第14話: 森に残る影
玉座の間は静まり返っていた。
黒曜石の床。揺れる魔炎。
四天王が膝をついている。
一糸乱れぬ配置。
右に炎。
左に氷。
後方に瘴気。
前に剛力。
美しい。
整いすぎている。
余は顎に手を当て、ゆるやかに告げる。
「勇者は街へ入った」
四天王が同時に顔を上げる。
寸分の狂いもない動き。
「討伐いたしますか」
声が重なる。
余は目を細める。
「急ぐ必要はあるまい」
わずかに間を置く。
「泳がせよ」
四天王は、同時に首を垂れる。
「御意」
反論はない。
疑問もない。
余の言葉は絶対だ。
だが。
以前から感じている。
揃いすぎている。
まるで誰かが配置した駒のように。
余は立ち上がる。
「森へ出る」
四天王の一人が進み出る。
「護衛を」
「不要」
短く告げる。
四天王は動きを止める。
それ以上、何も言わない。
完璧だ。
完璧すぎる。
玉座の間を出る。
魔城の外は、深い瘴気に包まれている。
黒い森。
魔獣の咆哮が遠くで響く。
余は一人、歩く。
土を踏む音。
葉の擦れる音。
不意に。
斬撃。
魔獣が裂ける。
だが余ではない。
余は立ち止まる。
気配。
濃い。
魔獣が群れている場所。
そこに、いた。
人影。
いや、魔族。
鎧は砕け、布は裂け、体は血に染まっている。
だが立っている。
魔獣が襲いかかる。
無言。
一閃。
首が飛ぶ。
無駄のない動き。
強い。
余は木陰から観察する。
魔族のはずだ。
だが、見覚えがない。
四天王ではない。
将軍格でもない。
だが。
強い。
魔獣を斬り伏せながら、その者は何も言わない。
ただ、戦っている。
戦い続けている。
まるで。
役割だけが残った存在のように。
余は一歩踏み出す。
「名を言え」
声は森に吸われる。
その者が振り向く。
目が合う。
濁っている。
焦点が合っているのに、奥が空虚だ。
口が動く。
「……魔王」
余は眉を動かす。
「余はここにいる」
その者は首を傾げる。
「違う」
低い声。
掠れている。
「玉座の隣にいた」
玉座の、隣。
余の背に冷たいものが走る。
玉座の隣に立つのは、四天王。
四人。
常に四人。
だが。
隣。
余は静かに問う。
「お前は何者だ」
沈黙。
魔獣が飛びかかる。
その者は振り向きもせず、斬る。
正確。
迷いがない。
そして、呟く。
「五人だった」
森が静まる。
風が止む。
余は目を細める。
「魔王と、四天王」
当然だ。
それが魔界の構図。
だが。
その者は首を振る。
「違う」
血が滴る剣を握りしめる。
「五人だった」
その言葉には、確信があった。
余の記憶を探る。
四天王。
炎。
氷。
瘴気。
剛力。
四人。
常に四人。
五人など。
ありえぬ。
だが。
ほんの一瞬。
空白がよぎる。
玉座の間。
余の右後方。
誰かが立っていたような。
いや。
錯覚だ。
その者が、余を見つめる。
「余」
呼び方が正確だ。
だが。
その目は、余を見ていない。
余の向こう。
玉座の隣の“誰か”を見ている。
「溢れた」
ぽつりと呟く。
余の心臓が、強く打つ。
溢れた。
「何がだ」
「均衡が」
その者は剣を地に突き立てる。
「勇者が四人なら、魔王も五人だ」
意味がわからぬ。
だが。
言葉は、どこか理に触れている。
勇者は四人。
魔王は一人。
対になるのは、四天王。
だから五。
理屈は合う。
だが。
今も五だ。
魔王と四天王。
「足りぬ」
その者が呟く。
「一つ、足りぬ」
余は歩み寄る。
瘴気が揺れる。
「余の軍勢に不足はない」
断言する。
だが。
その者は笑う。
乾いた笑い。
どこか壊れている。
「ならばなぜ」
ゆっくりと顔を上げる。
「余はここにいる」
森の奥。
玉座ではない。
四天王のいない場所。
孤独な森。
余は言葉を失う。
四天王は完璧だ。
忠実だ。
疑問を挟まぬ。
反論をせぬ。
整いすぎている。
その者は、再び魔獣を斬る。
血飛沫が舞う。
だが目は、余から逸らさない。
「隣が空いている」
小さな声。
余の背後に、風が吹く。
玉座の間を思い出す。
余の隣。
常に四天王が控える。
だが。
玉座のすぐ脇に、誰かが立つ余地はある。
空間は、ある。
そこに、誰かが立っていた記憶は。
ない。
はずだ。
余は剣を抜く。
「貴様は何者だ」
その者は答えない。
ただ、静かに構える。
敵意はない。
だが、退かぬ。
まるで。
配置から外れた駒のように。
均衡から弾かれた存在のように。
「五人だった」
再び。
同じ言葉。
余は踏み込む。
刃が交わる。
衝撃。
強い。
四天王に匹敵する。
いや。
それ以上。
だが。
連携がない。
孤独な剣。
余は押し返す。
その者の足元が揺らぐ。
だが倒れぬ。
濁った目が、余を射抜く。
「余は、覚えていない」
言葉が漏れる。
余自身の。
その者は、わずかに微笑む。
「ならばよい」
剣を引く。
魔獣の群れへと向き直る。
「余は、ここで足りぬ分を埋める」
意味がわからぬ。
だが。
背中が遠ざかる。
森の奥へ。
瘴気に溶ける。
余は追わない。
追えない。
胸の奥に、重い石が沈む。
五人。
溢れた。
隣が空いている。
勇者は四人。
魔王は五。
均衡。
森が静まる。
余は一人、立ち尽くす。
玉座に戻れば。
四天王は整列しているだろう。
揃いすぎた忠誠で。
だが。
今、森の奥にいるあれは。
何だ。
記録にない。
役割にない。
だが。
確かに存在する。
均衡が、揺れている。
勇者側で何かが起きている気配。
それと呼応するように。
魔界にも。
溢れた影がいる。
余は剣を納める。
静かに呟く。
「……足りぬのは、どちらだ」
森は答えない。
だが確実に。
何かが、動き始めている。
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