第15話: 余白
街を出て三日。
勇者はよく笑っていた。
森を抜け、丘を越え、小さな砦跡に辿り着く。そこはかつて盗賊が根城にしていたという。今は魔物が棲みつき、近隣の村を荒らしているらしい。
「ここを片付ければ、しばらくは安全だな」
勇者は剣を担ぎ、軽く肩を回す。
聖女は静かに頷き、祈りの準備を始める。
賢者は地形を確認し、侵入経路を示す。
役割は明確だ。
勇者が前に出る。
戦士の代わりに、今は俺が隣に立つ。
――違う。
俺は隣に立つべきではない。
俺の役目は“横”ではない。
だが今は、誰も疑わない。
砦は崩れかけ、石壁の隙間から瘴気が漏れている。
中には大型の魔獣が一体。取り巻きが数体。
戦闘は激しかった。
勇者の剣が閃き、聖女の光が包み、賢者の魔法が炸裂する。
俺は影に溶け、急所だけを断つ。
連携は完璧だ。
完璧すぎる。
最後の一撃を勇者が叩き込んだ瞬間、魔獣が崩れ落ちる。
光が弾ける。
勇者の身体が淡く輝いた。
聖女が笑う。
「おめでとうございます。力が増しています」
賢者が頷く。
「順調ですね。この調子なら、魔王城までの道のりは計算より短縮できるでしょう」
勇者は拳を握る。
「よし。もっと行こう」
俺は何も言わない。
言えない。
ただ、胸の奥がわずかにざわつく。
何かが――
減った気がした。
だが周囲は変わらない。
森は静かだ。風が吹き、鳥が鳴く。
気のせいだ。
そう思い、俺は視線を落とす。
地面に、砕けた石。
その隙間に、小さな花が咲いていた。
踏み荒らされても残っている。
……残っている。
その言葉に、引っかかる。
何が残り、何が残らないのか。
考えるな。
証拠はない。
⸻
夜。
野営地。
焚き火を囲み、三人は今日の戦闘を振り返る。
勇者は楽しげに語る。
聖女はそれを優しく聞く。
賢者は分析を挟む。
完璧な光景。
俺は少し離れた位置で刃を研ぐ。
火花が散る。
刃に映る自分の顔は、暗い。
ふと、酒場を思い出す。
濁った目。
「……戦士」
あの男は、今もあの席に座っているのだろうか。
確かめたい衝動が湧く。
だが距離がある。
すぐには戻れない。
いや。
戻る理由がない。
……理由がない?
胸の奥で、何かが軋む。
理由がない。
だが、確かに“いた”。
俺は見た。
話しかけた。
目が合った。
あの濁った目。
あれは幻覚か?
酒のせいか?
俺は酒を飲んでいない。
記憶は鮮明だ。
だが。
もし、誰も覚えていなかったら?
刃を持つ手が、わずかに止まる。
考えるな。
証明できない。
今はまだ。
⸻
その頃。
魔界。
玉座の間は静まり返っている。
魔王は肘掛けに頬杖をつき、報告を聞いていた。
「北方の砦が落ちました」
四天王の一人が淡々と告げる。
「勇者の進行は予定より早いかと」
魔王は目を閉じる。
「……そうか」
声は低く、感情を含まない。
焦りはない。
まだ均衡は保たれている。
そのはずだ。
魔王はふと、森の方角へ意識を向ける。
何かを思い出しかける。
だが。
何を?
霧のように、掴めない。
「どうかされましたか」
問われ、魔王は首を振る。
「いや。何でもない」
違和感は、言葉にならない。
証拠はない。
だから、問題ではない。
玉座の間は静かだ。
何も欠けていない。
⸻
翌日。
旅は続く。
道中、小さな村に立ち寄る。
勇者は子供たちに囲まれ、笑っている。
聖女は怪我人を癒し、賢者は村長と情報を交換する。
俺は周囲を警戒する。
村の外れに、小さな祠があった。
古びた石像。
四人の像が並んでいる。
勇者。
聖女。
賢者。
戦士。
俺は立ち止まる。
四人。
どの時代も四人。
村長が説明する。
「昔からそうなんです。必ず四人。勇者一行は四人なんですよ」
必ず。
必ず?
「例外は?」
俺は問う。
村長は首を傾げる。
「聞いたことがありませんな」
そうか。
聞いたことがない。
俺は像を見る。
戦士の像は、勇者の隣に立っている。
盾を構え、剣を握り、堂々と。
そこに、俺の居場所はない。
当然だ。
暗殺者は像にならない。
歴史に残らない。
ならば。
なぜ、俺はここにいる?
誤差。
その言葉が頭をよぎる。
だが、何の誤差だ?
答えはない。
⸻
夜。
村を出る。
背後で子供が手を振る。
勇者が振り返し、笑う。
世界は正しい形をしている。
四人で進む。
だが。
胸の奥で、確かな違和感が育っている。
削られたものがある。
だが、それが何か分からない。
俺はまだ、確信していない。
偶然かもしれない。
思い込みかもしれない。
それでも。
もし。
もし世界が均衡を保とうとしているのなら。
もしレベルが上がるたびに、何かが帳尻を合わせているのなら。
俺は。
何だ?
削られなかった余剰か。
それとも。
蓄積された誤差か。
分からない。
分からないまま、歩く。
前方で勇者が振り向く。
「どうした?」
「……何でもない」
俺は歩みを進める。
まだ言えない。
まだ証明できない。
夜空を見上げる。
星が瞬いている。
減ったかどうかなど、分からない。
だが。
次にレベルが上がる時。
俺は、目を逸らさない。
それだけは、決めた。
世界は静かだ。
静かなまま、歪んでいる。
そして俺は。
まだ、確信していない。
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