あれは二度と御免だ」
賢者が笑う。
「最上階の溶岩炉ですね。構造は見事でした」
暗殺者は顔を上げない。
炉心の間。
最上階。
溶岩炉。
知らない。
自分はそこへ行っていない。
炎将とも、戦っていない。
それでも――
頭の奥に、景色がある。
赤い円形の広間。
三段階目で炎が白に変わる。
背後に回り込め。
攻略手順。
知っている。
だが、体験していない。
暗殺者は何も言わない。
言えば、否定になる。
否定はまだしない。
⸻
翌日。
北西へ向かう街道。
道は滑らかだ。
岩を削った痕跡はなく、崩落もない。
整いすぎている。
炎の城塞があったはずの方向。
勇者が前を歩く。
「近道だな」
賢者が地図を確認する。
「旧火山帯は消滅しています。地形変動でしょう」
消滅。
簡単に言う。
暗殺者は足を止める。
地面にしゃがみ、土を掴む。
冷たい。
長年、冷えた土だ。
高熱の痕跡はない。
溶岩の跡もない。
勇者が振り返る。
「どうした?」
「……いや」
言葉を切る。
城塞はない。
瓦礫もない。
焦土もない。
勇者は肩を竦める。
「崩れたんだろ」
聖女も頷く。
「神の御業かもしれません」
賢者が理屈を添える。
「氷姫の極寒領域が地殻変動を引き起こした可能性があります」
説明は整う。
暗殺者だけが、整わない。
炎将を討った記憶が三人にある。
自分にはない。
だが、自分の中に攻略知識がある。
どちらも真実の顔をしている。
⸻
昼。
宿場町。
勇者が店先の壺に肘をぶつける。
倒れる。
割れる。
店主は何も言わない。
「あ、悪い」
勇者は笑う。
店主も笑う。
「構いませんよ」
暗殺者は壺の破片を見る。
器物破損。
普通は弁償だ。
だが請求はない。
夜には、壺は元通り。
同じ場所に、同じ形で。
暗殺者は触れない。
触れても意味はない。
⸻
戦闘。
魔物を討つ。
最後の一体。
暗殺者は一瞬、刃を止める。
逃げ道がある。
だが勇者が追う。
必ず斬る。
戦闘は終わる。
必ず。
そして、来る。
内側から湧き上がる力。
レベルアップ。
暗殺者はそれを拒む。
受け取らないと意識する。
だが、増える。
力は増す。
関係なく。
勇者が笑う。
「また強くなったな」
賢者が数値を言う。
「順調です」
順調。
暗殺者だけが、順調ではない。
⸻
夜。
屋根の上。
町の灯りが揺れている。
炎将。
倒していない。
だが倒したことになっている。
知らない戦闘の記憶がある。
道は整い、壺は戻り、力は増える。
誰も疑わない。
暗殺者は空を見上げる。
星はいつも通りだ。
世界は正常だ。
異常なのは、自分の認識か。
あるいは――
そこで止める。
断定しない。
詰めない。
考えない。
ただ、覚える。
炎将を討っていない。
それだけは、確かだ。
風が吹く。
町は静かだ。
世界は何も答えない。
暗殺者も、まだ答えを出さない。
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